第2話 空白・ト・剣舞
「ぜぇ……ぜぇ……終わった……ぞ」
時の流れは早く既に時計の針は午後七時を刺していた。
荒削りではあるが……取り敢えず最低限の知識は血なまこで頭に叩き込めた。
まずはこの世界の価値観。
歴史本には魔王の死後、各地で魔族との争いは起きようと平穏が保たれていた。
また同時に二百年前の産業革命によりあらゆる技術が大幅に発達を始めた。
確かにこのゼロ少女の木造建築の家や着ているシルク生地の衣服を見ても三百年前に比べ大幅に進歩している。
昔はこんな立派な建物や衣服は一部の貴族しか所有していなかった。
経済が進んだ分、お金や権力による争いは前よりも悲惨になってるらしいが。
貧富の差も三百年前とはそこまで変わってはないとのこと。
「変わるもんだな、世界ってのは」
まぁそれはいい、次はゼロ少女について。
どうやらこの身体は事細かく日誌を書いていたらしく、それを見れば今の状況を把握するのは容易かった。
名前はゼロ。
年齢は十六歳。
性別は女。
フルネームはゼロ・リライズ。
身長は低く胸板は薄い華奢な体型。
年齢に不相応なベビーフェイスが特徴。
日誌を見る限り随分と勝ち気な性格で誰にでも我が強く勉強が得意。
口調は強気がいいのか、運動や魔法、剣術も得意であると記載されている。
また食欲旺盛でショートスリーパー。
性感帯は耳の裏筋とヘソ部分とのこと。
……何故性感帯を日誌に書いているのか。
思春期の美少女はそんなもんなのか?
直ぐには受け入れられない事案だ。
家族構成は父レルス・リライズ、母メンダ・リライズの間に生まれ姉妹はいない。
関係は良好、特にメンダからはかなり好かれているが……正直気持ちが悪い。
親は薬草などを取り扱う商業を営んでおりこの場所は都会から離れたレピルスという小さな村である。
窓からは他の住宅が確認でき、雰囲気を見る限り中流階級の家庭だろう。
「これがゼロ、新しい自分」
ザッと見たところこんな感じだろう。
一部変態な一面を感じさせるがまぁ至って普通の気の強い人間という所か。
思考も疲れ果て、存分に休みたい気分だがそうはいかない。
まだ学園の話、そして俺自身がどうなっているのかを確認する必要がある。
「ステラ高等魔法学園……ね」
ステラ高等魔法学園。
王政のリベロス王国なる国家直属の魔法と剣を混ぜ合わせた全寮制の共学養成学校。
生徒は皆、各々自ら専門の剣を使い魔法剣士として勉学や実習を学ぶ。
ここを卒業した者は将来の安泰を約束されるほどのブランドを有することになり大半の卒業生は上位階級の職業に就く。
……と本には記載されていた。
つまりエリートが集まる剣を使った魔法の学園ということだろう。
入試は専門知識と一般教養を混ぜた筆記と一対一の剣技による決闘で合否が決まる。
ゼロ少女はここに行くために勉強に励んでいたのだろう。
机には試験に繋がるような勉強本は無数にあり彼女のと思わしき鉄製のロングソードが置かれている。
「だが、この剣で合格出来るのか?」
筆記は一通り過去問を見たが意外にも容易い問題が多く、問題はない。
しかし俺が危惧しているのは実技の方だ。
聖剣という立場から言わしてもらうとこの剣は最高の代物とは言えない。
研ぎは良く強度もあるが特別な属性や能力もない鉄製の作り、余りにも無個性過ぎる。
他を知らないがどうもこの剣で合格出来るとは到底考えられない。
このまま無策で何もせずに挑めばきっと不合格という未来に進む事になるはずだ。
「仕方ない……行くか」
この部屋で色々考えていても仕方ない。
俺は機敏に寝間着を脱ぎクローゼットから運動が出来そうな服を取り出し着用する。
ロングソードを手に持つと足早に階段を駆け下りていく。
下には丁度夕飯を作っているメンダの後ろ姿があった。
普段の口調を変えながら女の子らしい言葉で応対していく。
「あらゼロちゃんどうしたの? こんな夜中から剣を持って」
「あぁえっと……その明日試験だから! 剣技の練習をしようと思って。直ぐに帰ってくるから」
「まぁ熱心ね! そんなゼロちゃんにはママから愛のパフパフを!」
「いらないよ!? 何の冗談なのッ!」
豊満な胸で「甘えてこい」のような手の広げ方に反射的に拒否の言葉が出てしまう。
「えぇ〜昔はもっと素直に甘えてくれたのに〜」
……度が過ぎた関係とかじゃないよな。いや頼むからそうであってくれ。
少女は演じれてもリアル親子のバブみとか癖の強い属性を演じるのは流石に無理だぞ。
外は既に真っ暗で空を見上げれば月明かりが照らしていた。
俺は暫く悪寒を走らせるような不気味な森を駆け視界が広がる平原へと辿り着く。
首を鳴らし準備体操をしながら呼吸をゆっくりと整えていく。
このゼロ少女のロングソードだけではほぼ確実に栄光を掴むことは不可能と俺は思う。
試し斬りとして近くの巨木へと剣を振ったがヒビをつけることしか出来ない。
とするなら……俺の聖剣としての能力に頼るしかない訳だが何処まで使えるのか。
聖剣アロバロス、つまりこの俺には他を超越するほどの能力が幾つも存在する。
時間操作、時空切断、まぁ挙げれば色々ある訳だが……一番は記憶している全ての剣を生み出せることだ。
自分の記憶している範囲なら強さや能力は関係なくあらゆる属性の剣を生み出せる。
まぁ前世では一度も使ったことない能力なので誰も知らないと思うが。
これが使えれば色々デカいのだが……とりあえず適当に試してみるか。
「武具生成、インフェルノ・ブレード」
詠唱を唄った途端、上空には炎のリングのような魔法陣が出現。
そこからは深紅に染まる大剣が現れ地面に突き刺さると火柱が舞い上がった。
「使えるか」
インフェルノ・ブレード。
灼熱の業火から生まれた上級クラスの剣。
剣には初級、中級、上級、ギガノ級、聖剣と五段階のランク付けがある。
と言っても格差は凄まじくギガノ級と上級には雲泥の差があると言っていい。
こいつは上級クラスだがまぁギガノ級や聖剣の俺に及ばずともそこそこの剣ではある。
全ての剣にはどんな滑稽な作りだろうと魔力が少なからず存在する。
そこに自らが所持している魔力とのシンクロ率によって剣の強さが大きく変化する。
まぁつまりはどれだけ強くても自身の魔力と剣の魔力のシンクロ率が悪ければ能力の半分も出せない事も珍しくない。
インフェルノ・ブレードも例外ではなくもしシンクロ率が悪ければ全く役に立たない。
「魔力は人間体でも継続はしている……不幸中の幸いってやつか」
剣を抜いても特に身体に違和感はなく触れた瞬間、より業火が増していく。
聖剣である俺特有の現存する全ての剣に対してシンクロ率を最大に出来る魔力は所持していて助かった。
「さて、狩るか」
自身の能力が使えることは分かり、俺は腕試し程度の獲物を探そうと闇を駆け抜ける。
月明かりが照らす中、暫くすると巨大な二足歩行のモンスターと相まみえた。
「ライズ・オーク、三百年経ってもまだ種族が残っていたとはな」
中程度のポジションに位置する魔族の一種であるライズ・オーク。
朱色の見た目と巨大な図体と牙が特徴的で人を迷わず食らう凶暴な性格である。
俺が聖剣時代の時もラソードに使われ何百ものライズ・オークを討伐してきた。
『ブギァァァァァァァァァァァッ!!!』
鼓膜を震わせるほどの本能に塗れた咆哮が闇夜に木霊する。
丁度いい、腕試しにはもってこいの敵だ。
インフェルノ・ブレードを持ち替えると自分の感覚で剣を振り回し構えを取る。
まさか聖剣として使われる自分が剣を人間として使う日が来るとはな……。
『ブギッ、ブギァァァァァ!!』
唾液を派手に撒き散らしながらライズ・オークは突進を始めていく。
俺は剣を強く握り締め大地を蹴り上げ飛翔すると身体を拗らせ背後へと回り込む。
風を切る音と肌を刺激する空気の流れを感じながら俺は剣を振りかぶった。
「ヘル・ファイア」
詠唱と共に深紅の刃は炎を滾らせ両断するよう横一文字の斬撃を描く。
凄まじい業火が場を包み、同時にライズ・オークの右腕は緑の鮮血をまき散らしながら空中を舞った。
痛みによる悲鳴を上げながらも怒り狂うように左腕で俺へと巨腕を振りかぶる。
「変わらないな、お前の荒い戦い方は」
振り上げた脚で顔面を蹴飛ばすと巨体は宙に浮きそのまま背中から地面に倒れ込んだ。
大きく隙を見せた事を見計らって俺は新たに剣を生成していく。
「武具生成:ホワイト・リアル」
地面からは青白い魔法陣が出現し、ゆっくりと氷を纏った水色の長剣が生み出される。
ホワイト・リアル。
氷河の世界から生まれた同じく上級クラスであり氷属性であれば中々の代物。
こんな中ボス程度の相手など……容易い。
「アイス・エッジ」
詠唱を唱えれば剣先から放たれたのは鋭利な氷塊だった。
真っ直ぐとライズ・オークに向かっていき胸部へと突き刺さっていく。
『ゴガァァッ!?』
貫かれた部分からは徐々に冷気が放出されライズ・オークの身体を氷結。
まるで氷の彫刻のように硬直したのを確認するとホワイト・リアルを投げ捨て新たな剣を生成する。
「武具生成、ゼラク」
詠唱を唱えると今度は黄土色に輝く剣が魔法陣から生成され上空から刺さり落ちる。
ゼラク。
雷雲を束ね生み出した剣は雷属性でいえば上級でもより上に位置する剣だ。
シンクロ率が低ければ使用者を外傷させる程の危険さと強い攻撃力を有している。
「アングラ・エッジ・アサルト」
俺は剣を振るいライズ・オークに目掛けて加速し雷撃を帯びた剣閃を繰り出す。
勢い良く飛び乗るように剣を突き刺し、凍りついた身体を次々と斬り裂く。
その度に激しい電撃音が鳴り響きライズ・オークの身体は細かに分断されていく。
「終わりだッ!」
最後に残った頭部を切断すると真っ二つに割れ豪快に破裂した。
流石、上位クラスの剣達。
どれも昔と変わらない性能だな、これなら行けるかもしれない。
まぁ今の剣がどれほどの実力なのか知らないから何とも言えないが。
だがきっと現代の剣のクオリティは昔よりも遥かに上がっていると思う。
だが俺はそれでも聖剣だ、過去の産物だろうと食らいつくことは出来るはずだ。
俺はそう安堵混じりの心情を抱きながら生み出した剣達を消滅させていく。
「はぁ……疲れた。クソ」
華奢で小柄な身体を動かし近くの木へと寄りかかりながら座り込む。
動いてみて分かったがゼロ少女の身体は平均より少し上程度と解釈していいだろう。
動きのキレは良いが今の戦いだけでもかなり息切れを起こしてしまう。
聖剣の力が使えると言って無闇に乱用すれば自爆は間違いないな。
まっ、そこは調節するしかない。
「学園……ね」
あぐらをかきながら夜空に浮かんでいる三日月を見つめ自然とそう呟いていた。
三百年の間ひたすら封印され目が覚めたら見ず知らずな美少女の姿。
まだまだ疑問は多く、受け入れ難いような事は幾つも存在する。
いや、というか僅か一日で状況を一応は受け入れた俺の対応力を誰か褒めてくれ。
まぁいい……俺はこのゼロ少女の為に一人の人間の為に使命を果たす必要がある。
倒すべき悪しき魔王も憎き英雄の勇者も存在しないこの世界で。
勢いよく立ち上がり疲れた身体を刺激するよう大きく背伸びをする。
もう起きてしまった出来事だ、ポジディブに考え前を向こう。
別に嫌なことだけじゃない、寧ろ俺は人間になりたかった願望もあったしある意味それが叶えられた状況だ。
出来ることならラソードを殺したいが……それは叶わぬ願いなのだろう。
この人間としての生活を楽しみながら徐々に謎を解いていく。
そう楽観的にいると安心感からかドッとより疲れが押し寄せる。
ゼロ少女愛用のロングソードを持ち上げると俺はゆっくりと帰路へ付き始めた。
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