聖剣乙女の黙示録 〜300年の眠りから目覚めた最強の聖剣、美少女となり学園にて勇者の子孫に殺される〜

スカイ

第1話 聖剣・ト・殺意

 俺は勇者を殺したい__。


 もし一つだけ願いが叶うのなら奴をズタズタに切り裂いて殺したい。

 たとえ全てを失っても殺せるのなら俺は命だって投げ出す。

 

 


 この世に現存するあらゆる剣の頂点に立ち全てを支配する白い外見の歪な聖剣。

 古の神々によって俺は生み出され、世界からはずっとそう呼ばれていた。


 俺の役目はただ一つ、選ばれた勇者の道具となり魔王を討ち滅ぼすのみ。

 人格は存在したが抗う力がなかった自分はただ勇者によって使われ続けた。 

 

 俺はこの世界の如何なる存在よりも強い。

 どんな剣よりも強く張り合う存在はおらず、魔王も案外簡単に倒せる相手であった。


 結果として……俺はシレスタ・ラソードという名の勇者の聖剣として魔王を討ち滅ぼすことに成功。

 だが俺はそのラソードによって何百年も封印されることとなる。


 魔王を倒した聖剣なら神の武器と祀られるだろって?

 そう思っていた、だがラソードは「平和の世に強靭な剣はいらない」と唱え始め俺を三百年の間、この闇へと封印させた。

 

 酷い話、殺す、ぶっ殺す、ブチ殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


 散々使っておいて用が済めば勝手に闇に葬り込むとか勇者の方が魔王だろ。

 これでも神の聖剣である俺を都合のいい人間みたいに扱いやがって……殺す。


 地の底で鎖に縛られながら永遠にも近い眠りにつかされている状況。


 気味が悪い暗闇の中で寝ることも出来ずただゆっくりと刻を過ごすのみ。

 聖剣の身分でも発狂寸前だったがようやく俺にも朗報が訪れた。


 封印されたその時から理性を保つ為に時間を数えていたが、あと数分もすれば封印が解かれる時間が来るはずなのだ。


 年数にして三百年……途方もないほどに長く辛い空虚の時間。

 ようやく、ようやく俺はあの身勝手なゴミクソ勇者の封印から開放される。


 次に目が覚めた時は……俺のことを愛してくれる人に使ってほしい。

 いや、いっそのこと人間になりたい、聖剣の俺にそれは夢物語だが。

 

 自らの意志で動き、人間らしく生きて自由という絶頂を享受したい。

 そんな幻想を浮かべながら俺は虚無な心と共に目を閉じ意識を闇に委ねた__。






「……ん……ん」


 何だ人間の声?


 いやそんなはずはない、ここは地の底で並大抵の人間は来れないような場所。

 自分以外に声色が聞こえるのはありえないことだ。


「……ゃん……ちゃん」


 幻聴……にしてははっきりし過ぎてる。

 ということは誰かの声?

 馬鹿な何がどうなってる?


「……ロちゃん……ゼロちゃん起きて」


 徐々にフィルターがなくなっていき鮮明になっていく声帯。

 感覚も明確になっていき俺は何事かと咄嗟に目を見開いた。


「えっ……?」


 理解が追いつかない。


 闇しか写らなかった目には久しぶりの光が差し込む。

 辺りを見回すとそこは石の建築物の中、成人した色気ある女性が俺を見下ろしていた。

 

「ゼロちゃん起きて〜起きないとその十五歳の身体にキスするわよ〜?」


「ゼ、ゼロ?」

 

 何を言っているんだこの女人は。

 俺は聖剣アロバロスという名前でありゼロという名前では……。


「ん?」


 突如、身体中に駆け巡る強烈な違和感。

 腕や足などの人間らしい感覚が俺の神経を刺激していた。


 何事かと自らを見下ろすと……そこには人間の若々しい身体があった。


「なっ!?」


 局部には何も感じない。

 つまりは女ということ。


 いや今は男か女かはどうでもいい。

 焦燥感にかられ俺は自身を覆っていた毛布を払い除け走り出した。


「ちょゼロちゃん!?」


 鏡だ……とにかく今は自分がどうなっているのかを知りたい。

 中流家庭ほどの家を走り回り遂には姿見鏡を見つける。


 藁にもすがる思いで俺は自らの容姿をその鏡に写した。


「はっ……?」

 

 女性らしいスレンダーで小柄な体格。

 背中まで伸びた薄い白銀の繊細な髪。

 宝石のように輝く水色の瞳。

 若者らしいシワのない肌と端正な顔。

 はだけた寝間着。


 それは紛れもなく……人間の女だった。


「何だこれはッ!?」


 ありえない……封印が解かれる寸前までは記憶が残っている。

 何が起きたかまるで理解が出来ない。


 だが確実に分かることが一つだけある。

 これは紛れもない現実であり聖剣だった俺は……このゼロと呼ばれる少女になっているということだ。


 夢なのかと頬を引っ叩いたが現実を裏付けるヒリヒリとした痛みを感じる。


「ちょどうしたのよゼロちゃん!? いきなりそんな大声出して!」


「えっ? あの……貴女は……?」


「何を言ってるのゼロちゃん? 私は貴方のママ、メンダ。さっご飯が出来てるわよ。後で甘えていいから早く降りてきなさい」


 朗らかな笑顔でニーダと呼ばれる赤髪の女性は下へと降りていった。


「落ち着け……落ち着くんだ俺」


 今はこのカオスな状況の把握。

 俺は元いた部屋へ足早に戻り静かに物色を始めた。


 様々な衣服に謎の玩具。

 柱から柱まで見過ごしがないように部屋を探しやがては本棚を発見する。


「読める……」


 適当に手に取った本を捲ると字は読めた。

 あのメンダという女性とも会話できたし言語関係は問題ないと思っていいはずだ。


 一安心した俺は次に歴史本はないかと何十にもある本を探し出した。

 この量的にゼロという少女は本が好きなのだろう。


「これか……!」


 歴史本と分かりやすく記載された分厚い本を取り出す。

 今はいつなのかと必死に読み漁り年表を探した。


 そして俺は遂に今がいつなのかを知る。


「ッ! やっぱり」


 年表を見るとかつて俺が聖剣として利用されていたあの時代はと記載されていた。


「やっぱり三百年経ったのか……俺の時間数えは間違いじゃなかった」


 ラソードをぶっ殺したい気分だがこんなにも年月が経っていれば人間の寿命的にもう存命ではないだろう。


 更に細かく年表を見てみると魔王討伐以降、モンスターや魔族の残党が未だに湧いているが世界は平穏に包まれているらしい。


 とにかく平和であるのなら神も人間を愚かな人形だとは言わないだろう。

 あれだけ使われて封印されてまだ混迷の時代であるなら堪ったものじゃない。


「ちょっとゼロちゃん何やってるの!」


「あっすまない! い、いや……ごめん、もう直ぐ行くから!」


 少女らしい言葉遣いで催促するニーダの声に応える。

 あまり堅苦しく豪傑な言葉は使わないはずだこの年齢の女性というのは。


「ゼロ……か」


 全てを理解した訳ではないが封印が解かれた俺がゼロという本好きの少女に取り憑き、時代は三百年進んでいる。


 まさか人間になるなんて夢にも思わなかったが予期せぬ形で念願が叶った。

 次は人として生きてみたいという淡い希望が現実になっている。


「やった……やった……のか?」


 永遠にも感じた封印生活から開放に俺は幸福と困惑が酷く混じり合う。

 

 もちろん最終的にはこの身体をゼロという元の持ち主に返さなくてはいけない。

 しかしその手段が分からない以上、下手なことも出来ない。


 であるなら……この身体を元に戻す方法を見つけるまでゼロという少女の存在で、人間として生きるのが得策じゃないか?

 

「……受け入れるしかないか」

 

 すまないゼロという少女。

 だが少しだけ自分のわがままを受け入れて欲しい。


 この身体は必ず生きたまま返す。

 それまでは俺に意識を委ねて欲しい。

 

 取り敢えずは今起きた出来事を肯定的に受け入れ楽観的に未来を見よう。

 俺は少し咳き込むと思い描く少女らしい声を発しながら一階へと降りていった。


「遅いぞゼロ、もう子供じゃないんだからもう少し早く起きて」


「もうカッカしないでフィクタ、ゼロちゃんはのびのびさせるのが一番よ?」


「メンダ……甘やかし過ぎだぞ。まぁお前が言うならそれでもいいが」


 筋肉質な身体で新聞を読み漁り、穏やかな顔を浮かべるフィクタと呼ばれる色男。


 この人がゼロの父親なのだろう。

 どうやら和やかな家庭のようだ。


「さっ早く食べてねゼロちゃん♪」


「う、うん分かったよ」


 食卓に出されたトーストとスープ。

 初めて食事という物を取ったがとても美味で幸福に満たされる。

 口に含んだ瞬間、絶頂に近いほどの幸福が味覚を刺激し脳を快楽で満たしていく。


 これが食事……人間はこんな美味なる叡智を毎日のように摂取していたのか。

 やはり人間はとても羨ましい存在だ。


「しかしそろそろだなゼロ」


「そろそろ?」


 な、何だ、何がそろそろなんだ?

 

「何を白切ってんだ。ステラ学園の試験だろ? しっかり準備しておけよ。女だからって舐められないようにな」


「ゼロちゃんこれまで凄く勉強してたものね。ママ絶対に受かるって信じてるわ!」


 ステラ学園?

 その気高そうな名称は一体何だ?


 しかし学園というと俗に言う青春が繰り広げられる場所と聞いたことがある。

 まぁ……別にいいか、人間らしく生きれるなら封印されていた時よりは遥かにマシだ。


「うん、えっと絶対に合格するよ!」


 しかしその青春を奪ってしまうのも何か悪い気がする。

 なるべく早く持ち主へと返してやらないとなこの身体を。


 まぁいい、それまでは重圧ない暮らしをして少女の為に試験を合格しよう。

 それまでは平穏に世間の把握や歴史などの変化を調査して……試験に関しても。


だからね。頑張ってゼロちゃん!」 


「……えっ?」

 

 今なんて言った?

 聞き間違えか? 明日と聞こえたが。


「明日……?」


「そうよ、明日には王都へと出発して試験を受けるんだから!」


 今の時間は午前の六時を差している。

 つまり……これって……俺には一日しか猶予がない……?


「ハァァァァァ!?」


 俺の叫びは朝日が照らす空に響き渡る。

 一刻の猶予もない俺は朝食を食べきらずに自室へと駆け上がっていった。


 下からは何事かとメンダの声が響いたがそんなのに構っている暇は全くない。

 扉を勢いよく閉じると俺はゆっくりと深呼吸を始めた。


 明日だと?

 残酷な程に猶予がないじゃないか……!


「落ち着け……まだ焦る時間じゃないぞ俺。そうだ状況整理からだ」

 

 状況の把握、試験の勉強、武装学園について、歴史、地理、価値観、自身について、ゼロ少年について、家族関係、友人関係。

 明日までに調べるべきことは気が遠くなるほどに存在する。

 

「大丈夫、俺は聖剣だ、人並みの知識如き数十年だろうが数百年だろうがッ!!」


 俺のせいで受験に失敗だの、親から失望されるだのの結果を招けばゼロ少女に合わせる顔がない。


 それに今のことを知っておかなければ後々苦労するのは間違いない。

 本棚にビッシリと並べられている本達を無造作に取り出しページを開き始める。

 

「聖剣舐めんなよッ!!」


 知識を詰め込み、脳みそがパンクしそうになるまで覚えていく。

 この三百年で起きた出来事全てを何もかもを忘れて無我夢中で頭に叩き込む。


 俺がやるべき事は身体の持ち主であるゼロ少女と適合し彼女らしく生きること。

 そしてステラ学園なる学園への入学を達成すること。

 

「人間らしく自由奔放に生きよう」なんて思っていたがそれどころじゃない。

 聖剣ではないあくまで人間らしい人物として生きることを俺は決意した。



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