第弐四話 空母

「これはまた……随分と禍々しい船体だこと。俺たちに悪の印象を植え付けるような黒さとイカツさだ」


 船体をステルス塗装によって黒く染められた《アイワナ級》戦艦、前線での強襲が目的とされその装甲はレーザー対策のためマッドで守られているという。

 全高約113m、全長は300mの船を男は「黒鉄の城」と呼んだ。何の意味があるのか大方は奴の趣味だろう。けれども、その城という表現にふさわしくその戦艦はテスト飛行では空中で高度を維持しながらゆっくり旋回や加速をおこない、戦略によっては補給拠点として利用することも可能であった。

 兵装はビーム砲、日本で一度だけ使用されたというアマテラスの出力を抑えたモノと聞く。どれだけの威力はこれから射撃訓練でわかることだろう。


「ハイネム、船の中はどうだった?」

「俺たちがここまで乗ってきた巡洋艦とは比べ物にならないくらい最高だった。M/Wの格納庫だってハンガーの数が増えて50機は収容可能だそうだ」


 船を下から見上げればトライアングルに見えるシルエット、左右に伸びるのは空に浮くためのデバイスが取り付けられていると説明があった。しかし、ジェットエンジンとかそういうモノではないようで、下に居ても上空から風を受けるような感覚はない。

 静穏そのものだった。

 これもマッドの力なのだろうか?

 空に浮かぶ船を見上げれば青空に複数の光芒が、M/Wのスラスターの輝きが船への発着を繰り返す。

 ラッキーなことに俺はこの船の性能だけでなく出雲のパイロットの能力まで知ることができた。十分戦場でも通用するパイロットたちだ、それが俺の評価である。

 アレックスは自らのM/W、バウンディドッグに乗り込むとフルフェイスのあいつに直してもらったことを思い出し彼の実力を測る。

 月からの奇襲で感じた腕のズレ、モニターに映し出される映像のズレなど細かいが自らの生死を分ける重要な問題を確認する。


「凄いな……こんなにも俺の体に合うとは」


 アレックスは驚きのあまり感嘆の声がもれ出てしまった。自然と口角が上がっていることに気が付き苦笑する。

 腕を操縦する左右の操縦桿を動かせば連動し自然な動きを感じさせ、地面に置かれたビームブライトに近づければ元から搭載されている補助機能がはたらきソレを自動で掴み持ち上げた。

 しかし、感度がいい。

 いつも以上にその一連の動作が早く感じられた。

 あの男の腕は確かだったことで彼を見る目が少し変わった。変わったと言ってもあの男への評価は「死の商人」であり、マイナスからのスタートだとプラスになるにはまだまだかかりそうだ。


「死の商人……なんであの男は変わったんだ」


 彼の知る星那という人物はAU内戦で共に戦った傭兵であり、人を知りたいという変わった目的を持っていたこともあってか人を救うためなら武器を捨て敵陣に生身で投降することもあった。

 それでも男は傷を負う程度で必ず人質を救い出して帰ってきたという。

 俺は直接の関わりは少なかった……医者が殺された日に男が死んだ子供を抱え走ってきたときが最後だったかもしれない。あの深紅の瞳がより一層暗く輝いていたのが印象的だった。

 お互いその後を知らないが、再びこうして出会えたのはなにかの運命なのかもしれない。


「どうしたんだアレックス!故障でもあったのか?」

「あ、ああ……何でもない。あまりに馴染むんで驚いただけだ」


 バウンディドッグをフラットに乗せその黒鉄の城と同じ高度まで上昇させる。M/Wの侵入するハッチは四カ所船体左右斜めに存在し、正面と真横の攻撃で直接艦内を狙われないように設計されていた。

 その分侵入が難しいというのも感じられるが、そんなことに苦労していては戦場で生き残ることはできない。


「アレックス、バウンディドッグ着艦する」

『了解、左舷前方から入ってくれ』


 デッキの指示に従い左舷の前方ハッチから船内に侵入するとメカニックマンがカタパルトの調整を出雲の規格からバウンディドッグへの変更作業に勤しんでいた。電磁式が採用されていて電力は艦艇後方内部に組み込まれた核融合炉からの供給なのだろう。


「輸送艦の《ガダルカナル級》も同じなのか?」

「輸送艦は輸送艦らしく小型で積載容量が増えただけです」

「艦砲は?」

「大口径実弾が前後含め六、機関砲で四、ビームブラストノヴァが一基ですね。もちろんその二倍の大きさである旗艦は二倍の攻撃能力がありますよ」

「そうか」


 それぞれ三艦を操舵するのに必要なメンバーを揃えここまで来たが、実際にそれぞれの艦を見れば不安になってくる。予想以上であることがここまで人を動揺させるとは思っていなかったのだ。

 それぞれにM/Wを2機ずつ配置しアメリアまで帰ることとなるが、本当に大丈夫だろうか……。


「浮かない顔をして……人を救う者がそのような顔では救われた人が不安になってしまうのではないかな?」


 メカニックマンたちの確認や怒声響く格納庫の喧噪に紛れるが、彼の声はそれらと違いハッキリと耳に届いた。

 存在感無く静かな男はいつの間にか俺の背後に立ち、不気味にもフルフェイスのヘルメットでこちらに表情を悟らせないようだ。しかし、その声色でなんとなく彼がどのような気持ちであるかは悟ることができる。

 オイルで汚れた白衣の下に着用しているスーツは俺らパイロットにも支給されたが、俺はその触り心地からまだ着用していない。男はソレに対し不満を漏らすが強制はしてこなかった。

 探りづらい男だ……。

 だが、男がどんな人間であろうとメカニックマンたちは彼に敬意を払い、今も彼には尊敬の眼差しを向けられている。バウンディドッグの修理でも実感したが、それらの実力は尊敬するに値する男だと俺は評価しているので彼らの気持ちもわかる気がした。

 彼は俺を手招きし艦内のブリーフィングルームへ連れ出しコーヒーを淹れて手渡した。アメリアでよく飲んでいたモノと同じパッケージであることを確認しようやく信頼できる。

 ヘルメットを外すことなく男はカップを手に持ち俺の目の前に座った。


「なにかまだ不安でもあるのかな?」

「不安はない……と、言ったら嘘になる」


 俺は男の表情を探ることはできないが、男は俺に遠慮なく踏み込んでくる。

 表情は常に変わらないと思っていた俺の表情を見て当ててきたこの男は気持ちが悪い。まるで自分の中を見られているようにも感じた……島で出会ったあの少女のように。


「なにが不安……この艦の心配かい?」

「いや、艦に文句はない。だが、俺たちの実力が足りているか……ここまで来るのに俺たちは巡洋艦が一艦でも守るのに必死だった。あのレベルのパイロットがぞろぞろといるなら俺たちで勝てるのか」

「……宇宙での戦いはまず我々地球は圧倒的不利だ。彼らは防衛隊に志願したそのときから防衛のために宇宙空間でのM/W操縦が教え込まれる」

「だからあんなにセンスが良いのか」

「けれども彼らにも弱点はある。それは彼らが重力を忘れているということだね……地球には当然重力と言う人間を縛り付ける鎖があるが、彼らは普段ほんの少しのモノしか感じられない……だから地球へ来れば重い体にうんざりする。僕も地球へ帰ってきたときは苦労したよ」


 彼は自分の体重にプラスで装備重量が加算されM/Wに乗っていなければ数週間移動することもできなかったと教えてくれた。

 地球の重力を忘れてしまった者たちが地球で戦うのは不便である、だからエイリアンという月からの使者を大量に送り込み人ではなくヤツらに地上を浄化させることを考えたのだ。

 なるほど理にかなっている。

 現在使用されているエイリアンは月で発掘された過去の遺物であると彼は言った。

 どこの時代、誰がいったい何のためにあのような怪物を大量に作りソレを月に埋葬したのか。

 埋葬自体が意図的でない可能性もある。エイリアンを作り出した者たちであったが、人類に高度な知的生命体を使役することは困難でエイリアンによって滅ぼされたなども考えられる。

 結局誰が何のために、という問いはそこから導き出すことはできない。

 もしかしたら、そんな存在意義も不明な生命体が彼らを作った先人の意思に従ってか現在の地球で数千年越しに世界の浄化を果たそうとしているのかもしれない。


「人類を超える知能を持った痛覚も慈悲もない殺戮マシーンと、聞くとなんだか恐ろしい話で地上人類に勝ち目がないと思うだろう。しかし、エイリアンは無限ではない」

「無限ではない?」

「ああ、結局月に埋葬されたエイリアンの数には限りがある。それにエイリアンの製作は現代の技術では不可能、失われた古代技術『ロストテクノロジー』が使用されているんだ」


 『ロストテクノロジー』と呼ばれる失われた古代技術が現代技術以上のモノであると言うのは何とも矛盾しているような気がする。


「矛盾じゃないのか?」

「矛盾だとどうして言い切れる?」

「そらぁ……古い技術は今じゃ時代遅れって言われるじゃないか」

「まあ、そうだね。その理論も間違ってはいない」

「だがよ……なんで過去の失われた古代技術は残されていたんだ?」

「…………よくわからない。知りたくてもこの世界に残っている記録がある時代で途切れているんだ。そこで何かがあったのかもしれないね」

「途切れた歴史?」


 彼は話過ぎたと口ごもり忘れろとだけ伝えて作業に戻った。

 アレックスはそんな不自然な星那の反応に対して興味を持ったが、それ以上詮索することは許されないのだろうと本能が先に理解をする。


「アンタがそんな反応をするんだもんな……よっぽどの怪物が潜んでる」


 誰も居なくなったブリーフィングルームで折角のコーヒーに口をつけ一息つくと携帯に転送していた前回の戦闘データを見直す。

 太平洋上で戦ったジェハザの動きを観ていると月の新型M/Wであろう赤・青二機とは違って人間的な動きをしている。

 どちらも人間が乗っているであろうが、二機からは人間的なモノは感じられずどこか機械的な印象があった。しかし、ジェハザは純粋に戦闘を楽しんでいるような追い込まれれば不安を感じるのではなく逆に楽しんでいるような、また違った不気味さがある。

 ただアレックスが感じられたのは戦いを楽しむ男への不快感であった。

 アイツは戦争を楽しんでいる、争いの中でしか生きられない人間だ。そんな人間への軽蔑でもある。

 だが、ソレは自分も同じであることを理解すると笑ってしまう。

 彼自身、争いのない場所に自分の居場所はなかったからだ。



「回収作業を急げ!パーツの解析も行う、流されたモノも合わせすべて回収するんだ!」

「パイロットの遺体は」

「手厚く埋葬しろ。敵であっても同じ人間である、人の道を外れることは決してあってはならない。先代がそうしてきたように自然へと帰すのが道理である」


 無精髭を生やす巨漢、歩兵部隊隊長伊佐美いさみ中将は先日のLEWが太平洋上でおこなったという区域で撃墜された敵M/Wの回収を続けていた。この作業は今日で一週間目に突入し、そろそろ部下たちの疲弊が作業のミスなど目に見える形で表れ始め、伊佐美は早く帰還しなければいけないと焦りを募らせていた。

 しかし、太平洋の潮の流れは『天罰』以降変化が激しく、M/Wのパーツが思うように拾えていない。

 月の主力となっているM/Wのジェハザの回収には何度か成功しているが、他国家や他勢力の干渉によりすべてが出雲にまわってくることがなかった。もし出雲にまわってくるとすれば、大方のパーツが抜き取られ外骨格のみということが大半だ。

 そのため完全な状態を回収するには漁船に扮して出雲の隊員たちがしか方法がなかった。

 軍人らしくないこのような作業に些か不満のあった伊佐美であったが、国のため家族のためと思えばこの仕事を我慢することができる。しかし、彼の部下である歩兵部隊隊員の中には彼のように耐えきることができない者もいる。歩兵部隊の人間にとってはこのような水上作業は苦痛なのだ。


「我らに人形遊びの技術と才があればこのような場所に来ることはなかっただろうに……」


 彼はどこまでも続く海を眺めながら嘆くのだった。

 現在、戦場で猛威を振るうのはM/W。

 歩兵が前線の時代は終わり、今や戦車も用済みの時代、彼らは役割を奪われたことでM/Wを「人形」と蔑称し「人形遊び」と揶揄していた。傍から見れば情けなく惨めであるが、己のプライドを守る自衛手段であった。

 誰よりも歩兵の役割が人間や戦車以外に通用せず戦場に意味なき者とされていることを理解しているからこそなのかもしれない。

 一週間慣れない船に乗るのも新たな役職、これからの時代はM/Wを輸送する空中母艦の乗組員であると予想しその流行に取り残されないための訓練でもあった。

 本日五本目の煙草を吸い終え操舵室に入ると五人のクルーたちが魚影探知機を眺めながらレーダーの反応を観察していた。


「回収長引いているんじゃないか……?」


 海中に潜った隊員がどうなっているのかを確認するが彼らも肩でわからないとジェスチャーする。


「装甲の回収に時間がかかっているようで……」

「急がせろ」


 そう指示した伊佐美が再びデッキに戻ろうと扉を開けたそのとき、突如彼の眉間に銃口が突きつけられた。


「動くなテメェら!この男を今すぐ殺すぞ……武器は床に捨てろ」


 五人のクルーたちがそれぞれの拳銃を構えるも伊佐美に銃口を向ける男はユーロ圏の顔には見合わない流ちょうな日本語で怒鳴りつけた。

 大人しく五人のクルーと伊佐美は両手を挙げ抵抗の意思はないことを示すと男は不気味に口元を緩め銃口を振り伊佐美に操舵室の中へ戻れと促す。大人しく従わなければ自分だけでなく部下も殺される可能性を考慮し彼はその指示に従う。


「よぉし……良い子だ。これだから国家権力の犬、国や組織に飼われている奴らは好きなんだ。どの指示に従えば自分を守れるのか判断ができる……不要な殺人はこちらも避けたいからな。さて、質問があるだろうから許可してやる」

「……目的は」

「お前たちの船を借りることだ。ずっとお前らを監視し待っていたんだよ」

「その後だ。この船を奪うことなぞわかっている」

「あぁ……賢いな?まあ、残念ながらソレは答えられねえ質問だ。別のにしろ」


 こんがり焼けて浅黒い肌の男はただの海賊ではなく自分たちと同じ臭いがしていることから戦場で戦う者であることはすぐに理解できた。しかもこの男は油臭い……M/Wに使用される物だ。

 パイロットか!


「おいお前、自分の手錠をこっちに滑らせろ……変なことしたら撃ち殺すからな」

「中将……」

「大人しく従うんだ」


 そんな伊佐美の忠告を聞いて彼の部下は腰にぶら下げていた手錠を滑らせた。

 次にもう一人に対しても同じことを命令する。だが、彼は渋り何かを耳打ちした……「ごめんなさい中将」、最期に聞いた部下の謝罪と共に手錠を投げ捨て彼は隠していたもう一丁の拳銃を抜き引き金を引く。

 けれども最初から照準を合わせていた男とは反応速度と精度が違い彼の弾は空を切り、男の小銃によって胴体を撃ち抜かれた。彼に追随するようにもう一人の部下も抵抗したが、抵抗虚しく彼もまた頭部を撃ち抜かれ絶命する。


「これで九人目か……とんでもないバカの中にお前たちが存在するのか、コイツらがバカだっただけなのかどっちなんだ?」


 九人、生き残った四人を除く乗組員の人数だった。

 その言葉が正しければ、外で作業をおこなっていた彼の部下は皆いつの間にか殺害されたことになる。

 あの短時間で……?


「外で作業を行っていた私の部下は皆……?」

「ン、ここに入るためにな静かにしたかったんだ。ソレにお前らの制服が人数分必要だったからな」


 自分たちの制服を必要としていると聞いただけで伊佐美は彼らの目的をすべて聞くことなく理解する。

 彼らはM/Wパイロットであるが、特殊工作員なのだろう。内部に入って情報をかく乱するのが目的である。


「アンタは中将……そこの三人こっち来い。抵抗はするな」

「彼らをどうするつもりだ……!」

「質問は許可したが、限度ってものがある。アンタは自分の立場に感謝するんだな」


 男の部下であろう者たち複数人が操舵室に入ってくるとクルーの上着とズボンを脱がせ手錠をかけると彼らを連れて外へ出て行った。

 彼らは本当に制服が目的なのだ。

 すると外で水に重たい何かが投げ入れられるような音が聞こえた。背骨から肩甲骨の付近にかけて体温が奪われるような寒気が感じる。


「運が良ければ助かる……だが、助かってもらっちゃ俺たちが困るなぁ」


 骨格がはっきりと見える面長の男は含みを持たせた不敵な笑みを浮かべ生き残った二人に銃を突きつけながら出雲の制服に着替えた部下に指示をする。

 操舵の技術をもった者を連れてきていた。

 男の言う通り、端から乗組員を生かしておくつもりはなく人質となるような者だけを選別し後は殺害する予定だったのだろう。

 一人の乗組員を生かしたのは自分への牽制、指示に従わなければ目の前で部下を撃ち殺すつもりなのだ。

 下衆が……。

 伊佐美は声にすることのできない怒りを顔に表す。それに男は気が付いたが、ソレに文句をつけるわけでもなく逆に楽しんでいた。人の怒りを感じ取って喜ぶ異常者であると伊佐美は評価する。


「おい、無線で伝えろ。余計なことを話せばお前と部下をこの場で処刑する」


 男の部下が銃を首元に突きつけながら乱暴に無線を近づけ命令する。だが、あのリーダー格の男ほど恐怖を感じることはなかった。

 伊佐美にとって彼のその行動はかえってこの状況で安心することができる程に不自然な、「慣れていない」といった自己紹介であり毅然とした態度で接することができた。


「処刑……?いつから刑を執行できる立場になったと言うのかね?」


 やはり慣れていない……。

 伊佐美は彼だけでなく、あの金髪を除くこの空間にいる者すべてがこのような対人相手に慣れていないことを見抜いた。現に彼の挑発に対し銃を突きつける男は怒りを露にし持っていた銃で伊佐美を殴りつける。

 殴られた衝撃で床に倒れ込み額から血を流した伊佐美であったが、そのハイジャック犯から外見以上の若さを感じられた。

 経験を積んでいない者特有の不安だ。


「やめろ。利用価値のある者をここで殺してはここまで来た意味がなくなる。冷静さを欠いた瞬間俺たちのやってきたことがすべて無駄になるぞ」


 浅黒い金髪は冷静に対応した。

 ここで伊佐美は彼らを出し抜けることを確信する。自分だけでなく生き残った唯一の部下も救うことができる。


「わかった……。無線で伝える。私の部下以上の人数をこの船に乗せていないだろうな……?」


 部下は国と組織を売ろうとする彼に対し声をあげるが伊佐美はソレを制しハイジャック犯の指示通り出雲へ無線をつなげた。

 能天気、こちらの事情を知ろうともしないオペレーターが寄港の許可を出し、彼らの船は指示された港に停泊させる。

 私の部下になりきっている男たちは二手に分かれる計画を立てていて、一つのチームは私たちを監視しながら出雲の主にM/Wパイロットたちの拠点とも言える区画への侵入。もう一つはJUAに侵入といった作戦でどちらも戦力を知ることが目的だった。

 伊佐美はM/Wパイロットを嫌う所為かパイロットたちの拠点へ出入りすることが極端に少なかった。そのため彼の部下はそれ以上にパイロットたちと顔を合わせることが少なく全員が総入れ替えされていても気が付かれることはない。

 そのおかげか、二手に分かれ彼とその部下を監視しながら侵入した彼らに誰一人として気が付くことはなかった。

 勘の鈍い奴らだ……!

 伊佐美は変な汗を額から流しては横を素通りするパイロットたちを罵る。

 出し抜けると自信があった伊佐美であるが、ここまで彼を見て何も察することのない鈍い者たちを見てはその自信が音をたて崩れていくのが感じられた。このままでは本当にただ生き残るためだけに出雲の戦力と内部の現状を観察させているだけではないか、彼は今までにない焦りを感じている。

 だが、そんな彼にも一筋の光が差し込むのだった。

 白衣を身に纏った白髪でサングラスの男が彼らの正面を歩いてくる。


「おい、何を止まっている……」


 その姿を見た時、伊佐美の体は歩くことを拒んだ。あの男以外に自分たちを救うことのできる者はいない、何も言わず状況を把握できる人間はいないと体と脳が判断したのだ。

 伊佐美は金髪の声を無視して博打に出る。

 彼の行動、ソレはただの『敬礼』であった。

 正面を歩いてくる星那に対しての敬礼、それは美しく手本のようなモノだった。


「伊佐美くん……珍しいことをあまりしないでくれ。キミのような男が僕に敬礼をするなんて、まさか今日でようやくローダンシリーズが完結でもするのかい?」


 この男にも伝わらなかった。

 それは絶望に近く、彼にとっては死の宣告でもある。


「そうだキミ。今、手が少なくてさ……手伝ってくれないか?歩兵団なら力仕事と重労働に耐えられるだろ?」


 星那はハイジャック犯の一人に対し指を差しながら同時に私へ許可を求めた。

 何を呑気に何がしたいのだ、と私は内心怒りで殴りかかりそうになるも我に返る。


「ああ……いいと—」

「中将、我々にはそんな暇はないかと思われます」


 ハイジャック犯のリーダー格は伊佐美の言葉を遮り、その流ちょうな日本語で素早く軌道修正をおこなった。男も星那に対して何か危機感を覚えているのは確かでその反応の速さがソレを物語っている。

 逆らったらどうなるかわかっていた伊佐美はその指摘に従い星那の頼みを断ることにした。

 星那は残念そうに口を尖らせながらその部下の肩を叩きながら文句を並べる。ほとんど……というより、失望によってかすべての文句に耳を傾けるつもりはなく誰一人として彼の抱える物に気が付くことがないことに絶望していた。

 胸ポケットに触れるとその中に入れられた写真、家族を思い出し数か月以上顔を合わせていないことに彼は気が付く。

 そして、彼らは遂に出雲最高機密である『ノアの箱舟』。空に浮かぶ空母が保管される倉庫に到着してしまった。

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ロストテクノロジー きゃきゃお @SIRASandKAKAO

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