第弐三話 意味

 LEWの新星たちがドットを連れて出雲に合流してから早一週間が経とうとしていた。これまで敵の襲撃は新型M/Wだけでなくエイリアンさえもない、これは武器にも感じることだったが平時なら当然のことで今までが異常なのだ。

 世界情勢は一週間のうちでは特に変化することがなく、南アメリアでの戦況も変わらず北アメリアとユーラシアの艦隊が南アメリアに苦戦するも、南アメリアも月の援軍を受け入れていたが慣れない重力での戦闘でこれといった戦果を得てはいなかった。

 ただ世界の常識が変わったというなら戦艦が空を飛ぶ時代、古いコミックでしか見られなかったそのような景色は今現実のものとなっている。

 航空機よりも多くの物資を運べ、M/Wを前線に展開するには輸送船と言うのは理にかなっていた。防御力も高く武装兵器も搭載していれば上空に要塞として停留できる空飛ぶ戦艦は徐々に地球最高戦力を誇る合同艦隊を苦戦させるには十分すぎる。

 そんな戦況を変えるため現在出雲では星那を中心としたメカニックマンチームと出雲の造船企業が箱舟を製作している。

 製作と言っても今から戦艦を増やすことは困難で時間が足りない為、改良という形であるが……。


「なにやってるの!その装置は船尾、右舷左舷はエンジンを積まなきゃでしょ!」

「センサーが上手く機能しません!」

「上手く機能させるのが俺たちの仕事だよ!」


 職人たちの工房は怒声が飛び交う。借りてきた造船場の作業員であろうとなかろうと関係なく同じ仕事をおこなう者同士であるから遠慮のない言い合いができるのだろうか。

 パイロットはどんな状況でも上下の関係をたもってはいるが、オペレーターには強くあたるのと同じなのだろうか?


 北アメリアに譲渡される【ガダルカナル級】最後の輸送船がもうすぐ完成しようとしていた。


「相棒、そのパーツをレディと一緒に支えてくれ」


 その改修工事には私のレディまで駆り出され、彼女はいつの間にか人のように自然な動作、ジェスチャーでの感情の表現だけを身につけていた。

 そんな彼女にアプローチをかけるD2だが華麗に受け流されている。

 感情を持つ機械が居るのだから、機械が機械に恋をする時代が来てもおかしくはない話だ。


「星那、指揮官が呼んでる」

「ああ……作業が一区切りしたら向かう」

「ね、これ本当に飛ぶの?」

「キミはニュースを見ないのか?少しは世界の情報を取り込んだ方がいい」

「失礼ね!ちゃんとニュースも新聞も目を通しているわよ!」

「そうか……てっきりゴシップにしか興味ないかと」


 一切こちらに顔を向けることなくバカにしてくる彼に怒りはあったが、こんなところで暴れていては私の評判が下がる。大人な対応をしなければいけない。


「で、なんなのさ……僕を呼ぶ理由って」

「知ってるんじゃないの?」

「知らない……僕だって便利じゃない。フラットな状態で人の感情を読むのは苦手だよ」



 僕は約束通り作業を一区切りさせて残りを他のメンバーに任せると一直線に彼女の部屋へ向かった。

 工場地帯から離れすぎる本部には迷惑している……特に僕のような行ったり来たりを繰り返すような人間はこの車での移動時間が一番無駄なのだ。文句の一つや二つを吐いたって誰も咎めたりはしない。

 エレカのダッシュボードに行儀悪く足をのっけて彼女の運転を体験する。今まで何度か彼女に運転を任せたがいつも危なっかしくて任せられなかったのだが、今回は「ピリピリしすぎ、そんなんで運転されたら事故るわ」と言われ無理やりハンドルを奪われた。

 しかし、彼女の運転より僕の方が上手いのは確かだ。彼女はM/Wを動かす才能はあってもそれ以外の機械は下手っぴ。

 ため息をつけば彼女は僕が何を考えていたのかを知り不機嫌な顔をこっちに向ける。


「なにイライラしてるの?ドットの取り調べをしたときからちょっとおかしいよ」

「前を見るんだ。ぶつかってキミと一緒にこんなところで死ぬのはごめんだよ……死ぬならもっといい所で死にたい」

「私だってこんな自分の家みたいな場所で死ぬのはごめんよ!」


 彼女はどういうわけか僕のことを知りたがっている。頻繁に過去の話を探る様に聞いてきたり、彼女こそ最近おかしいのだ。

 僕に好意をもってくれるのは構わない……嬉しいことだし、僕は隣人愛をモットーにしているから拒むことはないだろう。

 だが、今の僕以外は僕ではない、詮索されるのは面白くないのだ。特にどの時代を聞きたいかでも話は変わる。


「ねえ……あなたが地球に帰ってきた理由ってなんなの」

「運転に集中するんだ。このエレカはもっと静かに走るはずだが?」

「話し逸らさないで」

「…………逃げてきた。これで十分かい?」

「ふざけてる?」

「僕は大切な人をあそこで失った。居場所も研究のデータも焼却して逃げてきた……特に今のトップが嫌いだから。キミもソイツは嫌いだろ?」

「ええ、大っ嫌い。父さんを悪者にしたんだからね」

「そうだったね……で、僕はソイツとある組織に復讐するために味方が必要だった。だが、こっちにも僕の居場所はない」

「ここがあるじゃない?」

「キミのような監視がいる。キミはそんな場所を『自分の居場所だ』なんて言えるのかい?」

「捉え方、考え方の違いね……」


 そこから会話は途切れた。

 珍しく星那は話の途切れないうるさい口を閉ざしどこかを見つめる。見つめると言っても彼はいつも通りヘルメットを装着しているのでどこを見ているかはわからないが、私と同じところを見ていないということはわかる。

 なんとなく、彼はこの世界を見ていない……そんな気がするのだ。

 何を話せば彼はいつもの雰囲気に戻るだろうか、ギスギスイライラとしているのはどうも彼らしくない。皮肉も最近は尖っていて私も気が付かないような言葉をぶつけてくる……。

 しかし、不思議なことにそんな人間らしい彼に怒りを感じない自分がいた。驚くべきことだった。

 もっと私は私自身我慢の限界が来て彼に殴りかかっているモノだと思っていたからこんなに我慢できていることは凄いのだ。

 決まって彼は過去を詮索すると話を逸らす、そのときが一番言葉がキツイ……考えることもなく彼は過去を聞かれるのを嫌っている。私も死んだ母親のことを思い出したくないから聞かれるのはあまり好きではない、彼の気持ちもよくわかる。

 けれども数か月一緒に過ごせばなにかを知りたくなることはある……例えばこの間の写真のことなどだ。彼は今も白衣の中にお気に入りだと言った私の写真を入れていた。ポケットが風に揺れる度に見えるから誰だって気が付く。

 なぜ彼が写真を撮るかくらいは聞いてもいいのだろうか?

 そんな疑問が頭に浮かぶ前に私の口は彼に質問をしていた。


「どうして写真を撮るの?」

「…………趣味、なのかもしれない」

「趣味?」

「ああ、好きな場面を撮るのも嫌な光景を撮るのも……その場面を忘れたくないから」

「だからって私の写真は持ってなくてもいいじゃない」

「キミの笑顔だけじゃなく僕は人の笑顔が好きだ。ソレを見るために僕はこんな世界に入ったんだから……だけど当然そこで見れるのは幸せに満ちた美しい笑顔だけじゃない。

 どこかで争いは起こる。争いをとめるために人を殺さなければいけないことがあるってのはキミにならわかるはずだ。

 僕はそんな世界で生きる子供たちの顔や表情をフィルムに残すことで忘れないようにする。彼らの美しい笑顔が枯れないように、彼らの凄惨からの涙悲苦痛を取り除くために僕は戦い誰かを救うと信じて何かを作る。そんなとき写真は力をくれる気がするんだ」


 そんなことを考えていたのか……。失礼だが、考えていた以上に彼の覚悟と志は気高くて内心驚いていた。

 そんな驚愕する私の表情を見てなのか彼は不服そうに声だけで自分の感情を表しなぜ驚くのかを問う。なぜと言われても答えられない、それに馬鹿正直に答えでもしたら本当に彼は口をきいてくれなくなる気がした。

 無難に「なんとなく」とでも答えておけばよかっただろうか。


「優しいのね……聞いたけどあなたの評判って最悪じゃない?『死の商人』だの『元凶』って言われてて、なんだか不憫ね」

「誰がどう思うかは自由だ」

「なんで反論しないの」

「したところで意見と価値観の相違は必ず起きる。僕の価値観は理解されないことが多いから主張するだけ無駄……キミのように話を聞いてくれる者にしか話さない」

「私のことは信頼してくれるんだ」

「キミからは特別なモノを感じるからね」


 エレカを走らせ本部に到着すると二人は夏樹の執務室へ一直線に向かった。

 部屋に招かれただけあってスムーズに入室が許可され部屋の前に立つ青年士官の表情もいつしか柔らかくなっていたような気がする。気がするだけで本当にそうであるかは判断することはできない。

 執務室には夏樹がいれば当然のように中佐もいる。珍しくマナ中将もソファに腰かけていた。

 一緒にお風呂に入ってあんなことをされた私はやけに気まずく近寄りがたい。そんな私を彼が察するはずもなく、いつものマイペースでズカズカと偉そうに彼女の横に腰かけた。

 星那は強引に彼女の女性らしい輪郭、頬を掴み自分の方へと引き寄せると耳打ちをする。


「僕のお気に入りの彼女にいたずらをしたらしいじゃないか……僕のいないところで手を出すとはどういう考えだ」

「あなたが私だけを見てくれないから少し妬いたのよ。乙女心をわからない人ね」

「残念ながら僕は少年だ……まっすぐで強い女性には魅かれるが、下卑た性格の悪い女は嫌いだよ」

「でも求められたら拒まないでしょう……?」


 二人の会話に指揮官は咳ばらいによって二人の意識を強制的に自分の方へ向けた。二人だけでなく私も視線は指揮官の方へ自然と向いたが。

 全員の意識が自分に集まっていることを確認し改まった様子で指揮官は話始める。


「端的に南アメリアの件、北アメリアとユーラシアの要請に我が国は参戦を拒否しました。そのため我々がこの件に関わることは違法ということになります」

「そうか……話は終わり?」

「貴方、今なにを考えましたか?LEWに随分肩入れをしているようですが、勝手な行動は慎んでいただきたい」

「なに、戦況をフラットに戻すために手を貸しているだけだ……僕の独断でキミの責任じゃない」


 手をヒラヒラさせることで無関係だと主張するが、指揮官の表情はいつになく眉を顰め苛立っているようにも見えた。

 流石に今回の星那の行動に対し目を瞑るのが不可能となったのだろうか。

 険悪なムードに拍車をかけたのがマナ中将の拳銃であった。あろうことか星那の首元に突きつけられた銃口、そして彼女の目は私を睨みつけ自分の立場を思い出させる。


「星那……貴方のやっていることは戦況をフラットにするどころか余計な犠牲を生む原因となっている」

「随分と牙が丸くなったな……そんなんで男を狩れるのか雌ライオン?今までのキミなら警告なしで脇腹を撃っていた。キミも同じく見たくないモノばかり見て目を閉じたくなったか?」


 怒りで噛む力が上がった。ギリッという音が聞こえるが僕は彼女らを説得しなければいけない。

 今、出雲は政府と同じく参戦を躊躇っている。それは平行線を辿る南アメリアとの戦いに出口が見いだせないからだ……。

 人類統一を目論むWcAも最近は妙な動きを見せている、ここは誰かが悪にならなければいけない。和平なんて口先の約束を月が守るはずがない、和平が成立してしまえばそれこそ地球のお偉いさん、閣僚たちを付け上がらせ油断を見せることとなるんだ。


「キミらに戦えというわけではない……。無駄な戦力の消耗はどこの国も避けたいからユーロだって今回は参戦をしていない、ソレを責めるつもりはないんだ。だが、ヤツらが結ぼうとしている和平は敵に時間を与えるだけで問題の先延ばしでしかない」

「その時間は我々にもあるはずです。時間が欲しいのは相手も我々も同じ」

「だが、鉱山資源の三分の一をヤツらが保有している状態で相手優位の妥協というのは政治力の敗北だ!戦争以前の問題なんだよ」

「技術屋である貴方がどうこう言う問題ではない!」


 星那の危惧すること、ソレは南アメリアが保有する鉱山の利権を月に奪われることであった。

 南アメリアに存在する鉱山は世界の三分の一を占めていて、中でも近年になって発見された新鉱石ドラマオナイト。鉱石そのものに筋が刻まれていて一種の回路のようにも見えるソレはM/Wを動かすために必要とされる基盤に使用されていた。

 言ってみれば発掘されたときから既にその鉱石はM/Wを動かすための回路を記憶しているのだ。自然にあるはずの過去の自然が産んだその鉱石は未来の技術を既に記憶している。これには研究者たちが血眼になって研究をしているが、一向に答えを見つけられない不思議なことだった。

 兎も角、M/Wの量産にも新型を作るのにもその鉱石が必要不可欠で敵に渡れば敵を強化するだけでなくこちら側の戦力増強を妨げることとなる。

 そんなことを政治家は知らないのだ。今の国内に広がる厭戦ムード、特に中央都市と呼ばれる戦場から遠く離れた戦争を他人事と思っている層の反発を受け顕著に国内政治にソレが反映されているのだ。

 誰だって票は欲しいからな……。

 そんなところを国連とWcAに唆され和平交渉を模索し始めているのだろう。

 戦争が終わることは良いことであるが、すべての戦争がソレで終わるわけではない。一つの問題が解決しようが物事の根本的な部分が解決しなければ月と地球の対立の収束は望めない。


「夏樹くん……現在北アメリアとユーラシアが苦戦している原因ってわかっているのか?」

「空を飛ぶ戦艦はこの日本に襲来しても十分脅威です」

「だから、こちらもその技術を使うんだ。そのために今システムの量産を開始している……世界中に存在する艦船の数は2,573隻、それらに付けるDシステムの量産に七か所の工場フル稼働最短でも九ヶ月は必要だ。最低でもその時間は稼いでもらわないといけない」

「だから戦争を止められないと?」

「悲しいけど……」


 すると彼女の顔は凄く困ったように眉を顰め、眉間を押さえると何か長考し始める。

 彼女だって戦争を止めたいが、今の状況での停戦は悪手なのだとどこかで理解していた。

 だから僕は彼女に少しの光を見せてこちらの味方にする。それが僕の目的だ。

 そんな彼女とは対照的に僕へ拳銃を向け続ける妹の方は僕に対し怒りを持っている。感情を読み取るのが苦手な僕にもソレは十分理解できた。

 人と人の戦場を最前線でよく見てきた彼女だから僕の対応に不満があるのだ。だが、その理不尽な戦場を僕も知っている。キミだけではないことを、この判断をした僕の気持ちも少しは感じて欲しいものだ。


「中佐殿、キミの判断はどうだ?率直な今の状況をキミなりに分析して……私情は捨ててくれ」

「………………指揮官。気に食わないですが、私もあの男と同じ意見であります」

「と、言うと……?」

「和平を結ぶなら地球の優位を保った状態の方がその後が楽……。もし、そこの男が言う通りこれから戦況をフラットに戻せるとしたらソレに賭けるのも一つの手かと」


 珍しく自分寄りの考えを持っていたことに星那は驚愕をするが、その表情はヘルメットによって誰一人として読み解くことができなかった。

 何はともあれこの場では二対二の構図が意図せず出来上がってしまう、星那はこの状況を想定していなかった。自分に乗って来るはずのない男が自分にベットしたのだから結果は残さなければいけなくなる。

 あとはもう一人の反応を待つ。

 それぞれの視線がそれぞれの思惑を乗せ彼女に向けられてしまう。

 生きた心地がしない、そんな虚無感が私に襲い掛かり全身に広がった気がする。私の発言でこの事態が動くとは考えられない、けれども一人の前線で戦う者の意見。一つの考え方は今後の議論を左右することは間違いない。

 正直、どちらの考え方も正しいと思う。

 敵に有利な条件で和平を結ぶことは一番簡単かもしれない、だって自分が有利な条件なのに断る人間がいると思うか?否、よっぽどの無欲恬淡か阿呆であろう、しかし無欲恬淡な者が戦争をするなんて話はない。

 必要な犠牲を払って戦線を少しでもフラットにするのも必要な策だと思う。心のないと思われるかもしれないが、その後を考えれば甘い蜜を与えないとするなら相手を徹底的に痛めつけ妥協させなければ自分たちの提案が通るはずがない。


「え、えっと……」

「穂乃果くん、無理しなくていい。僕はキミを責めたりしない……答えがないならそれも一つの答えだ」


 困っているとき、優しい言葉をかけられれば涙目になってしまう。うなじから耳の裏側まで熱が上がってくるのがよくわかる。

 別に自分は何も悪いことをしていないのになぜこんな思いをしなければいけないのだろうか……私ってよく考えたら可哀想じゃない?

 わけのわからない状況に置かれている理不尽に同情する。


「マナ、彼女を睨むな」

「本当に変な人」

「感情的になることは良くないな……お互い一度冷静になって今後を考えた方がいい。紅茶でもどうかな?」

「二人きりで」


 指揮官は私を含めた三人に視線を向けついてくるなと釘を刺した。何の会話をするのか、頭のできが私の物とは全く違う二人の会話が気になるがそんなところに生身で飛び込むのは危険だ。

 会話の内容についていけなくてパンクするのが落ちだろう。

 そして二人は三人を部屋に残しエレベーターに乗った。

 お互い視線も合わせず言葉も交わさずただ階を示す電光掲示板が数字を減らしていくところを眺めている。何度かそのエレベーターは止まり、当然止まった階には職員や隊員が居るが、何も話さず自分たちに視線すら動かさない二人を見れば次のを待つことが苦痛ではなかった。


「星那……私はアナタがどこまで本気であるのかがわからない。何が目的なの」


 突如、口を開いたのは夏樹の方であった。


「…………人々から闘争本能を取り除く。それが本当の目的だ」

「闘争本能を取り除く?」

「ああ、人々から争いの芽を摘むんだ。だが、一時的なモノでしかないが人に平和と希望を見せることができる」

「どうやって?」

「時期にわかる……ただ、そのためには月へ行かなければいけない。月には手段がある、僕の持つモノと合わせることでソレが可能になるんだ」

「だから……」

「そう。ただ、それも復讐のための過程だ」


 『誰かを愛すると人は変わる』見本のような人だ、と夏樹はヘルメットで遮られる彼の横顔を見て評価する。

 そして、彼女はその危うさも同時に知ることとなった。彼が美しいと感じるほどの見本であるがためか、それとも彼女がただそう感じているだけであるのかは彼女ですら判断することができないが、彼はどこか抜け殻であるようにも感じられる。

 空っぽの男は外界からの刺激によって今を生きている。

 彼が人を憎めば、彼の中でその憎しみが繁殖する。もし、彼が再び誰かを愛することがあれば彼の中でソレが影響し戦いの世界……この理不尽な世界から離れたがるだろう。

 彼は器でしかないのだった。

 そこに注がれたモノが多ければいずれ溢れる。


「復讐、桜はソレを望んでいて?」

「知らない。だが、僕は復讐をしたがっている」

「死人は貴方に何を託し、何を教えたのかしらね」

「少なくとも愛は教えてくれた。彼女を愛していたことは彼女を失って気が付いたから……」


 エレベーターの扉が開くと共に彼はそう言葉を残し先行し歩き始めた。

 彼なりのエスコートだ。

 既に陽も落ち廊下は夕焼け色に染められ訓練終わりの隊員たちがそれぞれ風呂や食堂に向かう姿が見られた。平和だと錯覚するほどにその光景は自然であったためか不思議と笑みがこぼれてしまう。

 彼女は自分らしくないそんな自分を内心苦笑する。

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