第弐一話 表情
『アレックス、船から連絡だ……領海内に侵入したから撤収だそうだ』
チャドが淡々と撤収の件を伝えるが生憎俺はそれどころではなかった。
マッドが激しく干渉しあうヒートエッジの応酬、すれ違いざまに一撃離脱を繰り返す相手エースパイロットは俺を逃がしてくれえるようなヤツではない。
しかも悪趣味なヤツだ……簡単に俺を海に沈めることができるのに狩りをするように徐々に追い込むように楽しんでいやがる。
「コイツは戦争を楽しむ人間だ!そういうのが嫌いなんだよ!」
「ここは甘ちゃんが生きる世界とは違うんだよォ!」
その怒りが共鳴したのか敵のM/Wは楽しむことをやめ攻め方を変えてきた。ジェハザの袖に収納されていた小型ビームブライトの牽制がフラットに直撃し火花を散らし軌道がブレる。
再び水中に落下するのは避けたい俺だったが故障したフラットなんて使い物にもならないためソレを盾にすることを決めた。タイミングが重要だ。
「沈めェ海へ!」
火花散らし落下し始めるフラット目掛けヒートエッジを構えたジェハザが接近してくる。だが、まだだ……まだ乗り捨てるのは早い。
振り下ろされたヒートエッジ、「今だ!」と自分に掛け声で合図を送りフラットを浮かび上がらせM/Wを守る盾にする。
触れた面から溶解し二つに分裂するフラットを盾に構えたビームブライトが一本の光線を放つ。一直線に放たれたビームが向かう先はジェハザの脚部、刹那の判断であったがどこを狙っても倒せないと勘がそう伝えていたので当てることだけに集中する。
すると小規模な爆発、狙った通り彼の放ったビームブライトはジェハザの脚部を破壊し四肢のうち一か所を失ったM/Wはバランスを失う。脚部スラスターを片方失ったのだから当然だ。
フラットを失ったのだからそれなりの成果がなければいけない。今回は敵の技量を考えれば十分すぎるほどの成果だ。
俺には敵の舌打ちが聞こえたようにも感じるが、敵との回線は開いていないので聞こえるわけがない。
落下する俺のM/Wを空中でガストが回収してくれたおかげで俺は再び海に落下することはなく牽制をしながら船に撤収することができた。
「敵が大人しく退いてくれて助かった……」
『どうやら後方の敵はドットが片づけてくれたらしいぞ』
「アイツが!?」
にわかに信じられない。だが、格納庫に帰還してそのことをメカニックマンたちに問うとまるで自分のことのように自慢してくる。
彼の乗ったとされるM/Wのカメラで録画されたモノを先に休憩に入った俺たち前線組に手渡してきてブリーフィングルームでソレを見ると確かに敵を撃退していた。しかも頭部だけを狙って……そこには人が乗っていないことを理解しているような動きだ。
俺とガストが圧倒されたM/Wと互角の戦いを素人であるはずの彼が、敵に武器を抜かせる前に一方的な勝利をしてしまえば俺たちは自分が情けなく感じてしまう。
「俺……才能ないのかな」
ガストは落ち込んでいた。残念ながら前線組には女はいない、彼を慰めるのは俺とチャド、そして元凶であるドットだけだ。
心なしかドットの悪意なき純粋な優しさで立ち直りシミュレーションで彼に教えを乞うガストであった。見る者がそうであるなら彼の行動にプライドはないのかと問うところであるが、強くなることに貪欲な者を止めることこそ要らぬ行動であるため俺たちは彼らを残しデッキに上がる。
デッキでは敵が撤退しても緊張感が続いていた。
当然だろう。なんせ日本領海に侵入したのだから……相手の法が適用され鎖国状態の日本は何をしてくるかわからない。反政府組織がM/Wで武装していると聞く、なら俺たちを快く思わない集団が襲ってくる可能性だってある。
細心の注意を払いながらレーダーを常に確認しながら前へ進む。
あの男曰く俺たちは日本連合政府にとっては招かれていない客だ。
事前通告なしの領海侵犯はたとえ上辺だけの協力関係でも親密な国同士でもご法度だった。
だから警告なしの攻撃も頭にいれなければいけない。
「……連絡をとってくるよ」
少佐が別室に移動し死の商人に連絡を取る。
文字通り命懸けでここまで来て追い返されるなんてのは俺たちにとっては許せることじゃない、だから少なくともヤツの部下かその辺りによる護衛は必要だ。
すると突然艦内に響き渡る警報、識別不明の機体が接近していることを伝えるモノだった。
レーダーを確認するとステルス機能が備わっているのか点滅し上手く位置情報がキャッチできない。
「戦闘態勢を解け!接近機体は味方だ」
そう言って視認できる距離まで機体を近づけさせることとなった。
だが、警戒する相手もこちらの素性を確認するためビームブライトを構えながら接近してくる。
「話が違うんじゃないか?」
「僕らも相手を警戒するように相手だって僕らを警戒する。警告なしの攻撃がなかっただけ信頼できるんじゃないか?」
デッキで近づいてくるM/Wを見ながら冷静にパイロットを分析する。
『所属は……?何のためにここまで来た』
「所属はLEW、ここへは友人に会いにだ」
『LEW!?あのバカ……私にこんな面倒なこと任せたっての?ほんと帰ったらわかってんでしょうね!』
そのパイロットは女性だった。慣れない英語が直訳であったが、最後は日本語で何かを流ちょうに愚痴っている……それの意味を知ることはできなかった。
パイロットは俺たちそっちのけで開きっぱなしの回線で一人愚痴を公開する。
人間らしい反応になぜか安心感を覚えた。軍属は良くも悪くも感情を殺し任務をおこなう者ばかりで彼女のように任務中でも愚痴を言う人間は人間らしくて嫌いではなかった。
『私は出雲の穂乃果中尉です……先導しますので離れないように』
ビームブライトを構えたM/Wは反転し誘導するように前進する。
どこか緩い……そう感じる無線だった。
誘導される俺たちの船は出雲の管理する港、東北と呼ばれる地の僻地に作られた場所で今はあまり使用されていない港のようだ。話によると現在港は中央都市である関東地区に移設されそちらがメインで使用されている。
つまりはこっちは監視の目があまりない俺たちのような招かれざる客人をもてなすための場所なのだ。
しかし、これはおかしな話ではない。どこの国もそのような港が存在する、ここがおかしいわけではないのだ。
目的は政治家や官僚が国からの脱出或いはメディアに予測されずに移動するための手段として残されていることがほとんどである。使用目的があまり表にできない内容のことが多いため港の位置は国民には秘匿されているが……。
「中尉、誘導感謝します」
「いえ……それでは迎えの車の方が待っていますので少佐殿と……」
「教官だ」
「教官殿ですか。車の方へお願いします」
視線の先には確かにリムジンが待っていた。
「それで、彼は?」
「ああ……保護された民間人ですね?彼は私がM/Wで送ります。パイロットの方々は私の誘導に従ってとりあえず基地までM/Wを移動させてください」
そこで機体の交換がなされるのだろう。俺たちは大人しく彼女に従いフラットに機体を乗せて移動させる。
それにしても彼女の機体も月の技術が利用されているのかフラットなしでも飛行ができていた。見た目は完全な人型で合同演習で見かけた可愛い可愛いルックスのモアとは別の機体であることがわかる。
彼らの下を走行するリムジンは2人に対して広すぎるほどだった。
「ケネス、俺たちはこれから出雲へ行くのか?」
「そのはずだよ」
「それにしては中央都市から遠すぎるんじゃないか?出雲って言ったら国防も担う軍事企業だろ。本社はこんな僻地にあるのか」
「…………あまり詳しくはないが昔、日本にはトクガワという武将が居たらしい。彼は天下統一を果したきっかけの戦い関ケ原以降味方になった大名を外様と呼び、自分たちの統治する江戸から遠い場所に配置したと言われている。これが続くのが今の日本だ」
「つまりは恐怖症ってことか」
ケネスは静かに頷く。
やがて彼らの到着した工場地帯、そこに彼がいた。
死の商人と呼ばれ「戦場のある場所に彼の姿がある」と死神にも似た噂を誰もが耳にしたことがある。
着地した数機のM/Wの中には穂乃果のレディもあり、コックピットからは二人の人影が確認できた。
そして、遂に彼らは友人であり死の商人の姿をみることとなる。
「長旅ご苦労さん……」
全身を黒に染めた言葉を話さなければ無機質と感じられる見た目だ。
黒いフルフェイスはどこを見ているのか……不気味ともとれるその姿を俺は知っている気がした。その違和感に気が付いたのは俺だけでなくあの戦場にいた英雄も同じだ。
「僕は特に二人の友人と会えてうれしいよ」
フルフェイスによって視線は合わないが、男はこちらを見ていることはなんとなく察した。
だから俺は男に近づいて一発顔面を殴った。
突然の奇行にみんなが声をあげるなど反応はそれぞれだったが、男が殴られてもここまで誘導してきた中尉さんは何も反応を示さなかった。それどころか殴られて当然のような表情だ。
少し笑みを浮かべているようにも見える。
「死の商人と友達になった覚えはないぞ」
「僕を知らない?特にキミは僕と同じだった……声だけでわかってくれると思ってたのに」
思いっきり拳を当てたというのにこの男は一切ブレることなく、ヒョロヒョロとした体は見た目に似合わず芯がしっかりしている。
意外にもソレは鍛えられた体だった。
男は中尉の方へ視線を向け数秒黙り込むと何か覚悟したような素振りを見せフルフェイスヘルメットに手をかける。
さっき男が殴られたことに表情を一つ変えなかった中尉はこの瞬間、あからさまな驚愕の表情を浮かべた。
その行為自体になにか意味があるのか、それとも他に理由があるのかは初対面の俺たちには理解できないがヘルメットを外そうとする彼に驚いているようにも感じた。
「仕方ないから……顔を見せてあげるよ。久しぶりの再会だしね」
男はヘルメットに手をかけロックを順番に外すとゆっくり持ち上げた。
その男の顔には傷が複数確認できたが整った輪郭を持ち、肌は白く、栄養が足りていないようにも見えた。彼の髪は白と銀色が混ざり合った色に染まり、その深紅の瞳は特に印象的だ。
自らの力で発光する瞳、後にも先にもその瞳を持つ者を俺は一人しか知らない。
AU内戦で見た先輩外国人傭兵……「人を理解するために戦場へ来た」という変わったヤツだった。
俺と同じく英雄も彼の顔を見て出会ったことがあるであろう記憶の片隅に残るソイツを思い出していた。
「穂乃果くん……こんな形でキミにも顔を公開するとは思っていなかったよ」
正直唖然とした……。
私は彼の顔をこんなところで初めて見て、同じく初めて出会った彼らと同じ反応をするのだから笑える。
彼の顔に刻まれた深い傷、深紅の瞳はあのときと同じく自らの力で発光しているようにも見えた。
それにしても整った顔だ……予想通りイケメンが隠れていたが、彼を他の人たちに見せるのはもったいないと考える自分が居る。恥ずかしいが、ここにきて独占欲がこのことを誰にも話したがらなかった。
「久しぶりだねアレックス……志は未だ変わらないか?若き戦士よ」
旧知の仲といった様子で金髪の彼と何かを話している。だが、会話はすべて英語で私には聞き取るのが精一杯であった。
「ケネス……よく彼らをここまで連れてきてくれた。礼を言うよ」
「私に礼なんて勿体ない」
「キミたちに納品する新型なんだが、少し調整に手間取っているんだ。だから先に彼女に挨拶を頼む……工場を出たら部下がいる。彼に従ってくれ」
部下と言うのは彼の部下ではなく指揮官の部下、早田和樹のことである。
LEWのメンバーとその上官二人は彼に従い指揮官の下へ向かった。私もソレに付いて行くものだと思っていたが、保護された民間人を放置して星那は強引に私の腕を引っ張り工場の陰へ連れて行く。
彼からこんなに手荒い扱いを受けることはなかった。その所為なのか妙に興奮を覚える自分がいることに驚きを覚えながら彼に従う。
「すまない穂乃果くん……本当ならキミに見せるつもりは死ぬその時までなかった。裸を見られる以上に恥ずかしいんだよ」
「人の下着姿に発情はしないくせに顔を見られただけで赤面するのね」
「頼む、誰にもこのことは口外せず忘れてくれ。僕の顔も綺麗さっぱり記憶から消してほしい」
「いやだ……」
「え?」
「だってこんな面倒ごとに巻き込まれてアンタには何度もいじわるされた。このくらいどうってことないでしょ?」
「えー」
「彼らを迎えに行く際JUAに照準合わせられたのよ?味方でなくちゃいけない組織に背中を狙われる気持ちわかる?だからアンタの顔は写真に納めますハイ笑って」
ダナの搭載されたヘルメットのカメラで彼の顔を撮影する。
初めて見る赤面し動揺した表情、全体的に幼く見える所為だからかいけないことをしている気分になるが新鮮な反応を見ればいじわるをしたくなるものだ。
「ヘルメットなんてつけてないでその顔で居ればいいのに……サングラスでもかけてたら?」
「ン、考えておくよ……」
その頃、中佐に案内されたLEWのパイロットとその上官たちは夏樹と面会する。その目的はここへ来たもう一つの理由である新型とノアの箱舟の納品であった。
「しかし!これ以上南アメリアの反乱を許す時間はないのです。今すぐにでも我々は新兵器を回してもらえばこちらで解析し量産体制を整わせることができる!」
「少佐殿……少し焦りすぎではございませんか?」
「こうしている間にも月の援軍が南アメリアに合流していれば焦ります」
南アメリアによる反乱、月に加担する者たちを許せないのはどの連合国も同じであった。だが、どんなに連合の力を合わせようとも一歩前を進む技術を持つ月には敵わない。
現在の南アメリアとの戦争は月からの援軍によって阻まれているのだ。空を飛ぶ戦艦にフラットなしで空中戦をおこなうM/Wが大量に送り込まれていれば、数で勝る連合軍をもってしても戦況が停滞していてもおかしくはない。
「貴方たち軍人と違い、国の政治家は和平を考えているようですけどね」
「和平を……?」
「国にとっては自国への被害を抑えるのが最低条件。このまま平行線を辿る未来が見えている戦争は、たとえ自分たちが始めたモノでも国内の民衆による厭戦気運が高まれば月への攻撃が疎かになる。それに大義はあちら側にある……この戦争は我々が始めたことではない、言いたいことは言わせてもらいますが今回の戦争は一層南アメリアと月との関係を強固にした」
誰も反論ができないほど的確な分析だった。
「貴方たちを責めるわけではありません。政治家は国民の代弁者に過ぎない、けれどもそれをはき違え自分の考えを国民の考えだと思い込む者もいる。今回、先に暴力によって南アメリアを制しようとしたのは国家の外交の敗北です。戦争に勝っても負けても新たな火種を生む原因にしかならない」
「ではどうすればよかったのでしょうね……」
「私はまだ政治家ではありませんから何が正解かはわかりません。貴方たちの友人風に言うなら『未来の人間が評価する』と言ったところでしょうか」
眉一つ動かすことなくそう淡々と話す出雲のトップに彼らは冷たい印象を覚えた。氷の女王と呼ぶにふさわしい、アレックスはそう評価する。
彼女の言うことは的をついていて言語化にも優れていた。
戦争は結局、外交に敗北した者が起こす最終手段であって解決策ではないというのを彼女は理解している。
軍人がこの事実に納得しては職を放棄せざるをえないモノだが、その軍人に武器を提供する軍事会社の頭が言ってしまえばもう何が正解なのか判断が付かない。笑ってしまうしかないのだ。
俺たちは何のために戦い、誰のために人を殺し死ななければいけないのか考える必要があるのかもしれない。
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