第壱七話 制裁
トレスの頬を力強く重たい拳が制裁する。
大人の拳を正面から受けた子供の体は浮かび上がり壁に後頭部をぶつけ立ち上がることができなかった。しかし、子供なりの大人に対する怒りを孕んだ瞳はドワイトを釘刺す。
「お前わかっているのか!戦闘中に勝手な行動をするってことはそれなりの戦果が必要となる……だが、お前たちは戦果を上げるどころか原因となってM/Wを何機破壊されたと思っている」
「なら、僕らの上司であるアナタの責任だ……僕は総帥から自由にやっていいと言われた。破壊されたM/Wは僕の部下ではない、アナタの部下だ。管理不足の自分を責めるべきですよ……」
「口答えを!」
床に倒れた少年の胸ぐらを掴み空中に宙ぶらりんとなったところで再び制裁を加える。これは見せしめでもあり、組織の結束を乱す者へ制裁をおこなうことで彼らの憂さ晴らしも兼ねていた。
一部から不満があがるように2人のお子様によって組織には不信感が渦巻いている。これが次に向かうのは2人を用意した月の上層部、総帥となってしまう。
純粋に戦場を求め、強者を探すドワイトにとって自由に戦闘がおこなえる独立部隊とも言えるであろうこの組織を作った総帥の幸一にはある程度の恩はあり、不信感から反乱に繋がるものなら自分の活動する場面が減ってしまう。それだけは避けたいことであった。
空中で自由の利かない状態で殴られ続けるトレスを見て不憫に思ったユナがそれを仲裁する。1つの失敗にしては過剰でやりすぎであったために仲裁に入ったのだ。
「やりすぎです」
「……お前もネックレスはどうしたんだ。CS4、総帥はソレを望んでいるんじゃないのか?」
「アレの持ち主があのM/Wパイロットだから当然アナタも失敗するわ……ソレにあの人は『できればでいい』と言った。元々不可能だとわかったうえでの命令よ」
「ケッ……南アメリアに移動する!これ以上の停泊は俺たちの居場所を知られる可能性があるからな。警戒を続け、休める者は交代でおこなえ!」
ユナは壊れた玩具のように投げ捨てられたトレスを抱きかかえ部屋に連れていく。彼女の部屋ではなく、2人の部屋であるが……部屋を開けると殺意をむき出しの姉が容赦なくどこで手に入れたのかハサミを振り回し飛びかかってきた。
調整をおこなわれた同士であるが、完成形に近いユナのパワーに幼い彼女が勝てるわけもなくトレスを抱えながら無力化に成功する。抵抗を続ける姉に対し冷たい視線を向けるのだった。
元はと言えば彼女も失敗作、そのため今のような無策でその後を考えるような頭を持ち合わせていない。
「落ち着きなさいウナ……トレスは生きてる」
「離せ淫売!お前からあの男の臭いがする!不愉快な感覚、私を殺そうとした敵の臭いだ。違う私を置いていったクソ野郎の臭いだ!」
「彼は貴女にとってはそうでしょうね。彼も自分の内側を貴女に探られて憤りを感じていた」
「お前はあの男の味方をするのか!やはりお前は信用できない女だ!」
「なんとでも言いなさい」
ウナを拘束しながらハサミを奪い取り部屋の外へ投げ捨てると先にトレスを解放した。その後両腕が自由となったことでウナに心置きなく集中することができる。
背後から全体重を乗せチョークスリーパーによって抵抗を抑えつければ身体強化が施されている彼女でも抜け出すことができない。一気に締め上げても構わないが、それでは教育にはならずどちらが上であるのかを教えつける必要があった。
拘束され圧迫される首を解放させるために必死に抵抗するウナであったが次第に落ち着き始める。抵抗しても無駄だと悟らせたのだ。
「締め落とされなかったことを感謝しなさい」
「知ってるよ昨日お前もアイツに抵抗できなかったんだろ。男女の関係だからか、それとも別に何かあるのか」
「知ってどうする?」
「完成形であるアンタの失態だ……場合によっては上に報告」
ユナは無言で首を絞める腕の力を上げた。
「これは肯定と受け止める……2人で何をした?」
「言わない」
維持を張った……別に何もしていないから言っても構わないのだが、彼女に言いたくなかったのだ。
「貴女こそ日頃の行いを改めなければ再調整が入るわよ……また機関に戻りたい?」
すると彼女は抵抗する力を緩めた。完全に抵抗する気力を失い、それどころか怯え始めたのだ。
脅しが過ぎたと反省するが事実を言ったまで……2人は地球に来て未だ成果を上げていない。焦った月の機関が研究の差し止めを受ける前に2人を再調整しまた新たな人格を生み出す可能性がある。
誰にでも可能性はあるものの、女性と子供が目覚めやすいと言われるが理由はハッキリしていない。
逆に
半ば強制的に目覚めさせられたウナは私によく干渉をしようとするが、一度も成功したことがない……干渉をする者はただ触れ合ったりつながっただけではいけない。
感情と意識の接触が必要なのである。より親密に体と心を許し合えるような存在でなければお互いを知ることも干渉することもできないのだった。
けれども私から彼女に干渉することはできる……私が彼女を一方的に受け入れれば彼女と心を通わせることができるのだ。実際におこなえば彼女は間違いなく嘔吐するだろう。慣れていないことをすれば脳に障害が発生するのだった。
「大人しく命令を聞きなさい……そうすればいつか自由になれる」
情緒が崩壊し始めたウナを残し彼女は部屋から出て行った。その後はどうなるか彼女は考えることもなくトレスが目覚めれば勝手に慰め合うだろうと予測しているからだ。このように半端者は人と人の距離を知らずソレが同じ血の通った兄弟であっても関係がないのだった……。
太平洋を横断しようと津軽海峡を抜け始めた頃を見計らい私は甲板にあがる。髪を結ぶゴムから彼に取り付けられた発信機を外す。
「聞こえているんでしょう……?こんなものを取り付けなくてもあなたは私を見つけらる。私はまたあなたに会いたいからすぐ会えるわ……それまで、さようなら」
保険をかけるために取り付けられたであろう小型の発信機を握りつぶし粉々にするとソレを海に撒いた。
それと同じ時間、指揮官室で星那は最後の彼女の言葉を聞き盗聴と追跡を終了する。南アメリアに行くことは確定した……夏樹にそのことを伝えすぐに北アメリアへ情報が共有されることとなった。
北アメリアでは新設のLEWのM/W部隊が有力視され今回の作戦によっては正規軍に上がることだろう。
「一緒に懐かしい声まで聞こえたよ……。昨日のM/Wに乗ってた彼女は僕を殺そうとしている」
「あら、この国にも貴方の命狙っている人はたくさんいますよ。それより彼女を泳がせて正解だったでしょう?あのまま情に流され彼女を匿えばこの後の捜索が面倒になっていた」
「キミは鬼だよ」
「監視はあの時間切っていたことは知っているでしょう?だからなにしてもよかった。何もしなかったのは貴方の落ち度よ」
「指揮官なんの話ですかそれ」
「穂乃果くんには関係ない……」
「理性で男を抑えるとは紳士ですね」
「夏樹くん、キミは口を閉じるべきだ」
さて、スポークスマンと異邦人の位置は特定ができたが、よりにもよって拠点が南アメリア……月神教の総本山ではないか。これに気が付いた夏樹くんも僕と同じく大きなため息をつく。
だが、納得もいく……南アメリアの『月神教』であれば彼らを匿う可能性があった。それに限られた資源で戦う月が資源の豊富な南アメリアに目を付けないわけがない。
「僕らは地球に残った国家とも戦争をする必要ができそうだな……」
「彼らの姿勢しだいですよ」
『月神教』とはその名の通り月を神として崇める宗教だ。アポロ、アマテラス、インドラと太陽の神として君臨するならその逆と言っていい月にも当然神は存在する。
だが、月神教は月の民こそ神の使いであり、その頂点に君臨する者こそ世界を導き、世界を浄化する神であるとしていた。この場合は深瀬幸一と言うことになる。
ただの宗教、そう思えば国家単位で信仰宗教が統一されていた時代もある、おかしいことではないようにも感じられた。しかし、今の時代国家の運営を宗教団体がおこなっているというのが世界にとって異常となっていたのだ。
批判をしたいわけではない。だが、受け捉え方が違えば変化する法は国家としては曖昧なのだ。民主主義に従った結果、力と影響力を広げた宗教が国の頂点に立ってしまった……一部では好ましくない状況となっていた。
まず、北アメリアがその一部である。彼らは現在世界中の連合と同盟関係にあるが、それは表面上の話。裏では情報機関を潜り込ませ国家の内情を知り月との戦争終結後の覇権を守るために必死だ。特に同じ戦力で自分たちと同じかそれ以上の人口を擁するユーラシアは仮想としてちょうどいい、というよりお互い終結後は敵対する運命が決まっている。(同盟期間は戦争終結後自動的に破棄されるようになっている)
そのため南アメリアとオセアニアを味方に巨大な要塞、ユーラシアの影響力を封じ込める作戦が現在もなされていた。俗にいうユーラシア包囲網である。
だが、南アメリア内での月神教の台頭により50年以上も続いていた北アメリアとの関係が悪化し始め、逆に北アメリアが封じ込まれる可能性まで発生していた。
今回、月神教が月の民を匿うなどのことがあれば間違いなく最初に行動を起こすことだろう。僕もスポークスマンの拠点があそこであるなら協力するつもりだ。
「とにかくパイプは使っていつでも空港か港を確保できるように手配はしておく。北アメリアに恩はなるべく売っておきたい」
「私は何も聞いていませんので……」
「ああ、僕の責任でいいよ。その代わりキミたちはキミたちのやるべきことをやるんだ」
「まるで我々が物騒なことを起こすみたいな言い方……」
「え?なにやるんですか……」
今回を機にこの世界は一気に歯車を回転させることとなる。それぞれの組織が今後を睨み世界の手綱を掴むため動き始めた。
「至急僕は工場のライン整備を行わなければいけないようだね。彼女は僕のために色々月から持ってきてくれていた」
「ああ……それが例の」
未だ封を切っていない重要なディスクが入った封筒をポケットから取り出す。『Dシステム』と呼ばれる月の持つ技術が記された重要資料である。本来はもっと違う方法で手に入れるつもりであったが、彼女の厚意に甘え必要なモノを受け取った。彼女の間接的な仇討ちだ。
彼女のおかげで予定ならあと5か月はかかったであろう面倒な工程を3か月は短縮できる。
僕は監視役を抱えて部屋を後にした。
「何を隠れていたんですか……もう彼仕事に向かってしまいましたよ」
誰もいないはずの部屋で彼女はもう1人に話しかけた。重要な電話だけが繋がるシークレットルームから現れた彼女の妹、実際に血がつながっている関係ではないが彼女は本当の妹だと思って、今も彼女が何を考えているのかを理解している。
「なんで彼を許したの……」
「彼にもう罪はない、いや初めからそんなものはなかった」
「違う。あの人形との関係よ」
「何か感じ取ってしまったの?」
「ええ、2人から気に食わない感情よ」
苛立ちを隠せない妹は爪を噛み瞳から光を消した。悪い癖、夏樹はいつも通り叱りたかったがこれ以上刺激すれば彼の命が危ういと考え何も言わないことにする。
悪いことをしたと思っている……だが、2人の関係を古くから知る彼女はソレを利用することにしたのだ。星那の許可もとっている。だが、これにマナは納得がいっていない。
「ごめんなさいとは言いませんからね……仕事ですから」
「そんなもの望んでいない。それより中尉と私の仕事交換してよ」
「彼女にはアレが適任なんです。彼から色々な知識を取り込んであのセンスを磨いてほしい」
「色気も?」
「ソレは勝手に彼女が覚えるわ」
それから数日の間に《ミッドウェー級》出雲航空母艦3隻、《ガダルカナル級》補給艦4隻の改装が始まった。
月より奪取されたDシステム通称『デッペルフロートシステム』によって、人類はノアの箱舟を手に入れることとなる。
一足先に月からの来訪者はそのシステムにより大気圏を突破した補給艦で南アメリアに寄港していた。
勿論、事実確認を終えた北アメリアとユーラシアがソレを黙って見ているだけのはずはなく証拠を揃えすぐさま南アメリアとの会談を開始しした。場合によっては軍事介入も辞さない姿勢を見せると南アメリアはソレに反発し交渉を破棄、その数時間後地球に残存する国同士の争いが始まった。ユーロ、AU、オセアニアは地球の内戦に対しては傍観を貫く。
M/Wを投入した近代戦争……それは月と地球の戦争ではなく、地球に残る者同士のいざこざによって開始された。
内乱に近しいこの状況は地球勢力にとっては痛手である。同時に開き直った月からの来訪者の数も増え、空を飛ぶ船を隠すこともなく大気圏内に大量の艦隊が出現すれば地上のM/Wだけでは対処をすることができなかった。
結果的にその軍事介入は月による介入も招く事態となったのだ。
本来ユーラシアと北アメリアは同国を傀儡国として管理することを画策していて、恐らく目的は地中に埋まる資源であろう。
しかし、月からの援助を受けた南アメリアは彼らの思惑通りとはいかず逆に月の傀儡としてそれから数か月の間、月に地球資源を送る新たな資源地となってしまった。
さらにその戦争が泥沼化することとなったのが、南アメリア内でも同時にどこかから支援を受けた反宗教、反政府組織が立ち上がり港と空港を占拠したことでありソレは連日報道の的であった。武器を得て、M/Wを乗りこなす南アメリアの人口3分の1が反政府側として戦っていれば苦戦もする。ゲリラ戦が展開され月のM/Wであっても予想外事態に苦戦をする結果となった。
死の商人はその光景を見てスポークスマンへの手がかりを集めることを専念する。武器と港の占領と情報を交換条件にしてだ。しかし、彼の下へ来るものはどれも使えない情報ばかり、だが支援をやめることはなかった。
「まだ……見つからないのか」
作業場のソファに寝ころび天井を見上げながらバイザー内に映しだされる世界各国のニュースや新聞記事、時にはゴシップ記事にまで目を通しスポークスマンに繋がる情報を収集していた。
しかし、決定打になる物はなく南アメリアと月の間で締結された『共存宣言』や『徹底抗戦』といった南アメリアの現状を表す記事しか出回っていない。そればかりか請求書や星那に対する出頭命令、戦争関与の疑いでユーラシアと月から脅しが来ている。
その分、北アメリアは賢明だった。
現在の戦艦改修作業で得た技術を共有することを約束しているため何をしても彼らから文句は出ない。
早いところロケットを打ち上げ小惑星に兵を送り込むだけでは戦局が変えられないことを理解しているのだろう。補給がなければ3つの資源惑星を取れたところで戦線を維持できない。兵士の無駄死にを避けるために新たな方法を模索している。
すると電話が鳴り響く……国際電話の方だ。
「もしもし、ああ僕だよ。電話番号を覚えていたんだね?どうしたんだい」
相手は少年の声で、まだ大人とは言えない丁度中間の思春期という声だった。成長段階の高い声は幼さを感じる。
そんな彼は何か怯えるような……必死に何かを察してもらおうとしていた。だが、僕はそこまで便利な人間ではない。見えないものを彼の声から想像することはできずもっと正確な情報が必要だと考えた。
「……まあ、一度少し落ち着いて深呼吸するんだ」
すると少年は僕に言われた通り深呼吸をして一度自分の頭の中で今起きていることを整理し始める。僕は彼が落ち着いて考えられるように手助けだけはする。
「まだ島に居るのかい?ああ、居る……じゃあ、何があったのかゆっくり丁寧に教えて」
彼は不自然に単語だけで話し始めた。「海」「鋼鉄」「巨人」「男」「敵」「血」とこれだけ言い残し一方的に通話を終了する。
鋼鉄と巨人が表す言葉はM/Wであるのか神使いであるのか判断が難しいモノの敵が居ることはわかった。そして彼は島に居る……彼の住む島はオセアニアのサジェ島、太平洋諸島の最北端の小さな島だ。
しかし、僕にはやることがある。この場を離れてバカンスと言うのは誰も許してはくれないだろう……。
なので僕は、頼れる友人に電話をつなぎ彼らの力を借りることにした。
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