第壱五話 LEW期待の新星

—星暦2170年10月27日 ヴァーリアナ州北アメリア連合艦隊司令部LEW本拠地


 太平洋連合艦隊の全滅の電報が入ってる直前、俺はケネスに連れられヴァーリアナ州に本拠地を構える北アメリア連合司令部、通称LEWの本拠地に招かれた。

 目的は当然、M/Wのパイロットの育成と彼らの生存率を高めること……既に前線を退いた俺は偉そうに次の世代である若者に対してそんなことを教えなければいけない。

 これから彼の運転で俺はそのパイロットが待つ基地に向かう。

 北大西洋の海岸は美しいことは知っていたが、月から毎日のようにヤツらが来るようになってからは人があまりビーチに寄り付くこともなくゴミ一つ落ちていない。理由さえ聞かなければ旧世紀の人間が見たら感動すること間違いなしだろう。


「なあ、マック。キミは太平洋艦隊出身だろあっちの海はどうなんだ?ここより綺麗だったりするのか?」

「エイリアンが落ちてくるようになってから濁りに濁っていたよ。それにあっちは荒れる時は漁船が簡単に転覆するくらいの大荒れさ、泥を巻き上げた重たい波が船を揺らす感覚はもう俺には耐えられないだろう。海底火山も多くてな、一度噴火して衝撃波を感じたよ」

「まさに過酷なアジアって感じだな……お、見えてきたぞ」


 ケネスの運転するGeepがようやく目的に到着する。フェードカットで生まれつきの黒い肌にサングラスをかけたケネスはLEWのゲート警備員に自分のIDカードを提示すると踏切式のゲートが開かれる。

 俺の所属していた太平洋艦隊の本拠地であったオリガル州の基地よりも広大な敷地で政府機関も多く入っているノースエンド統合基地。アメリアを守る海空軍事基地には当然空母もM/W専用施設も備わっている。

 迷彩柄の(筋肉によって内側からはち切れそうになっている)軍服を着た兵士たちが自主トレの為にランニングをしていた。彼らはケネスを見ると一度立ち止まり敬礼をしてまた走り出す。


「これからキミに育てて欲しいパイロットたちを紹介するよ。彼らには才能があるんだが……」


 ケネスは右手で頭を掻くような仕草をしてそれ以上を語らなかった。その反応は俺にとってこれ以上ないわかりやすいジェスチャーだ。

 M/W専用格納庫には既に彼の言う優秀なパイロットたちが一切の狂いなく一定の間隔をあけて整列していた。

 男だけでなく女も居るところを見るといつの時代もM/Wパイロットは実力主義であることは変わらないようだ。


「アレックス・レグナー准尉前へ!」


 レグナー准尉はケネスの掛け声に合わせ踵を打ち鳴らし教科書に載っても違和感のない敬礼に思わず答礼を行う。

 黄金に輝く髪の毛は所々に癖がありワックスでセットされてた。首にぶら下がるドッグタグにはLEW独自の称号、大きな功績を残した者や敵にその名が知れ渡った者に送られる二つ名である『陸の覇者』と刻まれていた。つまり彼は私と同じ傭兵出身で第二次AU内戦から戦果を上げ生還したということだ。


「LEW特別M/W機動部隊第一課総員七名異常なし!」


 M/Wパイロットは当たり前だが戦闘をM/Wに乗って行うため筋肉はあまり必要とされていない。どんなヒョロヒョロなノッポでもM/Wに乗ればスーパーマンと互角に戦えるとまで言われている。だが、目の前に並ぶ7人は体つきがしっかりしていた。

 ソレは女性であっても例外なく、多少生物学的に男女の差はあるが街中で見かける民間人よりは鍛え上げられた立派な体をしている。


「マック、彼らがこれからキミの教え子になる子たちだ。軽く自己紹介でもするか?」

「ああ、わかった。オホン……マックース・ガラディエだ。元太平洋艦隊で大佐をやっていた。訳あって先日牢屋から出てきたが、なぜ入ったか説明する必要は……なさそうだな」


 整列する隊員の顔を見ればその表情に答えが出ていた。

 目の前で敬礼をしながら点呼を取った陸の覇者も同様に。それどころか彼の視線が一番俺にとってはキツイものだった。


「では、早速だが次の任務の話に入ろう……と思ったが電話が鳴った。すぐに戻る」


 俺を彼らの前に残してケネスはその場から離れてしまった。しかし、彼の姿は確認できる場所にあったが、どういうわけか大きな声を出して小刻みに震えているようにも見える。

 そして俺を呼び出した。


「どうした?緊急事態か?」

「あ、ああ……マズいことが起きた。キミの居た北アメリアユーロ太平洋合同艦隊が太平洋上ですべて撃沈された……原因は不明だ」

「…………なに?ソレは確かなのか?」


 彼は軽く頭を縦に振った。見たこともない量の汗を流し分厚い唇が震えていることがわかる。


「もしかしたらすぐに彼らを出動させなければいけなくなるかもしれない……それまでになるべくキミの技術を叩きこまないと」

「ああ、そうだな……それで彼らにどうソレを説明するんだ?」

「大丈夫。彼らは取り乱すことはないはずだ」


 そしてケネスは彼らに今あった報告を一字一句間違えることなく彼らに伝えた。

 彼の予想通り選ばれし7人は取り乱すことなく自分たちに下される命令を待っている。しかし、中には自分の親が太平洋艦隊に従軍していたという……彼だけは一瞬表情が変わった。


「我が新設M/W部隊はある人物の働きかけによって作られた多国籍部隊。北アメリアに住まう才能ある者たちを宇宙に飛び立たせることが目的、しかし、地上でのM/W戦闘が現在の主な任務である」

「何となく予想はつきますが……本当にあの男なんですか?」

「ああ、彼は北アメリア政府に対し現代版ノアの箱舟を提供することを約束し部隊を作った。彼の情報によると月の民は既に箱舟を完成させていて地球へM/Wを輸送することが可能であると予測されている。我々は地上でそのM/Wと戦うことが専門となるだろう」


 やはり『あの男』というのは軍隊では共通の認識となっているのだろう。俺だけがわからない存在をイメージしている間に軍には次々と情報が入って来る。

 基地内の警報が鳴り響きM/Wの準備を行う別部隊、恐らくはエイリアン討伐隊だろう。彼らのM/Wは素早く専用の小型輸送機ジェットフラットに乗せ円盤型の輸送機の影が次々に飛び立っていく。

 ジェットフラットは俺が軍に居た時から現在まで輸送専用として前線を走り続けているようだ。M/W1機から2機までを乗せることができる円盤でソレに乗っていれば輸送だけでなく上空から攻撃をおこなうことができる。そのため軍では長いこと重宝されているのだろう。

 出動するM/Wに視線を向けることなく出動命令がでなかった隊員はケネスの話を続けて聞いているのだった。


「これより彼に引き継ぎキミたちの育成をおこなってもらう……ではマックよろしく頼むよ」



 太陽が昇りやがて沈んだ。エイリアン討伐隊も帰還し始めた頃、滝のような汗を流し地面に突っ伏していた若き隊員たちの姿が見られた。

 パイロットたちが笑いながらその横を通りすぎることで、彼らは選抜されたパイロット強化育成を受ける者でありながらこの程度で音を上げていることにプライドを傷つけられ今すぐ逃げ出したかった。

 しかし、逃げ出すことはもっと彼らを惨めにするため実際に実行する者はいなかった。


「な、なあアレックス……。ケネス少佐が言った通りあの人本物の英雄だったな……こんな訓練を一緒にやってたのにまだ続ける元気があるんだぜ。イカレてるよ」

「何を浮かれているんだハイネム。例え英雄であっても一度祖国を裏切った人間に気を許すことは許されないぞ……」

「え?でも、お前昨日夜遅くまで灯りをつけてウロウロしてたじゃないか。緊張して眠れなかったんだろ?」

「う、うっさい!」


 そうだ、確かにハイネムの言う通り昨日の俺は少し緊張していた。

 例え裏切り者であっても俺の憧れであり命の恩人であるあの人を前に平常を装うのは大変だった。点呼の時あんな近くで俺は表情を変えずできたのか?

 彼は不安に思っていた。


「でもよぉアレックス。命の恩人だって言ってもあの人お前のこと忘れてるんじゃねえか?何も反応なかったし」


 確かにあの時英雄の瞳の向こう側に自分は映っていないようだった。英雄の瞳は暗く閉ざされた寂しい目だったように感じ、それは獄中でどんな生活をしていたのかを俺に教えてくれていた。

 自分の中で少し寂しいのはあった。しかし……。


「あの人はそれだけ人を助けたんだよ。俺みたいなやつを沢山な……だから顔と名前をすべて覚えることは不可能だ。だから、あの人は英雄と呼ばれている」

「でもよお……」

「アレでいいんだ」

「…………お前がソレでいいなら別にいいけど」



―2162年第二次アスラ内戦 場所:ブリンジ/ジンガ。

 アフリカのジャングルの中で俺は何度も死を体験した。

 銃撃戦は映画で見るような撃ち合いではない。地面ではねるやけに軽い音の恐怖、虫の持つ未だ解明されていない病気による感染症。これらは簡単に人の命を奪うことができた。

 俺の仲間は何人も死んだ。それはもう簡単に。

 酒の大好きなアイツはアメリカに帰ったら一緒に酒を飲もうと未成年の俺に約束していたが、ジャングルで待ち伏せに会って撃ち殺された。体中穴だらけのハチの巣にされた。しかし、彼は女と遊ぶ金のためにこの内戦に参加した。

 死んだのはアイツが弱かったからで、自業自得だ。俺はその日、これ以上ゲリラによって被害が増えないように撤退を決めた。

 アメリアに家族を置いて世界の秩序の為、アスラの幼い子たちが死なない世界を作る為に戦場に来た医者の男は略奪者たちに殺された。

 「人を殺すために戦場に来たのではない。敵味方関係なく救える命は救う」と言っていた男だったために彼は武装をしていなかった。医療専用の赤十字テントに武装した男女合わせて7人が乗り込んできて殴り殺されていた。顔面は元の顔を忘れてしまうほどに変形していた。そして、金目な物と薬品は一つ残らず奪われていた。

 俺は酒好きなアイツの時とは違い、ヤツらをどこまでも追い回して捕獲して簡単には死なせなかった。

 コイツ等は敵味方関係なく救う医者を殺したんだ。

 俺は己の持つ感情を怒り以外殺し、捕獲した一人の男が医者の男にしたことと同じ結果を与えた。

 しかし、絶対に殺さない。

 戦争は俺の理性を破壊し、俺をどこまでも獰猛で残酷な生き物へと変える。

 女は2人いた。どちらも俺に足を撃たれ既に泣き叫んでいた。


「お前たち二人はどんな死に方がいい?俺は傭兵だ。軍人じゃない」


 女たちは失禁しながら何かを訴えていた。けれども、俺にはわからない言語だったためにロープで足を縛り木にぶら下げて女の顔を目一杯殴った。サンドバッグのように戻ってくる頭をまた力いっぱい殴る。テントで生き残った看護師がこいつ等が笑いながら医者を殺していたと震える肩を一生懸命抑え泣いて教えてくれた。

 だから俺は笑いながら女二人の顔を殴った。拳に付いた血が俺のか女のなのか分からなくなるくらい殴り続けた。

 さっきまで気絶していた仲間の一人の男が俺にわかる言語で「もう許してくれ、なぜそんなに殴るんだ。俺たちは医療品が欲しかっただけだ」と訴えてきた。

 俺は女一人の肩を持っていたハンドガンで撃ち抜いて拘束されていた男に近づく。

 男は怯えた様子で地面を這いずり木に体を擦りつけながら起きあがり、歯をガタガタ鳴らして目から涙がこぼれていた。

 丁度、あの医者の潰れた眼球から出ていた液体の様だった。


「なぜ殴るか……考えていなかった。正当性が必要だよな……殴るための正当性。泣いて命乞いをするお前たちを黙らせるための理由が」


 俺は男の膝を撃つ。喘ぐように泣く男の膝からは赤い血液が流れだし地面の落ち葉を潤わせる。


「お前たちが狙った場所にはどんな旗があった?赤十字のマークが入った俺らはずれ者集団の傭兵も襲ってはいけない場所をお前たちは襲った。看護師を見逃せと命乞いをする医者から医療品は受け取っていた……だが、お前たちは笑って彼を殴り殺した。違うか?」

「ああ、そうだ……そうだよ。アイツに言われてやった!だけど仕方ないだろ……?俺たちは生きるために必死だし、仲間になるヤツを間違えた。自分の言いなりにならないヤツは殺すってヤツなんだよ」

「だから?」

「だ、だから……?だから俺たちも被害者なんだよ……生きるためにやった。お前だってこの国に来て人を殺す理由があるだろ!?それとどう違う」


 俺は次に左肩を撃つ。そろそろ男には限界がきていた。もう叫ぶ声すら残っていなかったようで体から力の抜けた人形のようになりはじめていた。


「俺は治安を維持することを目的に来た。ついでにこの国に住む友人を救いに……そのための殺しを正当化するつもりはない」

「ば、馬鹿め……ソレが正当化だと言ってるんだ……。俺たちの国で人殺しをするお前たちと同じ血が流れているあの男を殺したってなにも悪くねぇ!俺は……俺は正しいことをやったんだ!」

「神にお前のようなクズ野郎を裁かせるわけにはいかないな……」


 眉間に銃口を当てると遂に男は白目をむいて死んだように気絶していた。眉間に当てていたハンドガンだったが引き金を引いても弾が出ることは無かった。男を撃っていたら弾が無くなっていたようだ。

 残りの3人の男を捕まえた俺は、彼らの足と腕の骨を適当に折って近くを流れる川の水面に頭をつけて放置した。疲れて頭を下げたら溺れてしまう倫理道徳を完全に捨てた処刑方法だ。

 俺はこの日、改めて人間は恐ろしい生き物だと言うことが分かった。


 北アスラ反政府連合部隊とアスラ統一政府によるアスラ大陸の主権戦争。世界の歴史はこれを第二次AU内戦と呼んだ。

 第一次は連合体不参加を表明した北アスラ諸国とWcAや国連が支援するアスラ統一賛成派の南側勢力との対立。約4年続いたこの内戦により死者は50万人、難民は1000万を超えたと教わった。

 南北戦争の結果は国連の支援を受ける南の全兵力を投入した総力戦の末、北側分離同盟の降伏によりアフリカは統一された。

 そして、俺の参加した第二次AU内戦。

 今回も北側分離組織による反乱が原因だ。宗教的にも文化的にも異なる価値観を持つ地域を統一するのは暗闇で針に糸を通すくらい困難なことだった。特に北側分離主義者たちはアスラの大多数が信仰する宗教とは異なった価値観を持っていて、日常ではソレを隠して生きてきた。

 しかし、我慢の限界と誰かにそそのかされたのか武装をいつしか始め同志を集めた彼らの戦力は一国に匹敵したと言われる。

 そのため北側分離主義によるスエズ運河封鎖の動きに国連が気づいたときにはもう手遅れとなっていた。アスラ統一政府首都のレトリヤに対して戦闘機による自爆特攻が行われ、同時にケープ、ブルーフォンシュタインを占領し数時間のうちに統一政府を機能不全にすることに成功。

 この情報を受け最初に動いたのが世界の統一化運動を促進してきた世界連立同盟WcA政府首脳らだった。

 彼らは人種や宗教による優劣をなくし世界の壁を取っ払い、世界を一つにまとめるアンチレイシズムを掲げた世界政府だ。

 彼らの登場は2069年と言われているが、この時代を記す歴史は誰も知らない。不思議な話だが、2042年以降から100年に入る間の記録は世界で曖昧になっている。その為WcA発足の記録は謎に包まれていた。

 彼らは既に独自の軍隊を組織して分離主義者へ毎日のように攻撃を始めた。

 世界を自分たちのエゴでまとめ、ソレに従わない異端者は排除する。彼らの主張は矛盾していた。だが、彼らに異議を唱える指導者は現れなかった。

 そして、この戦争の英雄と呼ばれる男のムバラ奪還作戦は有名な話で知らない者はこのアメリアには存在しない。

 だが、英雄と呼ばれた男は戦争終結の数か月後に逮捕された。裏切りと反乱の扇動の罪だった。


「だがよぉ、なんで英雄って逮捕されたんだ?裏切りって実はWcAの陰謀だって話が有名だけど……」

「あまり俺らが詮索するのは良いことじゃないだろうな……。英雄の称号を持っていても着せられるモノなら首を突っ込んで余計なことを知った時点で何も持たないお前は死ぬだろうな」

「ひぇぇ。人間のやることじゃねぇよ……」

「触らぬ神に祟りなしってやつだ」

「それってどこのことわざだっけ?て、おい待てよ!」


 2人はM/W専用倉庫から出ると自分たちの寝泊まりする宿舎へと走り出す。50m走は2人とも六秒台をキープしているため倉庫からは3分以内に到着できる。

 揺れるドッグタグが肌を叩き、一定のリズムで細かく呼吸をするたびに肺が締めつけられる。一般には苦しいと感じられるこの感覚がアレックスにとっては快感であった。

 宿舎に入ると既に他の部隊の靴が乱雑に並べられていて、玄関から入って右側の食堂からシチューのいい匂いが漂ってくる。

 食堂に入ると広い部屋が屈強な男たちによって見た目より狭く感じてしまう。男の臭い、汗や加齢などのどんなに頑張っても隠せない臭いは部屋を汚染しさっきまで楽しみにしていたシチューの匂いを上書きする。

 鼻をつまみながらハイネムは空いている席を探す。だが、俺たちの席は無かった。俺たちの通る通路には必ずと言っていいほど道を塞ぐように足を置かれる。


「おい、足を退けよ……臭うんだよ。あ、女に尻を蹴とばされるのが趣味のてめぇにとってはうれしいことか。ごめんよぉ俺が男で」

「おい、ハイネムやめとけ……」

「オイテメェら聞いたか?このお坊ちゃんたちが俺の足を蹴り飛ばすだとよぉ!なんだここにパパに買ってもらったM/Wでも持ってくるんでちゅか?」


 ハッキリ言って不毛な争いだった。

 M/Wのパイロットというのはどこの国でも基本的にエリートに分類される。適性の無い者は落とされ、優秀な者だけが乗れる兵器は皆が憧れている。パイロットを目指してここへ入隊してきた者も多く、失敗から腹いせに嫌がらせをおこなう者も少なくない。


「おいやめろハイネム、何も俺達がコイツらと同じレベルまで知能を下げる必要はねぇよ……。今日は他で飯食おうぜ」

「ああ、そうだな……」


 何とかいつものような喧嘩に発展せずこちらが大人な対応をすることでなんとかこの場を立ち去ることができた。奴らは「逃げるのか負け犬など」自分に返ってくる評価を気にせず吠え続けるが、彼らがなぜM/Wに乗れないのかは一目見れば理解できる。

 晩飯を食べ損ね、空腹のお腹をさすりながら2人はまた外へ出る。いつものことだと思えば耐えることはできるが同時になぜ自分たちはこんなにも惨めな思いをしなければいけないのかという疑問も生まれていた。俺たちは厳しい適性検査や訓練を乗り越えてエリートになったが小さな嫉妬によって居場所を奪われている。


「ああ!畜生!なんなんだアイツらはよぉ!?なんでアレックス、お前は我慢できるんだ!?」

「俺だってあいつらは嫌いだよ。でもお前この間あいつらと殴り合いして謹慎受けたじゃねえか……。幸運にも少佐のおかげでM/Wから降ろされなかったから良かったけど次は無いんじゃないか?」

「そ、そんなこと言われたってアイツらに言われっぱなしじゃ俺は我慢できないんだよ!」


 だからと言って殴っただけでアイツらが大人しくなるわけでもないし、こっちはM/W搭乗資格をはく奪されては元も子もない。

 殴ってスッキリするか戦場でM/Wに乗りヤツらより成果をあげるかどちらが賢明な判断かはしっかり成熟した脳みそを持っていれば判断できる。

 悲しいが、人間は我慢をしなければいけない。必ずしもその先に光があるとは限らなくても己の能力を信じて耐えるしかない。

 そんなことを考えながら再びM/W倉庫に戻ると俺らと同じ扱いを受ける同志たちが細々と飯を囲んでいた。

 俺たちにとってはコレが恒例だ。


「お前らまた追いやられたのか?」

「アンタたちも一緒じゃない」

「まあな……」


 マリンの言葉に俺たちは反論できなかった。

 唯一、軍の中で意識の違う宿舎の違うチャドが俺ら底辺宿舎住みのために飯を用意してくれる。彼の宿舎は俺たちとは違い全員が軍人としての誇りを持ち、規律を重んじていた。

 だから彼が宿舎の責任者に話をしたらこれを許してくれたわけだ。

 俺たちは小さく縮こまりながら飯を食っていると少佐が顔を見せた。俺たちに見せたい物があるようだが、1枚のディスクだ。

 学校の資料集でしか見たことのない古い過去の産物だ。専用の機械に入れると映像が映し出される。


「これ……M/Wのカメラ映像じゃないか?しかも相手もM/W……初のM/W同士の接近戦闘だ」


 映し出された映像にはM/W同士の戦闘が捉えられていた。

 コレが本物であれば場所的に宇宙ではなく地上で……地球内で初のM/W同士の戦いということになる。

 そしてこのパイロット、とても優秀だ。遠距離からの攻撃を視認する前に躱している……しかもその攻撃で相手の癖を見抜いている。「マニュアル通りに動く相手」と認識したのだろう。


「おい、なんだ今の戦い方!?ヒートエッジ投げつけて爆破した?」

「閃光弾の役割だよ……たぶん安価なモノを使っているから惜しみなくできたことだろう」

「牽制射撃で誘導する……このパイロットできるな」

「だけど、この相手パイロットもそれに対応しているの十分すごいんじゃない?」

「これはつい最近……と言っても今日なのだが撮影された物だ。このパイロット曰く太平洋艦隊に攻撃を仕掛けたのはこのM/Wであると予想されている」


 朝の報告にあった太平洋艦隊の全滅は正直ショックだった。多国籍の合同艦隊だっただけに無敵と思っていたのが、こうもあっさり負けてしまったのだから。

 M/Wを蔑ろにした政府上層部は今頃、血相を変えて増強に励んでいることだろう。


「このパイロットは相当訓練されているんですね」

「彼の本業はパイロットではないよ」


 パイロットではない……?

 その言葉に俺たちのプライドはさらに打ち砕かれた。

 俺はこのパイロットを目の前に模擬戦を行っても勝てる気がしない……それどころか3分生き残っていればいいと思ってしまうほどだ。戦っている相手の機体にも俺たちの技量で勝てるかは不明である。

 そんな奴がパイロットではないと言うのだからみんなの顔は暗闇の中に紛れてしまうほど沈んでいた。

 流石に少佐はこの状況にマズいことを言ったと自覚していて言葉を続ける。


「しかし、マックはこれと同程度の動きをできる。キミたちもソレを学べば少なくともこの国で上位の人間になれるはずさ」


 そうだ……俺はあの憧れの英雄から学べるんだ。

 俺もきっとこのパイロットのような判断力を身につけることができるはずだ!

 俺は不思議とやる気が湧いてきた。

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