第壱四話 交差する者
国会議事堂会議から二日も経たないその日、出雲の司令部に一本の電報が飛び込んできた。
—ユーロ北アメリア合同太平洋艦隊、太平洋諸島に沈む。
そのニュースは瞬く間に出雲だけでなくメディアによって拡散され世界ニュースへと変わる。
無敵を誇るとされる艦隊が一夜にして沈められたことはそれだけ大きな動揺を波紋させることとなったのだ。未だ原因は不明であるが、ユーロ北アメリアとユーラシアの関係悪化や月から有人M/W部隊が大気圏突破をおこなったなど憶測が憶測を呼び本物の情報を得ることができなかった。
各国の首脳らは正確な情報を得るためにホットラインを開設し情報交換をしていた。
ここ出雲も例外なく早朝、太陽が昇るより先に緊急会議が行われている。
「皆さんもご存じの通り、先日太平洋艦隊が一日にして全滅しました。生存者はゼロ、派遣していた我が戦艦一隻もJUA戦艦も数隻破壊されたようです」
「指揮官いったい何があったんですか?艦隊であれ何であれどこかしらには連絡ができたでしょう?」
「恐らくは電波妨害があったと考えられています……月からのエイリアンと考えるのが妥当ではありますが、今回はそうもいかない様子」
「そうはいかない?」
「ええ、すべての戦艦や巡洋艦に焼き切られた痕跡がありました。これは光線を束にした剣型である可能性があると分析されています」
遂にヤツらが下りてきた……集められたパイロットたちは皆固唾を呑み正確な情報を取り入れようとする。
「皆さんが思うように既に月の民は降りてきている可能性がある。これはまだ予測ではありますが……」
先日の国会議事堂会議にて星那が言った通りM/W、資源輸送のための宇宙に浮かぶ戦艦が完成しているとしたら現在急ピッチで進められている次世代新型M/Wの量産体制が間に合っていない自分たちにはどうすることもできない。
だから指揮官はパイロットを集め現在までにできている試作機のテストをしようおしているのだと予測する。
極秘裏に開発が進められていた試作機の名前はロット、モアとは完全に別系統の進化をしていて星那の開発したIフレームが採用されているということしか私は知らない。話によるとレディと同じ完全人型であるようだ。
私もロットには興味があったのだが、残念ながら既にレディを与えられていたためパイロットテストに参加をすることはできなかった。
会議終了後パイロット候補生や推薦を受けた者が続々と中央広場に集まり実際に反応テストをすることになっていた。私は通路の窓からソレを見ることしかできず歯痒い状況だ。
不思議なことにパイロットの能力計測に現れた星那は相変わらず一部の女性陣から人気を集めていた。本人は困惑する様子も喜ぶこともなく淡々とパイロットを捌きながらその人の視線の動きなどを計測しているようだ。
「次……次……次……」
感情を失った機械のように仕分けをする星那であったが、目を凝らすと彼の肩に何かが乗っている。小さくてよく見えないが、小刻みに彼の声に反応し動いているようにも見えた。
女性陣がそれに触れようとすると手でソレを制する。何が乗っているんだ?
私は興味本位で彼の下へ行きソレが何かを確認したくなった。それで彼に近づくと正体がわかった……小さいロボット。専用の猫耳付きのモコモコルームウェアを着せられたロボットが2体乗っていた。
赤と青の小さいソイツらは星那の趣味に合わず、しかし凄く可愛かった。
「なによそれ」
「ン、廃材から作ったんだ。ディスプレイを小さく二つにカットして表情も付けたら意外と愛着湧いてね」
二つのロボットはその声に反応し表情を笑顔に変え喜びのジェスチャーを見せる。だが、彼がなぜここに連れてきたかはわからない。
人気を狙って?それにしてはその注目を嫌っているようにも感じる。ただ単純に意味もなく連れてきただけなのかもしれない。
そこに意味がないとわかるとどうでもよくなったが、その2体のロボットには依然興味があった。
「ねえ、その子たち貸してくれない?」
「…………1匹で良ければ」
「それ匹で数えるんだ」
そういって彼は赤いパジャマを着た方を貸してくれた。1人だけテストがないので暇だった私はこの子を愛でることにする。
部屋に戻ってレディのコックピットで撫でまわしたり、手で包み込んでみたりするとそれぞれに反応があった。流石、感情を機械に与えることのできる技術者は不自然なく表情を次々に変えさせて、まるで小動物を触っている感覚を体験させくれる。
一頻り愛でても飽きないその子を眺めていたのだが、突然私は現実に引き戻される。
普段私と星那しか出入りをしない作業場の扉が粗々しく開かれたのだ。ソレは彼の開け方ではない為、反射的に構えてしまった。不法侵入とか部外者がそう簡単に入れる場所ではないが、人が滅多に来ない場所であるとノックもなしに突然扉が開かれれば防衛本能がそうさせるのだ。
「誰か!?」
「……誰かとはなんだ。上官に対してその態度」
女?そして私の上官であると名乗った。
レディのコックピット影から顔を覗かせるとそこにはAUに行っているはずのマナ中将が壁に寄りかかるように立っているではないか。急いで私はレディから飛び降り敬礼をする。
「い、いつお戻りになられまして?」
「向こうにはいつ帰っても私の自由だと言われた……それより星那は」
「はッ、現在試作M/Wのテストパイロットの選抜を中庭で行っております!」
「そう……穂乃果少尉だったわよね?」
「現在は中尉であります」
「なんでもいい。少し付き合いなさい」
私はなぜか湯船に中将と2人きりで浸かっていた。久しぶりの温泉を感じたいと言って大浴槽を選んだのだが、なぜ私も?
指揮官の妹で出雲№1パイロットとして名高いマナ中将、その実力から内乱が度々発生するAUで治安維持部隊に派遣されていた。そして、今ここに居るということはその治安維持の任務を終えたということなのだろう。
切れ目にふっくらとした薄桃色の唇は見る者を魅了させる。ここの男たちは彼女に夢中だが、近づくことは許されていない。下心を隠さずに近づくものなら股間を蹴り上げられ睾丸を潰されることだろう……実際に数名医務室に送られた者を見たことがある。その中には彼女の上官もいた。
それにしても体中にいれられたタトゥーの数は相当なものだ。
噂によると中将が所属した部隊、チームのエンブレムを刻んでいると言うが、その中でひと際目立つ羽を広げた白鳥……ソレは星那の物と類似している。それどころか位置も一致していた。
男たちには見ることのできない中将の体に刻まれた星那と同じタトゥーというのは気になってしまう。体を洗っている中将の背中を眺め続けていた私に気が付き、声をかけてきた。
「私の体、気になるの?」
「い、いえ……いや、気にならないというのは嘘になりますけど」
「そう……」
「あの、なぜ私を呼んだのでしょうか……?」
「理由が必要?」
「いえ、そうではないのですが。わからなくて」
「貴女から彼の匂いを消すため……それ以上の理由はない」
「ああ……そう、なんですね」
なんだか因縁をつけられているような気もするが、たしかに一つ屋根の下に二人きりとなるとお互いの匂いが混ざるのは仕方がない。この人は潔癖すぎるのだ。
今の会話から私の勘が彼女の彼に対する歪んだ愛を感じ取った。
「それと彼がスパイである証拠が欲しいの……貴女、彼がなにかやっている証拠を持ってなくて?」
「え、彼を疑うんですか?」
「そういうことになる。何とかして彼を尋問にかけたい」
彼を知ろうとする態度から私は自分の勘が外れたと不安になる。パイロットとしての勘は鋭く今まで外したことはなかったからだ。
残念ながら星那がスパイであることを証明するような証拠を私は見つけることができていない。たぶん誰が相手でも自分の手の内を晒すようなへまを用心深い彼がするはずもなく、見つけられないことは普通のことだ。
それに今更彼を疑う意味が私には無いのでスパイである証拠を探す必要性がなかった。
「私、傭兵あがり……AUでの内戦に参加した」
「は、はあ……?」
突然話題が変わり曖昧な返事をする。その間も鏡越しに向けられる視線はなにか敵を見る目であった。
私は知らぬ間に試されている気がした。
「この体に刻み込まれているエンブレムは仲間たちとの思い出……今回参加した部隊のもはいっている」
「背中の……その白鳥、いいですね」
「誰のか知っているでしょ?」
「ええまあ」
そのとき体を洗っていた中将は立ち上がり湯船に浸かる私の方へ歩いてくると向かい合って静かに体を密着させた。
タオルも何も2人を隔てる壁はなく、お互いの心音、呼吸が絡み合う距離だ。そして、ゆっくりと私の首に彼女の指が掛かる。
指先が首筋に触れた。さっき私が星那から借りたロボットを愛でるようにじんわりとした艶めかしく官能的な人間の温かみを感じる、しかし同時に強い意図を秘めているかのようだった。指圧の動きは私の欲望を探るようにして誘惑と探求心を融合させる。
不可解な興奮と屈託のない快楽を私に感じさせた。
「中将……?」
困惑する私の耳元で彼女は言葉を紡ぐ。
「やっぱり彼の体を見たのね……全身に刻み込まれた私のマーキング。美しかったでしょう?」
やっぱり私の勘は正しかった……この人の愛は歪んでいる。彼に刻み込んだマーキングは全身に刻まれた傷の数々、彼に拷問をした担当はこの人だ。
彼女がさっき彼にスパイの疑惑をかけたがっていたのはそのため……。
「歪んでいますね……」
「それが男女の関係というものじゃない?ただ、体を合わせることだけが快楽ではないのよ……今もそう、少尉は私に命を握られていることを実感し快楽を得ている」
ソレは嘘ではなかった。見透かされているような気がして星那を初めて相手にした時のような不気味さがある。
「今は中尉です……」
「そう、覚えておくわ」
すると彼女は舌を絡める接吻を女である私におこなった。恐怖や驚きを置き去りにして私は反射的に瞼を閉じなぜか彼女にすべてを許してしまう。
これが男たちが彼女に感じる妖艶さと魅力なのか。
湿った触れ合いの音が大浴場に響き、長い時間を掛け私はなにか知った気がする。
「この感覚……。幼い、子供……?無邪気な殺意が来る。星那貴方が出るの!?」
突然、彼女は何かを感じ取ったようにつぶやくと私を置いて大浴場から姿を消したのだった。
マナが感じ取った気配、幼く無邪気な殺意を同じく不快に感じた星那は誰よりも先にD2に搭乗しカタパルトから出雲を飛び出した。
「不愉快だな……夏樹くん、カメラの映像はキミに送るよ。もしかしたら太平洋艦隊に仕掛けたヤツかもしれない」
『了解しました。援護は?』
「今のところは」
すると遠方から何かが急激に接近してくるのを感じ取る。
空中をジェットパックで飛行するD2の機体を旋回反転させその攻撃を躱す。予測通り躱しやすいマニュアルに従った攻撃であった。
デコイを複数空中に展開させ相手がどんな人間なのかを見極める。
彼の思惑通り再び束となった光線が複数機体の横スレスレを通過し、射出したデコイを破壊していく。
人間を狙うより狙いやすいか……。
星那は相手がエイリアンではなく人間であることを結論付け射撃ポイントを計測する。
「攻撃を受けたよ。これは反撃してもいいってことかな?」
『許可します』
許可が下りたことを確認すると腕部に収納されている筒状の砲塔を構え割り出された敵が潜んでいるであろう位置を狙い1本の光線を放った。
着弾し閃光を放つが敵のパイロットとしての勘も中々やるようで躱されている。だが、敵は1機だった。
「相棒、敵は1機だよな?」
『恐らくは……』
「不安だね。しかし、ここでやらなければ何か嫌な予感もする。接近戦をおこなうとするか」
踏み込んだテールノズルのペダルに連動しスラスターから放たれる3本の縦に連なる光が昼間の大地に線を描く。
接近戦に持ち込まれれば不利と考えたのか敵の火線が激しくなるも彼にとってソレを避けるのは容易で、逆に自分の位置を晒す危険な行為であった。撤退しながら激しく攻撃してくる敵に合わせ地面スレスレの低空を維持しながら、筒状の物体から熱線の束を出力する
星那の操縦技術は脳内でおこなうモノがほとんどであるが、微調整は手元の操縦桿などでおこなう。そのため特殊な軌道を描きながら敵に接近するも、敵も彼と同じ技量を持っているようだった。
このままでは距離を離されなくても詰めることもできないと判断した星那は誘導のために牽制のビームを進行方向前方に放つ。敵は減速しソレを回避せざるを得ない。
徐々に狭まる距離に意を決した敵の機体が減速し彼を待ち構える。
同じく近接武器に切り替えた者同士の戦闘が始まった。
「来るッ!」
先に仕掛けたのはやはり敵からであった。この時初めて機体を確認することができる。シャープな人型の青い機体、レディに近い構造だ。
攻撃の瞬間、肩部につけられた兼城のマークが一瞬確認できた。やはり彼らは既に地球に降り立っている。
「夏樹くん、すぐに海上封鎖をおこなうよう国にも要請するんだ。彼らはもうこの地に来ている!必ずどこかに輸送船が停泊しているはずだ」
干渉しあう熱線、お互いマッドを使用し反発しているのだ。戦闘のスキルは僕の方が上であったが先刻の遠距離攻撃とは違い、相手は接近戦の方が得意なようで予測が難しい。
大振りな大胆な攻撃が多いもののソレをカバーするように接近を許さな2本目のヒートエッジが牽制をかける。1本対2本の一見不利な戦いであるが、射撃からもわかる通り相手はバカ真面目に戦う癖があることはわかっていた。
だが、やる……!
星那は決して口には出さないが、異様な気配と共にその相手のパイロットの技量を褒める。
しかし、どんなパイロットであれ星那を超えることはできなかった。戦闘の経験に明確な差があるのだ。
ヒートエッジを敵M/Wに投げつけ直前で爆破する。閃光によって一瞬怯んだところを接近し腕部の砲塔で左腕を撃ち抜いた。破壊され地面に落下する腕を犠牲に敵M/Wは撤退を決める。
排出口から大量の黒煙を吐き出しながら目くらましをおこない撤退する。
「追うか?」
『いいえ、追わなくて大丈夫。少し泳がせましょう』
それは夏樹からの命令であった。そのため彼は仕方なくそれに従い残された腕を回収し出雲に帰還するのだった。
「ヒートエッジが安価なモノで助かったよ」
ブリーフィングルームで敵のM/Wの情報を共有するため集められたパイロットに戦闘によって得られたD2の映像が一部始終公開された。その中でも星那の大胆で臨機応変な戦闘はパイロットたちには勉強になる物ばかりで、所々感嘆の声があがる。
コレを機に生き残るための戦闘を覚えさせたいと思った星那だが、そんなに時間が残されていなかった。
「一瞬ここで確認できるが、これは兼城のマーク。彼らが既に地球へ来ていることを表すが月から提供されたのをどこかの組織が使用している可能性も捨てることはできない」
「早めに叩くのか?」
「ああ、彼らがどこに潜伏しているかによるが、海に囲まれた日本に侵入する方法は限られてくる。僕がおこなったような直接大気圏からの潜入か海から……しかし、前者は出雲と国の防空システムが作動するためリスクを考えると現実的ではない」
「1回バレるだけで月への警戒が高まるもんな。奇襲がやりづらくなる……」
「そうだ。だから船での接近しか考えられない。それに太平洋艦隊はM/Wを有していないから接近戦に持ち込まれたら全滅するのも無理はない……ヤツらが船を使用しているなら辻褄が合う」
「太平洋艦隊に攻撃を仕掛けてついでに輸送してきたってわけか」
「だけどよ……なんで日本なんだ?直接ユーラシアや北アメリアに奇襲すればいいんじゃないのか?そっちの方が効果的だぜ」
「まったくだ……俺たちに攻撃を仕掛けたところで世界にとって何のダメージもない」
彼らの疑問は自然なことだ。太平洋艦隊が全滅したことで太平洋側を守る戦艦の減ったアメリアも初めから攻撃を予測していなかったユーラシア北部は狙いやすい場所だ。
しかし、ソレをおこなわず直接出雲へ来た理由は何かしらある……考えられるだけでも僕は1つ心当たりがある。
ソレは僕が常に首にぶら下げているネックレス。おしゃれでつけていると思われているコイツだが、深瀬幸一はこれを狙っている。こんな小さなモノでも世界征服を可能にする機械であったからだ。
だが、ソレを口にすることは決してない。この場に居る者全員が僕を信じていないように僕自身ここに居る者たちすべてを信じていないからだ。他国のスパイも居るかもしれない中でコレを晒すことは危険だと判断する。
後のことは彼らが解析して自分に取り込むことを望んで何も言わず出ていく星那だったが、扉を出ると彼のトラウマというべき存在が待ち構えていた。
先日バイクに乗って国会議事堂のある中央都市東京に向かった際、穂乃果に貸した黒い皮製のジャケットの持ち主だ。
黒い髪を纏めたことで整った顔がより見やすくなっていた。
「帰ってきていたのか」
「ええ、貴方に会うために……どうだった?あの青い機体」
「夏樹くんに見せてもらったのかな」
「ええ、お姉ちゃんは私に優しいから」
「甘やかされて育ったからそんな性格になるんじゃあないのか?」
「そうかも……ねえ、今から付き合ってよ」
「星那ぁ!私のレディが調子悪いんだけど調整手伝ってくれないー?メカニックマンたちもお手上げでさー!」
廊下の向こう側から穂乃果くんの声が聞こえた。
「呼んでいるんだ」
「最低な男……だからキスが下手なのよ」
「努力する」
廊下の向こう側から覗く穂乃果とマナの視線が交差する。彼女は静かに舌打ちをした。
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