第壱三話 国、運営、決断

 α討伐作戦より三日が経過した出雲では未だその傷は癒えておらず、汚染された土地の浄化作業と死者と行方不明者の捜索が続いていた。

 作戦参加M/W数は97機、参加兵士約3万人。そのうち破壊されたM/W数が28機、現在判明している死者行方不明者数は935人、負傷者数3千人。

 出雲が民間軍事会社から武装が認められた組織として活動を始めてからこれだけの損害を出したことはなかった。それだけただのエイリアンとαは違ったということだ。

 私はあの戦闘に参加したことで肋骨を骨折したものの幸い数週間の怪我であった。しかし、星那から貰ったレディは損傷が激しく修理が必要であったがその構造の複雑さからここのメカニックマンでは手の施しようがなかった。ならば作った本人である星那に頼めばいいと誰もが思うだろうが、彼は作戦後不眠不休で整備の手伝いをしたあと一昨日国際電話を使ってどこかに何かを数時間交渉しその後ソファで気絶した。

 どこの国の言葉かわからなかったが必死だったのはわかる。

 それ以降彼は目覚めていない。


「早く修理してほしいから目を覚ましてくれないかしら?」


 メカニックマンの力を使い何とか脱がせることに成功したパイロットスーツであったが、ヘルメットは誰の力を使っても外すことはできなかった。

 構造的には私の物と同じであるようにも感じるが、使用されている回路?か何かが違うらしい……。私にはその辺りの知識がないのでさっぱりわからなかった。


「ダナ……。コイツ死なないよね?どんどん熱が上がってるみたいだけど」

『大丈夫ですよ』


 たまに起きたかと思えば桜、桜と誰かを呼ぶ。拭いても拭いても湧き出るような汗は異常で医療の専門知識を取り込んでいるダナの「大丈夫」という言葉であっても心配になる。


「知らない誰かを呼んで……真面目に看病している私がバカみたいじゃない」

『マスターはバカですから。その辺りの配慮が彼には足りていません』

「慰めるんじゃないわよ」


 軍医曰く、彼の怪我は私以上で内臓が一部機能停止し骨が6本折れていて、ダナが言うには脳に深刻なダメージとその他諸々もあるらしい。これまた専門知識がない私には大変なのだなという認識しかないが、医者の顔は青ざめていた。

 試しに彼の傷口を押すなど触れてみても反応がないことから本当に意識がないようだ。

 作業場のソファに寝かされる星那だが180㎝以上の慎重には狭く見えベッドに移動させてあげたい。しかし、どういうわけかベッドに寝かせると彼は決まって大きな音を立て床に落ちていた。無意識のうちに彼はベッドを拒みお気に入りのソファだと大人しくなる。

 変な奴だ。

 だが、彼に変人と言えば彼はよろこぶ……言葉にしてはいけない。

 医者からの指示通り鎮痛剤を星那の体に打ち込み様子を見ていると作業場で滅多にならない内線、直接指揮官とも繋がるものが鳴った。耳を劈くような音はやけに緊急性があるもののように感じる。そう感じるだけで、実際はいつもと変わらないが……。


「はい、特区第五作業場です」

『ああ……中尉?星那さんは目を覚ましたかしら?』

「いえまだ。医者が言うには当分は目を覚まさないと……」

『じゃあ、すぐね。目を覚ましたら彼に伝えておいてくれない?招集よって』

「招集?」

『もちろん貴女も一緒にね』

「私も?」

『じゃあ、よろしく』

「え、ちょまッ……!?」


 受話器から聞こえたツーツーという儚い音はそのやけに単調な響きから放り出された彼女の気持ちを代弁しているようにも捉えられる。一人受話器を片手に放心状態の彼女はまず星那が目覚めることを待たなければいけないが、夏樹が言ったようにそう時間はかからなかった。

 彼女が放心状態から戻り受話器をそっと戻し振り返ったときには既に彼はシンプルなマグカップを手に優雅にティーパックを上下に動かしていた。


「彼女なんだって?」

「アンタいつから起きてたの?」

「ついさっき……で、彼女は?」

「招集?だって」

「そうか、時間だね。キミも準備するんだ……お偉いさんと直接会うんだから正装で来るんだよ」

「どこに!?」

「先に玄関で待ってる……ヘルメットは持ってくるんだよ。あとスカートよりパンツタイプがいいね」


 そう言い終えるとマグカップをテーブルに置いたまま居なくなってしまった星那に動揺を隠しきれない穂乃果であったが、彼に言われた通りスーツに着替え基地の玄関に向かうとバイクに跨る星那が居た。

 デザインを見るとソレが年代物であることがわかるが、どこから仕入れたのか。少なくとも彼女は一度も基地の中でソレを見たことはなかった。


「なるほどね……ヘルメットとパンツタイプはこういうことなのね。一応言っておくけど私けが人よ?」

「ソレは僕も同じだよ。ああ、ジャケット……コイツの持ち主のサイズだから会うかわからないけど」


 私は彼から黒く分厚いジャケットを受け取る。一応パットが入っているが、けが人の運転するバイクを信用するには少し心細いモノだった。

 しかし、私の体に合うサイズだったことで何となく持ち主が女性であることが予想できる。


「似合うじゃないか」

「褒めったってなにも出ないわよ。自分はいつもの恰好の癖に」

「これが僕の正装だ」

「本当にこの格好で大丈夫なのよね?絶対に事故起こさないよね?」

「たぶん大丈夫だ……それに帰りは車になる」


 二人乗りが余裕でできる程、広いシートの座り心地はモアの座席より良かった。

 一応彼の言葉を信じバイクに跨り彼に掴まるとすぐに発進し高速道路東北線に乗る。このルートとお偉いさんに会うという言葉から察するに恐らく目的地は東京だろう。


「ねえ、星那?本当にアンタが行かなきゃいけないことなの?怪我してるってスルーできなかったの?」

「……そうしたかったよ。でも、このことは数日前から予定されていて天野 茂あまの しげるとその他諸々の逮捕状が夏樹くんのところに送られてきた。まあ、出席しなければそのまま逮捕するってことだろうけど」

「遂にバレたのね……」


 現在、国家連合体であるが国を運営する政府は天野 茂を中心に穏健派と呼ばれる戦争を回避することが好ましいとする派閥が有力であった。戦時中であるが故に彼らの主張は地方、つまりは軍隊か出雲かに入れなければ飢え死にをするような者たちや、住んでいた土地をエイリアンによって破壊され奪われた者たちからは反発を受けている。しかし、中央……つまりは東京など関東の主要都市に住む者たちにとっては争いは好まれないため主に彼らからの絶大な支持を得ていた。

 その穏健派は私たち出雲に対して好意的ではなく時折、私たちが居るから兼城が地球を敵視したという過去の出雲と兼城のライバル関係を持ち出しソレが原因であると言う政治家もいた。

 ソレが本当に兼城の蜂起に繋がったという関係性は未だ明らかではない。

 まあ、何はともあれ穏健派にとって前政権が公認した武装した民間軍事会社を危険視しているのには変わらない、第二の兼城と思っているのだろう。


「このバイク誰から借りたの?」

「知り合いだよ……キミの上司、AUアスラ連合地域に駐留していたんだけど帰って来るからついでに空港に置いておけって」

「へえ……あんな待遇なのに知り合いができるんだ」


 星那はそれ以上を語らなかった。

 改造されたバイクは最高時速約426km以上出るモンスターで走行中体を上げ過ぎると後方に投げ出されてしまうという乗り物としては欠陥のロマンを求めたモノだ。ちなみに約426km以上と曖昧な表現をしたのはそれ以上の速度を出すと車体が耐えられず爆散したため正確なデータが存在しない。

 コイツは限界を知らない猛獣『Lox6300af』と呼ばれているらしい。

 コレに乗っていれば、東北の玄関口にある出雲基地から制限速度の無いフリーロードを通ることによって中央都市東京に1時間程度で到着することができる。

 フリーロードから見える景色、以前からある古いビルや今まさに復興に向けて新しいシンボルとして建設されている建物。

 バイクからは一瞬で通り過ぎる程度のこの景色は100年後は過去のモノとして語られるのか、月からの攻撃でまた壊れて復興の繰り返しなのか今の私にはわからない。多分バイクを運転している星那には私とは違って何となく未来が見えているだろう。


「もうすぐ着くよ」


 僕はフリーロードの終着点である東京が近づいていることを彼女に知らせる。

 通り過ぎる景色や街並みが常に新鮮で壁によって直接の攻撃がない地域はそれなりに活気があって嫌いではなかった。

 しかし、僕のような田舎生まれ、田舎育ち、月と宇宙を知ってしまった僕にとっては都会の空気がお腹が痛くなるくらい合わない。

 全てが新しくなり、若者は現在地球と月が戦争していることを知らないような平和に包まれている。笑い声、楽しそうに明日は何するか予定を立てている。

 壁の向こうでは人が死んでいるとは思えないな。


「これも犠牲あっての暮らし……」


 金を持つ上流階級と呼ばれる層だけが住むことのできる東京。何不自由ない裕福な暮らしのできる子供はここで学び、ここで遊ぶ。

 予定の会議までまだ時間があったため僕は先に空港へ行きバイクを預け彼女と二人街を歩くことにした。

 彼女も僕と同じく田舎で育ち受験の時以外で東京に来ることがなかったようで今も目をいつも以上に輝かせている。おしゃれな喫茶店やレストランを見かけるとサンプルに夢中になる……そして、値段で現実に引き戻されるを繰り返した。

 彼女の傍にあるのはおしゃれな喫茶店でもレストランでもなく壁を一枚隔てた戦場のみ。そこには新鮮な死があり、常に神経を研ぎ澄ましている……今くらいソレを忘れることは悪いことではないだろう。

 本来あるべき彼女の姿を僕は一枚のフィルムに焼き付けた。


「楽しいかい?」

「楽しいわよ……ずっと憧れの場所だったんだから」


 言葉に嘘はない。彼女から出る幸せのオーラは言葉を発していなくても感じ取れる。



 その後、僕らは政治家が多く住まう地域、選ばれた者だけが住める場所とも言える区画に入ることとなった。当然、話し合いの場がそこにあるのだから入りたくなくても入らなければいけない。

 区画に入る前必ず入場のセキュリティを受け、どんな招待客でもボディチェックとエックス線チェックを受けなければいけなかった。これは過去に対話の席に招待された爆発物を持ち込み7名の死者を出したことで警備が強化されることとなったのだ。不要な感情論で自ら対話の道を減らした彼らが浅はかで笑えるが、ソレが人間なのだろうと考えると複雑だった。

 僕はセキュリティを突破するのにヘルメットを外すことが義務付けられているが、外せない事情があるため当然セキュリティと揉める。絶対に外すつもりはないので責任者と交渉し無事入ることに成功した。

 流石、中は外以上に警備は厳重だ。シークレットサービスが街中をうろついている……彼女は気が付いていないようだが、一人に三人の監視が居る。金を払える者であれば住める場所であるため一般人も見かけるが、その中には僕らを監視する雇われもいた。

 特に子供をあやす母親が抱くのは子供ではなくカメラの仕込まれた人形。良くできている……一目では判断が難しかった。

 だが、彼らも僕に苦戦していることだろう、僕はフルフェイスで視線が悟られない。僕を見て目を凝らしている人間が確実に監視であることは大体予想が付く。


「ねえ星那、私たち見られている気がするんだけど」

「どれくらい?」

「あの人は確実……」

「あれはハズレだ。ベンチで新聞を読むおっさんが正解」

「なんでわかるの?」

「人には癖がある……隠そうとしている人間に限ってソレが顕著に表れる。自然体にしておくことこそが紛れ込むコツだよ」


 新聞を読む男に僕は指先を揺らし挨拶をすると不自然に視線を逸らし焦った様子を見せる。


「動揺してるの?」

「ああ、そうだね……そして、芋ずる式に彼の相棒などがわかるんだよ」


 男が視線を不自然に逸らした逆方向を見るとこちらに見られていると察知した彼の相棒の女が急な動作を開始した。明らかに不自然な動きからなぜ相棒の男がバレたのか観察することに集中していたのだろう。


「アレもそうなの?」

「そう。人を観察すれば色々なことがわかる……その人の育ちとか性格とかね。彼は自分が思う以上に素直な人間だったのだよ」

「へぇ……」

「僕は常に癖を作っている。ソレを相手に刷り込ませることで本当の癖を悟られない。ポーカーの時に有利だよ」

「もしかして私にも刷り込んでるの?」

「キミにはありのままを見せているつもりだよ」


 そうこうしているうちにいつの間にか国会議事堂の前までやってきてしまった。

 ロビーは教科書で見たことのある内装で正直ワクワクしていたが、議場に入るとそんな浮ついた気持ちが一瞬にして引き締まる。

  国会議事堂内の参議院議場には多くの議員が座っていた。氏名標は珍しく全て立っている。

 案内される通りに私たちは扉の傍に座るが、緊張で縮こまる私とは違い彼は堂々としていた。

 それもそのはず、全てを見渡せる位置に居る私が感じるのは議場内に漂う重たい雰囲気、しかも皆が星那を恐れていると言うオーラを出している。これは全てを知る星那に余計なことをすっぱ抜かれたくないという緊張から来ているモノだ。ソレを察している彼が臆病になるはずがない。

 すると壇上に一人の老いた議員が上がってきて、震える手で鼻からずり落ちた眼鏡を上げると体を揺らし緊張した様子で言葉を紡ぎ始める。


「そ、それでは……これより、泉 星那氏の今後の扱いを決めるわけだが……意見のある者は?」

「まずは泉 星那を出せ!」

「そうだ!話はそれからだ!」


 前政権、現与党でもない左寄りの者たちが吠える。

 議事堂内を飛び交うヤジはテレビ中継で見たことがあるが、実際は意味があるかは別としてアレよりも迫力がある。女性議員も交じったヤジは耳によくない。

 今すぐこの場から立ち去りたい気分だったが、私は星那の監視として来ているので途中退出することができないのだった。

 彼は呼ばれるようにして立ち上がる……私は彼の袖を引っ張りあまり挑発しないよう忠告をする。だが、彼は緊張感のないブイサインを見せた。

 警備員に手錠をかけられ壇上に立ちあがった彼はそのフルフェイスで隠れた目線をどこに向けているのか、だが会場内をじっくり見まわしていることはわかる。もしかして、ここまで来るときに言っていた相手の癖を見ているのか?


「やあみんな。お忙しいなか僕のために集まってくれてありがとう」

「余計な話はいい!誠意を見せろ!」

「余計な話?これは社交辞令だよ。口には気を付けた方がいい若松 耕三くん。随分と先月はゴルフを楽しんでいたようだね……美人な女性二人を両脇に……おっと誰に手配してもらったのか知らないが口を滑らせるところだった。ここに居る人たちみんな僕みたいに言葉は気をつけたほうがいい」


 彼は何も策を持たずに挑むほど愚かな男ではなかった。当然のようにここに居るすべての人間のスキャンダルを握っている……おかげでヤジが一瞬にして止んだ。

 この場を完全に制したのは星那だった。


「ありがとう。これで話がしやすくなったよ……では、僕から一つ話があるんだ。これは命乞いのためにすることではなく、キミたちへの忠告だ」


 すると彼は一人の若い議員に指で合図を送り彼の秘書的スタッフに資料を配らせた。15ページに及ぶ資料は私には難しい言葉がいっぱい使われていて何とか写真を見ると話の内容が頭に入ってくる……先日のα討伐作戦の内容だ。


「先日現れたα型と呼ばれる機械兵……実は神使であった。これが意味することは簡単だ。どういうわけか月の民は神使を実践投入することに成功したということだね」


 会場はざわついた。事前に資料の中身を確認しているはずであるが、αが神使であったことはここが初公開だったからだ。会議は非公開であるためこの事実は民間人には公開されていない、しかし、中央に住む人間はαが来ていたこととヤツの恐ろしさをまず知らないのだった。


「まあ、動揺するのも無理はない。あの『天罰』を引き起こした怪物を小型ではあるがまたこの地球に送り込んできたんだものな……」

「その情報確かなのか……そうであると信頼できるモノはあるのかね」


 早速防衛大臣が喰らいついてきた……。

 僕は彼らに見えない表情を緩め笑みを浮かべる。


「ヤツのサンプルは採取した。結果も出ている……生命と同じ原理、単純な機械でも生き物でもない」

「なるほど……キミほどの男がそういうのだからそうだと信じておこう。我々は素人だからな」

「理解力のある人間が居て助かるよ」

「で、ソレとキミのこれからの扱いどう関係するというのか……ぜひ説明してほしいな」

「簡単に説明するならキミらを生かすことも殺すこともできるって言っておこうか。僕の知識と技術はこの連合国の国民と世界を救うことができる」

「以上で、いいのかね?」

「これだけ言えば十分だろ?それともまだ足りないのか?」

「いや、質問への回答としては十分だ。キミからこれほどまで簡潔な答えを得られたことが光栄なくらいだ」


 やはり手ごわい男、探りを入れたかったがその前に逃げられてしまった。恐らくは現政権をまとめる彼も同じくやり手だ……。

 僕の予想通り現在の連合国をまとめる人物、天野 茂が口を開いた。政治家とは思えない大柄の鍛えられた筋肉を隠すスーツを見れば彼がどこ出身であるかが予測できる。

 軍あがりで穏健派とは珍しい男だ……。


「久しぶりだな……泉君」

「またこうしてキミの前に立てる日がくるとは光栄だよ」

「お互い社交辞令は抜きにして用件を聞こうか……キミが出雲に囲われていることを知ってからキミの扱いは決めている」

「僕に投資をしろ。で、アンタらは僕をどう扱うつもりなんだい」

「現段階では我が党はキミを監視下に置くのであれば出雲に居ても良いという許可を出すつもりだ。勿論、キミが日本だけでなく他国に対しても敵対するようなことが確認されれば即銃殺刑に処すつもりだよ」


 旧日本国憲法によって守られていた人権は現在特例によって無いものとできる時代。あの時代を生きた者たちが、特に人の生死を重要視していた時代の人間は今を見たらどう思うだろうか。

 騒げば恐らくその特例によって処罰されることだろう。

 権利を主張しても守ってもらえない。少数派?そんなものはここに居る者にとってはノイズ、団結する社会に対して逆行する秩序を乱す者として排除することができた。少数なら最初からなかったものとすれば彼らの民主主義を守ることができる。

 今日、東京を観光してよかったと思っている。

 一見華々しく輝いていた街並みを光とするなら当然影となる闇があった。

 インフラ整備や新たな街のコンセプトに沿った街並みと復興に関しての能力には感服した。輝く都市に人々が憧れるわけがわかった……しかし、それは人の目が付く場所、日本の顔の化粧に過ぎない。

 一つ路地に入った先で見たスラム街が広がる地下道を僕は見逃さなかった。

 棄民政策の一環としてジェノサイドや宇宙への移民などを考えなかっただけ良心的であるが、政策に合わなかった者たちを一つの場所に押しとどめることによって地上には平穏があった。当然この平穏を維持するためには軍隊へ組み込まれ戦わされている者たちもいることを忘れてはいけない。


「我々はできるだけキミとの共存を望んでいる……月の民も同じく我々と再び手を取り合う日が来ることを私は望んでいるよ」

「その態度が気に食わないと言われている。今は戦争の真っ只中だ……元軍人であるアンタは何かを忘れているんじゃないのか?それとも、戦場から遠くなったことで声が聞こえなくなったのか」


 僕はこの議事堂内の少数派に餌を与えた。対立煽りであるが、効果覿面であり様々なヤジが彼の言動に対して飛ぶこととなる。

 しかし、彼は焦る様子を見せることなくそれどころか笑みを浮かべていた。その笑顔に対して生理的に彼を拒否する僕が居る。


「そうか。そうかもしれないな……私は長らく戦場を忘れている。戦場があることで人の命が奪われていることを忘れていたかもしれないな。発言を撤回しよう」

「…………」

「それで、キミに投資をしろと言われてしまったが……夏樹君にも釘を刺されている。なるべくキミに従っていた方がいいとな。だが、キミに投資をする資金は国民の血税となるが、それに見合った物になるのだろうね?」

「ああ、そのつもりだ」

「で、何をするつもりなのかね?」

「次世代の新型M/Wを作る……そして宇宙へ船を浮かべる」


 僕の発言に会場が再びざわめいた。

 次世代機の量産に関しては彼らも薄々勘付いているようにモアでは時代遅れなのだ。あの薄い装甲でパイロットを100%守ることは不可能、ソレが先日のα討伐で顕著になった。

 だからこれに関して異論を示す者はいなかっただろう。だが、ついで程度に言った船を宇宙に浮かばせるという僕の発言には様々な声が聞こえている。多くは「大気圏外に飛ばすこと自体不可能」や「現実離れしている」という困惑だったが……。


「船を浮かばせる?どのような技術を使うのかは知らないが、そんな不確実なものに投資をすることはできんな……次世代機は考えておく」

「不確実なもの?何を根拠に素人のキミがそう言えるのかね?」

「…………」

「残念ながら地球の技術と研究は月に置いて行かれている。まあ、仕方ないことだ。研究に沢山金を出してくれる企業連合の月に行く方が地球に居るよりメリットがあるからね」

「すると月はその技術を持っていると?」

「ああ、もう時期完成するはずだよ……そうすれば、地球に向けて戦力を投入することができる。今まで有人機体の投入が行われてこなかったのは大気圏突入へのリスクと補給が困難ということからだ」


 「月では船を浮かばせる技術が完成間近だと?」「地球は遅れている?」何が現実であるのか判断が難しいといった反応だ。だが、実際僕の言っていることは間違っていない……事実、地球人は月の民からvechi oldhuman古い古い人類と揶揄されていた。彼らも同じ地球人であるが、地球に残る人間よりも先に新たな世界を見たことで選民意識が芽生えたのだ。


「アマテラスの威力は皆さん確認したはずだ。山を削り取りその場に生きる生命すべてを焼却した太陽の光を……アレは月の技術である。彼らは資源の都合上、短期決戦を望みあのレベルの兵器を大量投入したいはずだ。そこで必要なのが輸送やM/Wの母艦として適した船というわけ」

「あんなのが戦場へ大量投入される!?」

「そんなことがあっては短時間で決着がついてしまう」

「地球はまだあの技術を知らない。知っているのは僕だけだ……僕を世界は利用しなければいけないってわけ」


 星那はこの場に居る者たちに選択肢を与えその場を明け渡した。まっすぐ彼女の下へ歩く星那を置いて議論はさらに白熱し会場は大盛り上がりだ。


「対立煽り……あまり刺激しないでって言ったでしょ」

「夏樹くんには暴れてこいと言われたからね」


 手首を拘束する手錠を針金で解除した星那は会場の荘厳な木製の扉を開き会場を後にするのだった。

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