第九話 その日

 人類(今は日本に住む者)に朝を告げる為太陽がその姿を現して1時間程。ヘルメットで隠された眠たい目を見開いて僕は執務室のソファーに腰かけテーブルに堂々と足を組み寝る態勢に入る。

 腕を組んだ瞬間僕は眠れる。しかし彼女は僕に睡眠の時間を与えなかった。


「星那さんどうですここには慣れましたか?」

「まあ、一か月もいればみんな僕がどんな人間かわかってきた頃じゃないかな?僕は今の扱いで居心地がいいよ」


 出雲に来て一か月、僕は言葉通りやりたいことはたくさんやってそれなりに満足していた。優秀な人材を貸してくれる夏樹くんには感謝しかない。

 けれども、この場は僕と彼女の取引の場であり駆け引きは常に行われている。

 執務室の高級そうな椅子に腰かける夏樹くんの顔はいつも通り暗く思考が読めない。

 彼女に感情はあるのだろうか?

 そんなことを考えているだけでも彼女のような退屈な女性の傍に立っている早田中佐殿の真意がますますわからない……今や彼に対する興味の方がある。彼女の横で今にも僕を噛み殺そうとする獣のような瞳で睨んでくるので小動物になった気分だ。

 彼女の傍に居ることで自らの地位を高めるのが目的か、それともただ単純に彼女を尊敬しているだけなのか……?いや、野心家の瞳だ。何かしらの裏はあるはず……。


「星那殿……私の顔に何かついていますかな」

「いや、なぜキミが彼女の下に付いているのかがわからなくてね。気にしなくていいよ」


 流石と言うべきかフルフェイスで見えないはずの僕の視線には勘付いていたようだ。彼に僕の手錠と連動するスイッチが渡されていなくてよかった。


「それで夏樹くん……キミは僕に近況報告させるためだけにこんな朝早くからここへ呼んだのかい?それだけなら僕は部屋に戻って休ませてもらうよ……穂乃果くんが待っている」


 人を呼んでおいて自分は執務机に積まれた大量の資料を精査し続ける彼女に痺れを切らした僕は探りを入れる。だが、彼女は気にせず精査を続けた。


「あら、随分と彼女と仲良くなったようですね……その関係に誰かさんが妬かなければいいですけれど」

「…………あの女が帰って来るのか?」

「ええ、先ほど連絡がありました。貴方の情報をどこで入手したのかは定かではありませんが、旧アフリカ諸国AUアスラ連合駐留任務を前倒しで帰還するらしいですよ」

「いつ?」

「二ヶ月ほど……彼女、喜んでいましたよ」


 資料に目を通しながら眉を顰めたり、彼女の話題を振って僕の動揺を感じ取って笑みを浮かべたり……夏樹くんの唯一人間らしい反応を見せる瞬間が一番恐ろしかった。

 確かに僕は動揺した……まるで私物のように僕の体にいくつも傷をつけたあのバイオレンス女が帰ってくる。心なしか胸元の傷がズキズキと激しく脈打つ気がした。


「彼女はここへ帰るより先に病院に行くべきだ。人を痛めつけて性的欲求を満たすようなパラフィリアを野放しにするとは……キミの家庭はどんな教育を施したのかね?」

「彼女は愛の伝え方が下手なんですよ。姉として彼女を何年も傍で見てきましたけどあんな態度をとるのは貴方にだけ……実際、貴方が居なくなって彼女は元気をなくしていたからある意味では純愛なのかもしれませんね」

「あんな歪んだ純愛を見たことがないよ」

「そんな報告が一つと……既に観測済みであると思いますが先日、月が未確認物質の地球軌道への投下を確認しました」

αアルファ型だよ」


 月から射出された物質の正体を知る僕は迷わず総称を答える。

 現在月は新型M/WとされるMW-03のフリクト、M/W開発の第一人者であるマッド博士発案のδ計画によって量産化が進められたΔ型の二種のM/Wが主な戦力となっている中で彼らはもう一つの兵器を所有する。

 ソレは月より発掘される神の残骸とも言えるエイリアンであった。

 連日のように地球を攻撃する宇宙からの刺客は人を必要としない兼城が作り出した高性能なAIを使用している。

 一機の敗北から分析をおこない僅か数秒で全機に分析結果を伝達することで新たな作戦を一から構成することが可能。地球で戦闘をおこなう人間を上回る知能で殲滅を始める……ゾンビのようで一番厄介な敵だ。

 だが、エイリアンも万能じゃない、弱点はある。


「α型が今回の作戦で上手く機能すれば今後はアレの同型で攻めてくるはずだ……短期決戦を狙ってね」

「最近月では同じ話題しか出ていないようですからね……無限の戦隊が実は有限だった」

「あの発表が本当なら彼らは今頃大慌てだよ。人類のタブーに触れる可能性がある」


 いつの時代、どのタイミングだって追い詰められたヤツは何をするかわからない。実際に人類を殲滅することのできるα型をこんな早い段階で投入してくるのだから今後のことなど僕には予測することしかできない。


「アレは?」

「徹夜明けだよ」

「…………中佐、彼女をここへ」


 そう命じられた中佐は僕に一切の視線を向けることなく部屋を後にした。

 繊細な男だ。

 そして彼女は僕以外誰もいなくなったタイミングで動き出した。彼女にとって僕は空気、居てもいなくてもどちらでもいい……居るならそれでいいといった様子で外を眺めると舌を鳴らす。

 面白い癖だ……。


「補給路は確保しています」

「そりゃ当然のことだろう。戦術を優先する者は三流以下だ」

「誰かさんが面倒な立ち回りをしてくれたから今、こうしてツケが回ってきた」


 僕は口を閉ざし視線を背ける。

 彼女が視線を向ける先は東北、宮城県の旧市街地……現在は人の住めるような場所ではなく人の手が加えられていないことでジャングルと化していた。

 しかし、そのコンクリートジャングルの中から煙は常にあがっている。同時に乾いた銃声とM/Wの心臓の鼓動が鳴り響く土地となっていた。

 人が住めるような場所ではない、それは武装していない民間人であればの話である。現在では反政府派とJUA日本連合国軍が戦闘をおこなっていた。

 しかし、人が生活していたという形跡だけを残した旧市街地には二年前までエイリアンが闊歩する人にとって屈辱の場所で、出雲はその土地を奪還し今の壁を広げようと画策していた……そこへ介入したのが僕。

 僕がここに拘束された理由でもあるが、反政府派に武器を流し壁の建設の邪魔をした。高い金を払って武器を買ってくれる客は少ない……できれば僕も売りたくないのだが支援要請があったので手を貸したのだが、外国で傭兵の時代が長かった反政府派は想像以上に善戦しいつしか戦闘は出雲からJUAへと変化する。

 当然JUAにも名前を伏せて支援を行っていた。勘の鋭い彼女はすぐに僕が関わっていることを突き止め自分の妹を使って僕を捕まえさせたのだ。


「今頃あの土地は人が住める程度には回復していたでしょうに」

「壁がなければ土地があっても人は住めない……」

「三股する人の考えは正しいのでしょうか」

「自分の妹をトラップにする女が人の上に立つんだ……いや、自分の妹をトラップにできるから人の上に立つのか?この際どっちだっていいが、何が正解かは誰にもわからない。キミの評価だってそうだが後の時代の人間が評価することだ」


 しかし、納得のいかない様子の彼女は僕を小声で罵り力強く資料に判子を押した。実にアナログで、しかしこれ以上ないほどに信頼のできる印だ。


「この際、あの土地を更地に変えるのも良いかもしれないですね……同じ国のために働く組織であっても人の手柄を横取りするような者たちに未練も情もない」

「国に認められた組織のトップが言っていい言葉じゃないな」


 彼女は口ではそう言っても結局はやらないだろう。自分の手が汚れることを一番嫌っているため自分の先祖が一から成長させてきた出雲を利用することはない。

 彼女自身認めてはいないが反政府派と国の軍隊が争っていることは都合がいい、そしてそこに武器を流せる僕を擁している自分がどの立場であるのかをちゃんと理解していた。どちらも潰すことができるとわかっているから愚痴を言うだけで済んでいる。

 まったく怖い人だ。



「おい腕の圧縮パイプどこやっちゃったの!?これじゃブリキだよ!」

「パイプは在庫が少ないって言ったじゃないですか!」

「全面モニターテストは順調か?今回の作戦終了次第全M/Wのモニター総入れ替えするんだぞ!」

コレ全面モニター本当に使うんですか!?数回に一回モニターの一枚映像が狂ってる!」

「お偉いさんの介入によって急遽生産ラインに変更が出たんだ。多少のズレはこっちで直すんだよ!」


 工場内で響き渡る怒号と叱責、作業も終盤に入ったことで喧噪が心地いくらいにあちこちから聞こえてくる。

 長らく出雲の前線を走り続けた02型モアも改良の時期が来た。予算の都合上すべての機体を新たに作ることができない為、段階的に改良を施すことで性能を上げることで計画が進められている。

 僕は第三世代となる新型を作ることを望んでいたが国との契約でM/Wの資料は彼らに流さなければいけなかった。それによって僕が干渉することができない軍で不格好なM/Wが作られてしまってはショックで立ち直れなくなる。

 それだけはごめんだ……だから不服でも頷かなければいけない。


「そのパーツは違うって何度言えばわかるの!本当にだらしない奴らね」

「やあ、芽衣くん今日も元気だね……」

「せ、星那さん!?おはようございます!」

「こいつの作業も最終段階かな?」

「はい、あとはパイロットとの調整を残すくらいですね」


 工場の天井に吊るされたアームがゆっくりと下ろしてきたのは5mほどの砲塔、月で発見されたフェンガリウムが使用されている。高い強度と熱に強い特徴を持つその鉱石は発見から8年程度で新しい物だが月で採掘されることもあってか未だ地球では普及していない。

 今回は僕が南アメリア大陸で独自に回収した物を流用している。

 芽衣くん率いるメカニックマンたちが砲塔に張り付き作業している間、僕は砲塔を設置する土台部分の作業を請け負うこととなっていた。給料も出るためその値段分は頑張るつもりだ。

 砲塔を乗せる土台、四つ足のソレは月から連日のように攻め込んでくるエイリアンのようにも見えるが山の斜面に合わせた砲撃を想定するならキャタピラよりもヤツらを手本にしたほうがいいという閣僚たちの判断だ。実際、キャタピラの戦車よりも移動に関してはエイリアンの方が上だし、山からの奇襲で斜面に張り付き攻撃してくるエイリアンを軍も出雲も苦手としていた。だから文句なしで採決された。

 だが、四駆それぞれが独立した動きをおこなう設計のコイツを僕は苦手だった。相棒の力を借りて何度も体当たりによる自動姿勢制御をテストするがどれも不格好な様でかっこいいと心からワクワクする物ではない。

 僕のポリシーはこれを許さなかった。

 しかし、あまり時間を掛けるなと命令があったので大人しく現状制御可能ならそれでいいと妥協するしかない。

 相棒がタックルをすれば3mの4つの足がそれぞれ細かい動きで転倒を防ぐ。

 その無様な動きに星那は笑いを止めることができなかった。

 作業も一段落つくと星那は工場を抜け出しパイロットたちが帰還し始めた整備工場に潜入する。

 数日前から侵入を続け発見されるたびに叱られている星那であったがソレを誰も止めようとはしない、止めても無駄だと理解したのだ。それに彼らパイロットの棺桶にもなるM/Wを整備するのは星那の役割であり何か恨みを買ったら戦場で足を引っ張られると恐れる者も少なからずいた。


「またアイツだ……子守りは何してんだか」

「おい殿、アンタはガキの世話もできないのか?」

「私はアイツのお母さんじゃないわよ……」


 第二世代、旧式と呼ばれる02型モアの中でひと際目立つ新型M/Wから身を乗り出した彼女は同僚の煽りを冷静に受け流す。

 この数か月の間に穂乃果は成績と実績を積み上げ階級を一つ上げていた。そんな彼女をよく思わない隊員もいて、上官であっても今のような態度を取られることが多い。だが、彼女はそんなことを気にすることはなかった。


「穂乃果くーん!どうだいレディの調子はー?」

「いい……それより何度言ったらアンタは申請作業をしてくれるのかしら?アンタが来るたびに私は困ってるのよ」


 それは彼女の本音であった。コックピットに乗り移る僕に素っ気ない態度を取り同僚たちからの視線を気にしている。


「ン、考えておくよ。だけど僕は字を書くのが苦手なんだ」

「天才も聞いて呆れる。いつになったらアンタの子供っぽさが治るんだか」

「それが僕のよさだよ……」


 彼女の言う通りレディのプログラムは完璧に彼女をインプットし、彼女の手足へと変わっていた。彼女が考えるだけでこのレディは自由自在に動くというわけだ。


「頭痛は?」

「ない……でも、機体にダメージが入ったときは必ず」

「そうか」


 HCmデバイス、彼女の新型M/Wレディに初めて搭載された新デバイスのことでパイロットのダナとM/WのCPUが連動することで搭乗者の脳波をキャッチしその通りに行動する。謂わば機体と一心同体の状態になれるデバイスはパイロットにとって「M/Wを着る」を体験することができた。

 握れ、走れ、飛べと脳内で考えるだけでその通りに実行する……HCmデバイスは軍事だけでなく民間にも役立てられると考えられ彼女を実験台としてテストしている。

 だが、結果は僕と相棒のように上手くはできていなかった。


「吐き気は?」

「乗る度にひどいわよ……私の中を見られているみたいな感覚。他の連中も同じことを言っていたわ」

「そうか、みんな同じか」


 HCmデバイスの民用化実現はまだまだ先の話になりそうだ。


「お疲れ様……キミたちも良いデータをありがとう。機体はキミたちの棺桶にもなる。最終チェックはキミたちの仕事だ」


 彼らは苛立ちなどの複雑な表情を浮かべ僕に従う。僕を気に食わないメカニックマンとは違った反応、プライドがそうさせるのか彼らの表情はソレとは違ったのだ。

 出雲だけでなくどこの国の軍隊、傭兵であってもM/Wに乗れることは特別なことでありそれだけで一生を食っていける。彼らは謂わばなのだ。

 僕らのような機械いじりとは違って戦場を知り、命のやり取りを知っている。だから僕らを下に見て指図を好まない。彼らが僕に歯向かわないのは僕も戦場を知る人間でM/Wに乗るから……ただそれだけでこの態度の違い。

 技術者や科学者と彼らの脳のつくりは違う……水と油のように交わることができないことは理解している。専門用語を彼らに使うつもりはないが、M/Wに愛がなければいずれM/Wに裏切られる。

 彼らは好きで戦場にいるわけではないのだから……。

 整備点検の終わったM/Wが続々と次の戦場、明後日予定されている月からの使者迎撃作戦に向かうため輸送車に運ばれていく様子を手すりに全体重を委ね眺める。

 作戦の指揮は当然夏樹くんがとる……反政府派と軍の対立がおこなわれている戦場であるが、事前通告をおこない既に戦場は休戦状態だろう。そこを同時に叩くつもりなら僕は彼女に銃口を向けなければいけない……利害あっての関係だ。バランスは保たなければいけない。

 僕は未来を予測する彼女に賭ける。


「穂乃果くん……僕は戦場に行くつもりはない。だからキミに頑張ってもらわなければいけないのだよ」

「言われなくても私はいつも真剣に頑張ってるよ……」

「ソレにしては心音がハムスターみたいじゃないか」

「怖いから……また部下を失う」

「…………最初から損失を考える人間は上にはいけない。だが、損害を予想できない人間に上は任せられない」

「は?」

「まあ、全力を尽くせということだよ」


 そしてあっという間に作戦の日は予定通りやってきた。一分一秒の誤差なく、ソイツは大気圏に突入し火球となって地上に向かって降下している。

 ソレを初めて観測したのは管制室で、僕はオペレーターの反応がよく見れる特等席でお茶をしていた。


「α型接近中!直ちに地上部隊の攻撃を開始してください」


 地上で隊列を組み待ち構えていたのは高火力ミサイル部隊。軍と出雲の合同チームであるがそれほど国も危機感を持っていたということだ。

 上空の隕石に向けて地上兵器から放たれる弾は複雑な軌道を上手く捉え標的に直撃させる。休みなく撃ち込まれ続けるも標的は空中で分離することなくスピードも変わらないまま遂に地上迎撃不可能な高度まで接近していた。地上に到着してしまったら後はミサイル部隊では戦うことはできない、M/Wの出番だ。

 目標の地上着弾と共に発生した衝撃波から逃げるようにミサイル部隊が撤退するのと入れ替わりM/W部隊が宮城県旧市街地に展開する。彼らの恐れている事態は目標であるα型と共にエイリアンが攻めてくることで、ソレを月がずらさないわけがない。予測通りエイリアンも宮城の地へ大量に押し寄せてきた。


「エイリアンの反応を多数確認!海岸沿いの部隊はこれを迎撃してください」


 危うく「オペレーターの指示が遅れている」と口の中で抑え同じテーブルに座る夏樹くんに淹れたてのお茶を渡す。

 これに意味はない。だが、彼女と同じくその横に座るパイロット候補生の緊張を解すために必要な行為であった。


「それで……彼女がアレのパイロットになったわけ?」

「そうです。厳しいテストを経て決めました」


 彼女の言う通りM/W操縦の射撃や操縦のテクニックを示す評価は満点で中でも長期隠密行動による集中力持続テストは出雲の中でトップだ。これだけの成績を見せつけられてしまえば僕であっても文句は言えない。

 だが、問題があるなら彼女の経歴だ。どこにも彼女の名でヒットする情報がない……。

 訳ありか。


「ム?どうかしたかな?」

「あ、いえ……その綺麗なネックレスに見惚れて」


 僕は無意識のうちに自然と彼女の視線を遮るようにネックレスを隠してしまった。僕の防衛本能がそうさせたのだ。


「すみません……あまりそういうのに興味がなさそうでして」

「いや、気にしないで。ただの趣味さ……」


 僕が事前に受け取った彼女の資料には名前が神白かみしろユナであることと女性である、身長や体重といった必要最低限な情報しか得ることができず直前まで彼女を使用するか悩んだ。だが、夏樹くんが選んだ人材であるなら信用しなければいけないと許可したが……実際あってみると彼女は人形のようであった。

 彼女のような華奢なパイロットがあの高出力兵器を扱えるのか、今になって心配になってきた。


「…………ここで悩んでも仕方ないか。まあ、彼女を信じるよ」

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