第八話 パワーがダンチ

「僕は知っている……だからキミに協力してあげるよ」


 心強い味方を思わぬところで手に入れてしまった。正直言って信頼はできないがこの男の持つ知恵は信用ができる。


「でもどうやって?」

「力は努力して手に入るような清らかで都合のいいモノではない……。権力と同じく、誰もがソレを求め争いを始めるようなモノだ。力は凶器、扱いを間違えればどんな聖人が持っていようとも人を殺すことのできる道具と成り下がる」

「…………」

「だが、力は未来を変える可能性を秘めている」


 男は言いたいことだけ言って私に解釈と理解を丸投げする。本物の頭がいい人間の言っていることは凡人にはわからない、力は人を殺すことができるが未来を変えることのできる可能性を秘めたモノである。

 私は彼の言いたいことは何となく理解ができるが、何か腑に落ちないモノも感じていた。

 なぜそのような力を彼が知っているかなど……わからないことはたくさんある。

 工房の隅に布が被された一区画、昨日はなかったモノだ。男は布に手をかけると勢いよく外し現れたのは人型のシルエットが目立つ17mの巨人、スラっとしたスタイルは女性を模したM/Wであった。

 関節部につけられた拘束具が外されるとツインアイが緑色の閃光を放つ。


「キミのだよ」

「え、私の?」

「02型よりはコストが掛かるが、性能の差はダンチだよ。じゃあこれを操縦するために訓練をおこなうとしよう……ついてきて」



 人間の限界。

 ソレは未だに正解が出ていない難しい問題であった。限界には個人差があり、死にそうになって100%を出し切れる者もいれば常に限界ギリギリを出し切ることのできるアスリートタイプも存在する。すなわち、人が100人いれば100通りの限界の超え方があるというわけだ。

 僕の場合は限界まで追い詰めることがないのでまだ限界を知らない。


「穂乃果くん、キミにはこれから限界を超えてもらう!その前にまず、限界とは何かね?」

「どうしたの急に……限界ってこれ以上はないギリギリ、肉体的にも精神的にも追い込まれていることじゃないの?ソレを超えるって少年漫画じゃないんだから無理でしょ。不可能よ」

「ハァ……キミを少し気に入っていたのだが何なのかねその模範のような回答。それに少年漫画は我々の人生の教科書だ。教科書に不可能という言葉は出てこない」

「じゃあ何なのよ」

「限界とは壁だ。邪魔な壁、ソレを壊したとき僕らの持つ力が100%で解き放たれる」


 そう言いながら部屋の奥から見たこともない機械を用意し始める。複数のメーターが付いた巨大な機械の先には長い洗濯ばさみのような先端が付いたケーブルがあり、科学の実験で使ったことのある電源装置のようにも見える。

 嫌な予感がすると私の本能が言っていた。


「何よそれ……」

「これで今からキミには限界の壁を壊してもらう。まあ、一度死んでもらう」

「は?今なんて!?」

「はいジッとしててね……上手く嵌らなかったら本当に死ぬかもしれないから」


 私の質問になんて耳を貸さずスーツにプラグを差し込み準備を続ける。死ぬかもしれないと言われこっちはそれどころではないのに鼻歌を歌いながらノリノリで進めるコイツは何なんだ!?

 すべてのプラグコードを差し終え私のヘルメットを強く叩く。


「何するのよ!?」

「おい相棒、そっちは準備できたか?」

『準備完了です。いつでもいけます』


 電源装置のもう片方のケーブルを自分の体に接続したプロトタイプD2がヌッと現れたかと思うと男はすぐにレバーに手をかける。


「これより僕がここに捕まってここで受けた拷問をキミにも体験してもらうよ」

「限界を超えるってアンタの逆恨みで私を拷問するってことなの!?ちょっとやめなさい!」


 出雲の拷問の話は噂程度でしか聞いたことが無かった。

 現在がどうであるかは不明だが、アルスのように前科持ちの社会復帰が見込めない精神の分離した所謂サイコパスと呼ばれる人間が担当している。奴らは己の快楽の為尋問を行うようで、加減を知らない所為かよく人が死ぬらしい……。

 この男が本当に捕まったときにその拷問から生き延びているってことは凄いことでもある。

 そして男は間髪入れずにレバーを下ろす。

 私の心の準備を前に迸る電流が私の体を貫いた。ケーブルでつながれた箇所から枝分かれするよう伝播する激痛が体中を走り抜ける。

 筋肉が硬直し体が動かなくなったと思うと神経が刺激され足や腕の筋肉が痙攣を起こす。意識が飛びそうになるが、続く衝撃によって意識は強制的に呼び戻される。

 電流は星那も感じていた。一撃の衝撃によって体が大きく後ろに飛ばされたのだから未だ痛みに慣れることはできていない証拠であった。けれども穂乃果とは違い立ち上がることはでき、何とかしがみ付くことで電源装置の傍に居続けることはできた。


「電圧をもう一段上げる!絶対に死ぬなよ」

「ガッ……!!アガァッ……」


 彼女の声にならない叫びを聞いたとき僕はあの女がどのような気持ちで僕を痛めつけていたのかがよくわかった。自分より上の人間を痛めつけているときってのは、さぞ優越感に浸れて気持ちが良かったのだろう……。

 一定間隔で繰り返されるショックによる気絶と蘇生を繰り返すこと4分、星那がレバーに手をかけ電源を切ると電気によって動いていた彼女の体はぱったり動かなくなった。


「やっぱり初めてはこうだよね……僕も最初は25分で気絶したさ」


 連携させたダナで生存確認を行い生きていることを確認した星那はD2にもたれ掛かり呼吸を整えてから手のひらを擦り合わせ穂乃果に近づく。彼女の胸元に両手を当てた刹那、その両手から放たれた電気ショックによって心臓の痙攣を正常なリズムに整える。

 流石、訓練されているだけあって彼女は頑丈だった。心臓の鼓動が正常に戻るとすぐに呼吸が安定化し数分で意識も回復した。

 彼女が次に目が覚めたのは夕日が沈む頃、訓練兵は訓練を終え基地の宿舎に戻り訓練兵の機体をメカニックマンが受け取りを終えた頃だった。


「おや、これは完全なお目覚めかな?」

「アンタ……私を本当に殺す気だったのね」

「言ったはずだよ死ぬ覚悟を持てって」

「これを本当にアンタは受けてたの?」

「ああ、四日三晩休まずね」


 私からの質問をこれ以上受け付けないという態度で彼は太陽の光が入らない部屋の影に隠れるとヘルメットを脱いだようだ。声が鮮明で何より深紅に輝く双眸がこちらを見つめていた。

 アイツの瞳、赤いんだ……。

 太陽の光も部屋の光も当たらない場所で輝く瞳は自らの力で発光しているようだった。


「ねえ、私を放置?」

「どうしてほしい……」

「いいわよこのままで」


 床に汗まみれで倒れる私を放置して自分だけ着替えていることは納得がいかないがヤツに体を拭かれるのはもっと嫌なのでこれでいいと納得する。

 とりあえず今日一日生きててよかった。それだけだ……。


 この拷問をアイツは数日間耐えたのか。今の数分の電流でスーツの下に火傷のような跡ができているが、多分スーツのおかげでこの程度の怪我だろう。拷問の時は当然身に着けているモノは全て回収されるから、アイツの体の下はどうなっているんだ……。


「あらら傷ができたか……。冷やすかい?」


 星那はヘルメットを被り直すと火傷跡に冷たい氷嚢を押し付ける。正直ズキズキ刺激が強かったが不思議と気持ちがよかった。


「あんたの体には傷とかできていないの?」


 聞かれたくないコトだろうけど、私はつい聞いてしまった。

 しかし、珍しく素直に星那はスーツの上着部分のチャックを開け体を見せてくれた。

 意外とガッチリした体に不自然な傷が複数ある。縫った跡や火傷だけでなく刺し傷のようなものだった……。

 背中には白鳥が翼を広げている入れ墨のようなものまで。

 この傷が全部ここでつけられたものだったらこの男は、なんで私たちに協力するのだろうか……。

 不思議だった。敵の敵は味方という理論もあるが、ウチでなくても地球上には兼城を恨む組織がいくつもあるのになぜここを選んだのか?最初に発見されたとしても私たちを皆殺しにして逃げれたどころか、拘束される前にコイツは逃げられたのになぜ私たちを待っていたのか?

 私には星那という男が分からなかった。


「その白鳥の入れ墨はなに?」

「これは……その趣味だ」


 声のトーンが低かった。わからないことの多い男だが今回は女の勘で私にも多少はわかる。

 多分嘘だ。

 星那はこれ以上聞かれたくないようで急いで上着を着直す。勿論私はそれ以上彼に踏み込んだ質問はする気は無い。


「じゃ、じゃあ今日は終わり!僕は第五作業場のメカニックマンたちに用があるから先に戻っててくれ!行くぞ相棒……!」


 僕は彼らが好きだった。僕の言ったことを理解して、予想以上の働きをしてくれる。僕が年下であっても嫌な顔一つせずにだ。

 やはりここは、地球は良い所だ……。



—出雲 大浴場(女湯)


 そこにはメカニックもオペレーターも上官も訓練兵も関係なく裸での付き合いということで唯一本音で話すことのできる場所であった。

 私は全身に稲妻が走ったような火傷の跡をタオルで隠しながら同僚たちと約三日ぶりに再会する。みんな正規パイロットかその予備であったが、ドロドロとした関係はなく出世した者を素直に誇りに思えるいい人ばかりだ。

 私を出世と考える者もいれば左遷と考える者もいる。話をすれば星那がどんな人間なのかを気にしているようだったが……。


「ねえ、やっぱりイケメンなの?」

「わからない……まだ顔を見てないのよね」

「え、二日も一緒に過ごしてるのに?」

「アイツ頑なにヘルメット外さないから」

「でも声はかっこいいわよね?」

「うんうん、さっき給湯室で相席したとき声は優しかったわよ。理科の実験みたいにずっとお茶のパックを入れたり出したり……意外と子供っぽいのね。ちょっと可愛かった」

「まさかアイツから飲み物受け取ってないでしょうね!?」

「おいしい紅茶を淹れてくれたよ?」

「手のしびれとかは?」

「そんなことないわよ。オーランド諸島で人気の高級なやつよ?何度も見たことあるし、星那さんがそんなことをする意味がないでしょ」

「そうよ、少し穂乃果は気にし過ぎなのよ」

「で、でも……」


 そんなわけでたった三日でこの基地の女性陣から人気を得た変人は私の居ないところでは紳士であるようだ。人の下着姿を覗いて酷評するデリカシーのないアイツの面影は同僚の話からは見受けられなかった。

 ここで本当のことを言ってアイツの評判を下げようにも恐らく誰も信じてくれないだろう。それどころか一緒に過ごしていることで男女のそういう関係にはならないのかという話題に移ってしまったが、今のところあの電流や睡眠妨害を受ければそんな気にはなれない。どんなイケメンであってもだ……。

 夢を見過ぎている同僚たちではあるが、壁の外で訓練をすれば皆命懸けである。男に邪魔されない羽目を外せるガールズトークは私も大好きだ。訓練終わりの食堂と女湯はそんな私にとっては天国だった。

 だが、今は共に苦しみを共有することができず得体のしれない変人と一緒に過ごさなければいけない……良いのか悪いのか。

 パイロット組で談笑をしているところへ遅れてメカニック組が合流すると大浴場でも少し狭く感じるほどの人口密度となる。

 メカニックが来れば少しはアイツの話題から離れると思ったのもつかの間、メカニックであるが故にアイツから離れるどころかアイツ中心の話へと再び話が盛り上がり始めた。


「ねえ穂乃果、今度星那さんからD2借りてきてよ。あのM/Wの機構をみんな見たがっててさぁー星那さんの話をすると顔色変える男どもも技術には興味があるのよね」

「そうそう『何が星那だ。オレだってアイツに負けない立派な技術者だ』って大口叩いていたのに、その日星那さんが作業場に来て話をしたら明日も来てくれって懇願してたわ」

「ほんとみんな子供っぽいわよねー」

「そんなことないよ!あの男の方がウチのメカニックマンより子供!」

「たとえば?」

「…………数え歌を歌いながらメンテナンスしてたり……たまにプロトタイプと口喧嘩してる。どっちが歌が上手かって」

「なにそのギャップ……可愛いじゃない!?あのミステリアスな星那さんにはそんな秘密があったとは!みんなに教えてあげないと……!」


 段々と女性陣にはアイツの子供っぽさが知れ渡ったようだが、私の思惑通りの結果とはならず逆に好感を集めてしまった。私もみんなと同じく遠くからアイツを眺めている分には同じノリで好感を持てたのかもしれないが現実を知っているとそうもいかない……。

 かといって私以外にアイツの子守りを任せるわけにもいかないだろう。

 湯船でのぼせる前、先に出ることを伝えその日は大人しく割り振られてしまった工場に直帰した。誰もいない静かな作業場の灯りをつけるとアイツが作った女性的なシルエットが印象の新型M/Wが隅で佇んでいる。

 プロトタイプともモアとも系統の違うまったくのオリジナルをデザインから設計までアイツ一人でおこなったというなら、本当に天才なのだと認めざるを得ない。頻繁にどこかから資材を運ばせていたがアレは既にパーツごとの設計が完成し後はプラモデルのように組み立てるだけ……効率のいい作業をする。

 いったいどこの組織がこの機体を作るのに一枚噛んでいるのか……せめて国に認められた正規の組織を利用していることを願うしかない。

 私はアイツが帰ってきてまた睡眠妨害をされる前に眠ることとした。

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