第七話 アネモネ

 色どり鮮やかなアネモネが咲き乱れる庭。白い煙突のある西洋風の家に懐かしい感情が私の胸の奥に呼び起こされる。しばらく感じていなかった安心感だ。

 そこへ一人の少女が西洋風の白い家に小さな足で懸命に走っていく。少女はなにかを見つけ小さな体から出たとは思えない大きな声で二人の名前を呼ぶ。

 その声に対し家の前で立つ二人は彼女に優しく微笑み手を振る。


「パパ!ママ!」


 私の前をその小さな少女が走り抜けた瞬間、景色は一変する。

 視点が変わり私を囲むすべてが大きく感じられるそこは父の入り浸っていた作業室だった。油によって足元は滑り鉄臭い部屋で顔を黒く汚しながら父親の大きな背中には家族を守る男の強さが感じられる。


「お父さん!」


 私が父さんと呼んだ男は私に気が付くと作業を中断し大人のゴツゴツとした手で私の頭を優しく撫でる。眼鏡に白髪混じりの薄い髪の毛が父の仕事の忙しさを子供の私にもわかりやすく体現していた。

 だから私は父の仕事を邪魔しないよう作業室で彼に声をかけることはあまりなかった。しかし、この時は違った。


『どうしたんだ穂乃果?』

「こ、これ……」


 私の小さな手に握られた『合格』の文字が記される紙を受け取った父は顔に笑顔を浮かべ急いで母親を呼んだ。突然呼び出された母も洗い物で濡れた手をエプロンで拭きながらその紙を受け取ると父と同じく笑顔で飛び跳ねるように喜び急いでどこかへ走り去っていった。

 私は喜ぶ二人を見て泣いていた。


『穂乃果!こっちにおいで、ご褒美に今日は母さんがお前の大好きなハンバーグを作ってくれるそうだ!それもビッグなやつを!』


 私を抱きかかえた父は中途半端な作業をほっぽり出して作業室から飛び出した。

 この時は幸せだった。世界中どこを見ても何も知らない人類は幸せでいられたのだ。それから数年で人類の半数が『今から自分が死ぬ』なんて思ってもいなかっただろう。


 そして再び場所が変わった……次はどこだろうか、見慣れない景色。さっきまで視界いっぱいに広がっていたアネモネの咲き乱れる美しい庭も父の作業場もなく、あるのはなぎ倒されガラス戸が破壊された食器棚やテーブルの上に乱雑に置かれるビール瓶やコップの数々。

 一人の男がソファにもたれ掛かり情けなくむせび泣いていた。傍の暖炉の中では蒔が音を立て火の粉を飛ばす。

 そして、投げ入れられた家族の思い出、母親の姿が写された写真は炎に包まれ記憶は灰となり散っていった。何もかもを失った男は自暴自棄になり、今あるモノまでも失おうとしている。

 男はもう、私の知っている父親ではなかった。

 項垂れて作業場に向かう父の背中からは家族を持つ男の偉大な安心感のある強さはもう……ない。

 前と変わらず油まみれになりながらも機械を弄る父はいたが、あの時とは違い失敗を恐れ、失敗する度に自らを叱咤する。

 母を失ってから父は壊れていた。

 母で埋まっていた心にぽっかり穴が開いてしまったのだから無理はないだろう、愛情のバランスが崩れた父の情緒は不安定で失敗が増え、酒に逃げ、何もかもを投げ出そうとしていた。

 私に対して愛がないわけではない。それどころか父は私をどんなときでも愛している、このときも同じだ。

 だが、最愛の人を失った人間からは孤独を感じる。

 母を失い心に空いてしまった隙間を埋めるのは技術者であったためかやはり機械であった。それも祖父の残した〈デッペルフロートシステム〉と呼ばれる船に関する技術らしいのだが、ソレを完成させることは不可能に近いと嘆いていた。

 だから父は母を忘れるためその技術を完成させることに心血を注いだ。いつしか口癖は「人を救う技術で母さんを救う」となり、結局父は母を忘れることはできなかった。


『私は人を救う!先祖から受け継がれてきたこの構想、この技術で私が誰かのためになる!彼女のような人を失ってはいけない!』


 狂った瞳で開発に没頭する父は凄いと思ったが、同時に不気味にも感じていた。


『穂乃果!父さんは人を救うために研究をしている……母さんを救いたいんだ』

「でも、母さんはもういないよ……」

『いや、彼女はまだ居る!どこかに居るはずなんだ!あの天罰で地球からいなくなった人たちは必ずどこかに居る!』


 好きなことに没頭する父の姿に私は憧れていたが、何かに憑りつかれる父は怖かった。

 しかし、穂乃果と父親の血は濃く二人はよく似ていた。

 彼女もまた、天罰から母親を助けられなかったと自らを責め父も母も反対していた出雲が運営する防衛学校に入学することとなる。

 すべてを知る神の下す天罰を防ぐことは誰にもできない。それは世の摂理であり、誰かが責められるモノでもないが彼女は光に包まれる母親の姿を最後に目撃し手を伸ばせなかった自分を恨んでいた。

 手を握れていたら母親を救えたかもしれない、救えなくても母親と離れることはなかったと彼女は考え今までの自分を弱くて情けないヤツと罵り叱責する。

 だから彼女は野心家で誰よりも上を目指し学校での成績は常に上位を維持し続けた。強い人間にはソレが必要であると考えたからだ。

 そんな彼女は成績上位を維持しながら卒業し、狭き門である国内唯一の武装が許されている民間軍事企業出雲のM/Wパイロットへと進むこととなる。

 出雲は軍事会社らしく新兵器の開発(軍艦や陸上兵器)をメインとする一方で、古くから多額の寄付や兵器の提供援助など旧日本政府との密接な繋がりが現在の政府とも続いていることで特例として有事の際は独自の部隊を持つことが許されていた。その中でも出雲の防衛学校で隊員として育てられた者だけが所属することのできるM/Wパイロットは有名で、入隊できれば死ぬまでお金には困らないと誰もが目指す道であった。

 しかし、その道は険しく流れ星へのお願い事としては百点な夢のたとえ話だ。


『穂乃果、お前は誰よりも努力をしている……だから父さんはお前を応援している。けれども戦争が始まったら兵士となる出雲に愛する我が子を送ることはできない』


 肩書だけでなくお金にも困らないというM/Wのパイロットに我が子が入ったというのに彼だけは違った。本来ならもっと泣いて喜ぶべきである。

 「優秀な娘さんですね」、「娘さんは誇りですね」、父親にそう話しかける者は数えきれない。顔も見たことのない人が親子を褒める、それだけ話が伝播するくらいにはパイロットになることが難しいことなのだがそれらの話を聞いても彼女の父親だけは素直に喜ばなかった。

 彼には愛する娘を失いたくないという本音ともう一つ複雑な思いを持っていた。

 人間としては正しい感情である。


《嫉妬》


 父から受け継いだ技術を完成させられず、最愛の人を亡くした男は惨めでソレをより強調させることとなったのが娘の成功である。

 彼は娘の成功が大きければ大きいほど相対的に何も為せなかった自分が惨めになり始めていた。誰よりも成功し立派な大人になってほしいと思う反面、両親の手がなければ成長できなかった可愛い娘のまま成長しないで欲しいと彼は何度も願う。

 だが、彼の願いとは裏腹に着々とパイロットとして成功する我が子への嫉妬心の芽生えに気が付いた彼は再び自らを責め次第に家を空けることが多くなり、ついには地球を飛び出し月を拠点とする兼城へ技術を売り込むこととなるのだった。

 それは深瀬幸一が兼城の実権を握り地球との関係に亀裂を生じさせた年のことである。

 そのため彼女は国より諜報を疑われ当時から出雲の責任者であった夏樹指揮官の対応では少尉で留めておくことが精一杯でそれ以上の昇進の道は閉ざされることとなってしまう。

 皮肉なことに父親は愛する娘の成功を誰よりも願っていたが、彼の嫉妬心は結果として娘の人生を狂わせたのだった。


 それでも娘は父を愛した。どうしようもない父であるが、彼女にとっては残された家族であり自分を育てた父親である。

 兼城に入ったのはその技術によって誰かを救えると信じていた、たまたまタイミングが悪かっただけだ。彼女は父親を信じた。

 父親の失敗は必ず地球に残る自分が挽回する。そして、父親にかけられた疑いを自分が晴らす。

 そのためには力が必要だった。証明をしなければいけなかった。



「私は証明する……!ハァ…ハァ……私がやらなければいけない……」


 手が震える、胸が張り裂けそうだ。苦しい、嫌な夢だ……いつ見ても不快だ。

 額から頬を伝って滝のように流れる汗を拭いたくて腕を動かそうとしたとき鉄の擦れる音が聞こえた。同時に私の腕は挙がらず初めて身動きが取れないことに気が付くこととなる。


「なによこれ……」


 まったく昨日の記憶がない……それどころか今まで何をしていたのかもわからない。外から部屋に差し込む光は昼の明るさ、気が付いたら椅子に縛り付けられているではないか。

 しかし、私にはこの状況になった心当たりはある。

 その張本人はすぐ現れた。


「おはよう。うなされていたようだが、いったいどんな夢を見たんだい?良ければ話を聞いてあげるよ……特に『証明をする』ってところに関してだ」

「今すぐ私を解放しなさい……バレたらアンタの手首と一生の別れをするんじゃないの。カメラは一日アンタを見ているのよ」

「監視が彼女であればだ……生憎、カメラを見る人間は僕がどういう人間なのかを知らない。ただの監視対象、そうとしか思っていないだろうね」


 この男相手にいつもの監視では役に立たないということなのだろう。コイツの口ぶり……とくに昨日の話だと既に出雲のネットワークには潜入しているしカメラの映像を切り替えることは容易だ。

 私はネットワークに侵入していた時点でこの男の手首を切り離さなければいけなかった。

 私はこの男に甘すぎたのだ……私もこの男に対する意識は変えなければいけない。

 この男はそこら辺のヤツとは違う。


「まあ、キミを縛り付けたわけだが……昨日言った通り僕はキミの下着にも裸にも興味はないし、ソレに発情することはないから変なことをされると身構えることはない」

「ならどんな歪んだ性癖を持ってるんですかね?いくら美女であっても椅子に縛り付ける悪趣味はもう病気よ……」

「キミのその図太さでまだ昇進できていない理由が僕にはわからないな」


 純粋な疑問を浮かべていた……縛り付けられていなかったら本気でこの男を殴っていたことだろう。いや、殴っている。


「理由はいろいろあるのよ……!」

「そうか。助言を求めてはいないだろうけど、キミはもっと人を疑った方がいい。特に僕から紅茶を受け取ってくれるなんてキミは数時間で僕を信じすぎだ」


 そう言われ段々と私は記憶を取り戻し始める。


—―数時間前


「おはよう穂乃果くん。昨晩はよく眠れたかな?」

「お陰様で一睡もできなかったわよ……」


 一晩中耳に入ってきた作業の音は私の睡眠を妨げ作業中にできた失敗の跡は生々しくも工房の床を抉っていた。樹脂によってコーティングされているはずの床にできた深さ12㎝の傷は簡単にできるモノではない……。


「ああ、これは気にしないでくれ……僕だって失敗はする」

「何をしたらこんな傷ができるのよ」

「成功のための失敗さ」

「物は言いようね……」


 目を閉じて考えた私の任務、私が任されたこの男の監視はイコールで私にも自由がない。24時間体制(寝る、風呂以外)の監視は本来一人が行うことではない、交代で行うモノだ。

 先日の失態をここで挽回しろということなのかもしれないが、国からは疑われている身……どうしても素直に受け入れられないのが事実。


「どうだい目覚めの一杯……頭がすっきりするよ。あ、毒は入っていない」

「あらどうも」


 私はこのとき何の疑いもなくこの男の淹れたコーヒーを口にしてしまった。流れるように自然と男を受け入れてしまったのだ。

 そこからの記憶はない。

 恐らく何か入っていたのだろう。


「思い出したわよ全部」

「それはよかった」

「何が毒は入っていないよ……騙したわね」

「騙したとは心外だな。僕の言った通りは入っていなかっただろう?」


 ぐうの音も出なかったことが悔しかった……確かに毒は入ってはいなかったが、確認もせずに得体のしれない薬物を飲んでしまったことは危機感が足りなかったと反省する。

 だが、この状況でも差し替えられた映像に気が付かない監視も監視だ。どれだけ精巧な映像を作ったっていうの?

 未だ私を縛り付けた理由も明かさず男は私を放置して部屋から退出すると私は一人きりになってしまった。あんな悪夢を見た後に一人というのは心細いが、かと言ってあの男に「傍に居て」と頼むのは理解に苦しむ……もとはと言えばヤツが私に薬を持ったのが原因だ。

 そして、冷静さを取り戻した私はなぜ私が縛り付けられているのかと考え始める。なぜ私は縛られているのだ?

 部屋のドアがノックされる。ソレに応える前にドアは開かれ現れたのは相変わらずのフルフェイスだった。


「おまたせ。できたよ」

「何が?」

「キミの新しいパイロットスーツ」


 男が手に持って見せたのはヤツの着ている物にソックリな漆黒のパイロットスーツだった。違う点と言えばヤツのより少しシンプルなところだろうか。


「キミを縛った理由は細かいスリーサイズを知りたくてね。何となくの予想はここへ連れてこられる際にキミの横に座らされたとき目視で確認したんだが、いざ作ってサイズ違ったら困るだろ?」

「は……アンタ私の体を測ったの?」

「細かくね」

「覚えてなさいよ変態。ぶっ殺すわよ」

「おっと……当分の間はキミを拘束しなければ僕の命が危ないようだ」


 しかし、男はすんなり拘束を解き私を解放した。

 本当にサイズを測るためだけにこのようなことをしたのだ……正直殴ってやりたかったが、この男は頭をヘルメットで体はよくわからないスーツで防御を固めているのでどこを殴ればいいのかわからない。

 私も解放されたことでこの件は水に流してやろうと考えてしまった……私はどうやら自分が思っている以上に甘いようだ。

 男から受け取った黒いパイロットスーツはゴムであるのか、ワニのような丈夫な皮膚に覆われている感触だった。細かい鱗があって触れるとザラザラする。

 試しに腕だけを通してみると伸縮性はばっちりで少し大きめに作られているはずが私の体に吸着するようにフィットした。通気性も悪くなく、そして外気に合わせスーツが自動的に体温調整を始めひんやりとした冷気を感じ手袋となっている指先が汗ばむことはなかった。


「凄いわねこれ……」


 純粋に彼の技術に驚いた。さっきまでの怒りを忘れてしまうような着心地の良さに感激する。だが、許したわけではない。


「まあ、僕が作ったからね」

「でもなんでこれを?」

「キミの上司。ソレを量産しろとさ」

「ああ……」

「着てみてよ。着替えの間は部屋から

「当然のことよ」


 腕を通しただけであの心地よさであるため全身に身につけた感想は今までのスーツが如何にパイロットのことを考えていない設計だったのかを思い知る。やはり自らM/Wを操縦している人間の設計はパイロットの気持ちがよく反映されていた。

 従来のスーツは通気性やコックピット蒸し暑さを考慮されておらず汗によって集中が削がれることがあり、M/Wを使った張り込みの監視訓練などで何度熱中症により死にかけたか……。

 全身に張り付くような感触に初めは違和感があったが慣れればどうということはない。ただ体のシルエットがもろに反映されるのは女性隊員がどう思うのだろうか……。


「着てあげたわよ」

「…………まあ、似合っているね」

「なに。言葉の詰まった誉め言葉は人を不快にさせるって覚えておきなさい」

「キミは単純だからね。ホラ、これ被って」


 「次は何よ」と言おうとすると放り投げられた黒い物体はコレもヤツの被る物と同じ漆黒のフルフェイスだった。

 普通のヘルメットよりも重く私の被っていた物が実際そうだが、よりチープなものに感じてくる。

 コレも私は言われた通り被ってみると中は異常なくらいキツかった。バイザーの向こう側の景色が全然見えないくらい暗闇が広がっていてフルフェイスに関しては不良品なのかと思っていた。しかし、その評価はすぐに覆される。


『これより〈ダナ〉プログラムの設定を開始します。まずは声紋によって所有者の登録を行います……お名前をどうぞ』

「え、澤多穂乃果です」

『認証完了しました……澤多穂乃果様。所有者確認……本人確認完了』

「すごい……」

『PSスーツとの連動を確認。続いてアイトラッキングの設定を行います、画面に映る一つの点を追いかけてください』


 ヘルメットの中で響く女性の声に合わせバイザー内で何かが下りてきた。それは特殊な画面でまるで空中に投影しているように点が私の目に合わせ動き回っている。


『アイトラッキングが完了いたしました。これより正式に貴女が私の所有者となります』

「え?え、え……?」

『初めまして澤多穂乃果様。私は、貴女のサポートをおこなう〈ダナプログラム〉と申します。長いのでダナと呼んでください』

「よ、よろしく」


 コレも会話のできるAIであった。「なんでもできるのか」と質問すればなんでもできると回答が返ってきたので試しにネット検索をさせる、すると空中に投影されているような画面は動き始め自動的に検索を開始し僅か10秒程度で検索結果を投影する。

 画面は私の頭の動き、そして瞳の動きに連動し最適な位置まで動いてくれる。腕を動かして指でその画面を触れるとクリックの判定となった。

 なるほどな……これは便利だ。コレは一般化されると人をダメにするもので、あの男が一日中つけているのも納得がいく。


「ねえ……コレも量産するの?」

「いいや、ダナはコストが掛かる。キミだけの特別だ」

「あら、そう……」


 もしこの部屋で私が一人きりだったら純粋に新しいおもちゃが手に入ったと喜ぶ子供のように色んなことを試していただろう。しかし、ここにはアイツもいる……下手にはしゃいでしまったら馬鹿にされる可能性があった。冷静に興味がないように感情を押し殺して操作を続ける。


「ダナ……だっけ?あなたは意味のない言葉に対して何か返したりするの?」

『私は自由に会話ができるようにプログラムをされています。沢山の会話をインプットしているためご要望があれば口調を変えての会話も可能ですよ』

「自然にも?」

『はいもちろん。自然の定義が必要となりますが、所有者である穂乃果様の求める話し方があれば変更を行います』

「じゃあ、アイツに」


 指さしたのは当然アイツだ。


『そんなことをしたいのかいキミは?』

「アンタは黙ってて!」

「おいおい……僕は何もしゃべっていないけど?」


 ダナはホンモノだった……研究しつくされている膨大なデータ量で私の求める声を作り出しその特徴までも真似ていた。

 如何にもアイツが言いそうなことをアイツの声で語り掛けてくるのは正直驚いた……何かに使えそうだが、残念ながらこのときはまだ何に使えるかは思いつかなかった。

 ひとしきり私がダナの性能を試していると突然男は私のバイザーに自分のバイザーをぶつけ接触回線に切り替えて話しかけてくる。

 男女がそういう関係でなければ許されない距離に近づいたことで再確認できる10㎝以上も離れた身長で見下ろされる恐怖。体格差は歴然としていてもし、コイツが鍛えているのであれば私には勝ち目がない。


「ねえ」

「な、なによ」

「力が欲しいって言っていたが何のために力を欲しがる……」


 突然の質問に答えられるほど私の脳は賢くも優秀でもない、けれども力が欲しいという漠然とした願いは私が幼い頃から持っている。

 母親を救うことができなかった無力な自分を超えるため、父の汚名を返上するために……。


「証明するための力よ」

「何を?」

「ソレは言えない」

「僕が力が手に入る方法を知っているなら?」

「なんでもする」


 すると男は私のヘルメットに触れ強制的にバイザーを解放すると露になった私の眉間を指で弾いた。思わぬ手加減なしの強力な一撃に額を抑えしゃがみ込む私に男は話を続ける。


「責任のない『なんでも』って言葉は危険だ。その言葉通り僕はキミになんでもさせることになってしまう」

「でも、私にはその覚悟はあるわ!」

「凌辱に耐えられるわけがないだろう」

「あ、アンタ私の体で何するつもりだったのよ……」

「たとえ話だ。本気にするな」

「てか、アンタ本当に知ってるの!?」

「…………キミがその気なら教えられる。僕はキミに協力したいんだ」

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