第六話 スブテクト

「ダナ、彼女のデータを出してくれ」

『2158年栃木で生まれる。2169年に天罰で母親を亡くす。2177年19歳で出雲入隊その後士官候補生として一年。現在エイリアン討伐数などの実績により少尉へと……』

「彼女の父親はもしかして澤多 彰さわた あきらか……?」

『そうです。マスターもよくご存じの彼、《デッペルフロートシステム》の第一人者である彰博士の一人娘……』

「ありがとうダナ。それだけ知れたら十分だ」

『他に欲しい情報は?年齢身長体重などスリーサイズは』

「もうそのくらいは自分で手に入れているよ。ここまで来るのにただただ僕は拘束されていたわけじゃないぞ」


 ダナとの通信を切った僕は彼女に割りあてた工場の一室、生活スペースとも言えるこじんまりとした埃まみれの薄暗い部屋をのぞき込む。

 丁度、穂乃果くんが部屋中の掃除をおこなっているタイミングだった。僕の存在に気が付くと血相を変えて怒鳴り始める。


「アンタ自分の役割はわかってるんでしょうね!この工場は数十年使われてないんだから埃まみれなのよ」

「ああ、だから相棒を中に入れていいかな?もう使われていない機材をどかしたいんだ……ついでに彼のメンテナンスも」

「勝手にすれば。あ、そうそうこの後アンタに芽衣さんを紹介したいからそれまでには片づけ終わらせてよね」


 僕はわかったと彼女に手だけ振って相棒を呼びに行く。だが、僕の行動できる範囲はとても狭く勝手にその範囲から離れてしまうと手首にかけられた特殊な手錠が自動的に僕から生きる意味を奪うこととなる。

 だから僕は慎重に場所を選んで歩くことにした。

 常に監視の目が届く基地の中をうろつき相棒を探す。職員は全身真っ黒のフルフェイスマスクをつけた白衣の男に視線を向けるも近づこうとはしない。異質であることは理解しているがどんな場所でもこの格好の僕はどんな視線にも慣れている。

 当然、その中には敵意を持った視線も混ざっていた。月から降りてきた僕に対する彼らの怒りは理解できる、一度地球を捨て宇宙に出た人間をいきなり信頼することはできないように僕を信頼しない者は皆、僕をスパイか何かかと思っている。

 だが、僕は月の味方でもないし地球の味方でもない。今は夏樹くんと協力をしているから彼らと共に働いたり戦ったりするが、目的が達成できればここに用はない……敵になる可能性もあるということだ。

 そのためにはまずアイツを見つけ出し、この世から消さなければいけない。


「おい聞いたかよ……またスポークスマンの犯行だとよ」

「ああ、今回はEUが管理する博物館からオーパーツを盗んだって話だぜ。この間までユーラシアにいると思ったらいつの間にか数千kmを移動してるんだ……俺はスポークスマンが複数人いるんじゃないかと思ってるんだが」


 M/Wの格納庫で新聞を広げた隊員がヤツの噂話をしていた。

 「スポークスマン」その名の通りヤツは自らを代弁者と名乗り世界各国で研究所や工場を襲撃し得た物を月に送っていると言われる謎の人物。月を支配する兼城の現会長である深瀬幸一の部下であると予想され、ヤツも僕と同じく地球では国際指名手配である。

 スポークスマンは怪盗、というよりは強盗であるが僕の関わった場所によく現れる……そして、優秀な学者を殺し技術を永久に葬り去るか奪ってどこかに流し金を得ているという話を聞く。兼城が買っていてもおかしくはない。

 僕は何度もヤツから挑戦状が送られてきたがすべてを無視していた。あの手紙が来なければ僕はいつまでもヤツを無視するつもりだった。


『桜は散り失われたロストテクノロジー。―ようこそ地球へ』


 その手紙に書かれた「桜が散る」と、言うのはそのままの意味で兼城桜を意味する。

 前兼城財閥会長である兼城桜は僕を拾ってくれた恩人だ。

 美しい女性だった……賢く先見の明があり多くの人たちに尊敬されていた。そんな彼女のため僕は月までついて行き沢山研究をしてきたが、三年前……僕が地球に帰るきっかけとなった事件が発生する。

 兼城桜が何者かによって殺害された。そして、一番最初に疑われたのは彼女に一番近く最初の目撃者である僕だ。

 けれども僕は誓って殺人は犯していない……彼女を殺したってなんの得もなければ彼女がいないことは僕にとって損でしかない。だから僕は無実を訴えるも僕を信じる者はいなかった。

 そして現在の会長となった幸一に出し抜かれ僕は犯人として裁かれることとなる。

 スポークスマンが何を知っているかは知らない、しかしヤツは彼女がロストテクノロジーを持っていることを知っていた。そしてソレが奪われたこともだ。

 ロストテクノロジーの存在を知っているのは二人だけ、僕と今の兼城会長深瀬幸一だけだ……だが、ヤツは殺しに直接加担するような人間じゃない。スポークスマンはヤツとは別の誰かだ。

 自然と僕の拳には力が入り、パイロットスーツのグローブがゴムの締め付けられる音が聞こえてくる。

 僕は無意識のうちに感情的になっていた。


 月で見つけることのできなかった彼女を殺した犯人を見つけることが地球に帰ってきた本当の目的である。



「ええ!?星那さんここに居ないの?」

「す、すみません……M/Wを探しに行ってまだ戻ってきてないんですよ。手錠をつけられているから下手に動かないとは思うんですけど……」

「……まあしょうがないわね。少しここで待たせてもらうわね」


 工場に押し掛け彼の私物を隈なくチェックする彼女はここ、出雲のメカニックマンを一つにまとめ上げるリーダーで私の機体もよくお世話になる優秀な整備士の臼井 芽衣うすい めい

 彼女は【アルス】のアキラ隊長の婚約者でもある。そのため隊長は疲れた表情を見せながらも芽衣さんに工場へ連れてこられ、今はソファで死んだように眠っていた。


「これって星那さんの白衣?」

「え、ええ……たぶんそうですけど」


 白衣のポケットに手を入れても何もなかったことが残念そうに肩を落とす。性格は男勝りのしっかりした女性で人によっては彼女の性格を「キツイ」と言う者もいる、しかし髪の毛をまとめた時に見えるうなじと左目下にある泣きぼくろがとてもセクシーで彼女に怒られる男性パイロットは鼻の下を伸ばしているところを見れば魅力的であることは間違いない。

 そんな彼女が婚約者の前でも堂々とあの男の荷物を漁るくらいに夢中である状況に複雑な感情が芽生える。

 なぜあの男が芽衣さんを夢中にさせるのだろうか。

 すると工場の外からM/Wの駆動音と重たい足音が聞こえてきた。頑丈な建物であっても13mの巨体が近づいてくることで発生する揺れを抑えることはできないようだ。

 動く度に発生するパイプや金属の軋む音は芽衣さんをより興奮させた。


「彼女は何者だ……」

「え、ええ!?」


 音もなくアイツは私の背後に立っていた。


「アンタ、外に居るんじゃないの?」

「相棒は勝手にあれこれできる。僕は工場の扉を開けに来たんだが、キミが居るなら頼めばよかった」

「せ、星那さんですか!?」


 扉が開いたと同時に工場の中へ入ってきたプロトタイプと私の背後に居る男、どちらに視線を向ければいいのか錯乱状態の芽衣さんがその場であたふたしているところに彼の方から近づいた。


「初めまして臼井芽衣さん……キミの腕はいいようだね。整備工場に寄ったんだがどれも新品同様に仕上がっていた。隊長殿の機体整備もキミが?」

「ああああああ!私、星那さんとしゃべってる!?」


 そして彼女は気絶した。だが、男は何か慌てる様子もなく自然と彼女を受け止めベンチに寝かせる。


「アンタ随分時間が掛かったじゃない……どこまで行っていたの?」

「すまないね。少し道に迷っちゃって」

「うそつき……」

「何か言った?」

『マスター私のメンテナンスはいつ?』

「すぐにしよう」


 そういって本当にすぐプロトタイプの整備を始めた。頼んでおいた掃除をすっぽかしてだ……本当に自由なヤツ。

 夕日も沈み始める中、私はずっとメンテナンスの光景を見入ってしまっていた。いつも芽衣さんたちにすべてを任せ、すぐに違う訓練機で訓練を始めていたからM/Wの整備なんて見たことがなかった。

 白衣が元の色を忘れてしまうほどに汚れても気にせず細かい場所をライトで照らしたり挙動確認のために何度も同じ動きをさせたり、本当に整備ってのは大変なんだ。

 私はメカニックマンへの態度を改めようと思った。

 当たり前のようにしてくれているのが彼らの仕事であるが、ソレは本当に尊敬すべきことであったと自覚する。

 ただ、一つ不満があるなら……。


「へぇ、穂乃果くん……キミは英語が苦手なんだね。いったいどのあたりが苦手なんだい?単語を覚えることか、文章を書くこと……それとも両方?」

「うるさいわね!アンタが何度も何度もメインコンピューターに侵入するせいで苦情来てるんだけど!?」

「当ててみよう……。単語だ、キミは基礎からできていないから点数が上がらないんだよ」


 人の話を聞かないこの男は私の情報を15分に一度公開する。作業中であるにも関わらず、いやこうすることで集中できているのかもしれないが人の情報を勝手にのぞき込むのはやめてほしい。

 どうやら好奇心でやっている、というよりは私の反応を楽しんでいる。困っている顔を見るのが好きなようだ。段々とあの男がわかってきた……だが、迷惑であることには変わらない。直ぐにやめて欲しいというのは本音だ。

 けれども出雲のメインコンピューターは世界でも指折りのセキュリティを誇るはずが、あのようなふざけた男によって息をするように突破されている。悔しいがあの男が天才であることは本当なのだろう。

 彼の公開する情報すべて正解だ。正確すぎるあまり出雲のメインコンピューター以外からも情報を入手しているようだ。どれだけ広いネットワークをもっているのだろうか?


「失礼ね……。私だってパイロットになるために勉強はしたわよ。確かに英語と美術は低かったけれども然程問題にはならないわ」

「そう思っているのはキミだけだ。異国の言語は覚えておいて損はない……使うかどうかの問題だが、教養がないと馬鹿にされるよりはよっぽどマシさ」

「考え方の問題」

「まあ、それもそうだね」


 彼女の考え方は正しい、異国の言語なんて彼らに会わなければ使うことはない……たとえ世界の距離が物理的にも精神的にも近づいた現代であってもソレは同じだ。それに時代はわかった……数十年、数百年と前の話とは違い今は自動翻訳を行ってくれる端末がいくつも発売されている。いずれは言語の違いによるトラブルも減ることだろう。

 僕はそうなることを願っている……。

 しかし、今日の整備はどういうわけかいつも以上に苦戦していた。部品と部品の間に細かい砂利や砂が挟まっていたり、パイプに傷がついていたりと細かい不具合が発生している。

 ただでさえ規格の違うパーツだらけで組み立てられたD2相棒は他の機体からパーツを拝借する共食いができないため、異常があればすぐにそのパーツを入手しなければいけない。しかも、その入手経路は確実に裏で出回る他国の廃棄されたパーツとなる。

 幸いライトを当てれば小さな影が生まれすぐに気が付るからいいが、これが内部の問題であれば相棒にはしばらくの間は動くことを我慢してもらわなければいけなくなってしまう。だが、彼は人間と同じく感情を持つ機械だ……ソレを了承してくれるかどうかも問題であった。

 良くも悪くも性格を感情を持つ生き物は面倒であると僕は実感した。

 だが、悪いことばかりではない。彼を水で洗っているとき、ハンマーの音で機体チェックをおこなっているとき口では「もっと優しく」「精密機械に水をかけるなんてマスターはイカレている」などと言うが、重たい図体を飛び跳ねさせたりして犬のように喜びを表現する。そこが彼の可愛いところだ。


—作業開始から2時間が経過。


 仮眠から目を覚ましたアキラ隊長によって気絶した芽衣さんが運び出され工場には二人と一機だけが残ってしまった。しかし、これから数か月……もしかしたらそれ以上の期間をあの男と同じ屋根の下で生活することとなる。

 完全に夜のとばりが外の景色を隠したころ、工場の灯りだけが外を照らしていた。

 出雲の工場区画から少し離れたここからでも他の整備作業場が見えるがどこもこんな暗闇の中でも灯りをつけて作業をおこなっている。私たちパイロットはこの時間帯は訓練が終わり風呂に入って晩御飯であったが、現在は彼を監視するために彼に合わせ生活をすることとなり彼が寝なければ私も眠ることはできなかった。

 しかし、彼が寝る様子も風呂に入る様子もない。ひたすら作業を続け一人私の情報をまだ公開し続けていた。


「眠らないの?」

「作業があるからね……他のメカニックマンたちも同じだよ。キミたちが戦闘中に不具合を見つけることがないように彼らは細心の注意を払いながら整備をおこなっている。彼らに感謝するんだよ?」

「わかってるわよ……ねえ、アンタには家族はいるの?」

「どうしたんだい急に僕のプライベートに踏む込むとは、デリカシーがないんじゃないか?」

「15分に一度私の情報を口にするアンタに言われたくないわ。で、どうなの?」


 僕は答えなかった。答えたくないわけではないが、答えられる問いでもなかった……だから僕は彼女の質問を無視する。

 けれども彼女は諦めることなく段々と語気を強めながら問い続け僕は最終的に根負けしてしまった。


「家族はみんな『天罰』以前に失っているよ……。あの時はまだ小さかったから知り合いの爺さんに育てられていたけれど、彼もまたキミのお母さんと同じく『天罰』によって死んだ」


 112億の地球人類が一瞬にして半分へ間引かれた『天罰』。アレは僕にとっても彼女にとっても最悪の出来事であり人生を変えた出来事である。もし『天罰』が起こらなかったら僕らはこの道を辿ってはいなかっただろう。


「爺さんは……良い人だった。僕とは血がつながっていないってのに、本当の子供のように育ててくれた。まあ、暴力はあったがね……どの家庭にもある程度だ」

「機械はそこで?」

「いや、ソレは生まれ持ってだ。人は何かしら得意なものはある、僕はソレに気が付くのが早かったから実力を伸ばすことができた」

「天才さんは凄いわね」

「キミだってパイロットとしての才能はある。一つ聞きたい、キミは人を殺せるか?」

「何?人を殺せるですって?」

「ああ、M/Wでも拳銃でもなんでもキミはそれらで人を殺すことができるかい」


 彼女は答えなかった。答えられない、というわけではなく答えたくないという感じだ……。


「僕は言ったはずだよ……月と戦うつもりならそれなりではなく文字通り死ぬ覚悟を持ってもらわないといけない。キミは必要に迫られれば銃で人を撃ち殺す」

「私は誰かを守るために戦っているのよ」

「だが、話し合いで彼らは退かない、キミたちだって一度進めば止まるつもりはないだろう。有事になれば人は悪魔になれる。敵を殺す、勝つために守るためにと言葉を並べ自らの行為を正当化させる……。キミは今、人を殺すことを誰かを守ることで正当化した」

「…………」

「どんな奴であれソレは命だ。奪うことの許される命はない……」


 数百年前の人類の大きな戦争も数千、数億と前の人類の争いもそうだ。世の中、話し合いで解決できる問題の方が少ない、子供同士の喧嘩であってもいつしか暴力へと発展する。

 話し合うことができないから暴力へと移るのか、それとも話し合いで解決ができなかったから暴力へと変わるのか。もしかしたら最初から話し合うという解決策を持っていないのかもしれない。

 人間の闘争本能とは恐ろしいモノだ。


「僕は僕の作った物が軍事転用されることを一番恐れていた。人を救うために僕も物を作っていたからね……だけど僕の発明は使い方を変えれば人を殺す物ばかりだ。キミらの乗るM/Wも本来は危険な場所での作業をするための発明品であったはずが、いつしか戦争で敵を殺すための道具と成り下がってしまった」

「M/Wは誕生の瞬間から軍事兵器であったはずよ」

「歴史は書き換えられる。どのような形で成果を残したかによって後世を生きる人間の考え方は変えられ同時に解釈も変化する……最初に生まれたM/Wはどんな気持ちでこの世界を見ているんだろうね?」


 僕は彼女ではなくM/Wである相棒に問いかけた。

 しかし、彼は何も答えない。それもそのはず、メインカメラが埋め込まれた顔の部分となる場所を保護するカバーを一定間隔で光らせスリープ、つまりは仮眠状態であるので彼はまず話を聞いていないのだ。

 半透明なカバーを拭くことでようやく彼のメンテナンスは終了し、すぐに新たな作業に移ることとなる。オイルで汚れたスーツの手袋を布で拭い作業場を順番に見渡すと十分な機材が揃っていることに感心した。


「私はもう寝るわよ……明日から自主トレーニングになったから朝から始めるつもりだから」

「監視は?」

「アンタが何かしたら目覚ましの代わりに悲鳴が聞こえる。目覚めは悪いでしょうが、私の負担は減るわね」

「そうか……おやすみ」

「おやすみ」


 作業場の一角、小さい部屋だが既に自室へとリフォームしたそこは私だけの空間であった。得体のしれない男と一つ屋根の下での共同生活となったが、お互いプライベートには踏み込まないことを約束し彼なりの気遣いで作業場で唯一生活が可能な区画を私に譲ってくれた。

 彼は自分の愛機のコックピットで生活をするようだ。

 穂乃果は今日だけで発見できた星那の特徴、性格などを日記に記しお世辞にも上手とは言えない画力でフルフェイスの下の顔を想像し描いてみる。

 彼は幼かった。自分以上の身長、最低でも180㎝はあるはずの背丈からは想像ができない人懐っこさはコーギーだ。しかし、猫のような気分屋で上品さもそこにはあった。

 ますます彼女は星那のイメージがつかめなくなる。

 理想ではイケメンであって欲しいが、普通の可能性もある……せめて隊員には居ないタイプの顔つきであってもらいたい。

 理想の星那を描いた彼女は服を脱ぎ捨て着替えることなく下着のままベッドで横になる。そして、枕元に置かれた所々に修理の跡があるボロボロになったクマのぬいぐるみを抱き寄せた。彼女を支える唯一の友人であり家族のぬいぐるみ、父親と彼女をつなぐソレは彼女を何度も立ち直らせてきた。(ちなみにくまの名前はウル坊である)

 掃除の間、日光に晒されていたクマのぬいぐるみはほんのり温かかった。


「かわいいぬいぐるみだね……北アメリアのスコッティ・アイレン社製。1993年の物か。誰かのおさがり?」

「私は疲れてる、そしてドアを開けるときはノックしなさいよ。覗きの趣味があるなら今すぐ指揮官から預かったコレ使うわよ……変態」

「安心したまえ、キミがどんな下着をしていようが僕は発情しない。あくまで変人であって変態ではないからね。それとそんな物騒なモノを枕元に置くのはよくないと思うよ……ほら、寝相が悪かったら事故で僕の手首が吹き飛んでしまう」


 彼は私がちらつかせた手錠の起爆スイッチを見せると少し焦りを見せるが、常人のメンタルとは思えない余裕も感じられた。この状況を楽しんでいる彼は確かに変人であることは間違いない。

 下着姿であるところを彼に見られたのは腹が立つ、だがソレに興奮しないヤツに苛立ちがあったことに私は驚いている。本来の私なら叫んですぐにスイッチを押していただろうが、今日は違った。

 肉体的にも精神的にも疲労が溜まっているようだ。


「で、なに……セクハラ発言と覗き以外なら何が目的なの?ベッドは私が使う約束だから今更取り消さないわよ」

「ベッドを使いたいときは勝手に使うから気にしないで。用があるってのは、伝えたいことがあってだね……もしかしたらこれからの作業でキミは眠れないかもしれない。音……とかね?」

「じゃあ明日やればいいでしょ」

「…………それもそうだね。だけど、これはキミの上司からの命令なんだよ。彼女怖くて」

「好きにすれば」

「恩に着るよ」


 そして私はこの判断を後悔することとなる、ソレは睡眠を優先したかったこのときの私はまだ知らない。

 まさか深夜3時まで金属の切れる音と溶接のバーナーの音などが休むことなく続き、朝の5時……10分の静けさののち再び作業が開始され結局一睡もできなかった私は彼を一発本気で殴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る