第五話 取引

「ふざけた機体だ……素材が拾い物で構成された継ぎ接ぎで歪、アレで世界を変えることができるだと?」


 損傷した新型M/Wを出雲に運び込む【アルス】の輸送車の車列後方を付いてくる一機のM/Wを目にして中佐はそう呟いた。

 外見だけを見れば少年の理想をつなぎ合わせた動く砲台、漆黒のボディを輝かせてずんぐりむっくりな鉄の塊は意思を持ったように違和感なく歩いている。そんな物を見れば誰だって歪であると感想を持つことだろう。

 誰にも聞かれていない、そう思っていたが地獄耳の彼女はソレを聞き逃さなかった。


「中佐にはアレがふざけた物に見えるのですか……」

「い、いえ……いや、正直アレで国を守れるのかと。我々は複数の新型を開発中で今更あのような旧式は必要ないと思われますが」

「しかし、その新型の一機であったはずのM/Wがあのような状態にされてそれでも遅れていると?」


 中佐からは反論の言葉はなかった。


「アレはまだ進化の段階です。M/Wは外見だけで判断することはできませんよ。M/Wに使われているCPU、AIなど内部に使われている脳となる物はここで使われているM/W以上の性能を持っています」


 進化の段階……。古くから技術の進化によって我々人間は生活の利便性を重視して、とにかく楽を追求してきた。入れると勝手に調理してくれる魔法の電子レンジ、夜間でも患者に寄り添うことができるヘルパーロボ。人間の代わりを行う機械が誕生し始めて人間は今まで感じることができなかった恐怖を知る。

 人間とは違い電気代以外かからないロボットのおかげで多くの人間が職を失った。知識が無い者や技術の無い者は用済みとなり日本ではホームレスが社会からあふれ出ることとなった。生き残るのは変えの利かない優秀な人材のみ。

 企業の経営陣の多くは知識や技術の無い者に払う給料が無駄だと言う判断で政府の出す雇用制度を偽装し、毎年同じ人数雇用したと資料を提出するが蓋を開けてみたら働いているのは機械だけというケースがいくつもあった。

 資本主義に生かされた者と殺された者が住まうのが今の地球だ。共産主義活動なんてものは理想であって国家体制に変えたら100年以内にその国は滅びると言われ遂には平等を謳う者は世界から居なくなった。仮に存在していたとしてもそいつは国家民衆扇動罪として牢にぶち込まれるだろう。

 現在の『作られた平和』を破壊しようとしたのだから当然のことだ。


「指揮官。アナタはあのM/Wのパイロットを利用して何を成し遂げようとしているのですか……」


 指揮官は窓の外を見つめ答えることは無かったが、私は何であろうとこの方の成し遂げようとすることは人々の為であると信じている。

 例えそれが新しい世界の常識となることでも。



—午後16時27分 出雲福島駐屯地 開門

 基地内を連行されてきた者に対して職員、隊員の目が釘付けにされる。

 かけられた何重にも重なる手錠はその男が凶悪犯であることを示唆し、彼を取り囲むように一緒に移動する屈強な男たちは組織でも悪名高き【アルス】で余計に声をかけようとする者はいなかった。

 その静まり返ったロビーに普段を知る穂乃果少尉は違和感を肌で感じながら例の場所まで彼を連行する。

 長い廊下を進んだ先で待つ木製の荘厳な扉であった。

 男たちを残しフルフェイスの男と二人だけがその中に入ることを許された。


「ご苦労様……少尉。そして、お帰りなさい星那さん」


 人の体温を感じない仮面のような張り付いた笑顔の女性は彼に「お帰り」と言った。誰も知らない彼女の過去に興味が出た反面、この部屋に入ることを許されてしまったことを私は後悔する。

 部屋に入室したのはいいモノの誰も動かず誰も話さず、沈黙よって支配された部屋の中は私の居ていい場所ではなかった。既に何かの駆け引きが私以外の人物たちによって始まっているのかと思うと胃が痛くて仕方がない。


「座っていいかな夏樹くん」


 そんな沈黙を破壊したのはフルフェイスの男であった。

 彼の顔は暗闇に閉ざされたことで表情を読み取れず唯一の声色ですら単調で余計何を考えているのかわからない。

 指揮官に手で座るよう勧められ彼はソファに深く腰を下ろした。

 ティーカップを戻し視線を合わせようとする指揮官に対し、彼はあからさまに視線を合わせないよう天井に頭全体を向け話を続ける。


「今更、僕をここへ連れてきて何のつもりなのかな?」

「ここまで来て今更、私の目的を聞きたいと言うのですか?」

「いいや、聞きたくない。社交辞令だよ」


 そういうと彼は緊張を解くかのように脱力し誰よりも偉そうな態度でソファを占領する。

 奇しくもこの状況で一番信頼できるのはどういうわけかこの男で、とりあえず横に居れば何とかなると思っていたのに……。おかげで私は本当に居場所を失ってしまった。


「なんたってキミは相変わらず僕の作った子たちより生気も人間の温かみも感じられないね。部屋に入ったときマネキンがソファに座っているのかと思ったよ」


 男は沈黙を破って軽くて重たいジャブをかましてきた。これには仏頂面の中佐の表情に変化が現れる。


「ではくつろがせてもらうよ……」


 男は無礼にも机に足を乗せくつろぎ始めた。

 当然彼が男に警告するであろう。


「おい、貴様……客人としてマナーがなっていないんじゃないか。最低限の礼儀は守ってもらおうか」


 早くも常識知らずのヘルメット男に中佐が噛みついた。噛みついたら離さないと言われる番犬に警告として吠えられればこの基地に居る隊員は皆従う、これ以上彼に粘着されても困るからだ。

 だが、この男は違った。


「いやいや、すまないね……僕の出身は下だ。礼儀を教えてくれる人が居なくてよく注意されるんだよ。だが、その礼儀というものがこのヘルメットを外せと言うなら断る」


 男は机に乗せた足を下ろしながら挑発するように中佐へ言葉を返す。当然彼は納得のいかない様子で指揮官の「やめなさい」という静止の声も届いていないようだ。


「き、貴様……!」

「なら、構わない。キミがこの下に隠される醜い傷を見たいというなら僕は外したっていい……だが、その傷が誰によってできてしまったのかという説明は必要になるがね?それでもみたいのかい物好きな中佐殿」


 この発言によって中佐は表情にあからさまな殺意を浮かべ胸元に手を入れていた。恐らくは拳銃を握ったのだろう、彼もここの隊員で佐官クラスだ……その一連の行動に無駄な動きはなかった。

 誰も止めなければ中佐は本当にこの男を撃つだろう。私は本能的に彼の腕を掴みソレを制止した刹那、彼女の一言によってこの場は再び彼女に支配される。


「中佐、私に恥をかかせるつもりですか……」


 いや、そんなつもりはないだろう。

 嫌いな上司であるがそう言って擁護しようとするも、この空気でそんな反論するほどの度胸を私は持ち合わせていなかった。


「星那さん……彼を試すのはいいですけれども限度というものがあります。あと、手錠は勝手に外さないでください」

「ああ、ソレは悪かった。だが、僕と同じ年代の人間が上の立場に居ることが嬉しくてね……。やっぱりキミのように実力を重視する人間は大好きだ」




「出雲へ来たのはこれで二度目、ですかね?世界から逃げる旅はどうでした?」

「世界を知れたよ……同時に人間が住むにはこの世界は狭すぎることも再確認できた」


 場の空気は先ほどよりも遥かに良くなった。中佐も冷静さを取り戻し今では静かに指揮官の横に不貞腐れた顔で座っている。

 私はというと男に手招きされ脇に座っているが、なぜ呼ばれたかはわからない。だが、何となく落ち着くのは事実だ。しかし、指揮官とこの男の間での駆け引きは未だに継続されている。

 この男は何かを探ろうとしている、というのを私でも直感的に感じることができた。


「ソレはよかった。各連合首脳らも貴方が登場する度に非公開の国際会議を開き戦争の準備を進めていましたよ」

「失敬な。まるで僕が世界のバランスを壊そうとする危険人物みたいじゃないか」

「実際はそうでしょう?」


 今度は男の方が分が悪そうに手首を拘束する手錠を弄り、説教を無視する反抗期の少年のような態度を見せた。段々と私はこの男の精神の幼さを理解し始める。


「北アメリア連合に現れた黒いM/W……アラスカ北部に出現した月のエイリアンを撃退。南アメリアでは反政府組織の急激な戦力拡大、アスラでは突然新型M/Wが開発され、ユーロでは脳波解析を利用したコンピューターが一部学会で出回っているみたいじゃないですか……しかも非公式の」

「それは人類の今後のためにだね」

「しかし、貴方のやっていることは政治家にとっては国家のひっくり返ってしまうような出来事……幸い貴方も入国したがらないユーラシア・アジア連合政府管轄地ではその様なことが発生しなかったのは人類の明日に繋がったと、前向きにとらえてあげましょう」

「あそこは僕を本気で処刑するつもりらしいから……」

「貴方が今の国際情勢を完全に無視していたら確実に月と地球だけの戦争では終わらなかったでしょうね」


 現在この地球は五つの連合国と月の主導権を握る兼城の反乱を阻止できなかったことでソレに省かれた日本で成り立っている。

 元より人口で世界の覇権を狙っていたユーラシア・アジア連合政府、そして多数の連合政府と協力し世界のリーダーを維持する北アメリカ大陸連邦政府……と、月と争っていてもこの二つの政府は特に仲が悪く地球内の勢力図も不安定なモノであった。

 そこで僕のような人間はその均衡、不安定なほど安定しているという矛盾のバランスによって保たれた平和を破壊するとして各国から嫌われる存在となっていた。


「それで?僕を始末するつもりなのかい……それなら今すぐここへ僕の相棒を呼ばせてもらうよ」

「そんなつもりはありませんよ。我々は逆に貴方の力を貸してもらいたいのですから」

「ふーん」


 パイロットスーツの黒い手袋で机に置かれた花を弄りながら僕はほしい言葉を待つ。彼女はソレを察することができる大人だ……だから僕は言葉にはしない。

 だが、彼女にも立場はある。


「何が欲しい……?金か、力か、世界の頂点に立ちたいのか?なら、キミには似合わない」

「そんな物は必要ない」

「じゃあ、やっぱりこれか?」


 僕は自らの頭を指でノックし彼女の必要とするものを当てた。

 最初からわかっていた……僕があの少尉さんを助けてしまったあの日から覚悟していたが、いざここへ連れてこられるといつもの悪い癖が出そうになる。


「我々の目的は月に勝つこと……。月の住民すべてが悪と言いたいわけではありませんが、各連合の首脳らと我が国の政府は違う。彼らはすべてが悪でありソレを倒すよう我々に命令した」


 遂に始まろうとしている……月と地球による人類統一戦争が。


「もし、もしだが……地球が負けた場合の未来を彼ら政府は知っているんだよね?」

「ええ、彼らが無責任な発言をしている間はこの地球が勝つことを信じているでしょう」

「地球が月の衛星と言われるかもしれないね」


 僕は我ながら酷いジョークを言ったと苦笑する。幸い僕の表情は彼らに読み取ることはできないが、声のトーンからしてどのような顔になっているかは想像できただろう。

 だが、実際この戦争に地球が負ければ覇権をとるのは月であり地球の待つ運命は恐らく絶滅だろう。


「そのくらいは覚悟のうち……と、だけ言っておきましょうかね。当然彼らは前線には出ませんから現在のパワーバランスを知りませんし、適当なことを言っても給料は出ますから私もコレが終わったら政界にでも参入しましょうかね」

「ハハハッ!ソレはいい。ぜひ、古き良き伝統を重んじるカタイ国をお創りになってくださいね……僕は応援しますよ」


 やはり彼女の表情は僕の作り出した子たちよりも人間らしさを感じない。酷いジョークではあったが、ここまで怒りも笑顔も浮かべなかったら不気味だ。

 彼女は表情も顔も頭も固いのだろう。魂が宿っているのかいないのか判断の難しい瞳で彼女は僕を見つめる。


「質問なんだが、政府……国際世論というべきだろうか?彼らは本気で力によって月を従わせようとしているのかい?悪いが、月の住民は自ら月を選びこの地球から離れた……だから彼らの意思は固い。キミたちはそれなりの覚悟ではなく、死ぬ覚悟……言葉通りの意味だが、敗者には絶滅が待っていることを覚悟してもらわないといけない」

「できているでしょう……私たちは命令に従うだけです」

「そうか、そうだよね……」


 地球の重力から解放された……月に居る者は自ら重力という鎖を引き千切り宇宙という未だ果てを観測できていない無限の彼方へ飛び込んでいった者たち。

 新しい可能性を求めている者と今ある世界で満足してしまった者で人類は別れていた。

 僕は二つの世界を見てきた。どちらにも希望はあるが、希望が光なら絶望という影も存在している。月に住まう者たちは限りある資源で生活し、地球に残った者たちは傲慢で無能な政治家たちに抵抗することもなく生きる希望を失い搾取されていた。

 僕はどちらの味方をしても自分の利益にかわる。だが、味方に付くなら勝率の高い方を選ぶ……慎重なんだよ僕は。


「先ほど僕の横に座る彼女から良い条件を提示された……まずは音声を聞いてもらいましょうか」

『貴方が気が済むまで研究や開発をさせてあげる。それだけでなく国も貴方に力を貸すでしょうね……国家予算で研究や開発してみたくない?』

「う~ん、最高だね」


 男のヘルメットからは確かに私の声が聞こえてきた。命令ではここに連れてくることで何をしてでも私はここへ連れてくるつもりだった……無我夢中で後先考えず言った嘘であるが、男はソレを録音し切り貼りして公開した。

 中佐の視線は私を食い殺そうとする蛇の目で睨み、私の勝手な発言に対し怒りを通り越した殺意を持っている。当分の間、私はこの基地内を一人で歩けないだろうが私を中佐から守ってくれる人間がここに居るとも考えられない。


「国は国際指名手配されている僕と手を組んでくれるらしい……」

「…………」

「僕はこの戦争どちらが勝って負けてなんて興味はない、あるのは研究だけだ」

「それで……?」

「キミたちに力を貸すことはできる。だが、当然条件がある……一つは僕の国際指名手配を取り消せ。誓って僕は殺しをやっていない、ましてや彼女を……兼城財閥の令嬢を殺すことなんかあるものか濡れ衣だ。二つ目にある男を探す」

「ある男?」

「すぐに会えるだろう……僕はソイツをこの世から消す」

「私情の人殺しに加担はできない」

「だから、そのときは邪魔をするな」

「それだけ?」

「ああ、それだけ守ってくれれば僕は小さい文句を言わない。交渉してくれるかな」


 指揮官はしばらくの間両腕を組みながら私の方を見つめ考え事をする。

 もしかしたら基地内を歩けるか心配しなくて済みそうな予感がした。


「ええ、いいでしょう……ですが、貴方は一応スパイの疑いが晴れていませんので監視はつけます」

「僕は勝手にするつもりだ……だからキミらも勝手にしな」


 僕は敵を作りすぎた。月も地球も一度捨てた僕を囲い込むのは直接政府ではなく彼女らのような民間だ。

 だが、今回ばかりは政府とのつながりが強すぎる……だから利用しなければいけない。僕の濡れ衣を乾かすためにもだ……。


「ではここにサインを」

「交渉成立だね」


《泉 星那》



「おかえりなさい星那さん」


 僕は彼女の差し出してきた手を握る。彼女の表情は張り付いた仮面のような冷たいモノではなく人間の体温があった……おまけに握る手も少し温かかった。

 不気味なことに彼女は笑顔になったのだ……純粋な笑顔ではない、そのとき僕の脳裏によぎったのは二年前に一度見た同じ笑顔。


「やってくれたね夏樹くん」


 自由にしたはずの手首に感じるひんやりと冷たく重たい金属は再び僕を拘束する。今更確認しなくてもどのような手錠がはめられているのかはわかっている……サインを書かせた資料には小さく僕に監視をつけることと逃げられないように数日の間、拘束をおこなうことへの説明がなされていた。

 だが、こんなにもすぐ手錠を……しかも僕が外そうとしたら爆発するタイプの物をつけるとは思わないだろう。


「貴方の頭の良さは尊敬をしている……けど、相変わらず詰めが甘いようですね。普通の手錠ではさっきのように外されてしまいますから、ある程度は覚悟してもらわないと」


 手錠の大きさに見合わない質量、確かに中に入っている。しかも死なない程度のヤツだ……。僕から生きる意味、研究や開発など生命力となるモノを奪い取るためだけに作られた倫理観を捨て去った手錠。

 幸い、片腕か手首を失う程度で済むようだが利き手の左、両腕の訓練をしていてよかったが本当に僕は彼女の指摘通り詰めが甘い。再び二年前の手に引っかかるとは思っていなかった。

 彼女はわざと僕に話のペースを握らせ一番油断しているこのタイミング、勝利の握手を待っていたんだ。


「私は貴方に初めてお会いした時のことを未だに覚えているんですよ。あのとき『初めて会う人間との握手は気をつけろ』と忠告され、お手本のように私は貴方に財布を盗まれた」

「まだ、根に持っているのかい?あのときチャラになったはずじゃないのかい」

「恨んだりはしていません。教訓にしたんですよ貴方と対等に話すなら私も賢くならないといけませんからね……少尉、貴方も彼に返してもらいなさい」

「え……?」


 私は何も彼に取られていない……だってここに来るときもずっと彼は手錠をされて自由じゃなかった。

 しかし、男は深いため息をつくと白衣のポケットから私のバッジとボールペンを取り出して手渡してきた。バッジはともかくそのボールペンは彼に触れるはずがなかった、だから私は自分の制服を確認する。

 確かに私のボールペンだった。のポケットにしまっていたボールペン、彼は私に悟られることなく制服の中に手を入れていたのだ。


「下の人間だから手癖が悪くてね……よく怒られるんだ。貧乏人ってね」

「ど、どこまで……触ったの……?」


 もう何を言われても驚かない、私は彼にどこまで触られているのかを知りたくないが、知らなくてはいけなかった。

 男は頭のてっぺんから足先までを指差す。


「星那さん、この勝負は私の勝ちです……。この意味わかりますよね?」




「アンタの部屋はこっち……私はここよ。絶対入るなよ変態」

「おいおい人聞きが悪いじゃないか。まるで僕がキミを襲うような変態に聞こえる……確かに僕は変人かもしれない、だが、女の子を襲うような変態ではない」


 変人で馬鹿で天才、天才とバカは紙一重とはよく言ったものだ。まさにその言葉を体現する存在が目の前に居る。

 私はここをやめさせられる代わりにこの男の監視を任された。指揮官の命令だ。

 この研究所……いや整備工場であろうか、彼のために用意されたこの広い工場で男を寝る時、風呂の時以外は常に監視することが私の任務だったが、すぐに「僕は食事をとらない、風呂はキミも一緒に入れば水道代がかからない」など意味の分からないことを言われた。

 確かに勝手なことを沢山言ってしまったことは反省している。だが、私以外にも彼を監視することはできたはずだ……同じ男の隊員はたくさんいるのに。


「はあ、本当にいやだ……」

「なんだいベッドより床の方がいいのか?なら僕の部屋と交換するが」

「違うわよ!アンタと同じ空間に居るのが嫌なのよ!」

「そんなに照れる必要はない。すぐに慣れるさ……じゃあ、僕はヘルメットをいったん外したいから少しの間、退出を願えるかな?」

「……なんで私を追い出すのよ。顔を隠す理由って傷なんでしょ?私にだって人には言えない傷があるから気にしなくてもいいのに」

「ああ、キミの胸元にできた傷は早く治療してもらうべきだった。せっかくの美しい体が勿体ないよ」

「……ッ!?最低!」


 彼女の居なくなった工房は物音ひとつしないとても静かな場所だった。コンクリートの床は油でよく滑り、天井までの距離はざっと40mほどで相棒が入っても余裕がある。

 しかし、一つ不満があるならソレは監視カメラの数だ。僕を監視するためだけに用意されたカメラであるが常に僕の動きを追っている、これではヘルメットを外したくても監視する誰かに顔を見られてしまう。

 僕はシャイなんだ……だから少しの間、彼らには偽物を見てもらわないといけない。今頃ジャミングと共に映像が差し替えられているが彼らは気が付いていないだろう。


「ねえ、あのプロトタイプってアンタが作ったの?」

「…………そうとも言えるが、違うとも言える。僕は不完全であった彼を改良しただけで一から作ってはいないからね。キミは僕の相棒D2をこの基地で見たことがあるかい?」

「ないけど」

「もしかしたら彼が出雲の主力M/Wになっていた可能性があった……コストの面からその計画は破棄されたけどキミたちパイロットの命を考えれば彼のような機体でなければ死んでしまう。政府はコストの掛からない方を選んだ……つまりはキミたちパイロットの命はどうでもいいってことなんだ」

「それはそうよ……私たちは国を守る消耗品。そんな物に金をかける人たちがいると思う?」

「まあ、僕ら開発者からすればキミたちはモルモットだ」

「それはどういうことよ」


 僕はその質問に答えることはなかった。

 実験の成功の母と呼ばれる失敗は我々にとって残酷なものだ。

 人を救う薬にもある程度の犠牲が必要だった。薬の効果を試すなど失敗をすることによって尊い命を奪ってしまう可能性と常に隣り合わせの環境で一人一人に感情移入することは無駄なのだ。死ぬ時は簡単に死ぬ。必要なのはなぜ失敗したのかだ。

 パイロットが実戦中にCPUの不具合を発見してももう手遅れだ。パイロットの技量が無ければ生き残れない。僕たち開発者はその最期のデータを基に次の段階へ進化させる。犠牲の上で技術が発達している。


「残酷なモノだね。キミも僕を呪っても恨んでも構わないよ」


 彼ら死んでいった者たちが亡霊となって僕に取り付いている。彼らがなぜ自分は死ななければいけなかったのかと、なぜ人を救うための技術によって死ななければいけなかったのかと問いかけてくる。しかし、僕にはソレに対する回答を持っていない。

 運が悪かった……そう言って彼らは納得してくれるだろうか?

 僕も、今ドア越しに話しかけてくる彼女もいずれは死ぬ。何がトリガーとなって死に至るかは誰も予測できないが死は運命であり、絶対である。

 死に方を選べない我々は死を受け入れなければいけない。神が選んだルーレットは必ずどこかで止まる。

 けれども僕はそんな彼らに構っている時間はない。過去の人間から得られるものは教訓だ……命を持って教えてくれたものを僕は大切にしている。

 神が死に方を決めるのであれば、死に方を選ぶことができない弱い人間は受け入れるしかない。兵士やパイロットにとって死とは身近で常に可能性がある。ならば、せめて僕ら技術者は意味ある死を彼らパイロットには与えたい。

 それが僕の仕事であり目標だ……。

 ヘルメットを被り直した僕は監視カメラの映像を戻し彼女を呼ぶ。

 僕は彼女を放置して建付けの悪いガラス張りの引き戸を引くとコンクリートでできた壁に二段ベッドが一つと書斎机が一つ。まるで監獄だ。

 ちなみにこのベッドは上下彼女が使用して僕は相棒のコックピット内のシートで寝ることで意見を一致させた。

 使わないと言っても触り心地が気になる僕は興味本位でベッドに腰かけてみるが、座るだけで噴き出る埃に肌が粟立つ。


「何よこれ凄い埃……。こんなに埃が舞ったら鼻水止まらないわ……」


 彼女が枕を叩くたびに光を反射させる小さな粉が天窓に吸い込まれると外へ吐き出される。僕はこんな埃まみれな部屋に長居はしたくないので掃除は彼女に任せて作業に戻る。


「ダナ、彼女のデータを探してきてくれ」

『そう言われると思って既にみつけてあります』

「さすがだね」


 彼女にバレないよう注意を払いながらヘルメットに彼女の情報を投影させる。ヘルメット内に搭載されたカメラが僕の瞳の動きを追って彼女のデータを見せてくれるが、正直何度使っても勝手に動く文字に目が慣れず、酔いそうになる。


『2158年栃木で生まれる。2169年に天罰で母親を亡くす。2177年19歳で出雲入隊その後士官候補生として一年。現在エイリアン討伐数などの実績により少尉へと……』

「家族構成は」

『父親が一人、月に居ます』


 やはり、彼女の父親……。

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