第四話 フルフェイス

「…………ダメだ。ここにもない……ダナ、サーチ範囲を広げてくれ」

『マスター、こっちにもありませんでした』

「やっぱり出雲に先を越されたのか?彼女の部下か、02型モアに何か乗せていたような」


 太陽に反射した漆黒のフルフェイスが黒光りするその男は白衣をパイロットスーツの上から羽織り自らが研究者であることを認識させるようであった。

 エイリアンから流れる特殊な液体、ヤツらを駆動させるためのガソリンであるソレは酷く鼻をさす臭いで、彼の嗅覚が本来のモノでヘルメットを着けていなかったら間違いなく嘔吐していただろう。

 ただのガソリンではない、生物の血液のようなソレが何からできているのかはまだ彼も知らない。ならば必然的にこれを送り込んできているはずの月の民たちも知らないということになる。

 彼以上の頭脳はこの太陽系には存在しないのだから。


「相棒!02型モアのまだ使えそうな部品を回収して撤収だ。アチラさんはやっぱり動き始めたようだな……どうやら本気のようだね」

『マスター、数はそう多くはないようですよ。車両も輸送車三台』

「彼女を助けたのは間違いだった……いや、そんなことは言っちゃいけないな」


 風向きが変わり今にも雨が降り始めそうな雲行きとなった壁の方角を見て男は深いため息をつきながら地面に横たわるエイリアンとモアの体から使えそうなパーツを選別する。

 傷の数が多い物や劣化の進んでいる物は放置し使える物だけを分別するが、ここは今まで戦闘が行われてきた場所だ。当然モアの方には人間の死体が乗っている、中にはまだ息をしているが助かりそうもない人間もいる。

 モアの背中の閉ざされたコックピットをバーナーで焼き切り強引に開けばシートを貫くエイリアン、サソリの尻尾によって下半身が潰れたパイロットが荒い呼吸で無線のスイッチを繰り返し上げ下げしていた。パイロットの年齢は男と同じか少し上程度だ。


「き、聞こえますか……い、いや聞こえ、なくていい……もう俺の方が聞こえな、いからなぁ……」


 朦朧とした意識の中で何度も無線のマイクに当たる位置へ声をかけ続ける。だが、モアの機能が停止したことで無線も使い物にならず彼の行う行為自体無駄なこととなっていた。

 人一人分がなんとか座れる程度の狭いコックピットで彼は助けを待っていた。けれども彼を助ける者はいないと悟り半ば諦めている。


「そこに……誰かいるのか?漁りの連中か?誰だっていい、欲しいモンならなんでも持って行っていいから、だから……だから、俺の頼み聞いてくれ……」


 フルフェイスの男はパイロットの頼みに言葉を返さずしゃがみ込み今にも消えてしまいそうなパイロットの声が聞こえるように近づく。


「俺は、俺は……もうダメらしい……。意識は遠のくんだが、痛みが俺をまた呼び戻しちまう。だから、アンタが俺を楽にしてくれ……手を汚させて悪いと思うが、どうか神の代わりに俺を楽にしてくれ……。ソレと、操縦桿の付近にネックレスがあるはずだ……おれの、俺の腕に巻いてくれないか……?」


 虫の息であるパイロットの言う通り操縦桿には妙に歪で如何にも手作りであると主張するネックレスが巻き付けられていた。先端の宝石らしきものは川で拾える月から降り注いだ石を磨いた物でどこにでも落ちている特別高価という代物ではなかった。

 フルフェイスの男はこれ以上拾う物もなく何かが欲しいわけでもなかったため彼の言う通り腕にソレを巻き付ける。


「こんな良い宝は盗めない……最後まで大事に身につけておけ」

「…………最後に会えた人間が、アンタのようにいい人でよかっ……た」


 フルフェイスの男はその瞬間、手に持つナイフでパイロットの喉を切り裂いた。

 ナイフで切られたというのに苦しみもなく穏やかな表情でパイロットの息は止まる。

 その後鮮血浴び血に汚れたことを気にすることなく、男は十字を切り彼に約束するとそのコックピットから死神の姿はなくなった。




———壁外某所

 そこは彼らにとっては見慣れた土地であったがもう名前はなく草木も生えなくなってしまった戦場であった。壁外の全てがこの景色というわけではない、中にはまだビルなどの建物が朽ちず残っている場所もあるがここのようにある程度壁に近い場所、特に北側には荒野が広がっている。

 そんな名もなき荒野であり戦場である人の手離れた道なき道を走行する三台の輸送車、一番後方の車からは男たちの下品な笑い声が聞こえてくる。


「ヒャハハ!何が相手は俺たちより頭のいい最強だ。俺たちゃ頭が悪いからここにぶち込まれたが手段を択ばない点では俺たち以上はいねぇだろ!」

「なぁ少尉ちゃ~んこの任務が終わったら俺とデナーでもどぉ?俺の行きつけの店は休憩するホテルから近いから夜は安心だぜぇ?」

「ケーーッ!また馬鹿が女誘ってんぞ、やめとけお前の息くせえから少尉ちゃん困ってんだろ!」


 私にはわからないジョークで彼らは再び爆発するように笑い始めた。今すぐこの輸送車から身を投げて任務を放棄できるなら私は迷わずソレを選らぶくらいにはここは地獄だ。

 全員が退役又は前科一犯半グレのコイツらは【アルス】と呼ばれ誰もが近づきたがらない無法集団で組織内でも彼らの存在は異質であった。

 壁内の活動において派手な騒ぎを起こすなど国民からの数えきれない苦情から組織トップの会議では解体の案も出ているが、彼らをなんの縛りなしに野放しにすることは危険で退役、囚人と肩書を持つ彼らをここ日本で雇おうと考える企業はハッキリ言って少ない。そんなコイツらは少ない働き口であるここ出雲で文字通り死ぬまで働くことを選ばざるを得ない状況だ。

 だが、すべてがこの輸送車の狂った連中というわけでもない。先頭を走る輸送車は退役で組まれたチームでそっちの方はまともだ。その中でも特にリーダーであるアキラ隊長は元JUA《日本連合国軍》の兵士でM/Wの優秀なパイロットであったが訳あって国軍を抜け出雲の隊員となったらしい。

 しかし、エリートの中のエリートと言われるJUAに所属していただけあり隊長の能力は高かった。射撃のスキルや体術など月からのエイリアンに対しては使えない技術であっても対人間に対する能力は誰にも負けない、だから彼は人間相手の多いこのアルスに配属されている。

 私はこっちの犯罪者集団の輸送車よりも退役側に乗りたかったモノだ。


「隊長……衛星探知機の情報によりますと目標の位置は依然変わらず、しかしM/Wの影はありません」

「…………M/Wがない?戦う気がないのであればソレでいいのだが、ヤツは賢い。俺たち以上にだ……用心に越したことはない」


 穂乃果の乗る後方輸送車とは違いその車両の空気は独特のヒリついた何かを感じさせるモノだった。一人一人が元軍人のチームは後方の部隊とは違い細かい作戦を設定しその目標が施してくるであろうトラップを予測する。


「アレの準備はできているのか?」

「ええ、整備も現在最終段階に入りパイロットの補助システム動作確認中です」


 隊長は席を立ちあがり武器が並べられ分厚い金属に覆われた要塞とも言える輸送車でシステムの最終チェックを行う部下たちに声をかける。

 戦闘ができて機械も弄れる彼らを隊長は内心羨ましく思いながら彼らの扱う謎の機械を観察する。


「こいつをつければ本当にM/Wが強化されるってのかい?」

「ええ、俺たちが現役のときとは違って今は後付けでM/Wを強化できるんですよ。システムさえ組めればあとは勝手に機械が学習して俺たちのアシストをしてくれる」

「なるほどな……輸送車を一台無駄にする価値はあるってわけか」

「取り付けは数秒ですから目標と接触してからでも間に合います」

「わかった」


 隊長は輸送車の中に取り付けられたモニターに映し出された衛星写真を確認する。3分に一度更新される画像は部下の言う通り目標である黒い影がその場から1㎜たりとも移動してはおらず、まるで最初から自分たちが来ることを予測し正々堂々正面から話し合いを行おうという感じであった。

 不安の要素があるなら先ほども言ったようにその目標が使用しているであろうM/Wがどの画像にも映り込んでいないということだ。先日の訓練兵のM/Wが捉えた旧式プロトタイプの全長は恐らく13m、ソレを隠すことのできる森や建物は存在せず荒野の中心にソイツは丸腰でいるのだ。

 これを怪しまない者はこの仕事は向いていないだろう。

 自分たちがおびき出されている可能性を排除できない隊長は正直この任務は乗り気ではなかった。

 JUAを抜け行き場のなくなったところを拾ってもらった恩を組織にはあるが、やっていることは前の職場と同じ死ぬまで利用される駒。今回のように人間相手でもエイリアン相手でも自分たちは常に前線で代わりの効く便利な駒でしかなく、この仕事で死んでも組織にとってはなんもダメージはないはずだ。それどころか悪評高い自分たちがなくなった方がいいと考える者たちもいる。


「隊長、ヤツが動きました!」

「なに?こっちのモニターも更新を急げ!」


 運転をしながらモニターのチェックを行う部下の報告通り目標は自らこちらへ近づいている。人間の歩幅であるため時間はかかるが方角的には直進すれば必ず自分たちと接触できる位置。


「やる気か……少尉さん聞こえるか?」

『は、はい何でしょうか?』


 後方を付いてくる輸送車に乗せた少尉に連絡を送るがこちらの空気とは違い緊張感のないどんちゃん騒ぎが聞こえてくることに彼は軽くため息をつく。


「目標が動いたことは確認できたか?」

『え、ええ……方角的にはいずれ私たちと接触するはずです。しかし、私の確認したプロトタイプM/Wの姿が一枚も写真には映り込んでいないことは違和感がありますね』


 彼女も洞察力に優れているようでよかった。


「目標は恐らくどこかにM/Wを隠しているモノとみられる。俺たちはこれからそこへ誘導されるのだろう……だが、こちらにだって武器はある、何が来ても慌てるんじゃないぞ」

『りょ、了解です!』


 そして数十分何も存在しない荒野を走り続け、遂にその時がきた。先頭を走行する隊長ら退役軍人の乗る輸送車が止まりソレに合わせ後方の輸送車も停止する。

 待っていたのはあの時と同じ格好をしたフルフェイスの男だ。白衣を身に纏い研究者であることを示すかのようだった。

 そんな目標とは対照的な屈強で鍛え上げられた肉体を誇る男たちは各々武器を構え輸送車から降り始める。


「青年、武器は……」

「必要だったかな?持っていたらキミたちは警告なしに発砲していただろう」


 隊長の問いかけに対し冷静に答えると男は両手を挙げ戦闘の意思はないことを私たちに示した。風によって靡く白衣の動きからそこに拳銃など小型の武器が隠されていることは確認できず本当に彼が手ぶらできたことがわかる。

 全員が隠れているであろうM/Wに警戒しながらいつの間にか男を取り囲むと隊長は再び口を開く。


「泉星那……本人で間違いないのだね?」

「ええ、そうですね」

「国のトップや各国首脳らはキミを危険視するあまり生かすなと命令が出ている」

「だが、彼女は違うだろう?アンタがこの作戦を任されたということは相当本気なんだろうね……僕を利用するために生かして連れてこいって言われたわけか」

「そうだ。大人しくついてきてくれるかね?」


 二人から感じる異様な感覚、戦場に出る者だからわかる恐怖。命を懸けた駆け引きが今、ここで行われていることはすぐに分かった。

 男は武器を持っていないのではなくて、持つ必要がないのだ。常に何かが私たち全員を狙っている、何かとは恐らくあの黒いプロトタイプM/W。


「嫌だ……と、言ったら?」

「想像ができるだろう」

「確実に血は流れるね」

「その血は恐らく我々であろう……だから大人しくついてきてほしい、というのが本音だ」


 全員が対人間部隊として訓練され今までも治安維持などで血を見てきた者たちであるが、フルフェイスの男はそんな彼らにとっても恐ろしい存在であった。


「人にモノを頼むとき、アンタらは偉そうに命令をするのか?」


 男は現在全員が武装した屈強な男たちによって囲まれている、しかし彼には余裕があった。偉そうに跪けとハンドサインを出すほどに男たちの神経を刺激していく。

 これには脳みその少ない隊員の何人かが我慢の限界だと言わんばかりに声をあげ始める。


「隊長!あの野郎をぶっ殺しましょう!俺はもう我慢できねえ、あの偉そうな態度……!」


 そんな隊員の怒声に被さるように鳴り響いたのは銃声、しかし男の手には銃器の一切はなく硝煙も彼の傍には一切がない。ソレは怒鳴り声をあげた男のライフルであったが、彼の表情は驚いた様子で本気で撃つつもりはなかったという様子。


「今の時代、どんなモノも機械が繋がっている……ソレは武器も例外ではないことを覚えておくんだね」

「この短時間でハッキングされたか……アレの用意を急げ」

『了解』


 恐らくその無線の内容も男には筒抜けだったのだろう、彼の視線は漆黒のフルフェイスの向こう側で確認ができなくても察することはできる。布で覆われた輸送車の荷台の盛り上がった部分に向けられていた。


『準備できましたぜ……隊長』

「了解だバーマン。合図、合図で撃つんだ……決して当てるなよ」


 輸送車の付近に残る私の無線でもその会話がキャッチできた。と、同時に輸送車の荷台を覆う布がはずれゆっくりとそこに眠っていた巨人が上体を起き上がらせる。

 それは私の見たことがない機体だった。腕にはバルカン砲、肩には駆逐艦で見たことのある砲台が装備されている。

 その新型M/Wは座った状態でも照準は男に向けているようだった。


「キミのM/Wのデータを我々は持っている、ソレに対して対抗できる程度の能力を持った新型だ。そして、彼女はキミの脳みそだけでもいいと言った。胴体と別れることになるかもしれないがどうする?」

「冷静に……平和的にいこうじゃないか」

「私は常に冷静だし、争いは極力避けたいといつも思っているよ」

「キミは自分の部下の顔と経歴を見たことがあるのか?平和とは程遠いぞ」

「時間だ……答えを」


 隊長は右手を挙げコックピットのバーマンに対し合図を送る。

 目的のためなら何でもする、ソレが彼らの組織が掲げる共通理念。

 汚れていようが違法であろうが金を得る仕事は熟す、いつしか名誉や信頼を得ていた。そうやって過去の一企業が現在国に介入するまでに上り詰めたのだ。

 しかし、その隊長の判断の速さは彼の部下たちも畏怖してしまう。人間一人に対して40㎝砲弾を撃ち込むなんて過剰すぎるほどであった。ソレはパイロットのバーマンも同じである。


「俺は撃つだけだ……威嚇にしては少し強すぎやしねえか?」


 無線を切ったコックピットの中、誰も返答を返すことはないが自分の上司の下した判断に疑問を持っていた。けれども今回は人を殺すわけではなく脅すだけだと、考えれば少しは気が楽である。

 操縦桿の先端に設置されたスイッチ、軽い握力で作動するよう設定がされているので場合によってはこの軽い握力で人が四散すると思うと寒気がする。

 シートの裏から下がってきたM/Wのメインカメラと連動するVRスコープをのぞき込んで再び目標の位置を確認する。技術進化によって今の時代は人はスイッチを押すだけの仕事となっているも最後は人間が調整を行うというのが彼の自分ルールであった。

 今回も今まで通りそうするだけだ。


「答えを……」

「…………NOだ」

「バカじゃないのアンタ!?命握られているのよ!」


 そんな穂乃果の声を遮るように隊長の挙げた右手は振り下ろされた。

 その合図通りバーマンは操縦桿のスイッチを握ろうとした刹那、VRスコープが暗闇に閉ざされる。突然のことに判断が鈍り彼はスイッチを押すことができなかったが、すぐさま原因を調べるもモニターが死んだわけでもなさそうだ。


「モニターは死んでいない?な、なんだ!?」


 突如激しく揺れ始めた機体がバランスを崩し地面に背中から倒れるのがコックピットに乗っていてわかった。シートベルトがなければ中で体がスーパーボールのように弾み鋼鉄の壁に打ち付けられて死んでいた。

 外では叫び声が聞こえ機体が倒れたこと以外にも予想外のことが起きているのだろう。


「プロトタイプをそんなところに隠していたのか……」


 隊長が合図を送ると同時に新型が乗せられる輸送車の下から現れた漆黒のボディが新型に覆いかぶさるようにタックルを喰らわせる。金属と金属のぶつかり合う激しい音と重厚な駆動音、背中から倒れた新型であるがパイロットのバーマンが優秀であったためにすぐ立ち上がり戦闘を開始した。

 ファイティングポーズをとる新型に対し低い姿勢、下から突き上げるような頭突きを繰り出すプロトタイプの戦闘は怪獣の戦いに近い。

 荒野の砂塵をまきあげ戦う二機に巻き込まれないよう逃げ惑う荒くれ者たちだが、フルフェイスと隊長は違った。いつの間にかフルフェイスの手にはピストルが握られ両者は睨み合っている。


「これはどちらの勝利かな」

「…………認めたくはないが、やはりキミには我々の少ない脳では勝てないようだ」


 現代兵器であるはずのM/Wであるが、戦い方はその武装に見合わない肉弾戦による格闘。ずんぐりむっくりしているはずのプロトタイプであるがその動きは見た目に似合わず機敏で、新型の腕部に取り付けられたバルカンから放たれる弾を躱しながら接近し執拗にメインカメラを殴りつける。

 戦いの結果はよろめく機体に追い打ちをかけるよう突進し、転倒した新型に対し完全に戦いの優位をとったプロトタイプの勝利だった。


「形勢逆転、データがあれば勝てる……の時代はもう終わったんだ。劣っていようと勝っていようと戦い方次第ではどんな旧式でも経験でカバーできる。アンタも理解できるだろう」


 男は拳銃のトリガーに指をかけるが、銃口の数はこちらの方が上だ。彼の部下たちが一斉に男の方へと武器を構える。

 ソレに対してプロトタイプは新型M/Wを押さえつける方とは逆の自由な手を変形させ機関砲をこちらに向けて構えた。彼は主人を守る忠実な生き物で、主人に触れた瞬間にこの場から誰一人生かして帰すつもりはないのだろう。


「ま、待って!全員銃を下ろしなさい!そこのM/Wも、隊長もアンタも!」


 一触即発の危機的状況の中でその空気を崩壊させる彼女の叫びは彼らの緊張の糸を解くこととなる。

 少尉は自らの携帯する武器、そして服の中に仕込んでいたベスト型のプロテクターを外し地面に捨て男に武器を向ける男たちの間を縫うようにして目標へと接近する。 

 こんな行動はマニュアルには存在しない。敵の前でも味方の前でも戦場に立った時、自らを守る物を外すなんて愚か者のすることで、訓練兵時代の教官がこの光景を見たら「戦場をなめているのか」と叱責してきたことだろう。

 だが、彼女の判断ではこれが一番正しいことだった。正解のないこの状況で彼女の導き出した答えである。


「私は武器をもう持っていない、私を守る物は何もない、それでも貴方は私に銃口を向けるつもりですか?」

「血迷った、それとも頭がおかしくなってしまったのかな少尉殿」

「私は貴方を信頼する……」

「何を根拠に」

「根拠はない、でも貴方は私を撃たないはずよ……だからこの場の全員武器を下ろしなさい!」


 最初に武器を下ろしたのはフルフェイスの男であった。


「相棒、その新型を解放してやれ……。さて、少尉さんここからは平和的な取引の時間だ。用件を聞こうか」


 身につけていた白衣に付着した砂を払い準備を整えた男はこちらに向き直り改めて用件を聞いてきた。その言葉通り彼はもう争いを望まず会話によってすべてを解決しようとしている、あまりにも上手くいきすぎていることに私は呆然としながらも指揮官からの伝言を彼に伝える。

 その伝言とは「出雲に協力してくれ」という短い文であったが、今になって彼を前に緊張し上手く言葉が紡ぐことができなかった。

 完全に私たちは負けていたというのに何を上から命令をしているのだろうか、自分は現在丸腰で彼の機嫌を損ねれば死ぬ可能性だってある。どうにかして言葉には気を付けよう、そう思ったら上手く言葉が選べなかった。


「出雲の最高責任者、夏樹指揮官からの伝言……我々と……とと、きょ、協力してくれ……ください」

「…………僕のメリットは?僕は何を得ることができる」

「メリット……?」

「ああ、価値が必要だ。キミたちは何のために出雲へ入った……金、名誉、自己満足、或いは愛国心。なんであろうとキミたちは出雲で何かしらの恩恵を受けている……だが、僕は出雲に興味はないし、この戦争によってどちらが勝って負けて世界が終ろうと興味はない。それなのにキミたちは僕をそこへ巻き込もうとしている」

「だから目的が欲しい……ってこと?」

「ああ、そうだよ」


 彼の頭が良いということは間違いないのだろう……どんどん会話の流れが彼の優勢に変わっていた。

 助け舟を求め隊長の方へ視線を向けるも彼は何か特別な指示を出すことはない。彼らの仕事は彼を出雲へ連行することで交渉をすることではない、力ずくでやることが彼らの目的であるのでソレを止めた私に責任がある。私が邪魔をしなければ彼らは彼らなりのやり方で男を連行していたというのに……。


「…………研究」

「……?」

「研究よ……貴方が気が済むまで研究や開発をさせてあげる。貴方天才科学者なんでしょ?これ以上ない条件だと思わない?」

「費用は出雲が出してくれるっていうのかい?」

「ええ、それだけでなく国も貴方に力を貸すでしょうね……国家予算で研究や開発してみたくない?」


 自分でも驚くほどに私はスラスラと後先考えず嘘を並べていた。その言葉に根拠も責任も持てない、指揮官がソレを許すかもわからない……もちろん国が彼に手を貸すことはないと頭は理解している。

 けれども私の勘が彼を野放しにしていてはいけない、そう考えているのだった。


「フフッ……ハハハッ!面白いことを言うね……国が僕に手を貸してくれるのか。僕を国際指名手配したのは他でもないこの国で世界だ!そんな彼らが僕に力を貸す?少し話が良すぎるんじゃないかな?」

「か、考えが変わったのよ!きっと……」

「…………だが、出雲は僕に投資をするんだろう……?その言葉、二言はないな」


 唾液を飲み込む喉の音が誰かに聞かれてしまった可能性がある、と思ってしまうほどに唾液は固まり喉を中々通らなかった。


「出雲のことは信頼するの?」

「……完全にとは言い切れない、キミたちの組織とも僕は問題を抱えているのだから。だが、国に利用されるより企業に居た方が僕は楽だ」

「じゃ、じゃあ!」


 男は私に近づき握手を求める。

 私は当然彼の手を強く握りしめた。


「よろしく頼むよ『澤多穂乃果』少尉……」


 彼は名乗っていないはずの私の名を囁いた。

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