第5話 ダメ人間宣言いただきましたわ!

「どこがやさしいんですか! あの女はやさしく穏やかな殿下にはふわさしくありません!」


 うん。まぁやさしい、というどうとでもとれる褒め言葉が一番無難ですわね。

 眠そうなお顔も、穏やかなお顔にかえれば長所っぽく聞こえますし。

 あくまで聞こえるだけですけど! 実態はねむそうなだけですもの。


「うん。そうだね。

 凡庸なボクが、素敵で綺麗で優秀でやさしくて素晴らしくて輝いてる彼女にふさわしくないのは判ってるんだけどね。

 でもね、ふさわしくなくてもね、ボクはね彼女が婚約者でいてくれてたまらなく嬉しいんだよ。それだけでしあわせなんだ」


 ああ。殿下。


 わたくしを誰にでも無差別に心の底からほめそやすのはおやめください。

 しかも、そんなしあわせそうなお顔で!

 隠れて聞いてると、動悸が激しくなって悶絶してしまいそうですわ。

 いつもわたくしが殿下に褒められる度に、ドキドキしてるのだって気づいていらっしゃらないんでしょうけど!

 もし、このまま殿下とわたくしが婚姻して結ばれて、昼も夜も褒めそやされたら、キュン死してしまいますわ!


 殿下は執務の最中でも、公務の最中でも、重要なパーティの席上でも。

 朝でも昼でも夜でも、ふたりきりの時でも……きっと、夫婦の夜でも褒めてくれるに決まってますもの。


 そうなったらわたくしどうなってしまうか今から心配ですわ!

 悶絶の余り、殿下の前で気絶して、あられもない姿を見せてしまうのでは……。

 そ、それに生まれたままの姿を見せざるを得なくなったら、唯一自信のもてない胸に失望されないかしら……。


 でもっ、殿下であれば、きっと、そんな姿を見せても……。それはそれで素敵だよ、とか言ってくださいますわ!


 べっ、別にぞっこんとかじゃありませんから! 単にそうなるだろうという未来図ですわ!


「え、えっと(なによこいつ! ブサメンのくせにアタシは眼中にないって!? 許せないわ!)」


 おっと、乳女がわざとらしく、ご立派な胸の辺りを殿下に押しつけ気味に迫って来ましたわ。


「殿下はおかわいそうです! 釣り合いのとれない婚約者にすっかり支配されて……。

 目をさましてください! もっと殿下にはふさわしい女性がいるはずです!」


 ふふん。目の前の乳女というわけですか。

 まぁ確かに、優秀で美しいわたくしに比べれば、どんな方でも殿下にふさわしく見えるでしょうね!

 あくまで見えるだけですけど!

 わたくし以外、あんな愚昧な人をお支えできる人なんていませんわ!


 でも、ご愁傷様。

 殿下はそんな言葉にだってあさっての反応しかしませんわ!

 だって、どうしようもない方なんですもの!


「ボクにふさわしい女性なんていないよ」

「そんなことありません! 利害関係から決められた政略結婚に縛られず周りに目を向けて見てください!

 すぐ近くに、今もきっとすぐ近くに、殿下にふさわしいぴったりの運命の女性がいると気づくはずです!」


 わたくしがよろけたのを咄嗟に支えてくださった時は、押しつけてしまったささやかな胸にどきまぎしていらしたのに。

 この女の乳には無反応ですわ! 流石ですわ! 流石の鈍さですわ!


「確かに、彼女はボクにふさわしくないね」

「そうですよ! ですから――」

「だけど、ボクにふさわしい釣り合いの取れた女性なんて、正直、生きていたら気の毒だね」

「え゛?」

「ボクはダメすぎるからね。ボク並みの女性なんて、なんの魅力もない人間の絞りカスだよ。

 存在するだけで気の毒だね。だってボク並なんだよ? 人間として最低ってことだよ」


 いつも通り淡々と言い切りましたわ!


 でもハインツ殿下。

 確かに殿下は王太子としていろいろ足りないとは思いますが。

 人間としても、その能力的にはそのアレですが、人柄は……ぼんやりしてるだけと言う人もいますけど、そう悪くないと思いますわよ?

 我ながら疑問形ですわ!


 ごめんなさい、どう贔屓しても疑問形がとれませんわ!


「わ、私もダメな人間ですから! ダメな殿下にはぴったりです! 私なら釣り合いがとれないとか言わせません!」


 わぁ! 言うに事欠いてダメ人間宣言しましたわあの子! 必死ですわね。


「うん。君がダメなのは判ってる。だけどそれは君のせいじゃない。彼女が素晴らしすぎるからなんだ」

「は?」

「彼女を見慣れすぎてて、他の女の人は誰も可愛くも優秀にも綺麗にも素敵にも見えないんだよね。

 正直、こうして話してるのも、我慢して話してるくらいなんだ。

 そういうので人を区別するのは失礼だし、上に立たなきゃいけない者としてどうかとは思うんだけど」


 あっ。


 余りに殿下がわたくしを褒め称えるので、少しぼぉっとして気づきませんでしたわ!

 殿下のお顔、真っ青になってますわ。

 まずいですわ。そろそろ限界ですわね。


「あの、それは、どういう。え……」


 殿下は溜息をつくと、女を見上げましたわ。

 うわ。すごい哀れみの表情ですわ。


「一応ね。ボクはこう見えて王太子としての教育も受けているからね。

 王族がひとりの時を狙って、ぶしつけに話しかけて来る礼儀知らずの人間にも、邪険にしないように我慢して相手する良識くらいは辛うじて身につけているんだよ。

 それにボク自身も生きてるのが申し訳ないようなとるにたらない人間だから、人を非難する資格なんかないからさ。

 でも、そろそろ生理的に限界なんで無礼を承知で正直に言わせて貰うよ」


 殿下はひとことひとことはっきりと言いました。


「君は臭いし、醜いし、無礼だし、側に存在しているだけで苦痛なんだ」

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