第2話 これは難問ですわね。

 さて、久しぶりに現れた玉の輿狙いの愚か者はどんな人かしら?


「殿下だってステキなのに、あんな人と比べられて気の毒です!」


 殿方の保護欲をそそりそうなちょっと舌足らずであまったるい声。

 ぱっちりとしているけど垂れた目。ピンクでふわふわの髪。

 きつめのわたくしと違って、全てがやわらかそうな曲線でできてますわ。


 それにお胸が! お胸がご立派ですわ!


 次々と高位貴族の令息にちょっかいを出している噂の男爵令嬢ですわね。

 殿下の側近候補の方々を次々とたらし込んだ挙げ句、ついに一番玉の輿な殿下に狙いを定めたようですわ。

 そうでもなければ、あんな愚昧でパッとしない人に手を出しはしないでしょう。


 卒業まで半年を切ったこの時期、殿下に狙いを定めるなんてかなり情弱な女ですこと。

 それとも最近妙に色々な口実をつけては馴れ馴れしく接してくる殿下の弟君辺りが……いえ推測で語るのは危険ですわね。後で調べさせておきましょう。


 こういう時、婚約者としてはハラハラするべきなのかしら。

 それとも怒り狂って、あの女を噴水にでもたたき込むべきなのかしら。

 はたまた使える人脈を使って、あの女の実家を破滅させてやるべきなのかしら。

 無能な婚約者をチェンジできるチャンス! となまあたたかく見守るべきかしら。


 かしらかしらどうするべきかしら?


 でも、なんというか、ハインツ殿下のお顔がいつもと何も変わらないので、そういう熱が湧かないのです。

 それに、結果は判ってますし。


 ま、まぁ、愚鈍で無能な殿下がどうなろうと、どうでもいいんですけど。本当ですわよ! 別に愛してなんかいませんもの!

 あんな魅力のない婚約者なんて、いつ代わったって問題ないんですから!


 さて、どうなることやら。

 あら? なぜか不安になってきましたわ。

 どうなっても構わないのに不思議ですわね。


 と胸に手を当てて見守っているうちに、殿下はひどくゆっくりした動作で、女を見上げました。

 いつもの同じとてもねむそうな目ですわね。


 目の前のご立派な胸に視線がいきませんのね。


「そうかい?」


 女の子に答える声もねむそうですわね。

 本当に絵に描いたような愚鈍な……大まけにまけても凡庸なお顔です。


「そうですよ! あの人は自分が優秀なのを鼻にかけていつも殿下を見下しているじゃありませんか」

「そうかい?」

「でも、殿下だっていっぱいいいところがあるんです! 私はちゃんと判ってます!」

「ボクのいいところってなに?」

「え、ええとそれは……」


 難問ですわね。

 殿下は容貌体格ともに平均未満ですし、成績優秀文武両道とはほど遠いですし。

 礼儀を失しないように努力はしているようですが、あちこち抜けていますものね。

 優しくないわけではないですが鈍感なので、発揮すべき場面でも気づかない場所は多々あります。


「例えば顔とか?」


 女の子が返事に窮すると、いつも殿下はこう言うんですのよ。

 正直、ほめるのに困る顔です。醜男じゃないですが、見惚れる顔じゃありません。


 目が二つ。鼻が一つ。口が一つ。耳が二つ。


 というくらいにしか説明がつかない顔なのです。

 あと眠そう。そして愚鈍そう。

 悪いところはあってもいいところがありませんわ。


「そ、そうです。お、お顔がその印象的です」


 印象的と言うのは便利な言葉ですわね。


 でも確かに、あんなぼんやりした顔をしてる人は滅多にいませんわ。

 ただ、ぼんやり以外は印象に残らないんですが。


「うーん。この顔がいいところだって見えるなら医者に診てもらったほうがいいと思うよ。ボクだって自分の顔くらいわかっているからね」

「え、だ、だって、今、お顔って自分で」

「ボクに話しかけて来る子はみんな困るようだから、とりあえず助け船を出すことにしてるんだ」


 ね? 彼ってば人が困ってのに気づくと、手を差し伸べるくらいの優しさはあるんですのよ?

 どこか大幅にずれていますけど。

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