喪失彼女と僕

僕はペンを持った

悪夢

「葉山くん....たすけ....て....私...まだ死にたく....ない....」

血まみれの一室。手にはナイフを持った名前も知らない男。

さっきまで笑っていた人達が床に倒れ込んだまま、ピクリとも動かない。

壁一面を覆い尽くす鮮血。

月の光がまるでスポットライトみたいに今の状況をありありと写しだす。

男が近づいてくる。

「ドンッ」

この音を最後に僕の視界は真っ暗になった...。






「うわぁぁぁ!!」

僕はベットから飛び起きた。

またあの夢だ、これで何度目だろうか。

「はぁ....はぁ....」

呼吸が乱れる、胸が苦しい、吐き気がする。

こんな朝は割と珍しくはない。

僕は机に用意していた薬と水を飲む。

あんなに苦しかった症状もすぐに軽くなっていく。

薬は僕をいつも助けてくれるヒーローのような存在だった。

バカげているかもしれないが本当にそうなのだ。

僕は薬の隣に置いていたスマホを手に取って現在時刻を確認する。

4時30分。いつも起床する時間より少し早かったがあの夢をもう一度見るのが怖くて2度寝する気はおきなかった。

「もう少し目覚めのいい朝にしてくれよ....」

僕は重い腰を上げて向かうのは洗面所。

顔を洗ってスキンケアをして、入念に手を洗う、まるであの夢を一緒に洗い流すかのように。

6時30分。支度を終えた僕は家を出て学校に向かった。学校は徒歩で30分バスで10分の距離にある。

この時間に出発し学校に着くのは7時前後。

まだ余裕がある時間だが葉山は人が多いところが苦手で朝の通勤ラッシュでバスの中が満員になってしまうのでそれを避けて登校しているのである。

無論、徒歩は論外だった。

万年帰宅部の体力は皆が思ってるよりもずっと少ないと思う。

バス停についてすぐにバスが来る。ここら辺の時間配分は今までの経験である。

遅れたことは3回しかない。

バスに乗り込んで近くの席に座る。

「今日も早いな」

席に座った葉山に話しかけてくるのはサッカー部の太田 健吾だ。

太田はイケメン高身長(僕の方が1ミリ高い)スポーツ万能成績優秀。

どこをとっても超ハイスペック人間だ。

僕の勝てるところは身長だ。うん。

「まあな」

僕は言う。

「毎日、俺に会いたいがためにそんなことをしてくれるなんて!僕はうれちいよ」

と、妄想炸裂の冗談を僕にぶつけてくる。

言い方も少し気持ちが悪い。

「言っとくが、なんも可愛くないからな」

「そんな照れるなって、構ってあげるから」

次は投げキッス付きできた。

前言撤回しよう。だいぶ気持ちが悪い。

「そんなことより今日も朝練なのか?」

うちの学校はサッカー部に力を入れており実力も県内ではトップクラスである。

全国大会も数年に1度出場するだけあってその分練習はとてもきついらしい。

僕が参加したらアップでバテてしまうだろう。

「おう、そうだぜ。大会も近いしレギュラー争いは結構熾烈なんだ。」

今は6月。大会は7月に行われるため熱が入っているらしい。

「俺もレギュラーになれるか分かんねーから必死こいて頑張んないとな」

いくら、スポーツ万能とはいえ強豪校。太田レベルの選手はゴロゴロいるという訳だ。

顔のレベル群を抜いてイケメンだと思うが....

「そっか、頑張れよ。予選は応援行ってやるからな。お前が出てない試合は見たくないぞ。」

僕は元気づけるために言った。

「おう!センキュー!でも、無理はしなくていいからな。お前にはお前の大事なことがあるだろ?」

そう、あの出来事が起こったのは7月7日の七夕だった。

太田はその事を気遣っているのだ。

「無理はしねーよ。ただお前のプレーが見たいだけだ。めんどくさくなったら行かないけど。」

太田は笑って

「そうだよな、お前はそういう奴だったよ」

と言った。

そんな話をしていると学校近くのバス停について太田は朝練に、僕は教室に行くため別れることとなった。

教室に着いて自分の席に腰を下ろす。

1番後ろの窓際の席。クラスの誰もが羨む席に僕は着いている。

場所は完全に偶然だが、やはり人気のある席だけあって僕もここを気に入っている。

気に入っているが不満な点は定期的に陽キャの溜まり場になってしまうからだ。

なんでいつもは前に前にの集団なのに教室の場所は端なのか。と思ってしまう。

僕は、ホームルームが始まるまで教室で本を読んでいることにした。


8時20分。ホームルームの時間となった。

いつも通り先生が教室に入ってきて、日直が号令をして挨拶をする。

その後は連絡事項を説明して、今日も元気に頑張りましょうとかいう担任の口癖を聴かされて終わる。

そう思っていたが、1つ違う点があった。


「今日は転校生を紹介します。」


その、あまり聞き慣れない単語と、突然の事に教室は騒然としだす。

前の方の男子は

「可愛いといいよなあ」とか、「胸がデカいといいよな」とか、あたかも女子が確定しているかのような会話を恥ずかしげもなくしていた。

これだから陽キャは嫌いだ。


「おい、入ってこーい。」


先生が教室の前で待っていたであろう転校生を手招きする。

みんなが期待を胸に光らせている中、転校生は入ってきた。


転校生は美少女だった。


とても、綺麗だったのだ。

長い髪、透き通った素肌、綺麗に着こなせられた制服。

その全てにクラスは歓喜した。


見覚えがあった。見覚えがあったのだ。


その髪も顔も肌も。いっさい変わって居ない。僕の心に最悪な形で住み着いているもの。


名前は、小野 栞(おの しおり)。


あの事件の時、僕が助けてあげられなかった少女だった....。

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