二課への探りと更なる取材~②

「須依さんが聞いた感触では、それが嘘だと思いましたか。あなたの聴覚や洞察力どうさつりょくが優れていることは、これまでのお付き合いで良く知っていますからね。正直に答えてください」

「彼が最も怪しい人物なのですか。他に誰と誰をどの程度疑っているのか、それ位は教えてください。そうすれば、こちらが持つ情報と照らし合わせた捜査協力が出来ると思いますよ」

 井ノ島から社員の固有名詞まで聞き及んでいるかのように思わせ、交換条件を出してみた。すると彼はまんまと引っ掛かった。

「彼のパソコンからアクセスしていたのですから、重要参考人となるのも当然でしょう。ただ本人は否定していますから、罪を被せようと他に操作した人物がいるか、もちろん確認しましたよ。部署がある部屋への出入記録は、社員が持つIⅮカードで調べました。そこで対象となったのは彼以外三人だけです。ご存知でしょうけど、彼の上司である経理部長と、男性と女性の部下が一人ずつですよ」

 管理職のパソコンを操作し機密情報にアクセスするには、パスワードなどを知っていないと無理だろう。よって上司の部長ならそれも可能だという点は理解できる。

 しかし部下が知っていたとなれば、かなりのレアケースではないか。しかもその中に女性社員が含まれていた点に違和感を持つ。あの会社は体制が古いと、業界内でも評判だったからだ。

 今回の件で表沙汰になった政治家や官僚との癒着ゆちゃくに関しても、女性職員を接待場所に同席させる等、セクハラまがいの行為をしていたと糾弾きゅうだんされている。

 その為、須依は大きく頷きながら告げた。

「そうそう。井ノ島君も怒っていたわよ。中条部長や男性の部下はともかくあの子まで疑われるなんて、警察はどうかしているとか。何て言ったかな、彼女の名前。確か、」

寺畑てらはた奈津美なつみですか。いやそれはあの女性が、」

 そこで彼は口をつぐんだ。どうやら気付いたらしい。

「嵌めましたね。井ノ島が怒っていたというのも嘘ですか」

 とがめる口調に須依は惚けた。

「何のことでしょう。ところでそのテラハタって子が井ノ島君とどういう関係か、警察は掴んでいるのですか」

 深く溜息を吐いた彼は、諦めたように口を開いた。

「もう一人の男性社員と同じく、信頼されているという部下の一人ですよ。その二人なら、井ノ島からある一定の管理職しかアクセスできないパスワードを入手できたでしょうし、パソコンに触れるチャンスもあった。それだけです」

「その男性はなんていう名前ですか」

「もう教えられません。駄目ですよ。今度はそっちの番でしょう。須依さん達が話した感触では、井ノ島が犯人だと思いますか」

 烏森が代わりに答えた。

「それはないですね。もしそうだとしたら元カノだとはいえ、このタイミングで会ってくれなかったと思いますよ」

 八城はまだ納得しきれなかったのだろう。

「須依さんはどう思われましたか」

 重要な情報を貰った彼の為に答えてあげた。

「私も無いと思います。というより私の知る彼なら、そんな真似ができる度胸なんてありません。もし犯人だとしたら、誰かに脅されて仕方なくやった場合に限られるでしょうね」

「そうですか。脅されていたとなれば、上司の部長になりますよね」

「そうとは限りません。テラハタって子か、もう一人の部下に何か弱みを握られ強請ゆすられていた可能性もあるでしょう」

「なるほど。須依さんはそう感じた訳ですね。だったらやはり寺畑が怪しくなりますね」

「どうしてそう思うのですか」

 しかし彼は質問に答えず話を続けた。

「でもお二人は井ノ島が犯人でないと言いましたよね。もしその見方が正しければ、他の三人が井ノ島に罪を着せる為に、彼のパソコンでアクセスしたことになります。その点はどう思われますか」

「どう思われますかと言われても、その三人と井ノ島君との人間関係がどうだったのかを教えて貰わなければ、答えようがないですね」

「つまりそこまでは、井ノ島から聞けなかったのですね」

 須依は正直に頷いた。

「そうですよ。八城さんや二課としては、今のところ誰が怪しいと睨んでいたのですか。パソコンの使用者だった井ノ島君を最有力視していた、なんて言わないで下さいよ。直ぐにばれるような真似を、普通はしないでしょうから」

「確かにそうですけど、だったら他の誰がどんな目的でそんな真似をしたのかと探っても、これといった動機は見つかっていません」

「ということは、井ノ島君はその三人から恨まれていなかった。それどころか上司から可愛がられ、部下からはしたわれていたことになりますよね。特に女性はそうだったんじゃないですか」

「これ以上はノーコメントです」

 そう言いながらも否定しなかった点と声の響きからは、的を射ていたようだ。そこで別の視点について質問した。

「そう言えば彼が言っていましたよ。外部から不正アクセスされたのは確かだから、それをカモフラージュしようと内部のパソコンに侵入してアクセスしたんじゃないかって。警察もその可能性は否定してないと聞きましたけど、そこはどう考えているんでしょう」

「否定はしていませんが、肯定もしていませんよ。それに外部のハッカーが、何故わざわざそんな面倒な真似をする必要があるんですか。海外サーバーを渡り歩いて足跡を辿れないようにしている彼らが、そんな事をして何の得があるのかと考えたら分かるでしょう」

「警察の捜査を混乱させる為、とか」

「ハッカー達を追跡するのはCS本部などの仕事です。私達は今回の企業情報の漏洩によってもたらされた不正疑惑が事実なのかを確認する立場です。よって混乱なんかしません。今回の犯人が、そうした棲み分けを知らないとは思えないのですが」

 彼の言い分も理解できる。しかしそうなると、大元の問題について疑問が湧いてきた。

「そもそも今回の不正アクセスによる情報漏洩は、何の目的で行われたんですか。事前に身代金を要求されていて、それに応じなかったから機密情報をばらまかれたケースとは違いますよね。そこの捜査はどうなっているのですか」

 須依達は今回の事件で、以前から噂があった当該企業と政治家、官僚との癒着についての情報が、一部漏れた為に真実を求めて動き回っている。

 しかし漏洩された情報自体が偽物であると、政治家達だけでなく企業までもが公言していた。その上発端となった事件そのものの動機について、未だに警察は見解を発表していない。

 日本はもちろん、世界中でランサムウェアが横行している。サイバー攻撃でウイルスを感染させ、企業などの情報を盗むまたは利用制限をかけ、返却または復旧の代償として身代金を要求するのだ。

 けれど今回は、そのまま当て嵌まらない事案である。

「その点はまだ不明です。しかし身代金を求められたのが、情報漏洩した後だったのは間違いないでしょう。企業の上層部が、我々の目をあざむいていたら話は別ですが。それに現在、全てのシステム機能は復活できています。データもバックアップされていた為、業務に支障はないそうですから」

「問題は、暗号化されてしまったデータを人質に取られている点ですよね。それらの中身をばらまかれたくなければ百億円支払え、との要求でしたが未だに応じていないと聞いています。一部漏洩した内容からすれば、余りに強気すぎる態度かと思いますが」

「しょうがないでしょう。第一、情報自体が嘘だと言い張っています。それに支払ったからと言って、データが無事に戻るまたはばらまかれない確証はありません。しかも百億円となれば、そう簡単には支払えませんからね」

「犯人の目星は、まだついていないのですか」

「一部のマスコミでも言及していますが、我々も単なる身代金目的ではないと見ています。今のところ、当該企業または漏洩された情報として名を挙げた人物に恨みを持つものの仕業ではないか、との見方が有力ですね。たださっきも言ったように、ハッキングした犯人を追うのは、主にCS本部の管轄です」

 追及の矛先を逸らそうとした彼だったが、須依は無視して尋ねた。

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