二課への探りと更なる取材~①
須依と同じく烏森もかつて政治部に在籍しており、これまで数々の案件に携わってきた。そうした経緯から、二課所属の刑事の中には見知った顔が何人かいる。
振り込め詐欺などの特殊詐欺や通貨偽造、贈収賄罪といった金銭、経済、企業犯罪さらには選挙違反等も捜査する、主に知能犯を相手にするのが彼らだ。
よって警視正クラスの課長は、頭が良いと言われるキャリア出身で占められていた。とはいってもキャリアなら二十代後半には警視、三十代半ばには警視正に昇進できる。その為昔と違い、多くの課長クラスは須依達よりも年下ばかりになった。
けれど佐々のようなキャリア出身でない須依達が、先輩風を吹かせることもできない。その為、取材によって地道に築いた捜査員との人脈を使うしかないのだ。
早速烏森が面識のある一人を発見したらしく、声を掛けた。
「
須依より一回り年下の彼はノンキャリアの巡査部長だ。簿記の資格を持っており優秀さを買われ、五年前に所轄の刑事課を経て二課へと配属された人である。
これまでいくつかの事件で絡み、須依達には好意的な態度で接してくれる数少ない刑事の一人だった。発する雰囲気は穏やかな草食系動物、強いて言えばヤギに近い。
ちなみに的場は肉食系だがスマートなヒョウ、佐々は大空から彼らを下に見て、時には力でねじ伏せられる
「ああ、烏森さん。例の事件についてなら、特にお話しできることはないですよ」
廊下を歩いてきた彼は素早く防御線を張った。しかしその声から嫌悪感や拒絶反応は伝わってこない。よって本当に流せる情報が無いのだと悟る。
しかしこちらが知りたい事案は、彼が頭に浮かべている件とは恐らく違っているはずだ。よって今度は須依が告げた。
「いえいえ、政治家や官僚でない人達の件でお伺いしたいのですが、ちょっといいですか」
やはり女性で更に盲目の記者からの誘いは無下に断れないと思ったのだろう。
「何の件ですか。まあいいでしょう。向こうの休憩スペースに行きませんか」
恐らく彼はそこで飲み物を買って、息抜きでもしようと出て来たようだ。こちらもその方が有り難かったので彼と共に移動した。
三人とも自販機で飲み物を購入し、丸テーブルを囲む。余り長話していると迷惑がかかると思い、須依は前置きなしに質問した。
「例の件で、あの会社の経理部の人間に事情聴取をされたのは八城さん達ですよね」
驚いたのだろう。息を呑む様子が感じ取れた。
「どこでそんな話を仕入れたんですか」
「実は大学の同級生があの経理部で働いていましてね。その彼から直接聞きました。部長等の管理職も含め、一課所属の社員が事情聴取されたようですね。どういう切り口で何人から聞きましたか」
「ちょっ、ちょっと待ってください。誰ですか。その同級生という人は。鎌をかけているんじゃないでしょうね」
先程とは違い、明らかに警戒している声色だ。須依は首を振った。
「違いますよ。経理部長代理の井ノ島竜人です。出身大学を調べてみれば分かりますよ。ちなみに私の目が見えていた頃にお付き合いしていた、元カレでもあります。それに彼女の妻の詩織も同じ同級生で、かつては親友でした。早乙女財閥のご息女ですよ」
警察が本気で調べれば簡単に仕入れられる情報だ。また先に伝えておけば、こちらのネタ元はそこだと信じるだろう。そうすれば佐々に迷惑はかからないとの計算があった。
念の為出身大学名を告げた所、彼は信じてくれたらしい。
「そうでしたか。須依さんの同級生だったとは、また奇遇ですね。だったら誤魔化せないな。確かにうちの課で事情聴取をしました。総勢二十名弱といったところでしょうか。でも何を聞いたのかは、さすがに言えませんよ」
「あれ。外部からの不正アクセス以外で、あの課のパソコンから機密情報にアクセスした形跡があったからと聞いていますけど」
彼は大きな溜息をついた。
「疑われているのに、よく喋りましたね。そこまで掴んでいるのなら、確認する必要は無いでしょう」
「いえいえ、そこからですよ。あれほどの企業なら、今の時代だと一人一台はパソコンをあてがわれているはずです。つまり社内からのアクセスが確認できたのなら、具体的に誰のパソコンが使われたかなんて調べがつくでしょう。なのに管理職を含め、課にいる多くの社員に事情を聞くなんておかしくないですか」
「そんなことはありませんよ。仮に特定できていたとしても、周囲にいる人達から話を聞くのは当然でしょう」
「本当に特定できているんですか。どのパソコンからアクセスしたかは判明しているけど、別の誰かが操作した可能性も残っているから、確認していたのではないですか」
言葉に詰まった為、図星だと確信する。そこでさらに尋ねた。
「アクセスした時間帯などから、ある程度絞られたはずです。何人いたんですか。もちろんそこに井ノ島竜人も入っていますよね」
まさかと思いながら誘導尋問をかけたが、すぐに否定されなかった為、須依は内心驚いていた。そう気づかれないよう平常心を保ちながら彼の言葉を待った。
「しょうがないですね。それだけ取材済みだったら、こちらとしても確認したい件があります。アクセスしたのは自分でないと、須依さん達に井ノ島竜人は主張した。そうですね」
「それが真実かどうかは分かりませんが、同級生とはいえ記者の私にやりましたなんていうはずがないでしょう」
どうやらこちらが持つ情報を仕入れたいと思っているらしい。こうなれば交換条件として、ある程度のネタは引き出せそうだ。
そう目論みわざと焦らして答えたところ、彼はさらに質問した。
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