二課への探りと更なる取材~③
「それも漠然としていますね。ターゲットは企業だったのか個人だったのか、それとも両方だったのかによって、犯人像も全く異なってくるでしょう。個人なのか集団なのかは分からないけど、確かなのは高いハッキング能力がある事だけじゃないですか」
「知りませんよ。そっちは二課の仕事じゃありませんから。私達は今回漏洩した情報を元に、贈収賄や不正取引が実際行われていたかを調べるのが仕事です。井ノ島達に事情聴取したのは、本筋を調べている内に発見された副産物のようなものです。もちろん企業の機密情報の漏洩に関わっていれば別ですが、現在までにそういう証拠は見つかっていません」
「つまり機密情報の漏洩により、利益を得た内部社員は発見されていないのですね」
一瞬言葉に詰まっていたが、素直に答えてくれた。
「そういうことになります。ただこれから出てくるかもしれません。須依さんが井ノ島と接触した際、何か引っかかる点はありませんでしたか。何でも構いません。教えて貰えませんか」
これまでやり取りした情報量と有効性を比較すれば、須依達の方が得をしている。そう思ったからこそ伝えた。
「正直言って井ノ島君にはいい感情を持っていませんし、善人だとは思っていません。だから恨みこそあれ、庇う気は全くないです。でも今日話した感触では、厄介な目に遭った被害者だと彼が思っていたのは間違いありません。だから彼が仕掛けた犯罪ではないと思います。単に巻き込まれたというのが、真実に近いでしょう。彼は経理部だから、政治家や官僚との接触はなかったはずです。社内で使われた接待費などに目を瞑っていた可能性はあるでしょうが、せいぜいそこ止まりのような気がします」
「そうですか。確かに営業などから上がって来る経費処理で、どうかと思うものがあった点は認めていましたからね。ただそれも上から何も言わず通すよう、指示されていただけというのも部長の証言から裏が取れています。それに彼もそのまた上の指示だったと言っています。これも間違いありません。ということは、やはり下の二人のどちらかになるでしょうが、須依さん達は寺畑について何も情報を持っていないのですか」
「ごめんなさい。全くありません。男の部下についてもそうです。ただ古いとはいえそれなりに長く深い付き合いだった経験を踏まえると、彼はプライドが高いから同性に隙を見せない性格でした。対して女性には脇が甘い。付け込まれたとすれば、テラハタさんに間違いないと思います。十年以上会っていませんでしたが、余程のことが無い限り人の本質なんてそう簡単には変わりません。声を聞いた限りでは昔のままでした。余りいい意味ではなく、ですけどね」
「なるほど。参考になります。捜査本部では彼を主軸として調べてみたものの、これといって収穫がなかったのはそういうことですね。捜査方針の見直しもしていましたから、考慮させて頂きます」
「お役に立てたのなら良かったです。ところでテラハタさんというのは、どういう字ですか。下の名前も教えて貰えると助かります」
八城は渋りながらも、今更誤魔化せないと思ったのか口にした。そこでさらに尋ねた。
「あと寺畑さんと井ノ島君の関係は、どこまで調べが進んでいるのですか」
「勘弁して下さい。捜査情報に加えて個人情報にも関わりますから」
「まさか不倫相手だとか言わないですよね」
「須依さんが知る井ノ島は、そんな度胸のある人でしたか」
即座に質問で返され戸惑った。かつてはもてていた為、女性との付き合いは途切れなかったはずだ。須依とも長い付き合いの中、引っ付いては離れと、二度ほど繰り返している。
けれど二股をかける器用な真似が出来かどうかは疑問が残る。面倒事が嫌いで臆病だったからか、好きな人が出来れば揉めずに別れを告げ、次に移るタイプだったはずだ。須依から詩織に乗り換えた時もそうだった。
しかしあれから十年以上が過ぎ、結婚生活もほぼ同じ時間が経過している。本質は同じだと言ってみたものの、変貌するには十分な期間だ。
とはいっても彼はあの会社に、詩織の父親のコネで入社していた。よって彼女を裏切るような行為をするかと考えれば、出来ないだろうと思う。
ただその一方で、基本的に女好きなのは変わらないはずだ。また相手の女性が取る態度によっては
その為須依は首を傾げた。
「昔は違ったけれど、今の彼は良く分かりません。でも警察ならそういう関係まで調べているはずでしょう」
「そうしたことも含め、これ以上は口外できません」
確かに捜査情報の中でも個人情報に関しては、聞き出そうとしても無理だろう。ここまできっぱり断言されれば、これ以上食い下がるのは逆効果だ。そこで質問を変えた。
「そういえば、もう一人の部下はどうですか。その人と寺畑さんがグル、またはどちらかが部長と繋がっている可能性はありますか」
「その点もノーコメントです」
「二課としては、これまで井ノ島君が最も疑わしいと睨んでいた訳ですよね。つまり他の三人の関係性について、余り捜査が進んでいないのではないですか」
挑発に乗った彼は口調を強めた。
「そんなことはないですよ。他の三人も、重要参考人である点は変わりませんからね」
「でも八城さんの声のトーンや口振りだと、部長やその男性への疑いは比較的薄い気がしましたけど、それは私の気のせいでしょうか」
先程須依の聴覚と洞察力を褒めてくれたばかりの彼だ。そこは理解しているからだろう。返答に
しかし警察の捜査に間違いが無いとは言えない。実際彼らは、井ノ島を最も疑っていた事実から分かる。よって部長ともう一人の男性についても、頭の片隅には入れて置いた方が良さそうだ。
それでも優先順位が高いのは寺畑だろう。しかしあの会社のガードは堅い。どうやって近づけばいいのか悩む。例え接触できたとしても、記者の取材に答えてくれるとは思えなかった。
八城が沈黙を続けている間、須依の関心は次の取材相手に向かっていた。その間を埋めるかのように、烏森が話し出した。
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