井ノ島との接触~⑤

「それはそうよ。色々あったけど、かつては親友だったのよ。あなたが十分稼いでいるだろうから、もちろん専業主婦だよね。彼女は学生の時、将来は永久就職したいとよく言っていたもの」

「そうだよ。子供が二人いるからな。育児だって大変なんだ」

「あら。それはおめでとう。男の子と女の子、どっちよ。何歳と何歳なの」

 躊躇いながらも答えが返ってきた。

「上が十歳で下が八歳だ。女の子と男の子だよ」

「そうですか。わたしのところは七歳と五歳で上が男、下が女です。男親なら女の子は特に可愛いでしょう。ただ最近はませてきて、妻と同じような口を利くので困っていますよ。井ノ島さんのところはどうですか。十歳ともなれば、そろそろお風呂なんか一緒に入って貰えなくなる年頃でしょう」

 烏森が話題に加わり、饒舌じょうぜつに喋り出した。そこでようやく井ノ島は彼に関心を向けたようだ。

「あなた、結婚されているんですね」

「何よ。もしかして、私が新しい彼氏を連れてきたとでも思っていたの。この人はあくまで会社の先輩で、今は仕事上のパートナーになって貰っているだけ。私が視覚障害者だから、移動したりするのも大変でしょ。彼は運転手でもあり誘導してくれる人でもあり、取材で私が至らない点を補ってくれているのよ」

「そうか。前いた会社の人だったな」

 言葉のトーンで、やはり同伴している彼とはどんな関係かを知りたかったのだと分かる。自分は人の親友と結婚し逆玉に乗ったというのに、元カノが今どんな男と付き合っているのか気になるらしい。

病気が発症したのを機に振られた身ではあるけれど、こんな浅はかな男と結婚しなくて良かったと今では真剣に思える。

「そうよ。私みたいな障害者と、真剣に付き合ってくれる人なんていないでしょう。でもね。烏森さんも障害者ではあるのよ」

「そうなんですよ。同じ障害者同士で助け合っているってところでしょうか」

 烏森がそう説明しながら左足を見せたようだ。井ノ島の息を呑む音が聞こえた。

「傷害の容疑で逃走中だった男の取材中、偶然出くわしましてね。突然だったので、お互いパニックになったんですよ。それで彼が運転するバイクに足をかれてしまいました。まあ、相手は直ぐに逮捕されたから良かったんですけどね」

「犯罪者だったら、賠償金とかは取れなかったんじゃないですか」

「いえ、幸い男の家が比較的裕福だったので、治療費や慰謝料は後で請求出来ました。それに業務中だったので労災もおりましたから、経済的にはそれほど問題なかったです」

「そうですか。それでも大変でしたね」

「いやいや、私なんかと比べたら須依の方がもっと大変でしたよ。彼女の場合は病気なので、労災も賠償金もありませんからね。入社時に半強制的に加入させられた生命保険があったおかげで、後遺障害の保険金は下りたようですが、それでも相当苦労していましたよ。もちろん災いはそれだけでなかったから余計です」

 井ノ島の言葉が口先だけで、感情がこもっていなかったからだろう。烏森は須依をダシにして皮肉をぶつけていた。彼もそれが分かったらしく、二の口が継げなかったようだ。

 しかし憎まれ口を叩き、懲らしめるのが今日ここへ来た目的ではない。必要な情報を聞き出す為、もっと喋ってもらわなければ困る。

 よって須依が空気を変えようと、話題を元に戻した。

「上はまだしも、下のお子さんが八歳だとまだ完全に手が離れたとは言えないわね。二人共小学生なら夏休みや連休には、どこかへ連れて行かないとうるさいんじゃない。家族サービスも大変よね」

 だが彼は乗ってこなかった。

「もういいよ。わざわざ十数年ぶりに俺に会おうと思ったのは、そんな話をしに来た訳じゃないだろう。さっさと用件を言ってくれ」

 烏森が余計なことを言ったからか、彼は不機嫌となり現実に引き戻されたらしい。完全な警戒態勢に入られてしまった。

 須依はテーブルの下で烏森の足に軽く蹴りを入れた後、やむを得ず切り出した。

「じゃあ聞くけど、今回この会社がランサムウェアの被害に遭ったのは確かよね。だけど警察からも、感染経路がどこからだったかは詳しく発表されなかった。もしかしてあなた達がいる、経理部が感染源だったんじゃないの」

 だが彼は即座に否定した。

「何を言っているんだ。確か経理部は関係していない。複数の社員の元へ取引先になりすましたメールが送られ、それが感染源だったと聞いている。添付されていたファイルを開いたからのようだが、発表を控えているのは次の攻撃に備えているだけだ」

 今回の事件は、一部の情報を漏洩させた後に身代金を要求するというレアケースだ。しかも事前にランサムウェア対策を取っていたおかげで、会社のシステムは発覚した二日後に復旧できたらしい。 

 情報も定期的にバックアップしていたようで、事業継続にはそれ程支障なかったという。よって身代金はまだ払っていないはずだ。

 しかし機密情報を含めたデータは暗号化され、抜き取られているに違いない。その為、今後その情報をばらまかれる恐れが残っている。よってこのまま犯人の要求に従わなければ次の接触を試みるだろうと考え、罠を張っているのだと推測された。

 警察はアクセス履歴等を遡り、犯人の追跡をしているはずだ。けれど海外の複数のサーバーを通じた複雑な経路であれば、突き止めるのは難しい。よってそのような手を打ったのだと想像できる。

「だったら教えてくれないかな。何故今回の情報流出の件で、あなたが警察から事情を聞かれているの。所属は経理部よね。システムを管理している部署だというなら理解できるけど、どうして関係ないと思われるあなたが、今回の事件との関係性を疑われているのか理由を説明して」

 敢えて直球を投げてみたが、彼もそう来ると予想していたのだろう。軽くあしらわれた。

「さっきも説明したが、その件について俺の口から言えることはない。知りたければ全て広報を通してくれ」

 立ち上がりそうな気配を感じ、阻止する為即座に畳みかけた。

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