「束縛」
「――よしっ! 私、復活っ!」
「それじゃあ学校に向かうとするか。あんまりぐだぐだしてると遅刻しかねないからな」
敗北から精神が爆発してしまった天音だが、数分後にはすでに立ち直っていた。メンタルのステータスが『B+』なのは伊達ではないということなのだろう。
彼らは並んで学校への道のりを歩いていく。
「でもさ、おかしくない? メール送るの、私でさえ時間超かつかつだったんだよ? 必死に合間合間を縫いながら送ったのに……。どうして私以上に忙しいはずの優利くんが、私よりも多くのメールを返せたの?」
「別に何もおかしくはないだろう? 天音にできたことが俺にできないなんて道理は通るまい。なんせ俺は世界的にも有名な大企業、あの西園寺グループの御曹司で、幼い頃からありとあらゆる英才教育を受けてきたからな」
「へぇ~、英才教育ってすごいね」
たわいない話をしながら学校へ向かう二人。
このまま目的地に到着するまで穏やかな時間が流れ続けるかと思われた――しかし、その時である!
突如として、優利の身を何かが襲撃した!
「――うおっ! な、なんだっ!」
「優利くん!」
とっさに彼は手に持っていた鞄でガードする!
だが、その行為は無意味であった! なぜなら……彼に襲いかかってきたのは人ではなく物だったからだ!
彼の身を不意に襲った物体、それは! 神事の場や神前などで神聖な空間を区画する際に使われる『注連縄』であった!
「こ、これは……注連縄!?」
その注連縄はまるで意思をもつかのように動き、彼の体を鞄ごとぐるぐる巻きに拘束する!
一切として身動きが取れなくなってしまった優利!
そして、そんな彼の前に姿を現したのは謎の二人組の少女であった!
「不意をつかれたにも関わらずとっさに鞄で防御するという判断を下したのは、さすがは優利先輩といったところでしょうか」
「ですが、その選択は誤りでしたね。あなたは防ぐのではなく避けるべきでした」
その少女たちの容姿は非常によく似通っていた。両者ともに小柄であり、髪型もサイドテールと同じ。異なるのはその結びの箇所が左右反対になっているという点と、注連縄を手にしているのが片方だけであるという点。
まずは手に注連縄を持っていない方の少女が口を開き、次いで手に注連縄を持っている方の少女が口を開いた。
「おはようございます、優利先輩」
「本日はよい日和ですね」
そう言ってその場でぺこりと丁寧にお辞儀をする二人。
……だが、その優雅な所作に騙されてはいけない! 現状を思い出すべし! 今、優利の全身を注連縄でぐるぐる巻きに拘束しているのは誰か!?
それによくよく見れば、彼女たちの目には一切の光が存在していないではないか! どこまでもどろどろと黒く濁りきっている! そう、それはまるで小学校での習字の授業の際に使われていたバケツの中身のように!
これらのことを踏まえればもはや全てが明らかであろう! この少女たちの正体、それは! 愛しの彼をとにかく縛って縛って縛りたいという願望をもつ、束縛系統のヤンデレである!
「それにしても……身動きを封じられた殿方とは、やはりとてもよいものですね」
「えぇ。この光景からでしか得られない栄養があります」
▽ 私立青鸞高等学校 一年一組 出席番号三番・四番
《ステータス》
・スピード……『D』 ・パワー……『D』
・スタミナ……『D』 ・メンタル……『C』
・テクニック……『B』
備考:一卵性の双子のヤンデレ姉妹で相手を束縛することを好む。主な攻撃手段は言霊と注連縄。
「……おはよう、犬束姉妹。朝っぱらから随分と大胆なことをするんだな。俺としたことが、完全に遅れを取ってしまったよ――だがしかし! この程度の拘束で俺を捕らえられたと思ったのなら、それは大きな間違いだ!」
全身を縛られてしまった優利、しかし彼はまったく動揺することなく自信満々にそう言いきってみせる。
実にあっぱれ、これが西園寺 優利という人間なのだ! いついかなる時であっても自信を失わない! 例えどんな目に遭おうと己ならどうにかできると信じている! そして事実、彼にはこの拘束から抜け出せる技量があった! 幼い頃からありとあらゆる英才教育を受けてきた賜物である!
「あえて言おう! この攻撃はわざとくらったと! 俺の辞書に回避の文字はない! うおりゃぁぁぁぁ!」
雄たけびとともに彼は注連縄を破らんとする! 間違いない! この勝負、もはや完全に彼の勝利で決まりだ――
いや、本当にそうだろうか?
それなら、なぜこの姉妹はこうも落ち着き払っている?
「あらあら、本当に抜け出されてしまいそうですね」
「はてさて、どうしますか? 音葉」
「では、こうしましょう。こほん……『動くな』」
左サイドテールの少女、音葉がそう口にした瞬間であった。
優利の動きが――全て一気にぴたりと止まった。
……いや、正確には止まったというより止められたと表現するべきなのか。当人も困惑の表情を浮かべている。自身の身に何が起こっているのかまったく理解できていない様子である。
「『言霊』という言葉をご存じでしょうか?」
「古来より、日本では言葉に不思議な力が宿ると信じられてきました」
「バ、バカな……。こんなことが……」
「実際に存在するのですよ、言霊は。今現在、身を以て体験していただいているのでお分かりかと思いますが」
「それを操るのが音葉の力にございます」
「ぐうっ……! 身動きが、一切取れんっ……!」
「静葉の注連縄による拘束、加えて私の言霊による拘束」
「これらを打ち破るのは、さしものあなたでもかなり難しいかと」
ああ、なんということだろうか……。
あれほどまでに余裕を見せていたはずの彼が、今では苦悶の表情を浮かべている……。
「優利くん……」
天音はその光景を少し離れたところから見ていた。
彼女はとある事情からこの闘いに介入することができない。ゆえにこうして遠くから様子を見守り続けるしかないのである。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「西園寺 優利、捕らえたり」
「ついにやりましたね。本日の夕飯は赤飯で決定です」
「優利先輩、あなたにはこれから我が家の神社の新たな御神体となっていただきます」
「文字通り永遠に私たちのそばに縛られたままという訳ですね。とても素敵です」
「よいご利益がありそうですね、静葉」
「よいご利益があるでしょうね、音葉」
犬束姉妹、恐るべし……! 彼女たちのヤンデレコンビネーションは実に強力なものであった!
「くっくっくっ……」
突然くつくつと笑い声を漏らし始めた優利。
……もはや笑うしかないのだろう。彼女たち姉妹のヤンデレ連携攻撃は本当に強烈だった。そのダメージで彼の心はついに限界を迎えてしまったのだ。悲しいかな、彼の命運ももはやこれまで――
否、違う! そうではない! この笑いは諦観からくるものではなく、愉悦からくるものである!
「くっくっくっくっ、ふっふっふっふっ……」
「ゆ、優利先輩?」
「ど、どうされたのですか?」
「あーはっはっはっはっ! はーはっはっはっはっ!」
侮るなかれ、彼は世界的にも有名な大企業、あの西園寺グループの御曹司である!
幼い頃から勝利を得るためのありとあらゆる英才教育を受けてきた彼が、この程度のことで負けるはずがないのだ!
「愚かなり犬束姉妹! これで俺を完全に束縛したつもりか? 笑止千万! 片腹痛し! 高笑いが止まらんぞ! こんなもの――俺にとってなんの枷にもならんわ!」
「この期に及んで何を言い出すのかと思えば……強がっても無駄です! 巧みに連携された私たち姉妹によるヤンデレ攻撃、いくらあなたであろうとそう簡単に破ることはできないはず!」
「音葉、落ち着いてください。今のところはまだこちら側に分があります。この絶好の機会を逃す訳にはいきません。タイミングを合わせて同時に飛びかかりましょう。彼には次の攻撃で確実にとどめを刺します」
完全なるとどめを刺すべく姉妹は優利へと襲いかかる!
しかし、時すでに遅し! 彼女たちは間に合わなかった! 次の瞬間、彼は注連縄だけをその場に残して忽然と姿を消してしまったのだ!
「姿が、消えた……? 一体どこへ……」
「……え? きゃあっ! な、なんですかこれは!? どうして私の手足がこんなことに!?」
思わず冷静さを失ってしまう静葉! それもそのはず、いつの間にか自身の両手足が『ネクタイ』と『ベルト』によって縛られていたのである! 使われた得物からそれが誰の仕業なのかは明らか! だが、二人は一切目で追えていなかった! 早い! 早すぎる! 彼の技はあまりにも早すぎた!
「っ、静葉!? 待っていなさい、すぐに私が――」
「動くな」
「ふひゃあっ……!」
彼女を助けようとした音葉も同様にその場で動けなくされてしまう! 彼には彼女のような言霊を操る力はないというのに……一体なぜなのか!? その理由は――彼の声がめちゃくちゃイケメンだからである! ASMRが如く超至近距離から超イケメンボイスで囁かれてしまった彼女の耳は、元々かなり敏感だったこともあり、そのダメージの大きさに耐えられなかったのだ!
こうして彼女たちは無力化されてしまった!
先ほどとは打って変わって真逆の展開である!
「言霊の力、中々に厄介だったぞ。だが、やはり俺を完全に束縛するには至らなかったようだ。……お前のその力は、確かに俺の動きを縛った。しかし、俺の精神までは縛れなかったのだ」
「せ、精神……?」
「つ、つまるところあなたは、ただの気合いで音葉の術を破ったと……?」
「いかにも」
「そう、ですか……」
「まさか、そんな単純な理由で……」
悔しさのあまり顔を歪ませる犬束姉妹。
そんな二人に向かって己の勝利を確信した彼は言い放つ! 敗北を喫した彼女たちへのとどめの一言である!
「どうした! お前たちの愛はその程度か! どうやらお前たちのそれよりも、俺の方が重いらしい!」
「ざ、残念です……」
「む、無念です……」
「この勝負――俺の勝ちだ!」
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ぎょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
音葉と静葉の精神は爆発した。
無事に勝利を手にした優利はぐっと背筋を伸ばす。彼女たち姉妹の息の合わさった連携には、さしもの彼も骨身にこたえたようであった。
「よし。それじゃあ学校に向かうぞ」
朝から二度も闘いが続いたせいでかなり時間が押している。
このままでは本当に遅刻してしまいかねない。
未だ精神が爆発した影響で動けない二人を両肩に担ぎ上げ、優利は再び学校への道のりを歩き始めたのだった。
「ありがとうございます、優利先輩」
「重くはないでしょうか?」
「ふっ、俺に膝をつかせたければ後七兆倍は体重を増やしてこい! ……天音、悪いが俺たちの鞄を代わりに持ってくれないか?」
「うん、オッケーだよ!」
「天音先輩もありがとうございます。今さらですが、おはようございます」
「私たち、負けてしまいました……。優利先輩は本当にお強い殿方ですね……」
「まあ、しょうがないよ。だって優利くんは世界的にも有名な大企業、あの西園寺グループの御曹司で、幼い頃からありとあらゆる英才教育を受けてきたからね」
「なるほど。英才教育なら仕方がありませんね、静葉」
「そうですね、音葉」
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