ヤンデレ・バトルロイヤル

黒髪のシャンクソン

「正統」

 本日の天候は実に穏やかなものであった。

 空は辺り一面青々と澄み渡っており、太陽はさんさんと柔らかな光を下界へ向けて放っている。


「まだかなー、まだかなー」


 そんな中、とある巨大な一軒家の前にて一人の制服姿の少女が佇んでいた。

 長い栗色の毛髪を大きな赤いリボンで後ろにまとめている彼女は、それ以外では特に目立ったところはない。至って平凡な学生である。


 ……いや、もう一点だけ普通とは異なる部分があった!

 その部分とは――彼女のである! 彼女の目にはのだ! 眼前にある家の玄関へと一心に向けられているその目はどこまでもどろどろと黒く濁りきっており、それはまるで小学校での習字の授業の際に使われていたバケツの中身のようであった!


「あー、早く会いたいなー」


 知っている! 我々は彼女の正体を知っている!

 目に一切の光がない点といい、先ほどからのやけに浮ついた態度といい、彼女の正体はもはや明らかであろう!


 彼女の正体、それは! 創作物においてよくありがちのオーソドックスなヤンデレ少女なのだ!






▽ 私立青鸞せいらん高等学校 二年二組 出席番号十九番


  並木なみき 天音あまね


 《ステータス》


 ・スピード……『D』 ・パワー……『D』

 ・スタミナ……『D』 ・メンタル……『B+』

 ・テクニック……『D』


 備考:オーソドックスなヤンデレの少女。主な攻撃手段は電話やメール、手紙。






 その少女、天音はうずうずとした様子でひたすら誰かを待っている。

 彼女がその場で待ち続けることしばらく、ようやく家の玄関の扉が開いた。中から出てきたのは、彼女同様制服を身にまとった青年であった。

 がっしりとした体格に端整な顔立ち、それらに加えて知的な雰囲気も漂わせているこの青年は名前を西園寺さいおんじ 優利ゆうりという。世界的にも有名な大企業、あの西園寺グループの御曹司である。生まれの時点で特別な彼は容姿に恵まれていたこともあり、数多くの女性から人気を集めていた。


 しかしながら、その内の一人がこれなのだ!

 創作物においてよくありがちのオーソドックスなヤンデレ少女! まさに悲劇としか言いようがない!


 喜び勇んで彼に突撃していく天音!

 待ちに待った人物がようやく現れたのだ! 彼女を止めることなどもはや誰にもできないであろう!


「優利くん、おはよう! 今日はいい天気だね!」

「おはよう、天音。そうだな、今日はいい天気だ。こんなに晴れていると洗濯物もよく乾くだろうな」

「あはは、私のお母さんもまったく同じこと言ってたよ。……それにしても、天気と違って優利くんはいつもかっこいいよね! いやー、眼福眼福! 朝一の優利くんを見るために家の前で甲斐があったよ! ん~、でもたまにはびしっと決まった優利くんじゃなくて、ちょっと抜けた感じの優利くんも見てみたいな~。あ、別にこれはびしっと決まった優利くんを否定している訳ではなくて、優利くんならきっとどんな状態でもかっこいいんだろうなっていう確証が私の中であったうえでの発言だからね! そこのところ誤解しないでよね!」


 会話が始まって早々、彼女の先制パンチがいきなり炸裂する!

 他人の家の前で、なんと二時間も待機していたという相手をドン引きさせかねない発言! 朝っぱらから人に聞かせるようなことではない!


「ところで、私が送ったメールは見てくれた?」

「メール……? ああ、そういえばなんか来てたな。最初スパムメールかと思ったわ」 

「できればかな♪」


 さらに強烈なコンボ!

 突然メールを二百通も送ってくる狂った暴挙! そしてそれらの中身を把握したうえで、その全てに返信を強要してくるという度を越えたハラスメント!

 『できれば』とかいう前置きや『かな♪』とかいう語尾に騙されてはいけない! 彼女の漆黒の闇に染まった瞳は言外にこう言っている! そうしなければ絶対にあなたを許さないと!


 それにしても、今時メールとはいかがなものか。

 このご時世、今やほとんどの人がショートメッセージアプリやコミュニケーションアプリを使っているというのに。

 でも、それも仕方のないことなのかもしれない。なぜなら彼女はオーソドックスなヤンデレの少女なのだから。例え送信に少々時間がかかろうとも、彼女はメールを使い続けるのだ。


「……して、くれるよね? 返信」


 その言葉とともに彼女の体から威圧感が放たれる。


 ああ、なんということだろうか……。

 あわれなり優利、今日という一日がまだ始まったばかりだというのに、すでにその身に数々のヤンデレ攻撃を受けてしまった……。


「くっくっくっ……」


 彼は表情を見せないよう片手で顔を覆いながらくつくつと笑い声を漏らす。

 ……もはや笑うしかないのだろう。彼女からの問いかけに答える余裕もない。精神的ショックで彼の心は壊れてしまったのだ。悲しいことに、彼の心はヤンデレの攻撃に耐えられるほど強靭ではなかった――


 否、違う! そうではない! この笑いは諦観からくるものではなく、愉悦からくるものである!


「くっくっくっくっ、ふっふっふっふっ……」

「ゆ、優利くん? ど、どうしたの急に?」

「あーはっはっはっはっ! はーはっはっはっはっ!」


 侮るなかれ、彼は世界的にも有名な大企業、あの西園寺グループの御曹司である!

 幼い頃から勝利を得るためのありとあらゆる英才教育を受けてきた彼が、この程度のことで負けるはずがないのだ!


「ちょっ、本当にどうしちゃったの!?」

「愚かなり天音……お前はまだ気づかないのか? 俺が高笑いをしている理由に!」

「ま、まさか……」

「二時間も前から俺の家の前で待機していたと、お前はそう言ったな? そんなことは知っていたさ。なぜなら! 俺も同じようにお前のことを玄関の扉の覗き穴から見ていたからだ! からな!」

「で、でも、私のメールは―─」

「それについても言わせてもらおう。天音よ、逆に問うが、?」

「……え?」


 慌てて鞄から自らの携帯電話を取り出す天音。

 中身を確認すれば、そこにはなんとのメールが届いていた! 差出人の名前は全て優利となっている! これには彼女も驚愕を隠せない!


「う、嘘……。い、いつの間に……」

「お前が送ってきたのは二百通、それに対して俺が送り返したのが二百一通。……おや? どうやら一通分釣り合いが取れていないみたいだが……」

「ま、まだだよ! さっき私はこう言ったの! 『ちゃんと全部中身を読んだうえで返信が欲しい』って!」

「俺がお前のメールの中身を把握していない、と。なるほど、それならいくつか問題を出してみるがいい。その全てにしっかりと答えてみせよう」

「じゃ、じゃあ第一問! 私が送った二十七通目のメールにて、私が優利君をほめる際に使用した表現はどのようなものだったでしょう?」

「『エベレスト山頂よりも高い志、マリアナ海溝よりも深い懐』だったな」

「だ、第二問! 八十七通目のメールの最後に使われていた文字は?」

「それの答えは『白い星マーク』……と言いたいところだが、より正確には『黒い星マーク』と答えるべきか。天音のことだから、きっと本当は後者のマークを打つつもりだったんだろう。送り終わった後でその間違いに気づいた、といったところか」

「そ、そこまで読まれているなんて……。いや、まだだ! 第三問! 四十九通目のメールにおいて私が――」


 彼女から次々と出題される難問、しかし彼はその全てによどみなく答えていく。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「どうした? もう終わりか?」

「さ、最後に一つだけ……。私が優利君に送ったメールの中で『愛している』という言葉を使った回数は?」

「ゼロだ。一回も使っていない。そういったことは文字ではなく、相手に直接伝えるのが天音の流儀だろう?」

「ぐっ、うぐぐ……! 私のヤンデレ攻撃が……まったく通じないっ……!」


 とうとう彼女は膝から崩れ落ちてしまった。

 そんな彼女に向かって己の勝利を確信した彼は言い放つ! 敗北を喫した彼女へのとどめの一言である!


「どうした! お前の愛はその程度か! どうやらお前のそれよりも、俺の方が重いらしい!」

「ちっ、ちくしょう……」

「この勝負――だ!」

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 天音の精神は爆発した。

 その光景を見届けた優利はふと空を見上げる。そこに広がる空間は見事なまでに青かった。ああ、本当にいい天気だ――口には出さなかったものの、彼の穏やかな表情はそのように言っていたのだった。











 これは、甘酸っぱい恋愛模様を描いた物語ではない!

 これは、ほろ苦い恋愛模様を描いた物語ではない!


 これは、とある一人の青年とその周囲を取り巻く数々のヤンデレ少女たちとが繰り広げる壮絶な闘いを描いた、狂気と愛に満ちた物語である!

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