第1話 ”東京”
先輩のバンドがかっこよかった。
初めはただそれだけの事でライブハウスに通っていた。イケメンでおしゃれで長身で、ドラムをたたいてる時の姿はたまらなくセクシーで、10代の私にはとても刺激的だった。
「僕らこの片田舎のライブハウスから、でっかくなってみんながどこにいても耳に入ってしまうようなバンドになります!」
そう高らかに宣言したとき、私は『あなたたちならできる!』と本気でそう思った。そして、その夏応募した10代の限定の賞レースで彼らはあえなく3次予選で沈んでいった。
決勝戦のチケットを取ってしまっていた私は、しぶしぶお目当ての居ない野外公開音楽堂に一人でむかった。会場には同い年くらいの少年少女がギチギチに詰められており、みなキラキラした面持ちでステージをみていた。
音楽が鳴り始め、次々とバンドが出てくる。歌が会場を包んで、熱気がどんどん増していった。
私は、絶望した。
「ああ、なんだ...」
私が応援していた彼らは...どこにでもいるごく普通のバンドだったということに気づいた。
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「初めまして弐大画報社の天羽です」
「あ、よろしくお願いします、ノベックスのVoの青山です」
連絡を取ってからすぐに彼らを出版社の会議室に呼び出し、ミーティングをする運びとなった。会議室に現れた彼は今どきの若者といった具合のセンター分けで、目は大きく、じっとその目で私を試すように見つめていた。
「今回応募してくださった楽曲ですが、拝聴したんですがめちゃくちゃよかったです!作曲は青山さんがなさってるんですか?」
「はい、基本的にすべて僕が打ち込んでからメンバーに譜面を渡して演奏してもらってます」
「え、じゃあ全パート青山さんが考えられてるんですか?」
「そのほうが効率がいいので」
彼はそういうとコーヒーに一口口をつけ、改めて私をまじまじとみてからこういった。
「僕らが優勝するんですよね?」
「え!?」
そういうと彼は噴き出して笑った。お腹を押さえ目に涙をためながら。
「おねえさんわかりやすすぎ」
「や、そういうわけではないです、当日は審査員も入りますし、客票だってありますから、どこが優勝するとかでは...」
「いいんです、優勝するような曲を作ったんで」
「はい?」
彼の大きな黒目が座った。
「優勝したときに売りやすいメンバーを集めて、優勝したときに売り出しやすいテーマで曲を描いたんで、たぶん僕らが優勝するんですよね?」
その口調はビックマウスというわけでもなく、ただ単にそういうことだというような、初めに電話したときの様なさも当然かの様な冷たい口調だった。
「...そんなことはないです...」
「顔に出てるけどなぁ...」
「私は!!」
彼の余裕そうな口調に腹が立ち思わず声を荒げるが、すぐに冷静になった。
「良いものが評価されるべきだと思ってます...青山さんの曲、忖度なしでほんとにいい曲です。さわやかで屈託なくて、希望や夢がある。だからもちろんそれを評価してもらえるよう最善のサポートはします」
「あ、そういうのいいですから」
「は?」
「サポートとか」
彼は一貫して自信に満ち溢れていた。だがもし彼が言ってること、計算してここまでの作品を作れるのであれば、その自身も納得はできる。
私も嘘はいっていない、彼らの曲は、本当にいい。流行を抑えているし、尚且つ個性を持っている。そして何より、腹の立つことに、この青山という男、歌がとてもよいのである。
音楽ライターとして“とてもよいのである”なんて安い言葉を使うのは癪だが、あれこれ並べ立てて解説するのも野暮なぐらい、良いのである。
「僕はね、出来レースだって別にいいと思ってるんです。」
青山は私に喋りながら私の遠く後ろを見ているようだった。彼は一体誰に向かって言葉を投げかけているのだろう?
「何なら、出来レースでない賞レースなんてないとすら思ってます。事前の段階でいかに攻略できたか、これにつきます。またそれに関して、別に僕は裏技を使ったわけでもない。コネがあったわけでもないわけで、ただ努力しただけです。誰にでもできる」
「たしかに...その通りかもしれませんね」
「だから、僕等は優勝するんです」
正論だった。私はある種諦めも感じつつ、だが確かに彼の筋の通った話に魅力も感じた。Voはエースで四番だ、圧倒的なカリスマが必要で、その要素の中に自信は大きな割合を占めている。
「ねぇおねえさん」
「天羽ですけど、なんでしょう?」
「あ、天羽さんは、誰が優勝してほしいですか?」
「そういうのは...私の口からは言えません」
「じゃあ、いるってことですね」
「...」
「それも僕ら以外で」
そういうと彼はにっこりと笑った。前言撤回である。彼には魅力なんて一ミリも感じない。ただのこずるい嫌なガキだ。
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応募者の中にzazaというバンドがいた。彼らは青春パンクでありながらエレクトロの要素を取り入れた暑苦しさと透明感を同居させたような不思議なバンドだった。
私は聴いた瞬間に取り込まれ、そして最高得点を付けた。
結果彼らは決勝10組に残った。私が正直一番優勝してほしいバンドだ。
けど、売れない、とも思った。本当にいい音楽だと思う、価値もある、だけどこの曲きっかけで彼らが売れることはないと直感がささやいていた。
だけど、この曲が優勝したら売れるとも思った。キャッチコピーとして何千組の1位と言われるに値する曲だと思った。そういう価値はあるがタイトルがない作品をフックアップできる大会にしたかった。
「力不足だよなぁ...」
私は近所のコンビニでシードルを買って飲みながら帰っていた。
音楽にはそれ自体にすでに価値がある。だけど、出版や流通を通すならそれは売り物でなければならない。だれかに強烈に刺さる作品だとしても採算が取れなければ、上司を説得できなければ、それを売り物として上等とは言えない。
そんなことは理解しながら、やはり自分が好きな音楽は売り物の音楽ではなく、初期衝動があって自己中心的で、他者を置き去りにするような音楽を愛してしまっている。
「もう、」
やめよう。この大会が終わったら、この仕事はやめよう。
音楽に携わる仕事から足を洗って、それこそただのリスナーになってしまおう。そう思った。自分の好きな音楽が評価されるようにしたかった、でもジレンマに気づいてしまった、システムの矛盾に気づいてしまった。
売れない曲が好きだ、だから売れるものにしてはダメだったのだ。
東京の夜空を見上げると星が見えない。田舎にいたころはもっとたくさん星が光って見えたのに。私は、見えない星が好きだった。
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東京の街にあこがれて
ボロボロになって走った
足跡はどこにもなかった
夢なんか見なきゃ良かった なんてもう
言わねぇからさ
東京の街に憧れていたんだよ ずっと
夢なんか見なきゃよかった なんてもう
ぜってぇいわねぇ
Dear Chambers / 東京
キラメキROCK2023 嗚呼兎小判 @AATOKOBAN
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