邂逅と罪

 今から大体一年ほど前に、高校生になった夕子が家にやってきました。なんでも母と喧嘩して家出をしたんだそうで。今は夏休み中で学校には行かなくていいから、しばらく泊めてほしい、友達の家は前の家出で泊まったことがあるからもう頼めない、と言ってきた。


 私は戸惑いましたが結局泊めてやることにしました。部屋もちょうど一つ余っていたので。夕子とは親戚の集まりでは何度か会ってたし、小さいころはよく遊んでやってたから彼女は私を頼ったんだろうと思います。


 正直言って私は驚きました。美しく成長した夕子の姿に。最後に会ったのは夕子が小学5年生の頃でしたからね。学生服越しにも伝わってくる、女らしく丸みを帯びた体、艶やかな黒髪、若かりし頃の美奈子そっくりの美貌…… 会わなかった数年で女子はここまで変わるのかと感心しました。


それと同時に、心の奥底では汚らしい劣情を抱いてしまった。それも血のつながった姪に対して。そんなことがあってはいけない、何かの間違いだと必死で自分に言い聞かせました。


 それからしばらくは夕子との生活が続きました。といっても、夕子はアルバイトや遊びに出かけるなどで日中はほとんど家にいませんでした。顔を合わせるのは夕食の時間ぐらいです。


 夕子はこんな私にもなついてくれましてね、彼女が今日あったことを面白おかしく話し、私はそれを聞いて時々相槌をするというのがいつものパターンでした。ささやかだけど心が満ち足りた時間でした。


 しかし、それはやがて終わりを迎えてしまいます。

 夕子が来てから三週間がたった頃です。日が暮れた後もじっとりとした暑さが続き、じっとしているだけでも少し汗ばんでしまうような、蒸し暑い夜でした。

 その日は珍しく私の方が帰るのが遅くなり、夕子は既に自室に戻っていました。夕子が作ってくれた、私の分の夕食が机の上に置かれていました。


 私は夕子と食べようと思って買っていたアイスクリームを溶けないうちに渡そうと思い、夕子がいる部屋に向かいました。ノックしても応答がなかったのでドアを開けてみると、部屋は薄暗く、よく見ると夕子はベッドで寝ていました。

 何だかこのまま部屋を出るのは惜しいと感じて、寝ている夕子のそばでしばらく佇んでいました。


 でも、それがいけなかったんです。


 徐々に暗闇に目が慣れていき、部屋の様子がよく見えるようになっていきました。

 夕子の寝姿は、乱雑に横たえられた人形のようでした。部屋着のワンピースから覗く肌はカーテンの隙間から差し込む月明かりに照らされ、ぼんやりと白く光り、神秘的で、なんだか現実味がありませんでした。


 胸までの長さの黒髪は幾重にも枝分かれした小川のように枕に広がっています。母親譲りの鳶色の目は固く閉ざされており、それを長いまつげが縁取っていました。薄い唇は無防備に少しだけ開いていて、綺麗に並んだ歯が覗いているのが印象的でした。


 確かな膨らみのある胸は寝息に応じて規則的に上下し、夕子が生身の人間であることを物語っています。

 私の中に堪え難い激情が燃え始めたのがわかりました。夕子に、かつて愛していた美奈子の面影を重ねてしまっていたんです。

 

 あの時手に入れられなかった美奈子を自分の元へ取り戻せるのではないか。冷静に考えれば支離滅裂な考えだとはわかるのですが、その時の私にはそれが全てだったんです。


 私に残った僅かな理性だけがそれを抑えようとしましたが、体は夕子の方へと吸い寄せられるようにふらふらと動き、気づけば夕子に覆いかぶさっていました。そして引き寄せられるように、夕子の少し開いた、蠱惑的な唇へ口づけをしてしまったんです。


 とんでもないことをしてしまった。そんな後悔と焦りが脳内に駆け巡りました。しかし、それよりも夕子にもっと触れたい、夕子の体をもっと知りたいという欲望が強くなっていく一方でした。そしてそのとき、夕子は目を覚ましました。

 彼女は自分の身に何が起きているのかすぐには理解できないといった様子でした。私は頭が真っ白になり、何を言えばいいのかわからず、夕子の上でただ固まってしまいました。


「気持ち悪い」


 それは明確な拒絶の言葉でした。彼女は私を睨みつけました。 その目の何と冷たい事か。 私の体は恐怖と焦りで震えました。


 私は彼女に拒まれてしまいました。夕子はもう私に笑顔を向けてくれなくなってしまう。私という存在を受け入れてはくれなくなってしまう。それが何よりも一番恐ろしかったのです。


 今だ。今しかない。

 私はそんな確信を持ち、私の体の横をすり抜けようとする彼女の首に手を掛けました。  


 彼女を、自分のものにしてしまうために。


 全身の力を両腕に集中させるように、白く柔らかいものを絞め付けていきました。彼女の目は大きく見開かれ、悲鳴をあげようとしているのか、口からは掠れた音が聞こえてきたけれど、それが声になることはありませんでした。

 私はくびり切ってしまうほどの力を込めて絞め続けましたが、ある時に彼女の全身からは力が抜け、ぐにゃりと崩れ落ちてしまいました。


 これで彼女は自分のものになった。最初に抱いたのは喜びの感情でした。うるさいくらいに鳴っていた自分の鼓動と手の震えが収まってから、大変なことをしでかしたぞ、これからどうするのだ、といった焦燥感に駆られました。

 

 それから私は、彼女の亡骸を風呂場へと運びました。

 私はこの時、ずいぶん前に読んだ本に書いてあったものを思い出していました。

 死蝋化現象。冷たい水中や泥の中のような、通気性が悪く気温の低い場所に置かれた死体は腐敗が進行しなくなる、というのです。


 私はそれを実行すべく、まず彼女を5等分にしました。彼女の美しい体に傷をつけるのはなかなか惜しかったけれど、こればかりは仕方がない。そう思って両腕、胴体、両足とバラバラにしました。

 それから浴槽へ彼女だった肉塊を入れて、蛇口を開きっぱなしにして冷水をたっぷりと張りました。


 それから約一年、彼女はその美しさを保ったまま、蝋細工となったのです。切り離した部位はなんとかくっつけられて安心しました。ただ、彼女の美しい鳶色の瞳は乾燥で濁ってしまったので、ガラス製のものと取り替えました。とても残念です。


 夕子が失踪したため、美奈子と兄さんは警察に捜索願いを出したみたいでした。捜査の手はもちろん私にまで及びましたが、刑事さんはいくつか質問をした後にすぐ帰っていきました。彼女は私の家で過ごしていたというのを誰にも言ってなかったのでしょう。幸運なことに、彼女が私の家にいたという事実は誰も知らなかったようです。


 こうして彼女と私の関係は、誰にも脅かされることはなくなりました。


 私は彼女に拒絶されることはない。彼女は私の全てを受け入れてくれるんです。抱きしめることも、キスだってできます。こんな素敵なことはありませんよ。


 彼女はどこに隠したかというと、私の店……先程ご紹介した、人形を扱うお店なんですが、そこのショーウィンドウに飾っています。他の人形なんかと一緒にね。今のところ誰にも気づかれていないんです。凄いでしょう。彼女は永遠に私のものなんです。永遠にね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る