男の過去2

 高校は、美奈子と同じ学校に進学しました。 美奈子とは三年間で同じクラスになることは無かったのですが、それでも帰り道がほとんど同じだったので、下校途中に合流して一緒に帰ることもありました。


 私が高校一年生の時、恋愛経験が豊富な兄に一度美奈子のことを相談したことがあります。 兄は高校三年生でしたが、学校では人気があったらしく、色んな女子と付き合ったことがあったそうです。 その頃の兄には知的さと一緒に、遊び人のような雰囲気もあったので、女子は放っておかなかったのでしょう。


 美奈子に気持ちを伝えたいが、拒絶されるのが怖くて一歩踏み出せないと私が言うと、それなら怖くなくなってから気持ちを伝えればいいと言われました。 まだお前は高校一年生で時間はあるのだから、少しずつ怖さを克服できれば、いつかは物怖じせず告白できるようになるだろうと。 兄は親身になってアドバイスをしてくれました。

 私は兄の言葉を信じ、高校の三年間で少しずつ美奈子に積極的に関わろうとしていきました。 休日には一緒に買い物に行きました。 映画も観に行きました。 デートスポットと呼ばれている公園にもよく行きました。 中学生の時の自分からは想像もつかないほど、今の自分が良い方向に変わっている、と当時は少しだけ自信を持てるようになったのです。


 しかし、最後の一歩は中々踏み出せませんでした。 自分の正直な思いを美奈子に伝えることだけは、やはり怖くてできなかったのです。


 そうしているうちに私は、兄に先を越されてしまいました。


 美奈子と私が高校三年生の頃。卒業が間近に迫っていた三月でした。一緒に下校していた最中に、美奈子から話したいことがあると切り出されました。 私は一体何のことだろうとドキドキしていたのを覚えています。


 美奈子が話したのは、私の兄に告白され、付き合うことになったということでした。彼と付き合うとはいえ、あなたのことをないがしろにするつもりもないから、これからも友達として仲良くして欲しい、と美奈子は少し申し訳なさそうな顔をしながら話しました。


 私は雷に打たれたような衝撃を受けました。 兄さんは私が何年かけてもできなかったことをさも簡単なことのようにやってのけました……

 私は兄さんが憎かった。 彼は小さいころからいつもそうだった。私が手に入れられないものはすぐに手に入れるし、私では到底辿り着けない場所に易々と辿りついてしまう。


 それに、兄さんも美奈子を狙っていたことに全く気づけなかったのが悔しかった。私は、美奈子と兄さんが中学を卒業してからも関わっていたことは何も知らなかったのです。もちろん、兄さんからも美奈子についての話をされたことはありません。 私に隠れて美奈子に会っていたのでしょう。


 こうやっていつも私を置いてけぼりにして、兄さんはどんどん先に行ってしまうんだ。 兄さんは面と向かって言うことは無かったけれど、きっと心の中では不出来な私のことを馬鹿にしていたに違いない。 私が父に怒鳴られているとき、冷たい目で私を見ていた気がしたのは勘違いではなかったのだ。


 私が美奈子に好意を寄せていたことは兄さんも知っていたはずなのに。 優しい人だと思っていたのに、こういう風に平気で人の気持ちを踏みにじれる人間だったなんて。

 私はそんな鬱々とした気持ちをなるべく悟られないように注意しながら、それは良かったね、兄さんと美奈子ならお似合いだよ、と心にもない事を言いました。 それを聞いた美奈子は顔を赤くして、幸せそうに微笑みました。 その笑顔はまるで、春の陽気に閉じた蕾がほころぶような、優しくて暖かい笑みでした。それを見て私は、本当に美奈子は兄を心から慕っていたのだと確信しました。 私はもう、何も言えませんでした。


 そうして二人は付き合い始めました。二人は互いを愛し合い、その間に私が立ち入る隙はありませんでした。

 美奈子は、大学を卒業してから兄と結婚し、子を授かりました。名前は夕子という、可愛らしい女の子です。 夕子は母の美奈子に似ていました。吸い込まれるような色素の薄い瞳も、笑った時にできるえくぼも美奈子そっくりで、初めて会った時に私はかなり驚きました。


 夕子がここまで美奈子にそっくりでなければ、美奈子の産んだ子が男の子だったなら、私はあのような間違いを起こすことがなかったはずなのです。 ああ、運命というのは本当に、恐ろしいものですね。


 その時の夕子は確か4歳でした。それから何度か親戚の集まりに参加し、そのたびに大きくなる夕子を見てはいましたが、それから五年ほどは夕子にも美奈子にも会っていませんでした。

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