鏡②

風呂を出て、須藤から家庭科の過去問を貰った。俺の記憶力も侮れないものだな。

翌日、最後のテストを受けて、『俺』の言う通り友人たちと打ち上げも兼ねてカラオケに行ってみんな喉が枯れるまで歌い明かした。打ち上げのためのテストだと思えば、テストも案外悪いものではないような気がした。俺はズルしたけど。。

カラオケを出ると、もう日は暮れ22時を過ぎていた。俺たちは優良生徒なのでそろそろ帰る時間だ。

だけどメンバーの一人のシンタローが俺ん家寄ってかね?と言い出し、まさかの二次会突入。遅くまで騒ぎ、遊び、帰宅は日を跨いでしまった。優良生徒は卒業だ。


「すまん、遅くなった。」

『たしかに遅かったな、打ち上げか?』

「そうそう」

『テストは?』

「『俺』のおかげで今日の科目も完璧だよ。サンキュな」

『別にいいよ、自分のためだし。それよりお前ちょっと顔赤くねーか?』

「ああ、シンタローん家でちょっとだけ酒飲んだ」

『お!マジかよ!いいなそれ!酒ってどんな味なんだ?』

「あっ、鏡の『俺』はまだ飲んだことないんだ。まぁ俺も今日が初めてだったけど。」

『まぁよくある『俺』の生きてた世界線と俺の世界線が違うってことだろうな。そんなことより酒はどんな味だったんだ?』

「ビールは不味かったよ。ちょっとだけ飲んで苦すぎてギブ。サワーってやつはジュースみたいで美味しかったかな。でも飲んでない『俺』に悲報だけど、俺は酒に弱いらしい。缶の半分で酔っちまった。」

『そっかそっか、別にいいよ。『俺』が体験してないことをお前が体験してくれただけでも救われるよ』

「ん?そういうもんか?まぁいいや。因みに明日は何かある?試験返却日だけど。」

『んー。特には無いけど、久しぶりにヨッちゃんと遊ぶとかは?』

「え?なんでヨッちゃん?」

ヨッちゃんというのは俺の幼馴染で親友。今は違うクラスだけど、よく一緒に遊びにいったりする仲だ。

『いや、学年上がってから部活とか忙しくて、あんまり遊んでなかったじゃんか。久しぶりにどうかなって思って』

「まぁたしかに。テスト明けだし誘ってみるか」

『いいね』

「じゃ、そろそろ風呂出るわ。」

『もしどっかの機会に煙草吸ったら、感想教えてな』

「流石に煙草は吸わねーよ笑」


風呂を出て、ヨッちゃんと遊ぶ約束をして眠りについた。



翌日、テスト返却日。前半の試験はまぁ良い結果とは言えないが、『俺』に色々聞いた後半は上々の結果であった。そして学校を後にしてヨッちゃんと合流し、久しぶりにキャッチボールやゲームをして過ごした。



「久々にいい汗かいたわ」

『ヨッちゃんは体力無限だからなぁ』

「キャッチボールの後はヨッちゃんの家でゲームやったよ。新作のカーレースのやつ」

『お!あれ、どうだった!?面白かった!?』

「超おもろかったわ。俺も買おっかなぁ」

『いいね!買っちゃえ!買っちゃえ!』

「鏡の中の『俺』とも一緒にゲームできるといいんだけどな」

『キモイ事言うなよ笑』

「ハハハ、そんじゃ明日は何すればいい?誰と遊ぶ?」

『うーん、別に『俺』に聞かなくてもいいんだぜ?』

「なんだかこれが日課になりつつあるんだ」

『そしたら、詩織ちゃんに告白しとくか』

「えぇ?なんで突然!?」

詩織ちゃんはクラスのマドンナだ。正直ほとんど話したことはないが、ずっと片思いしているのも事実だった。そして何人も撃沈していることも知っていた。

『『俺』の占いによると、明日はいけそうな気がするんだよ。夏休み前の最終登校日だしな。告白しちゃえ!』

「えぇ!?マジか!じゃあ『俺』を信頼して、告白しちゃうか!」

『いってこーい!』



翌日の風呂場。

「おい!テメェ振られたじゃねーか!どういうことだよ!」

『そっか〜残念!まぁ『俺』の占いが外れたってことで。許してちょ!』

ふざけた顔で『俺』がこちらを見ていた。

「こいつ…!ふぅ、鏡を叩き割るところだった…」

『まぁ、好きな人に振られるってのも人生経験だよ。何事も経験ってね』

「『お前』は振られてねーじゃねーか!」

『まぁまぁ』

「そんで、明日は何したらいい!?」

『今日、玉砕したのにまた『俺』に聞いてくれるのか』

「まぁたしかに『お前』を信頼して、痛い目にあったけどさ。でもこんな事でも無ければ絶対告白なんてしてなかっただろうし。

それに『お前』と色々決めたり、報告したりするの案外楽しいんだよな。」

『そっか。うーん、じゃあさ明日は家族で焼肉食べに行くとかどうかな』

「焼肉?なんで?」

『いつもよりテストの成績良かっただろ?俺のお祝いしてくれ〜!って父ちゃん母ちゃんに言ってみ』

「前半のテスト結果は死んでるんだよ」

『そうだったわ。じゃあ普通に焼肉を2人にご馳走するってのは?』

「え!なんで?」

『親孝行ってやつだよ。できる時にしとかないとな』

「うーーん、言ってることは分かるけど納得いかないな。今じゃなくていいし、『お前』のじゃなくて俺の財布だしな!焼肉多分結構いくぞ?」

『たまにはいいじゃねぇかよ俺!ケチケチするなんて俺らしくねーぞ!』

「紛らわしいんだよそれ。うん、分かったよ。焼肉ご馳走するよ。お年玉も使うかなぁ…」

『いいね!また感想教えてくれな!』

「ああ、、分かった分かった。」


そう言って風呂場を出ようとした時、ふとある事が気になって振り返って『俺』に質問した。

「『お前』っていつの記憶まであるんだっけ?」

『ん?えっと。日曜の夜だな。そこまでの記憶はあるよ』

「そっか、分かった。」


俺は布団の中で考えた。

日曜の夜を迎えたら、鏡の中の『俺』はどうなるんだろうか。

何故、日曜の夜の記憶までしか持っていないのか。何故、このタイミングで俺の前に『俺』は現れたのか。

何故、それらの理由を話さないのか。



翌日、俺は両親を誘い焼肉をご馳走した。いつもより美味しい肉に感じた。会計時、少し顔が引きつってしまったが、満足そうな両親を見て特に後悔などはなかった。


「『俺』。焼肉行ってきたぞ」

『お!父ちゃん達何か言ってた?』

「まぁご馳走してくれてありがとう。とは言ってたかな。うん、2人とも凄い楽しそうにしてたよ。」

『そっかそっか。それはよかったよかった。』

「……」

『どした?』

「えっと、」

普通に聞くつもりだったが、少し口篭ってしまった。

「あのさ、『お前』は俺が日曜夜を迎えたらどうなるんだ?」

『………』

次に口を閉ざしたのは鏡の中の『俺』だった。

「『お前』はどうして突然俺の前に現れたんだ?」

『………』

『俺』は何も言ってはくれなかった。制約なのか、言えない事情があるのか。

ただ後者に関してはある仮説が俺の中にあった。


「いや、分かった。今の質問は忘れてくれ。また明日来るよ」

『ごめんな。待ってるよ』

「じゃあまた明日」


俺にも考える時間が必要だった。簡単に受け入れられる内容では無かったから。



翌日の土曜日、夕方頃に俺は浴室に入った。

「よっ!」

『いつもより早いな』

「今日はゆっくり話そうぜ。長風呂するって宣言してきたから」

『なんだよ笑、その宣言』

その日、俺は4時間近く『俺』と話した。途中、母ちゃんが心配してたが、関係なしに話し続けた。本当にこれまでの色々な話をした。




翌日、昼過ぎに浴室に入った。日曜日であった。

「ふぅ、これでお別れだな『俺』」

『………』

「そうだよな、答えられないよな。大丈夫だよ」

『………』

「『お前』の心配してることは全部俺が片付けたし。遺書もちゃんとたくさん書いた。貯金も母ちゃんたちに使ったよ。」

『………』

「こんなこと言うと、またキモがられるけど。俺さ、『俺』と仲良くなれて本当に良かったよ。ありがとうな」

『こっちこそだよ』

「じゃあな」

『じゃあな』


俺は浴室を後にした。そして自分の部屋に戻り、椅子に座って気持ちを落ち着かせた。そして長い時間を経て、突然の衝撃と共に視界が真っ暗になった。






「どうじゃったかの?」

真っ暗な視界の中で、羽の生えた初老が目の前で浮いていた。

「貴方は?」

「儂は神様じゃよ」

神様だった。

「俺は死ぬんですね」

「そうじゃ」

「じゃあどうして神様は俺の前に現れたんですか」

「お前さんは、不慮の事故で命を落としとる。一度目はトラックに轢かれ、二度目は小隕石の直撃ときた」

「じゃあどうあっても俺は死ぬ運命なんすね。因みに家にいた父ちゃんと母ちゃんは?」

「無事じゃよ。死んだのはお前さんだけじゃ。」

「そうですか」

「話を戻すがの、不慮の事故で亡くなったお前さんにはボーナスステージとして1週間前の自分に遺言を残すことができるんじゃ。」

「なるほど。浴室の『俺』は俺に対する俺の遺言だったのですね」

「そうじゃ。不慮じゃからな。可哀想に。じゃから何回でもお主には機会を与えよう。遺言を残すかの?」

「いいえ、やめときます」

「ええんかの?」


「せっかくできた友達を無かったことにしたくないので」

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創作話 ちゃんぼ @chan-bob

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