18歳

 夢なのか。悪夢なのか。

 幻のような日々から抜け出して、ちょうど一年が経った。


「なんか、日本最近ヤバ気だよね」


 元志が欠伸をしながら言った。


「いつもの事だろ」

「でもさぁ。おかしくね? 大阪の技術力と九州のまとまりがあれば、今度こそ日本立ち上がれるはずだったのに」


 ――邦人教授、変死。

 ――邦人団体、テロ準備罪か。

 ――立ち上がる県知事、ビルの屋上から転落死。


 ネットのニュースには、ズラリと見出しが並んでいる。

 ニュース自体、誰かに操作された可能性がある。

 また、ネットは紙の媒体と違って、である。


 俺はあれ以来、日本村にこもって畑仕事を手伝うようになった。

 初めこそ、元志と摩耶は泣いてくれたが、数日経てばいつもの日常。


 俺の日常は、何も変わらず、孤立した外人としての生活だった。


「つか、摩耶遅くね?」

「喫茶店で友達と落ちあうって言ってたからねぇ」

「友達、……ねぇ」


 摩耶は俺が帰ってきてから、少しだけ変わった。


 前はネットを介してデザインを売るのがメインだった。

 けれど、今では外の人間と積極的に交流を始めた。

 自分から新しい動きに出てみる、だそうだ。


「んじゃ、仕事に戻るわ」

「ういっす~」


 摩耶の部屋を出て、俺は畑のある場所へ向かう。

 畑には休憩する人用にクーラーボックスが置かれている。

 中にはぬるくなったコーヒーがあり、一本だけ手に取った。


「落ち着かねえな」


 じっとしていると、俺はカリナの事を思い出していた。


 実は、俺は摩耶とセックスをした。

 付き合ってはいない。

 あいつと部屋に二人きりになった時、尻をこっちに向けて、テーブル下の物を取っていたから、尻を叩いてみたのが始まり。


 コンドームを付けて、やった。

 だけど、初めは起たなかった。

 口でされても、裸を見ても、何をしても、心が動かなかった。


 本気で焦ったのを鮮明に覚えている。

 魅力がないわけじゃないのに、を除いて女に魅力を感じなくなっていた。


 やったのは、二回目だ。


「昼は種植えて終わりにしようや」

「うす」


 残りを飲み干し、俺は作業に移った。


 *


 畑仕事が終わり、自室でシャワーを浴びる。

 やる事は他にないから、後は寝るだけ。


「結構、筋肉付いたな」


 筋トレをやるようになった。

 腹が割れて、背が伸びて、俺は別人になったようだった。

 未だに、可愛いってからかわれるけどね。


 扇風機を回して、布団に入る。

 ちょっとキツイくらいが、仕事はちょうどいい。

 何も考えなくていいから。


 そして、眠りにつく。

 意識が段々と落ちていき、「あ、寝れそうだ」と全身から残りの力を抜く。


「信吾!」


 飛び起きた。

 いきなり、うるさい声で起こされ、何事かと玄関に向かう。


「……んだよ」

「ごめん。でも、トラブルかも」

「はあ?」


 元志が自分のスマホを渡してくる。

 出ろ、ってことか。


「相手は?」

「わ、分かんない」


 おいおい。変な奴に絡まれたんじゃないだろうな。

 もし、相手がガラの悪いクソッタレなら、本当にぶちのめすぞ。

 舐められないよう、鋭い声で電話に出てやる。


「誰だよ、お前。摩耶に代わってくんね?」


 相手は何も話さない。

 元志は成り行きを見守っていた。


「おーい。こちとら、遊んでる暇ないんだよ。直接出向いてほしいなら、行ってやるから。場所言えよ」


 どうせ、学校に行ってないしな。

 暴れるだけ暴れてやろうか。

 俺は相手の出方を窺う。


『地図。……送るから。きて』

「いや、その前に誰?」

『こないと、この子、殺すよ』


 電話越しに、摩耶の苦しそうな声が聞こえる。

 口を塞がれているんだろうか。

 声がくぐもっていた。


「分かった。手、出すなよ」


 電話を切ると、すぐにチャットへ地図の画像が添付される。

 場所は、日本村から北に進んだあたり。

 山のふもとか。

 そこの場所には、潰れた工場跡がある。

 夏になれば、肝試しをやる奴も出てきて、地元では結構知られている。


「行ってくるわ」

「警察は?」

「あー……、一応待機しといて」


 上着だけ羽織って、靴を履くと、すぐに玄関を出ていく。

 相手が誰でも、マジで殺してやろうと思った。

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