同じ境遇

 映画鑑賞が終わってから、カリナは離れにある小さな体育館に行ってしまった。


 何をしているか分からないが、俺には「掃除しといてね」とだけ言い残した。

 言われるがままに、掃除するためにゴミ袋を探しに1階へ下りる。


「つうか、掃除用具どこだよ!」


 何も教えられていないのに、掃除しろと言うのだ。

 階段の途中で立ち止まって考える。

 もし、掃除用具があるなら、物置みたいな場所にあるはず。

 ゴミ袋は適当な袋を見つけて、そこに詰め込んでおくか。


 それに、『家の中を探索するチャンス』だ。


 この機会を逃さない。


 早速、息を殺して静かに歩を進める。

 確か、いるはずだ。


 見つかったら何をされるか分からないので、手始めに一階に下りて、すぐ目の前の扉に手を掛ける。

 位置的に、職員室か校長室か?

 ドアノブを回す。が、途中で引っかかって止まってしまった。


「鍵、……掛かってるか」


 その隣りのドア。――施錠されてる。

 突き当りのドア。――施錠されてる。


 振り返って、廊下の反対側。その奥に目を凝らす。

 今度は、あそこまで片っ端からドアを調べていこう。


 *


「ダメだ。どこもロックされてんじゃん」


 扉のガラス越しに厨房ちゅうぼうが見えて、入ろうと思えば、そこさえ施錠されている。


 これじゃ、掃除用具どころか、脱け出す手掛かりさえ掴めやしない。


「……待て。一つだけあったな」


 たぶん、そこは施錠のしようがないはず。

 思い立った俺はきびすを返して、ある場所に向かう。

 向かった先は、トイレだった。

 そう。トイレだったら、すぐ近くに掃除するための道具が備えられているはずだ。


 トイレットペーパーなどを補充する時に、わざわざ遠い場所に置く理由がない。


 玄関から真向いにある空間。

 そこがトイレだった。


 トイレは男子用、女子用に分かれていて、構造はそのまま。

 L字にそれぞれ分かれていて、考えた俺は女子トイレの方に向かった。


 何故か?


 ここがカリナの家で、俺はこの家の中で自分以外の男を見たことがないからだ。


 使う場所にあるだろう、と安直な考えかもしれない。

 だが、女子トイレに入って、奥の細長い扉を開けてみると、ビンゴだった。


 モップやホウキが乱雑していた。


「必要なのは、ホウキと雑巾くらいか」


 適当な袋はないし、ゴミ箱に全部詰め込んで、後から場所を聞けばいいだろう。

 バケツに雑巾を入れて、ホウキを片手に持つ。


 その時だった。


「……っ、ンっ、……っぐ」


 と、声が聞こえたのだ。

 いきなり声がするから、驚いて固まってしまう。


「誰かいんの?」


 声を掛けてみると、今度は物音がした。

 音は、すぐ隣の個室。


 頼むから、襲ってくるような真似はやめろよ。

 抵抗はするけど、喧嘩は得意じゃないんだ。

 一発殴って消えてくれるのならありがたいけど、この家の中で相手が消える事はないだろう。


 慎重に扉を押して、すぐに逃げられるように身構える。


「んぐっ、んんっ!」


 トイレの個室にいたのは、女装した男だった。


「……な、なに、やってんだ?」


 手足は後ろに回された状態で拘束。

 きちんと用を足せるためだろうか。

 スカートはまくり上げられて、股間は露出した状態。


 男は涙のせいで、顔に塗った化粧が溶け、化物みたいな顔になっている。

 顔立ちからして、おそらく『同じ日本人』だ。

 分からないけど、アジア系なのは間違いない。

 日本人だと思った理由は、こんな真似をして許されるのは、日本の人間に対してのみだからだ。


 口には業務用のガムテープが貼られていて、声が殺されていた。


「大丈夫か?」


 すぐにガムテープを剥がす。


「ぷはっ、はぁ、はぁ、……た、たしけてくれ」


 俺まで緊張で呼吸が荒くなってくる。

 男は歯が欠けていて、上手く喋れないみたいだった。

 首を見ると、俺と同じチョーカー。


「チョーカーがある。ここにいた方がいいぞ。すぐにバレる」

「無理だ。無理。無理。殺される。あの外人、人を……」


 顎が震えていた。

 鼻水と涙は混じり合って、かなり恐怖で心が蝕まれていた。


「おい、おいって。落ち着け」

「ここから出たい。出してくれ。家に帰してくれよ。もう嫌なんだ」


 まずい。

 咄嗟に口を手で塞ぎ、「しーっ。しーっ」と、声を抑えさせる。

 もう一人、いるはずだから、そいつがいつ出てくるか分からないんだ。

 こんなところで騒がれたら、何をされるか分からない。


「あんた、どこに住んでる?」

「どこ、って」

「日本村の奴か?」

「知らない。そんなの、どこだ? え?」


 肩を擦り、刺激しないように静かな声で聞き出す。

 相当な錯乱状態なので、どう声を掛けていいか分からなかった。

 目は左右に震えているし、あちこちを見回して、落ち着きがない。

 貧乏揺すりは激しく、呼吸は荒い。


「聞いてくれ。俺は信吾だ。日本村に住んでる」

「……うん。うん」

「あそこなら、こいつ等にとって治外法権だ。逃げれば助かる。だけど、こいつが問題だ」


 チョーカーをつつくと、男は何度も頷いた。


「必ず助けてやる。だから、協力しろ」


 泣きながら頷き、男は顔を上げた。

 そして、涙で濡れた目が大きく見開かれる。


「――そこで何してるの?」

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