飼育

 カリナの家に住んでから、2日が経った。

 俺は持っていたガラケーを没収され、靴を没収され、服はカジュアルに黒のチノパンと白いTシャツを用意された。


 カリナの世話係、とは言うが、実際には俺が飼育されているだけで、世話をするどころか、されている側だった。


「ねえ。掃除なんていいから。こっちきて」


 ここにいると、感情的になる自分との闘いで気力が消耗する。

 こいつは、『やれ』と言った直後に、『やるな』と言ってくる。


「お前がやれって言ったんだろ」

「あ、生意気」

「ここにきてから、アンタがゴロゴロするところしか見てないけど。外に出たりしないのかよ」


 そうすれば、外部と連絡を取る機会だってあるかもしれない。

 例え、俺がここに一人残されることになったとしても、こいつから離れる事ができれば脱け出すチャンスはある。


 脱け出す、なんて考えて自分で自分の事を嗤いそうになる。


 ただ脱け出したんじゃ、追いかけてくる。

 このチョーカーを外して、人込みに逃げて、日本村で隠居生活かな。


「は~や~くっ!」


 癇癪かんしゃくを起してきたので、大人しく言う通りにしてやる。

 カリナの部屋は、元々教室だった場所を改築した部屋だ。

 だから、とてつもなく広い。


 20畳半か、それよりもう少し広いくらいか。

 部屋の感じからすると、ここで昔は学年一緒になって勉強していたのが、ありありと目に浮かぶ。


 そして、現在はクマやウサギ、多種多様の動物のぬいぐるみが、所狭しと置かれている。おそらく、黒板があったであろう位置には、本棚が置かれていた。

 床には無造作に薬箱、食べかけのパンなどが置かれていて、ゴミ箱は倒れている状態で中身がこぼれていた。


 ベッドは真ん中に置かれて、上からはお姫様が寝るようなベッドみたいに、幕が下ろされている。


 一番気になるのは、ベッドに置かれている『』だ。


 いや、ナイフって言うより、長さからして短剣に近い気がする。


 この部屋の模様を初日に見た時は、ゾッとした。


「んもぉ!」

「おい、やめ……」


 ボーっとしていると、いきなりカリナが首に腕を回してきた。


「一緒に映画観るの!」

「つうかさ、お前部屋汚すぎ」

「へへ」

「掃除するよ。マジで無理」


 立ち上がろうとすると、腰にしがみ付いてきて、体重を掛けてくる。

 本当に、女の子に対して言う事ではないけど、お世辞を言えないくらいに、カリナは体重が重かった。


 見た目はほっそりしているのだ。


 人種が違うから、骨格から体型が違うのは見た目から分かる。

 でも、力負けするほど重いのは、他に理由があるのかもしれない。


 膝から崩れ落ちた俺は、そのまま力任せにカリナの両腕に抱えられる。

 興味がない映画を鑑賞し、さりげなくその腕から逃れようとすれば、「めっ」と、顎を頬に乗せてくる。


 ぬいぐるみの気分だった。


「ふわぁ、いいなぁ。ねえ、王子様に囲まれてお城に暮らしてみたいよねぇ」


 爛々らんらんと目を輝かせて、カリナは映画を観ている。

 興奮しているのか、薄く、桜色の唇から漏れた吐息が俺の睫毛に当てられる。


 映画の方に目を向けると、そこには『10人の殺し合う王子』と『泣き叫ぶお姫様』が映し出されていた。


「でも、シンゴは王子様じゃないね。ふふ。日本の人はカッコよくないもん」

「あ、そ」

「いひっ、怒った? でも、ペットになる価値はあるんだよ? ジュールが言ってた。60年……、あれ? もっと前かなぁ。ずっと、ペットだったけど、今は本格的に飼えて、良い時代になったって」


 ……抑えろ。

 キレるな。

 俺は伊達に日本村で育ってきてない。


 相手が挑発する時って、必ず裏があるんだ。

 それは、例えば歴史を引き合いに出して挑発する事なんて常套句じょうとうくで、元々自衛隊だった人たちは、必ず真意を探る癖をつけていたらしい。


 まあ、幹部クラスの人は、って話だろうけど。


「ほ~ら、怒んないの」


 ついばむように、下唇を唇の肉で挟み込んできた。


「っめろ、くそったれ」

「う~~~っ、可愛いっ」


 俺が嫌がると、連続で耳たぶや頬にキスをしてくる。

 いい加減、鬱陶しくなってきたので、顔を手で押しのけ、起き上がる。が、襟足を引っ張られて、尻餅を突いてしまった。


「いい子にしてたら、ご褒美だってあげるのに」


 頭にキスをされて、俺は目を閉じた。

 細く、深く息を吸って、静かに吐く。


 俺は、仲間の顔が見たかった。

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