激昂 ※摩耶の視点

 彼から連絡がきたのは、事が起きたその日だった。

 チャットで簡潔に来て、すぐに怒りのメッセージを送ったけど、返信はなかった。


 私がすぐに他の仲間へ伝えたのは言うまでもない。

 特にこういったことに詳しい『元自衛隊』のおじさんは、私が事情を説明しなくても、「誰に捕まったんだ?」と舌打ちをして聞いてきた。


 分からない。そうしか言えなかった。


 それから、私のいる日本村はちょっとした騒ぎになった。

 ちょっとした、というのは語弊があるか。

 混乱を避けて、しかし事態を把握するために、元々議員秘書をしていたおばさんが、皆を三組に分けて冷静に説明してくれたのだ。


 これが、である。

 色々な経歴を持つ人々がいて、色々な価値観が、一つの物ごとに対して冷静にぶつけられる。


 頼もしいけど、状況は最悪だった。


 *


 信吾がいなくなってから、5日が経った。


「あいつなら、大丈夫だって」

「……うん」


 元志が特に用もないのに、部屋にいてくれる。

 信吾と元志の二人は幼い時から、ずっと一緒だった。


 私にとって、信吾は弟のような存在だ。

 同時に、将来一緒にいたっていいと思える男の子だった。


 普段は荒い性格のくせに、外見はそれに反して、目がクリクリとした可愛い見た目の男の子だ。

 中肉中背のどこにだっているようで、私にとっては特別な人。


「さすがに、ここには外国の人間だって入ってこないよ」

「でも、力づくで動けば爆撃されるでしょ。自然現象って言って、山火事起こされたら、簡単に隠蔽される。大阪の人だって、こっぴどくやられたじゃんか」


 この事態を笑っていられるのは、お金を持ち、外国人に混じって生活できている人だけ。

 辛くても、何も考えずに生きている人だけ。


 私と同じで必死に生きている人は、絶対に笑わない。

 

「ねえ。シゲさんって元ヤクザでしょ」

「あー、東京から来た人だよね」

「……北海道に知り合いいるって」


 元志が難色を示した。


「いやいや。裏方の人に頼るの? やめときなよ。絶対に怖いよぉ」

「アンタさぁ。信吾が他所の奴に捕まったんだよ? 下手したら、……解体や拷問だって」


 世間の事情を少しでも分かってる元志は笑わない。

 口にしたくないけど、日本人の女児が裸で道路に並べられていた事件が、一年前に遭ったんだ。

 警察は事件を疑ったけど、『』。


 現場を見た人からは、ネットワークを介して情報を貰ったけど。

 外傷が酷くて、見ていられなかったって言っていた。

 他の人が調べてくれたけど、その女の子達は両親がいないから、治外法権の場所で保護者を当てられた子達だった。


 決めつけるのはよくない。

 でも、私は疑っている。


 だからこそ、信吾が捕まったことを聞いて、全身から嫌な汗が噴き出た。


「あ、あのさ。北海道って、……ほら。北の国の人達でしょ? 結構、物騒だって聞くし、……その」

「だったら、好都合じゃない」


 握った拳が震えていた。


「お金なら、……貯めてるのがあるし」


 元志は俯いて、泣きそうな顔をした。


「ちっくしょぉ。……何で、信吾なんだよ」

「シゲさんの所に行ってくるよ」


 夜だったら、たぶん自室にいる。

 怒鳴られたって、絶対に引き下がらない。


「待った。お、オレも行く」


 元志が立ち上がる。


「お金なら、オレも少しはあるし」

「何発か殴られるのは覚悟しよっか」

「……くそ。あいつのせいで、怖い目に遭うとか。ほんっと、うんざりだよ」


 毎日が戦いだ。

 その中の一つでしかない。

 私だって怖いけど、引き下がったら、その時点で終わりなんだ。

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