立場

 学食で日本村の奴らとご飯を食べる。

 猥談やクラスの連中のちょっとした悪態、世間話などなど。

 話す内容は他の奴らと何も変わらない。


「大阪でテロあったらしいね」

「ニュース見てねえから分かんねえな。こっち狙われたの?」


 こっち=日本の人間だ。


「村の方ではないと思う。住宅街って言ってたし」

「……マジか」


 俺は正直な話、関西や九州の人柄はさほど好きではない。

 押しが強かったり、血の気が多いところ。


 だけど、矛盾するようで、彼らのそういう所がないと俺たちはメンタル的にも困ってしまう。食料、情報なんて特に。


「突っ走った行動に出てなきゃいいけどな」

「元志はあそこから届くエロゲー、すっごい楽しみにしてるしね」

「はは。やらしてもらったけど。何がいいのか、分からねえんだよなぁ」

「ストーリーとか、絵とか。そうだね。みんな、あっちに集中してるもんね」

「お前、マンガ描くだろ? ネットのコミュニティに入ってたっけ?」

「うん。たまにオフ会で千葉に行ったりするよ。皆、良い人ばっかり。……熱すぎて、たまに気後れするけど」


 なんてことを俺たちは笑いながら話していた。


 食べ終えた後は、時間になるまで仲間たちと話したり、でも閉鎖的にならないよう他のクラスメートも誘ったりして、とにかく『互いを知る』ことを目的に交流する。


 そんなひと時を送っている最中だった。


 放送のチャイムが鳴り、『二年の種子島信吾くん。至急、生徒指導室へきなさい』と呼び出しが掛った。


「……なんだろう」

「さあ。教頭の車に石投げたからかな」

「悪ぅ」


 バレてはいないはずだけど。

 食器を片づけて、俺は先に食堂を出る事にした。


 *


 呼び出されたので、生徒指導室までやってきた。

 無駄に豪華な装飾を施された校長室の扉。

 その隣りに指導室はあるので、分かりやすい。


 磨りガラス越しに二人の人影が見えたので、俺は板挟みで説教を食らうのかな、と予想。


 アメリカ人とドイツ人の教師がすごい剣幕で怒鳴ってくるので、体格からして大きいから迫力がとんでもない。


 泣くやつは泣いてしまう。

 でも、俺はカメラのない死角から石を投げたり、悪戯をすることが度々あるので、もはや慣れたものだった。


 まあ、心当たりが多すぎて、何で怒られるのか分からないって感じだ。


 意を決して扉を開けると、やはり毎度怒ってくるアメリカ人教師の顔が見えたので、入り口に突っ立って「何すか?」と問う。


「いいから、座りなさい」


 狭い部屋。真ん中には長いテーブルが置かれていて、片側にいつもの教師と見知らぬ男が座っていた。


 俺はその二人の向かいの席に座り、背もたれに寄りかかる。


「初めまして。私はジュール」

「あ、ども」


 握手を求められ、恐る恐る手を握る。


「キミがシンゴくんか」

「何か用すか?」

「こら」


 まあ、俺の普段の態度がこうなので、こういう所を叱ってくるのは、ぶっちゃけ教師の方が正しい。


 ジュールと名乗った初老の男。

 毛髪がなくて、どこか疲れ切った顔つきの男だった。


「単刀直入に聞こうか。キミ、ウチの娘に手を出しただろう」

「……は? 娘?」


 先生の方は真剣な表情で、俺とジュールさんを交互に見ている。


「昨日の夜。キミが家にきたのは知っている。カメラがあるからね。キミ、娘に随分と冷たく当たったそうじゃないか」


 昨日の夜。と、言われて思い浮かぶのは、カリナ以外にいない。

 俺が言葉に詰まっていると、ジュールさんは畳みかけてくる。


「娘はキミに、……レイプされたと言っている」

「はぁ!?」

「シンゴ! 静かにしろ!」


 思わず立ち上がった俺を先生が無理やり座らせてくる。

 意味が分からなかった。


 だって、俺は確かにカリナを家まで送り届けたけど、手を出すどころか、あいつの誘いをきっぱりと断った。


 俺にはその気がないからだ。


「俺、やってないっすよ。ていうか、すぐに帰ったので」

「家のカメラには、すぐ帰る所が映っていたね」

「だったら、何もしてないって分かるはず――」

「ただ、家に来る途中で事を済ませたのなら、話は別だろう」

「……なに、言ってんスか?」


 全身から血の気が引いていく。

 心臓はバクバクと激しく脈を打っていたし、呼吸が乱れているのが自分でも分かった。


 なんだ? 何が起きてる?


「女の力で男に敵うはずがないだろう。どこで手を出したのかは知らないが、きちんと検査を済ませているよ。その結果、キミの精液が娘のちつから見つかっている」


 呼吸に集中して、耳を傾けつつ、冷静さを取り戻していく。

 俺は他の思考が止まった奴とは違う。

 だからこそ、日本村で生活して、生きている人間なんだ。


 そんな俺だからこそ、この不可解な状況に見当が付く。


 


 こいつが嘘を言っているのは、俺が一番知っている。

 ていうか、童貞がどうしたら女一人を襲えるっていうんだ。

 いや、そんな事より、この流れだと、たぶん俺は……。


「保護官には、すでに連絡をしているよ。キミは社会に適合しない弱者だ。救済処置が妥当だと考えている。まだ子供だ。大人とは違って将来があるのだから、今の内に更生しなくてはならないだろう」

「あぁ、ジュールさん。この度は何と言ったらいいのか……」

「起きてしまった事は仕方ありません。では、保護官がくるまでの間、彼から目を離さないようにお願いします」


 首筋が痺れるような嫌な感覚だった。

 やっぱり、俺には忌々しい制度が適用されるらしい。


 弱者救済プログラム。


 現代のだ。

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