送る途中で

 現在、俺は女を背負って、最寄りのビジネスホテルを目指している。


「すぅ……、すぅ……」


 女は熟睡していた。

 送り狼になんてならない。

 こいつをホテルのベッドに投げ入れてから、すぐに帰る。


 あと、本人には絶対に言わないけど、女は重かった。

 鍛えているんだろうか。

 肌の張りとか、腕で支えている太もも。

 首に回されている腕など、至る所に重量を感じてしまうのだ。


 遊びで摩耶を背負ったりしたことがあるので、比較対象はアイツくらいだけど、摩耶はこんなに重くなかった。

 むしろ、肌は柔らかく、軽くて、心配になったくらいだ。


 それに比べ、この熟睡女は額を俺の頭に擦り付けるように、背中で頭の位置を変えてくる。その時に、ずっしりと体重を感じるのだ。


 まあ、人間一人、体重50キロ前後はあるだろうから、重いのは当たり前か。


「酔いつぶれるくらいなら飲むなよ。バカ女」

「……んぅ」

「くそ。腕が痺れてきたな」


 どこかで一旦休憩したい。

 東京なら歩いて5分とかで、ビジネスホテルがあるんだろうけど。

 生憎、俺の住んでいる所は地方都市。

 建物は密集しているけど、ホテルの軒数が少ないので、どうしたって10分余りは掛かってしまう。


 いい加減、腕に限界がきたので、途中にある小さな公園に寄る事にした。


 ブランコと砂場、すべり台しかない公園。

 外灯は一本だけで、人気はない。


 公園に入って、池の傍にあるベンチに女を抱えたまま座る。


 一度、背中から下ろせば、また女の体に触って、背負わなければならない。

 なので、なるべく触れないように手間を省く。


「っと、連絡入れとこ」


 ガラケーを取り出し、摩耶に連絡を入れる。


『仕事終わった。でも、遅れるわ』


 すぐに返信があった。


『トラブル?』

『酔っ払いのバカ女ホテルまで送る』

美人局つつもたせじゃないよね?』


 こうやって、すぐ疑ってくるあたりが、現在の社会を表しているよな。

 一応、周囲を確認して、不審な影がないか見渡す。

 歩道には疲れ切ったサラリーマンが歩いていたり、歳の離れたカップルがいたり、遊んでいる途中のギャルがいたりで、いつもと変わり映えがない。


『たぶん違う』

『GPSだけ起動しといて』


 言われて気づいて、念のためにGPSを起動する。

 こうしておけば、俺の行方が分かるってわけだ。


 背中にいるのが、普通の外国人なら親切にして終わり。

 というか、今じゃ外国人って認識してるのは、元々日本に住んでる俺とか仲間くらいか。


 正確には、『外国系日本人』になるんだろうから、日本の人間なのよね。

 戸籍上では、だいたい日本国籍を収得しているから、こういった所も気を遣わないといけない。


「かったるいなぁ」

「……なにが?」


 声に驚いて、首だけ振り向く。

 女はいつの間にか目を醒ましていた。

 パッチリと開いた目で覗き込まれて、慌てて前を向いた。


「ああ、起きたんだ。歩ける?」


 離れようとベンチから立つ。……はずが、首に回された腕に力が込められる。


「足に力入らないんだ」

「はは、嘘でしょ。お金、渡すから適当にホテルで寝ていきなよ。道は案内するから」


 地元に住んでるなら分かるかもしれないが、酔っぱらって方向感覚があやふやになっていたら、それはそれで大変だ。


「君がもらっていいよ」

「そういう訳にはいかないって」


 ポケットからお金を取り出し、顎の下にある手の平を開かせると、無理やり握らせる。

 それから腕を解こうとして、手首を掴むが、意外な事に力が強く、ビクともしない。


「あのさ……」

「家まで送って行ってよ」


 冗談だろ?


「ちなみにどこ?」

「駅から西ぃ」


 頭の中に地図を浮かべる。

 今いるのが、駅周辺で、地方都市ではよくあることだが、一番発展した場所だ。


 日本村は駅から東。

 なのに、この女の家は西だとのことで、俺が帰る方角とは真逆である。


「学校あるじゃん? それより奥?」

「うん」


 駅から徒歩15分に『俺の通う学校』があるわけだ。

 そこより更に西側は、欧州、中華の方々がいる住宅街がある。

 用もないのに近づく訳ない。


「マジかぁ。一人で帰ってくれよ」

「……だって」

「タクシー捕まえてやるって。勘弁してくれよ」


 女の腕から力が抜けて、俺の太ももに落ちてくる。

 分かってくれたのかな、と思って振り向くと、今度は目に涙を浮かべて上目で可愛らしく睨みつけてきた。


「……なんで泣いてんの?」

「泣いてない」


 涙がボロボロとこぼれて、ベンチの上で膝を抱えてしまった。

 こんなところを誰かに目撃されてみろ。

 男と女の図式でさえ、男の方が悪いって言われる社会。

 加えて、今じゃ日本の人間が何をやったって悪くなる風潮があるのだ。


 差別と糾弾されて、『』されてしまう。


 それだけは避けたかった。


「悪かったよ。でも、早く帰らないと、家の奴ら心配するからさ。途中までで勘弁してくれ。な?」


 極力声に圧が掛からないよう、気を遣いながら話す。

 女は少しだけ顔を上げて、目だけを覗かせた。


「……ほんと?」

「うん。途中までね」

「えへへ。やさしぃ」


 と、言いながら両腕を広げてくる。


「なに?」

「おんぶ」


 口が悪くてごめんな。

 率直に言わせてくれ。


 死ね。

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