???な女の子

 激戦区は今日も忙しい。

 カウンター席は埋まっていて、テーブルは相席当たり前。

 注文料理を聞いては、「しゃっせぇぇっ!」と大声で叫び、レシピを店長に預ける。


 土曜日だから、本当は他の学生バイトが手伝ってくれるはずが、店長のパワハラが酷いせいで「は? やってらんね」とエプロンを叩きつけて、出て行ってしまった。


 十中八九店長が悪い。

 だが、人手が足りない現在、泣き言を言ってる余裕がなかった。


「はぁんっ、っせええぇぇぇっ!」


 店長の意味不明な掛け声が炸裂する。


「っせええええんっ!」


 もう、何を叫んでいるのか、俺はもちろんの事。店長すら理解できていないだろう。


「あの、店長!」

「んだよぉ!」

「あの人、いいんスか!? ずっと、隅でビール飲んでは寝てを繰り返してますけどォ!」


 両手が塞がっているので、突き当りの隅にある席をあごで差す。

 俺が差した方を店長が見ると、一瞬だけ表情が強張った。

 だけど、じっとしている暇はなくて、すぐに「あいつはいい」と仕事に戻る。


「おぅい、マジでおっせぇよ! クソ店員!」

「あ、すいません! 今お伺いします!」


 こういう客がくるたびに、でも飛んでこないかな、って本気で思う。


 *


 超忙しい時間を過ぎて、客足が引いた頃。

 時刻は午後7時になっていた。

 いつもなら、客足が引いた時点で帰っていいと言われるのだが、この日はちょっと違った。


「俺、帰っていいっすか?」

「……ちょっと待て」


 店長が腰に手を当てて、例の隅っこにいる客を見下ろしていた。

 その客はテーブルに頭を突っ伏して、熟睡していた。

 俺は何だか店長の対応に違和感を覚えた。


 いつもなら、客だろうが舐めているヤツは叩き起こしたり、乱闘覚悟で摘まみだすのだが、その客に対しては珍しく困っている風だ。


 相手は金髪の頭をお下げにしている子だった。


 肌は真っ白で、染みの一つもない。


 派手な服のデザインではないけど、肩が出るタイプの服なので、背中が若干露出している。そのため、背中に入れているであろうタトゥーが見切れていた。


 歳は明らかに俺より上だけど、20歳そこそこじゃないだろうか。


 女だからって下に見る訳じゃないけど、それでも相手は女。

 この店長の普段の振る舞いを知っている俺からすれば、叩きださないのは相当おかしい。


「……困ったなぁ」

「や、起こせばいいじゃないですか」

「でもなぁ……」


 煮え切らない態度だった。

 ずっと、このままでいるのは嫌なので、痺れを切らした俺はテーブルをノックして、声を掛ける。


「お客さん。お客さん!」


 強めにノックをするが、熟睡する声が聞こえるだけで、起きる気配がない。

 肩を叩いて起こそうと考えるけど、気乗りがしなかった。


 何故かと言えば、のに、あたかも痴漢をされましたといった風に騒ぐ輩がいるからだ。

 日本村のネットワークを介して、その手の話は嫌というほど聞いたので、女に触れるという行為を警戒するに決まっていた。


「店長も手伝ってくださいよ」

「……う~ん」


 なんだ、その困った顔。

 らしくない態度に呆れてきた俺は、「俺は痴漢してないって証明してくださいね」と、念を押し、その女の背中を思いっきり叩いた。


 パァン、と小気味良い音が店内に響く。

 客はすでに引いて、この女以外にいないので問題ない。


「お客さん。困るんですよ。寝るなら家に帰ってから寝てくださいよ」


 イラっとした感情が声に入っているのが、自分でも分かった。

 俺は早く帰りたいのだ。

 再び、二回連続で背中を叩く。

 そこでようやく、女は顔を上げた。


「んー……」


 一言で表すのなら、『可憐』という言葉が相応しい女だった。

 可愛らしくて、どこか清らかな雰囲気がある。

 目元には赤いラインを引いていて、全体的に泣きはらした後のようなメイクをしていた。


「……なに?」

「店閉めるんで。出て行ってくれます?」


 我ながら客に対してこの物言いはどうかと思う。が、これぐらいハッキリ言わないと、客商売なんて勤まらない。


「やだ」


 頬を膨らませて、俯くのだ。

 これを見た俺の率直な反応は、こんな感じだった。


 殺すぞ。


「店長からも言ってやってくださいよ。ほら」

「お店閉めたいので、帰ってもらえませんか?」

「もう一押し!」

「お願いです! 帰ってください!」


 一体どうしたってんだよ。

 つくづく店長らしくない。


 店長に対して不満が込み上げてくる。

 俺が言いたい言葉を呑みこんで見守っていると、店長が耳打ちをしてきた。


「こいつ、お前が運んでくれないか?」

「嫌ですよ!」

「頼む。ほら。これ、ホテル代」

「は?」


 クシャクシャになったお札をポケットに入れてくる。


「俺もう帰らないと……」

「手出さなければ大丈夫だから。な? 手だけは絶対に出すな。だから、ホテルに寝かせたら、金置いて逃げていいから」

「そんなムチャクチャな――」

「あの、ウチの若いのホテルまで送ってくんで。今日はお帰り下さい」


 すると、女は「うぃ」と答える。

 半ば強制的に女をホテルまで送る羽目になった。

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