いつもの日常
駅から徒歩5分の場所にある、中華街。
その激戦区の一軒にて、俺は汗を流しながらトレイに載ったラーメンをテーブルで待つ客に運んでいく。
「おっせぇんだよ! ボケぇッ!」
「さーせんっ! っしゃ、ラーメン。おまた、っしたぁ!」
呂律が回らず、面倒くさいので気合と声量でカバーし、ラーメンを並べていく。黒人とアジア系の外国人が俺を睨みつけ、舌打ちをして美味そうに麺を啜る。
その光景は、忙しさも相まってかなり色濃い殺意を覚えさせたが、グッと堪える。
なぜなら、これが仕事だからだ。
「信吾! 早くしろや! 客待ってんだぞ!」
「っす! しゃしゃっす!」
もはや、自分で自分が何を言っているか理解不能。
慌ただしく動き回り、客がいなくなればテーブルをアルコールと布巾で素早く拭き、入り口で待たせている客を空いた席へ通す。
一言で表すのなら、地獄だった。
もうやりたくなかった。
「蛇ラーメン入りましたぁっす!」
「おい! 裏から蛇持ってこいって! 早くしろよ!」
「じ、自分、蛇苦手で!」
「殺されてぇか!?」
「シャッす!」
パワハラは当たり前。
こんなの俺がここで働いてからも、ずっとあるし、無茶苦茶な要求はされる。
不幸中の幸いは、蛇の牙が予め抜かれているので、気色悪さに耐えれば鳥肌が立ちながら持ってくることができることか。
「誰だよ! ゲテモノ頼んだのはよ!」
裏に行きながら、俺は怒りを口にした。
*
日が暮れて、夜になり、時刻は8時になったあたりか。
ようやく人が引けて、店が暇になり始めた頃に俺はバイトを終えて帰ることができる。
バックルームに行って着替えを済ませ、学生カバンを手に取り、裏から出ようとした。
すると、後ろから声を掛けられた。
振り向くと、店長の趙さんが険しい顔で立っている。
また怒られるのかな、なんて考えていると、一枚の封筒を渡してきた。
「何すか、これ」
「ボーナス」
受け取って、礼儀なんてかなぐり捨てて、日ごろの恨みも込めて目の前で開けてやる。
「え?」
中には、5万が入っていた。
「……何すか、これ」
「ボーナスだって」
ムッとして答えられ、頭が一瞬真っ白になる。
「いいんスか?」
「頑張ったんだから当たり前だろ。他のヤツは使い物にならねえし。殺したくなる」
こんな口調で、ぶっきらぼうなものだから、俺はこの人が大嫌いだ。
おまけに海外特有の文化の違いがあって、扱いが滅茶苦茶。
一度、過去に店長と同じ国の出身と思われる女の子が言い争っているのを見たことがある。
包丁まで持ち出して、「こいつやべぇな」と軽蔑しながら、俺はせっかくの働き口がなくなるのは嫌なので、全力で止めた。
そして、働いてから一年が丁度過ぎた今日この頃。
このボーナスをもらうわけだ。
戸惑わないわけがない。
「あ、あざっす」
「電子マネーには両替すんなよ。申告すんの面倒くせえから」
電子マネーの資産を持っているだけで、自動的に税金やら、徴収やらは行われてしまうらしい。
そのせいで、翌日にはガッツリ引かれて、手持ちがなかったという話を店長に聞いたことがある。
だけど、現金で持っている場合は、自分で申告しないといけないので、ちょっとした抜け穴があるとか。
もちろん、ダメな事だ。が、金に困っている身としては、ありがたい。
「しゃっす! お疲れっした!」
「おう」
封筒を丸めてポケットに入れて、店を出る。
裏口のドアを閉めた辺りで、俺は小さくガッツポーズをした。
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