家族に愛されなかったわたしが冷徹婚約者に溺愛されるまで

かずロー

第1話

 わたし――フィアナ・シャルロットは家族に愛されていない。


 明確にそれを自覚したのは五歳のときだ。

 わたしには歳が五つ離れたエリゼという姉がいる。


 美人で魔法の才も持ち合わせている才色兼備な姉に母のイルミスと父のヴェルザールは溺愛しており姉が欲しいと言ったはなんでも買い与えている。例えそれがどんな高級なドレスであっても、見る者全てを魅了する高価で美しい宝石でも。姉のお願い事は全て叶えている。


 対してわたしは顔はそれと言った特徴があるわけでも魔法の才能はまともに使えない。姉のように愛嬌があって積極的な性格ではなく、むしろ受け身で自分から話しかけることができない。

 見た目から性格まで対局で、本当に姉妹なのかと疑いたくもなるほどだ。


 そんなわたしは両親から一度もプレゼントを買い与えられたことがない。

 今身につけているドレスも全て姉のお下がり。

 遊び道具もぬいぐるみも全て、姉が飽きたと言って使わなくなったお古だ。


 年に一度の誕生日。

 わたしはほんの少しだけ微かな希望を抱いていた。だがそれは無慈悲にも打ち砕かれた。

 姉のときは盛大に行われた誕生日パーティーが、わたしのときは何もなかった。

 プレゼントもお祝いのケーキも、『お誕生日おめでとう』という言葉さえもかけられることはなかった。


 そのとき初めてわたしはこの人たちからは愛されていないことを悟った。


 それどころか両親はわたしに「エリゼの足を引っ張るようなことはしないように」と毎度口酸っぱく言ってくる。


 わたしはこの人たちにとってなんなの?

 わたしは邪魔者?お荷物?わたしなんていない方がいいの?


『せめて愛想さえ良ければ……』

『もっと笑顔でいなさい。そんな暗い顔してるからみんなだって貴方と接しようとしないのよ』

 

 わたしが悪いの?

 今までこの場にいないような扱いをしたのはわたしに可愛げがないから?

 笑ったらお姉ちゃんみたいになれるの?

 みんなはわたしを無視しないの?

 みんなは愛してくれるの?





















 ……笑顔って……どうするんだっけ?


 わたしはとうとう笑顔の作り方すら忘れてしまった。

 時が流れても家族からも誰からも愛されない日々は続いた。何度も命を断とうと思ったが結局出来ずじまいだった。わたしには容姿も才能も愛嬌も度胸もなく、毎日自室で涙を流す日々が続いた。


 そしてさらに時は流れて――

 十六になったわたしは明日婚約する。


☆ ★ ☆


 わたしは嫁ぎ先となるにいた。


 初めての顔合わせとなる今回。

 身なりはきちんとしないといけないとのことで、この時生まれて初めてわたしのために仕立てられた正装を身に纏い、薄化粧も施していた。


 初めは互いの両親たちも交えて話をしていたのだが、わたしと婚約者の男性は一度も口を開くことがなく、一度二人だけで話をさせてみようとのことで今この広いお部屋にはわたしと婚約者となる人の二人だけだ。

 

 わたしは横長の机を一つ挟んだ向かいの椅子に腰を下ろす男性に目を向ける。

 

 短く切り揃えられた綺麗な銀髪。思わず目を奪われそうになるくらいの美しい碧眼。スッと通った鼻梁と形のいい顎。整った顔立ちとスラリとした長身は派手さはないが高級そうな正装に身を包んでいる。

 わたしの婚約者になる男性だ。


 その男性は魔法の才能はもちろん勉学も秀でており、魔法学校を主席で卒業後したのち、この家を継ぐ時期当主。今は若頭として支えている。


 当然、引く手数多でこれまで多くの見合い話があったと聞いたが、全てたった一度の顔合わせで破談となったそう。そのうちそのような話もなくなり、わたしに白羽の矢が立ったというわけだ。


 その男性はスッと目を細めてこちらを睨むように見つめる。わたしは思わず身体をびくつかせた。


「……名はなんと言う」

「えっ……?」

「お前の名だ。俺はお前の名を知らん」

「……フィアナ、シャルロットと申します。この度はご婚約のお話をいただき誠にありがとうございます」


 自己紹介をしたわたしは再び顔を下げた。

 近寄りがたい威圧感もあるだろうが、それ以上に婚約者から発せられる隠しても隠しきれない魔力は魔法にも疎いわたしでもひしひしと感じ取ることができる。


「……フィアナ。顔を上げよ」

「……はい」


 わたしはゆっくりと顔を上げる。


「俺は名はセルディア。セルディア・オルタナ。フィアナ。お前に一つ問う。嘘偽りなく答えよ」

「……はい」

「お前は俺が怖いか?」


 わたしは唾を飲み込んだ。

 正直とても怖い。

 まともに顔を合わせることもできない。恐怖で身体が竦みそうになり、小さな震えが止まらない。


 でも怖いと答えるとどうなるのだろうか。この話はなかったことにされるのだろうか。だとしたらまた両親に何か嫌味を言われるのだろうか。

 役立たずと蔑まれて、またあの日々に戻るのだろうか。偽ってでも怖くないと答えるべきなのだろうか。

  

 彼は表情を変えることなく目を細めて、わたしを見つめていた。


「こ……怖いです……」


 わたしは声を振るわせながら言った。

 ここで偽ってもあの鋭い瞳に見透かされそうな気がしたから。それでもし婚約を破棄されたとして、またあの地獄の日々が続くようなら今度こそ命を断つ覚悟すらできた。


「……そうか」

「も、申し訳ありません」


 静かに呟く彼にわたしは頭を深く下げた。


「いや。それでいい」


 彼の言っている意味が分からず、顔を上げたわたしは目を丸くする。


「俺のこの瞳は特殊でな。心の声を覗くことができる」

「と、言いますと……?」

「つまりそいつの言っていることが嘘か誠か分かるということだ。心の声はそいつの本心。口では誤魔化せても心は誤魔化せんからな」


 彼の碧眼は薄く輝いていた。

 相手の嘘を見抜くことができる。それが彼の瞳の能力ということなのだろう。彼が一息つくと、その瞳も輝きを失った。


「これまで見合いしてきた奴らは全員息をするように嘘を並べた。自分をよく見せようと家柄のことから何から何まで。そんな人間は信用できん。だがお前は、様々な恐怖に身体が竦みそうになり葛藤しながらも俺のことが怖いと正直に答えたな」

「はい……えっ。ということはつまり……」

「心の声が聞こえると言ったろう。お前が家で普段どんな扱いを受けているのかも全てお前の心の声が言っていた」


 俯かずにはいられなかった。

 わたしの無能さも吐き気を覚えるほどの自分自身に向ける嫌悪感も全て筒抜けにされたということだ。

 

 そんな情けなさから途端に、これまで溜まっていたものが溢れ出しそうになるが、それをグッと堪えた。


「今回の話。俺は受けようと思う。お前を俺の妻として迎えるつもりでいるのだがお前はどうだ?」

「わ、わたしは……」

「言っておくが温情をかけたわけではない。あくまでわたしの最低限のラインに達したのがお前が初めてだったに過ぎない。無論、これからの行い次第でこの婚約もなかったことにさせてもらう」


 彼はわたしが条件に当てはまる人間だと判断して選んだのだと、わたしの心を読んだ彼は言った。


「不束者ですがこちらこそよろしくお願い致します」

「あぁ」


 わたしも断る理由なんてない。


「あ、あの。なんとお呼びすればよろしいでしょうか……?」

「呼び方など気にせん」


 そう言われて、わたしはしばらく頭を悩ませた後恐る恐る口にした。


「そ、それでは……旦那様とお呼びでもよろしいでしょうか」

「……ふん。好きにしろ」


 彼――旦那様はそっぽを向いた後ぶっきらぼうに答えた。今まで表情を崩すことのなかった旦那様の頬が少しだけ赤くなったように見えて、わたしは思わずクスッと声を出す。

 それを見た旦那様はわたしに一言。


「今日初めて笑ったな」

「え……あっ」


 旦那様にそう言われて気がついたわたしは、自分の口元に手を当てる。確かに口角が上がっていた。


「笑った方がよく似合うぞ」

「あ、ありがとうございます。旦那様」


 褒められ慣れないわたしは、顔が熱くなったのを感じて見られないようにすべく、また頭を深く下げたのだった。


☆ ★ ☆


 旦那様の家に嫁いでから、わたしを妻として迎えることをよく思わない人たちと一悶着があったり、わたしがとある軍に誘拐されて旦那様が血を流し魔力が欠乏して立っているのがやっとの状態になりながら助けにきてくれたりと、目まぐるしい日々が続き、あっという間に一年の月日が流れた。


 初めはお互いの家の事情による政略結婚だと思っていたのだが、わたしの心は次第に旦那様に惹かれていき今となっては心の底から愛する旦那様だ。


 そんな旦那様も思った以上にわたしを愛してくださっている。心温まる言葉をかけてくださるし、夜も毎日可愛がってくださって、わたしの心は幸せで満ち溢れている。時々こんなに幸せでいいのかと思ってしまうときもあるのだが、その度に心を読まれては、「お前は黙って俺に愛されていればいい」と溢れかえってしまいそうなほどの愛情を注がれて、とにかく毎日幸せな日々を送っている。


 そんなわたしは台所で今日の夕食の仕込みを行っていた。今となってはすっかり旦那様の家の味を覚え、旦那様の胃袋を掴んでいると思っている。


「何作っているんだ」


 背後から愛しい人の声が聞こえた。


「旦那様の大好きなカレーです。味も旦那様に合わせた甘めの味付けにしてあります」

「そうか。それは楽しみだな」


 そう言って旦那様はわたしを後ろから優しく抱きしめた。とても温かくて安心感を与えてくれる。


「旦那様。危ないですよ」

「たまにはいいだろ。料理中の愛する妻を抱きしめるというのも」


 旦那様の吐息が耳に当たってくすぐったい。思わず身体の力が抜けそうになる。出会った頃は冷たい無機質な表情しか見せなかった旦那様が、今は氷が溶けたかのようにわたしにも穏やかな微笑みを見せてくれる。それだけわたしを信頼してくれているのだと思っている。


 抱きしめる旦那様の手が徐々にわたしのお腹から上へ上へと上がってくる。わたしは慌ててそれを制した。


「い、いけません旦那様!そ、そういうのは夜にしてください……」

「わたしは別に今からでも構わないのだがな」

「……旦那様のえっち」

「わたしを欲情させるお前が悪い。恨むならわたしではなく魅力的な身体に育った自分を恨むのだな」


 澄ました顔で平気で恥ずかしいことを言ってくる旦那様に、わたしは顔を赤らめる。

 そんなところも素敵だと思うし、今日も愛されることは確定事項のようだ。


「フィアナ」

「なんでしょうか。旦那様」

「フィアナは俺の妻になって、幸せか?」


 旦那様の問いかけにわたしは振り返って、自信を持って言った。


「はい。とても幸せです」


 そう言うと自然に笑顔が溢れて、旦那様も優しげに微笑んだ。

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