第11話
次に、ジルが向かったのはリネットの家の直ぐ前にある喫茶店だった。窓際の、リネットの家が見える位置のテーブルに座る。紅茶を飲んだばかりだ、喉が乾いたということではあるまい。エイラは、メニュー表片手に言う。
「ねぇ、何する気?」
「彼を見張る」
「どうして?」
「奴はどうも、怪しい」
「どこが?」
テーブルの横を通りかかった店員にエスプレッソを注文してから、
「手洗いを借りるついでに、少し家の中を見させてもらった。そこで、奇妙なものいくつか見つけた」
「待って、まさか、トイレに行くって言ったのって家の中を物色するためだったの?泥棒じゃん」
「一緒にするな」
「それで、奇妙な物って具体的には?」
「新品の腕時計だ」
「どこか奇妙なの?普通じゃん」
「メーカーを確認したが、非常に高価なものだ。家の中を見ただろ?家具はどれも古い安物ばかり、紅茶も非常に質の悪い葉を使ってた」
「そうかもだけど、奮発して買っただけじゃないの?」
「腕時計だけじゃない。ルビーのネックレスを寝室で見つけた。少なくとも、二〇カラットはある品だった」
「代々の家宝だったり、母親から譲り受けたってことも十分考えられるでしょ」
「確かにそうだ。だが、奴が近ごろ巨大な臨時収入を得た可能性も十分にある」
「もしかして、それが怪奇現象と何か関係があるってこと?」
「いや、まだ分からない。だが、調べてみる価値はある」
「で、彼を見張るって訳?」
「そうだ」
「なんだか、犯罪捜査をしてる気分」
「実際、そうかもしれないぞ――見ろ、奴が出てきたぞ」
フードを深く被ったリネットが玄関から姿を現した。
「後をつけるぞ」
テーブルに届いたばかりのエスプレッソを一口、啜りジルクニフは喫茶店を出た。エイラも続いて外に出ると、ジルクニフはエイラをじろじろと見つめた。
「エイラ、上を脱げ」
「え?何急に?」
「軍服は目立つだろ」
「無理だって」
「チッ、仕方ない。なら、これを羽織れ」
ジルは自身のジャケットを脱ぎ、エイラに手渡した。エイラはそれに袖を通す。袖丈が合っていなくて、少し不格好だが今は我慢だ。
「それと、≪ハイト≫の呪文が使えるそうだな。それで遠くから奴を見張る」
「おーけー」
エイラは、≪ハイト≫の魔法を起動する。エイラの周囲から、青色の光が放たれ、直後、視野の中央部分が拡大された。光学スコープを除いた時と非常に近い感覚だ。ハイトの使用中は魔法の維持に集中するため、ほかの事にあまり手が回らなくなってしまうことが弱点だ。エイラは、倍率を細かく調整し、視界の中央の丁度いい大きさの位置に、リネットを捉える。距離は、約100メートルと言ったところだ。
「いいぞ、後を付けよう」
ジルの言葉にエイラは頷いた。
リネットを尾行を始めて、三十分が経った。彼は、黙々と歩き続け、街の外れにある雑居ビルに入った。三階建ての無骨な鉄筋コンクリート造の建物だ。手入れがあまりされていないようで、窓ガラスにはヒビが入ったままになっていて、壁面には蔦が這っている。エイラとジルは隣の雑居ビルとの間の路地に入って、できる限り中の様子を伺うことにした。しばらく、声を潜めて待機していると、雑居ビルの中から声がした。低めの男の声だ。
「放っておいても、問題は無いはずだ」
「そんな悠長で大丈夫なのか?」
それに続いたのは、高めの男の声。
「リネット、お前はどう思う?」
「俺としては、もうこのあたりで潮時にすべきだと思ってる」
声の種類からして、男が三人。話し合いの最中のようだ。
「ここまできて、止めるっていうのか?予定よりも少ないじゃないか!」
低い声の男が声を荒げた。
「状況が変わったんだ。冷静になれ」
「状況が変わってった?たったの男女二人だろ?何をビビってる?」
「人数は関係ない。いいか?俺たちは、崖っぷちを歩いてる状況だ。踏み外したら、終わりなんだぞ!」
高い声の男も、感情を露わにして言う。
「落ち着け二人とも。アベル、お前の言うことも分かるが、正直これ以上続けるのは無理がある。だから、次で最後にする。それでいいか?」
「ああ、分かった。それでいい」
「それなら、決行はいつもと同じ午前一時辺りでいいか?」
「いや、ダメだ。奴ら夜に森へ向かうと話していた。下手したら、鉢合わせになる」
「じゃあ、どうする?」
「今すぐ、始めるべきだ」
「そうだな。それがいい」
会議は終わったようで、声に代わってガサガサと物音が聞こえ始めた。きっと森へ行く準備をしているのだろう。エイラはジルクニフの方を見やって、
「どうする?出てくるみたいだけど」
「好都合だ。このまま、後を着けて奴らが森で何をしているのか、確かめる」
路地から出て少し距離を置いた位置でエイラは再び≪ハイト≫を起動する。ほどなくして、三人組が雑居ビルから出てきた。三人の手には、それぞれ動物用と思しき網と丈夫そうな縄が握られていた。その後、三人は雑居ビルの手間に停めてある車のトランクに縄と網をしまい。車のエンジンを掛けた。三人が乗り込んだ車を見送り、ジルは立ち上がる。
「俺たちも森へ向かうぞ」
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