第10話

――トントントン。

 ジルが、こじんまりとした民家の扉をノックすると、ニーラ人の若い男が扉の隙間から顔を覗かせた。無精髭に、少しやせ気味な体躯。だが、筋肉質で脂肪を削ぎ落した結果得られる肉体だ。

「誰だ?」掠れた声で若い男は言った。

「ジルクニフ・リンストンと言う。森の怪奇現象の件で話を聞きに来た」

 若い男は、ジルクニフを下から舐めるように見て、

「どうしてシュルト人なんかが、そんな事調べてる?」

 若い男は、明らかにジルクニフに敵対心を持っていた。ギルドで最初にニックと会った時と同じ反応だ。これは、決して彼らが特別ということではない。ログウッドではこれが普通なのだ。

「ニックに頼まれた」

「石切場のか?」

「そうだ」

「じゃあ、あのエルスタインに一泡吹かせっていう女軍人とシュルト人ってのはあんたらか?」

「噂が広まるのが早いな」

「小さな街だからな。まあ、そういうことなら。――入ってくれ。茶でも出すよ」

 事情を知ってか、男の態度は途端に柔和になった。エイラとジルはリビングに通され、テーブルに腰を下ろす。年季者なのか、椅子は座るとキーと歪んだ音を出した。若い男は、ティーカップに紅茶を注いで、それを三つテーブルに並べた。花のような木材のような何とも言えない香りだ。彼も席に着く。

「俺の名前はリネットだ。ここで、一人で暮らしてる。さっきは失礼な態度をとってすまなかった。シュルト人には余り良い印象が無くてな」

「気にすることはない」

「そうか。で、森の話だったな。いいぜ、何から聴きたい?」

「まずは、森で発生した光について、詳しいことを聞かせてくれ」

「俺は直接、見た訳じゃないが、詳しいことは分からないが、見た奴の話だと白と青っぽい光だったって話だ。深夜だったから、遠くからでもよく見えたらしい」

 白と青。森の中で光があるとすれば、大半は焚火だろうが、そんな色が出るはずはない。ニックから話を聞いた時点で頭の片隅にあったが、これは魔法を発動する際に発せられる≪詠唱光≫ではないだろうか?

「光の強さは?どんな感じか分かるか?」

 ジルクニフもそのことに気が付いているはずだ。それで、強弱の質問をしたのだろう。≪詠唱光≫は、魔法の種類にもよるがそれほど大きな光にはならない。どんなに強くてもランタン程度の、手元を照らすような灯りにしかならない。

「そいつの話だと、小さな光だったそうだ。あと、その光は、一つや二つじゃなかったらしい」

 一つや二つじゃなかったということは、誰かが集団で魔法を使った可能性が高い。白と青ってことは、≪バレック≫か、≪ハイト≫あたりが濃厚だ。≪ハイト≫はエイラが得意とする魔法の一つで、視野の一部を拡大する魔法だ。青い≪詠唱光≫を放つ。

「そうか。次に、病に罹った時の話を聞かせてくれ」

「ああ、いいぜ。俺は、その光を見たって奴と、もう一人の三人で森へ行って、その光の正体を確かめるつもりだった。しばらく、何かないかと探し回ったが、特に変わったところは無かった。それで、直ぐに引き返したんだ。そしたら、その帰りの道中で仲間の一人が体調を崩してな。街も近かったからそいつを病院に連れて行った。そうしたら、今度は残された俺たちも熱が出たんだ。だけど、症状としては最初の奴が一番激しかったな。俺らはただの風邪みたいな症状で、少し咳が出るくらいだったが、最初の奴は吐いたり、うなされたりで結構辛そうだったよ」

「原因は分かったのか?」

「いや、全くさ。ほんとに不思議だよ。この前だって、猪がすぐそこまで来てた。怪奇現象だっていうのも、頷ける話さ」

 相手を病気にする魔法なんて聞いたこともない。それに、魔法は基本的には即効性で、今回のように後から発動するタイプの遅効性の魔法は数えるほどしかない。森に入ったという状況を鑑みるに、毒を持つ動植物に触れるか、刺されるかしたというのが妥当だろう。

「なるほど。良く分かった。ところで、手洗いを借りてもいいか?」

「ああ、もちろんだ。廊下の突き当りにある」

 ジルは席を立ち、部屋を出て行く。その瞬間、リネットはエイラに話しかけた。

「なぁ、君。名前はなんていうんだい?」途端に馴れ馴れしい話し方に変わった。

「エイラです」

「エイラっていうのか。偶然だね、僕の祖母と同じ名前だ」

「そうなんですね」エイラは、視線を男から反らす。

(ああ、この感じは……)

「もし、君が良かったら話なんだけど、今晩、ディナーでもどうかな?いい店を予約しておくからさ。後悔させないよ」

 予想通りの展開で、エイラは内心でため息を吐いた。

「いえ、任務があるので」

「任務って?」

「彼の護衛です」

「護衛?そんなの必要ないよ。この街はすごく安全なんだ。君も知ってるだろ?それに、少し位さぼったって彼も怒りはしないさ」

 確かにログウッドは近隣と比べてかなり治安は良いと聞く。だが、それとこれとは話が別だ。

「何度聞いても、返答は同じですよ」

「は~そうか。残念だ」

 リネットは本当に残念そうに肩を落とした。そこへ、タイミングを見計らったと言わんばかりに丁度のタイミングで、ジルクニフが戻ってきた。エイラは、何事も無かったかのように平然とした顔をする。リネットも、同じく何事もなかったかのように、紅茶を啜っていた。ジルは、テーブルに付くと数個ほど、他愛もない質問をした。地図に記された場所は正確か?とか、光を見た日付はいつか?などである。すべての質問が完了すると、ジルは席を立つ。

「どうも、時間を取らせた。協力感謝するよ」

「いいってことよ。こっちとしても、早く解決するに越したことはない。この後は、森に行くのかい?」

「ああ。いいや、森は夜に行く予定だ」

「そうか。また何かあったら、何でも聞きに来てくれ」

「助かるよ」

 ジルは、リネットと握手を交わした。エイラも紅茶を飲み干すと、彼の家を後にした。玄関先で、ジルはエイラに尋ねる。

「俺が手洗いに言ってた間、あいつと何を話してたんだ?」

「特に何も」エイラは、素知らぬ風でい言った。

「そうか。てっきり、口説かれてたのかと思ったが」

「え、ちょっと、どうして知ってるの?」

 聞こえないように、二人とも小声で話をしていた筈だ。

「知るわけないだろ。カマをかけたんだ」

「はあ~。もう、最悪」

「別に最悪では無いだろ。君の容姿なら、珍しくもないんじゃないか?」

 エイラは、ジルクニフの顔を見遣った。最悪といったのは、そっちの話ではないのだが。

「それ、本気で言ってる?」

「もちろんだ」

 ポーカーフェイス過ぎて、嘘かどうかまったくもって分からない。エイラは再び、大きなため息を吐いた。

(どうしてこんな仕事、受けちゃったんだろ……)

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