第9話
――翌日。
エイラとジルクニフは、ニックが用意してくれた宿舎の前に立っていた。時刻は午前八時。記憶が曖昧だが、ベッドに入ったのは、少なくとも日付は跨いでからだった。頭痛がないのは幸いだが、少し肩の辺りが重い気がした。もちろん、寝不足だ。
「別にこんな朝早くからじゃなくてもよかったんじゃない?」
「だったら、引っ込んでろ。俺一人でやる」
(ほんと、一言多いんだよな)
「私の任務は護衛なの。一人で行動なんて許さないから」
「言ってなかったが、護衛というのは建前だ。気にする必要はない」
「もちろん、ニーラ人の案内が欲しかっただけでしょ?でも、私は正式にターナー中佐から護衛の任務を受けてるの。ジルが何と言おうと、護衛は辞めないから」
「ご立派な遵法精神だ」
総意ってジルは、歩き出す。だが、ジルクニフの足先は森とは正反対の方角を向いていた。
「ねぇ、森に向かうんじゃないの?」
昨晩の内に、ニックから森の地図をもらっている。地図には、発光現象があった場所が記されており、軽微な諸注意も書かれていた。
「まずは、森に入った奴に話を聞く」
その時、エイラは視界の先に、あるものを捉えた。軍服に非常に長い金髪。ヘレナ・プレスコットである。ヘレナは、きょろきょろと周囲を見渡しながら、こっちに向かって歩いてきていた。
(こんなところで、何してんの?)
それよりも、こんな所を見られると何かと気まずい。
「ねぇ、ジル。ちょっとお茶でもしてかない?」
エイラは、道の脇にある喫茶店を指さし言った。
「なんだ、急に?朝食ならさっき食べたばかりだろ」
「いや、ちょっと、喉、乾いちゃって」
「下手な嘘だな。何が言いたい?正直に話せ」
「いや、嘘なんて。ついてない――」
「あら、ノースピートじゃない。こんなところで何をしているのかしら?」
(気づかれた)
こうなっては仕方ない。背筋を伸ばして、気丈にエイラは言う。
「あんたこそ、何してるのよ?」
「なにって、任務に決まってますわ」
「何の任務よ?」
「それは、秘匿事項ですの。同僚とは言え、話せませんわ」
「あっそ」
「それで、貴方は何を?」
そこで、ヘレナはジルクニフを見て、驚くように口を開けた。
「ああ、これは失礼いたしましたわ。殿方とデートの途中でしてのね。私ったら……」
「いや、違うから!任務の最中!」エイラは慌てて訂正した。
「あら、でしたら、その殿方は?」
「この人は、護衛の対象」
ヘレナは首を傾げた。
「護衛?魔法もまともに使えない貴方が?」
「べ、別に魔法が下手でも護衛はできるから」
「それはもちろんそうでしょうけど、貴方、実技全般で酷い出来じゃないの」
図星を突かれ、エイラはたじろいだ。だが、ここで言い淀んでは、なんだか負けな気がしてすぐに言い返す。
「護衛に一番必要なのは、危険察知能力でしょ。その点ならアンタより私の方が優れてる」
ヘレナはため息をついて、
「まあ、いいですわ。私にとってはどうでもいいことですもの。――ああ、ジャスミン・フーループから貴女に伝言を頼まれていたのでしたわ」
「ジャスミンが?なんて?」
「『薬が近々完成しそうだから、手紙を出す』とのことですわ」
「ほんとに!」
上擦った声でエイラは行った。ジャスミンは今、エイラの弟の病気の研究をやっている。その薬が出来そうだという報告に違いない。
「では、せいぜい護衛の任務、頑張って頂戴ね」
ヘレナは、長い金髪を靡かせて去っていった。嵐が過ぎ去ったというに、気分は最悪だ。
「あれが、ヘレナ・プレスコットか。仲がいいみたいだが?」
「別に、仲は良くないけどね。同期ってだけ。っていうか、ジルはどうしてヘレナのこと知ってるの?」
「プレスコット家の一人娘だ。知らないはずがない。それに、ターナーと婚約しているしな」
「え?あの噂、本当だったの?」
「ああ」
「へ、へー。二人が話してるのとか、見たことないから、てっきりただの噂だと。中佐はヘレナの事、プレスコット少尉なんて呼び方してたし」
「かなり強引なやり方だったからな。ヘレナの父親は、どうしてもラザフォード家に取り入りたいらしい」
「その辺の政治の話は、私さっぱりなんだよね。ヘレナの家ってすごいの?」
かなりの金持ちと言うこと以外、エイラは知らなかった。
「プレスコット家は元貴族だ。後は、自分で勉強しろ」
元貴族。初耳だった。でも、どうして元なのだろうか?そもとも、≪東部≫には貴族はいなかったはず。だとしたら、≪南部≫の出身?
「おい、なに突っ立ってる。早く行くぞ」
ジルクニフは既に、歩き始めていて、エイラは慌ててその後を追った。
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