第8話

「脅して最後には力づくなんて、全然クールじゃないじゃん」

 ログウッドにある小さな酒場。店の入り口には、「本日貸し切り」の札が下がっていた。店内は、石切場の従業員たちが集まって酒を交わしていた。エイラは店の隅の二人掛けテーブルで、ワイングラスを傾けていた。正面には、ジルクニフが座っている、つまらなそうな顔――といっても、いつもと変わらない――で、牛乳を飲んでいる。

「クールかどうかは関係無い」

「シンプルな方法っていうから、私はてっきりスマートでイカした方法があるのかなって思ってたのに!」

 あれだけ御託や嘘を並べておいて、最後は力業なんて、納得できない。

「お前、まさか酔ってるのか?まだ、一杯目だろ?」

「酔ってない!」エイラは力強い声で否定した。

「まったく、あまり大きな声を出すなよ。彼らに聞こえる」

「大丈夫。聞こえないって」

 従業員たちは、酒が入って、今は店の真ん中でどんちゃん騒ぎだ。あるものは半裸になって、逆立を始めている。いい年の中年がやっているものだから、かなり見苦しいものがあった。

「てかさ、あれはどうやったの?」エイラは、テーブルに身を乗り出してジルクニフに尋ねた。

「何の話だ?」

「銃に打たれたはずなのに、無傷なんだもん。魔法か何か?≪バレック≫もすごい威力だったし」

 発動の速さ、威力、なによりも、同時に二つの魔法を使うのは高い技術が必要とされている。戦闘において魔法はあくまでも補助的な扱いをされることが普通だ。バレックなどの非常に強力で使い勝手もいい魔法もあるが、どれも射程が短い、詠唱に時間がかかる、などの弱点を抱えている。であるならば、銃で相手を撃ったほうが断然、手っ取り早いというのが主流の考え方だ。他の魔法を使うにしても、同様の事が言える。なによりも、魔法は習得が非常に大変だ。魔法一つ覚えるくらいなら、別の事に当てた方がよっぽど有意義なのだ。

 治癒魔法は存在するが、銃傷を一瞬のうちに治癒できるような強力な魔法は聞いたことがない。銃弾が当たる寸前に、防御系の魔法で防いだのかとも思ったが、ジルクニフの服には、三つの丸い穴が開いていた。少なくとも、銃弾が服を貫通したことも間違いないのである。

「お前に話す義理はない」

「ケチ」

 エイラはグラスを一気に煽って、悪態をついた。

「やっぱり、お前酔ってるだろ」

「だ、か、ら、酔ってない!」

「酒は辞めて、牛乳を飲め」

「私、牛乳嫌いなの」

「背が低いのはその所為か」

 エイラの身長は一五〇センチ丁度で、女性としてもかなり背は低い部類だった。小さい頃から、何度も揶揄われた所為で、今では立派なコンプレックスの一つである。

「今更、もう遅いっての!成長期はとうに過ぎました!」

 そこへ、ニックが大皿を持ってやって来た。皿の上には、大量の肉と野菜が乗っている。香ばしい香りが漂う。

「今日は全て、俺の奢りだ!存分に食べてくれ!」

 ニックは白い歯を出して、笑う。

「うわぁ、すごい美味しそう!」エイラはさっそく、肉を一枚口へ運ぶ。

「どうだ、上手いだろ?」

「めちゃくちゃ、おいしいです!」

「そうかそうか。ほら、あんたも食ってくれ」

 ニックはジルクニフの前に皿を寄せる。

「あまり腹は空いてないんだ」

「遠慮はするな。俺らに取っちゃ、あんたは救世主だ。本来なら報酬だって出さなきゃいけねぇってのに……」

 ギルドを通じて依頼を行ったのなら、当然、報酬を支払わなくてはならない。だが、それをジルクニフは拒否した。

「必要ない。第一、俺は半日、木陰に座っていただけで何もしてないからな」

「でもよお。いいのか本当に?」

「見ての通り、金には困ってない」

 ジルが来ているスーツは、一目見て仕立てのいい品だと分かる。

「分かったよ」ニックは首肯して「ゆっくり飲み食いしてくれ、と言いたいところなんだがな、もう一つ、あんたらに頼みたいことがあるんだ。少し、話を聞いてくれないか?」

「別に構わない」

 エイラは、口に肉が入ったままだったので、首肯で答えた。

「ありがとう。助かるよ。まあ、こっちの頼み事は大したことじゃないがな。――最近、この辺りで起きてる怪奇現象についてだ」

「怪奇現象?」ジルクニフは眉を顰める。

「二週間ほど前から、奇妙な出来事が続いていてな。俺は、大して気にしないんだが、女房が騒いで煩いんだ。近所の女子供たちの怯えているらしい」

「幽霊が出たとか、そういう話ですか?」エイラは身構えて言った。

「いや、幽霊とはではない。初めて、怪奇現象で現れたのは、東の森だ。近くに住んでる老人の話だと、夜になると森の奥に、不自然な光が見えたらしい。それが数日おきにあったそうだ。気になって、光の元を調べに行ったが、何も見つからなかったそうだ」

「確かに不自然ね」

(でも、別に怪奇現象ってほどじゃなくない?)てっきり、物が勝手に宙を舞ったとか、誰もいないはずなのに声がするとか、そういうのだと思っていた。

「しかし、俺たちもこれくらいのことじゃ、ビビったりなんてしないさ。問題はこの後だ。その森に調査で入った連中が次々に熱病に浮かされたんだ。それだけじゃねぇ、普段は森から出てこないような、熊や猪なんかも町に現れるようになった。怪奇現象とは言わなくても、森で何か起こってるのは確かだ」

「なるほど、状況は理解した。引き受けよう」

「本当か!やってくれるか!」

「ああ」

「いや、本当に助かるよ!」

 ニックはジルクニフと強引に肩を組んだ。ジルクニフは少し嫌そうにしつつも、抵抗するような素振りは無かった。

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