第4話

石切場は、ギルドから東にある森の中にあった。小高い丘を切り崩して、露天掘りよ要領で石を採っているのだ。石は何に使われるのかと尋ねると、殆どは戦争で壊れた建物の修復に使われるのだと教えてくれた。長い戦争が終わってまだ一年余り。このログウッドにも、戦禍の残り火がまだ燻っているようだ。

 石切場には、十人ほどの作業員がおり、その大半を中年の男性が占めていた。ニックの言ったように、若い作業員たちは辞めてしまったのだろう。

 石切場にはレールが引かれていている。切り出された石は、そのレール上のトロッコで運ばれ、少し離れた平地に置かれる。一つの石の大きさは、五〇センチ四方といった所で、数はニ〇個程度。乳白色の綺麗な石である。「あと、どれくらい必要なんですか?」とエイラが尋ねると、「ざっと、一〇○○○って所だな」とニックが教えてくれた。素人でも、今日明日でどうにかなる量ではないことは分かる。

「間に合わないと、まずいですよね?」

 エイラが言うと、ニックは渋い声で答えた。

「もちろんだ。違約金は取られるし、評判だって落ちる。最悪さ」ニックは、顔に手を当てて、「ところで、あのガキはどこ行った?」

「それなら、あそこに……」

 エイラが、指さした先には、木の幹に寄りかかって休息をとるジルクニフの姿があった。ニックは呆れたと手を額に当てた。

「はあ~、あれだけ大口を叩くものだから、何かあるのかと思ったが、とんだ大ほら吹きだったらしいな」

「みたいですね……」

 ジルクニフが何を考えているのか、さっぱり分からない。気分でも悪くなったのか、それとも、思っていたよりも切り出さなくてはならない石の量が多くて、厭になってしまったのだろうか。はたまた最初から、協力する気など無かったのか……。

「正直、明日までには終わりそうもないですけど、どうするつもりなんですか?」

「あと少ししたらエルスタインの奴が視察に来ることになってる。そこで、どうにか期限を延ばしてもらうように交渉する他、ないだろうな」

 エルスタイン。新しい市長という話だ。

「元はと言えば、その人の所為なんですよね?」

 ニックは大きく頷く。

「ああ、そうだ。腸が煮えくり返りそうさな思いさ。一発、奴の顔面を殴ってやりたいね」

 もちろん、冗談で言っているのだろうが、本当にやりかねないぞ、とエイラは思った。

「さて、無駄口はこの辺りにして、俺は作業に戻る。嬢ちゃんはどうする?」

「もちろん、手伝いますよ」

「ありがとな。助かるよ。それじゃあ、あそこに見える土砂を運んでくれるか?」

「ええ」

 軍服の袖を捲り、エイラは細かい石の破片や採掘の際に出る土砂を運び出す作業を手伝い始めた。ド素人にでもできる仕事だ。ニックは従業員たちに指示を出しながら、自らもトコッロへ石材を積みいれていた。しかし、それも、焼け石に水だ。一時間ほど作業して、切り出せた石は三〇個ほど。土砂の搬出も間に合っていない状況だった。

 木陰を見やると、いつの間にかジルクニフの姿が消えていた。もはや探す気さえ起きない。エイラは、はーと長いため息をつく。

 エルスタインが現れたのは、その直後だった。

 彼はみるからに高飛車な男だった。ログウッドの市長ということで、ニーラ人かと思っていたが、違った。ビア樽の様に膨れた下腹部に、短い足、大股で歩く姿は、御伽噺に出てくるおバカな王様を連想させた。彼は、二人の従者を連れていたが、黒子の様にまるで存在感がない。きっと、自分の周りに目立つ者を置きたくないのだろう。

 エルスタインは石切り場を、ぐるりと見渡してから「相変わらず、埃臭い所だな」と、吐き捨てる様に言った。

 内心ではどう思っているか分からないが、ニックは顔には出さず、エルスタインの下へ歩いて行って、丁寧に頭を下げた。

「どうも、エルスタインさん。ご足労有難うございます」

 その声に抑揚は無かった。恐らく、怒りを鎮めるのでやっとだったのだろう。

「それで、作業の方は当然、順調なのだろうね?」

 なんとなく分かってはいたが、エルスタインの言い方でエイラは確信した。彼は、故意に無理難題をニックらに押し付けたのだ。作業が終わるはずがない事をわかっていて、皮肉を言っている。極めて下衆な男だ。それにしても、エルスタインの目的がわからない。単なる嫌がらせにしては度を超えている。

 ニックは唇を噛み締め、

「申し訳ない。明日の正午には間に合いそうもない」

 エルスタインは、長く伸ばしたひげを摩りながら、言う。

「それは、困りましたね〜。もし、納期が間に合わない様でしたら、違約金をお支払いいただくことになりますよ?」

「そこを、なんとか。……納期を来週まで、伸ばしてもらえないだろうか?」

 ニックは深々と、頭を下げた。従業員たちも手を止めて、心配そうにニックを見遣っている。

「それは、君、無理な相談というものだよ。間に合いませんでは、契約を交わした意味がなくなってしまうよ」

 語尾にかけて音程が高くなる、鼻につくしゃべり方だ。

「そこを、なんとか。頼みます」

 再び、ニックは深々と頭を下げた。

「無理だと言っているだろ」

「重々、承知です。ですが――」

「くどい!言い訳など見苦しいぞ!!」

 エルスタインの、怒号が飛んだ。ニックは、それ以上何もいうことはなかった。遠目にも、拳に力が入っているのが窺える。怒りを必死に抑えている様だった。

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