第4話 君の幸せが僕の幸せ
「とりあえず、今日って宿題出てる?」
「あ、数学と歴史があります」
「じゃあ、今ここでやっつけちゃおうよ」
一緒に宿題をする。それが至なりの『協力』らしかった。
そんな会話を経て。鈴羽と至は肩を並べてそれぞれの宿題を始めた。
中学に入学して、算数が数学に変わって。まだ解き慣れない一次方程式を教科書の公式と照らし合わせながら、鈴羽はノートにシャーペンを走らせる。
いつも家で一人で何かしようとすると、あの事故のことがフラッシュバックしていた。
父親があんな目に遭ったのに自分は無傷であることが半ば信じられなくて、途端にベッドに沈むようにして横たわることを選んでいた。結果忘れ物が増えた。
――けどいまは。
ちょっと隣を見れば至がいる。すぐ近くに安心できる他者がいることで、鈴羽は落ち着いて宿題をこなすことができた。
やがて二人とも宿題が終わった。週末が控えているのにもうやるべきことが済んでしまった。鈴羽の肩から心なしか力が抜けた。
「良かった。じゃあ、帰ろうか」
至はにこにこしながら、席を立った。
「あの、上月先輩」
「んー、その呼び方だと違和感あるんだよな」
かつては「至くん」「鈴羽ちゃん」と呼び合っていた。
中学校では先輩と後輩の上下関係を遵守することが求められる。
他の同級生や先輩方の目もあって、鈴羽は勝手に至を「上月先輩」呼びしていた。異性同士であまり親しげな空気を作れば、恋愛関係にあると勘違いされる危険性もあった。
至も「姫野さん」と呼んでくれていたし、てっきりそれで良いと思っていたのだが。
「また前みたいに名前で呼んでくれると、嬉しいんだけど」
迂闊に、はいわかりましたとは、言えないことだった。
――だって私たち、先輩と後輩だもの。
逡巡していると、「だめかな?」と声がした。
「その、他の人にどう思われるかが、怖くて」
至が「あー」といった調子で苦笑した。
「晴海中は私立だから、入学前から親しい者同士っていう場合が公立に比べてぐんと低いんだよねー」
そんなことを一人ごとのように言いながら少し思案して。
「……なら、『至先輩』と呼んで欲しい。どうかな?」
無難と言える提案に、鈴羽はようやく頷いた。
「はい。至先輩」呼ぶとくすぐったい気分になった。
「じゃ、僕は君のことを『鈴羽ちゃん』と呼ぶから」
「え」
鈴羽はその場でフリーズした。後輩の素直な反応に至が笑う。
「先輩が後輩を呼ぶのに、余程失礼にならなきゃ制限はないよ」
「なんか、不公平な気がします……」
鈴羽の口から思わずぼやきが漏れた。
「じゃ、鈴羽ちゃん。帰るとき僕の傘入ってくれて良いから」
――先輩、ちょっと行動が親しすぎませんかあ!
久々の名前呼びに相合い傘である。まあざんざん降りのこの状況で、傘を忘れた鈴羽からすれば本来感謝するべきなのだろうけど。
「あの、どうしてここまでしてくれるんです……?」
「鈴羽ちゃんがこれ以上、苦しまないようにしたいんだ」
「で、でも私、してもらってばかりで」
「君が幸せになれるのなら、それが僕の幸せだよ」
微笑みと共に言われて、鈴羽は心臓がどくん! と激しく脈打つ音を聞いた。
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