8:鬼姉さんの気持ち

 ――ッはぁーー、つっかれたぁ……。


 家に帰って来た御幸は自分のベッドへと突っ伏す。


 疲れた。

 本当に疲れた。

 そしてお腹がいっぱいだった。


 授業が終わってから何も悪いことをしていない筈なのに風紀委員たちに拘束されてひたすらお茶とお菓子で歓待された。まるでではなくそのまんまペットだった。

 信じられるか? これ、旦那と親睦を深めようとしてたんだぜ?


 その後は風紀委員たちに護衛されつつ帰宅した。

 鬼の風紀委員長さえいれば十分であったとは思ったが、


『万が一があっては困るからな!』

『安心してください、委員長に手は出させませんから』


 ――そっちの万が一かよっ!


 護衛こそが一番の要注意人物。

 その彼女に腕を組まれて、あまりにも巨大な柔らかさを感じつつ帰宅した。如何に彼女が危険人物でも、その見た目だけは美少女なのだ。たとえどれだけ御幸が可愛らしくとも、彼だって健全な高校一年生の男の子だし、柔らかいし良い匂いはするしでたいへんであった。しかしそれで前屈みになろうとしても、


 ――『力、強ぉっ!』


 流石は鬼の風紀委員長。

 残念、御幸は姿勢を変えられなかった。

 気付かれないように、そして反応しないように神経を張り詰めつつの帰宅であった。


 そこで精も根も尽きたように、御幸はベッドへと突っ伏したのであった。


 ――と言うか、どうしてこんなことになったんだ、二日前までは普通だったのに……。


 疾風怒濤シュトゥルムウントドランク


 そう言うのが相応しい。

 何せ彼女いない歴=年齢であった筈の自分が、あの特異点を切っ掛けとして五人の少女から一夫多妻の婚約者として扱われるようになったのだ。


 信じられない。

 が、現実なのだから仕方がない。

 そう、仕方がないのである。


 彼女たちは美少女であって、男であるからには嬉しくはあった。が、あのキャラクターたちなので。


 ――色々と持たないよぉ……。


 二日目でこれなのだ。

 そしてまだ三人としかあまり関わっては来ていない。


 他の二人は――飛鳥も含めてクラスメイトだ。元々時々話すことはあったが親しいと呼べる間柄でもなかった。

 それがどうして……。

 だが考えたって分からない。


 自分を囲うと言うのなら、順当に考えて自分のことが好きなのだろうか。生徒会長と風紀委員長はそうらしく、飛鳥は今のところ恋愛感情はないらしい。それならばどうしてあのメンバーに加わっているのか、とも思うのだが……後の二人はどうなのか。


 あの日から三人は積極的に絡んできているのだが、クラスメイトの二人は今までとはそう変わらない。

 順番で言えば次は彼女たちなのだろうが……、


 ――まあ、最初の三人ほどのことにはならないよな。


 希望的観測。

 しかし御幸はそう考えるしかないのである。――心の平穏的にも。


 ――どうか酷いことにはなりませんように。


 そうお祈り申し上げて、御幸はベッドで目を閉じるのであった。



   ◇



「あぁっ、御幸きゅん、今日も可愛かったなぁっ」


 自室にて情念リビドーを昂ぶらせるのは鬼哭院愁である。

 お巡りさんはこの人ですの風紀委員長。


 彼女は制服を脱ぎ捨てた下着姿で鏡の前に立つ。出るところは年齢以上に出ているが、引き締まるところは見事に引き締まった美しい肉体である。


 彼女は思い出す。今日自分が侍っていた旦那様となる人物のことを。

 自分が淹れたお茶を戸惑いながらも飲んでくれ、渡したお菓子ももきゅもきゅと戸惑いつつも食べてくれた。


 正直なことを言えば自分がやり過ぎて仕舞っていることは自覚していた。だが同時に仕方がなくもあったのだ。


 彼を前にしてしまえば自制が効かなくなってしまう。

 だからこそこれまでは遠巻きに眺めているだけであって、風紀委員として活動している最中に挨拶を出来ればその日は一日中有頂天となっていた。


 それで善かった。

 それで善かった――筈であったのに。


『愁ちゃん~、私ね、いずれ御幸くんと結婚したいと思ってるの~』

『――――は?』


 あのゆるふわ(を装っている)生徒会長にそう言われた後、気付けば二人共に屋上で仰向けになって倒れていた。


『ふっ、ふふふ~、流石は鬼の生徒会長~』

『わ、私はいったい何を……、いや、私は負けたのか……?』

『引き分けってところじゃないかしら~?』

『……いや、あれはどう考えても……』

『ふふ~、じゃあ、そう思うのであれば~、私のお願い、聞いてくれる~』

『……良いだろう』

『――ねぇ、私たちで、御幸くんを囲わない~?』

『――は?』


 ナニヲイッテイルノカコノ女ハ。

 そのようなけしから破廉恥素晴らしい提案を持ちかけてくるとは。ここはむしろ勝者として敗者である私には二度と御幸きゅんに近づくな、目にも入れるな負け犬はさっさと尻尾を巻いて転校していけと言う場面ではなかろうか。それを言うに事欠いて『私たちで御幸きゅんを囲う』だと? ってことはアレか? 私たちの無駄に豊満に育ってしまったと思っていたこれなどを使って御幸きゅんにあれやこれやをしてむにゅんむにゅんぐにゅんぐにゅんにして、『もう壊されてしまうかと思った……』と言えるくらいに求めて貰えるように骨抜きにして、そのまま学生の身でありつつもそして風紀委員長ともあろうものが大きくなった腹を抱えて学校にやって来て、この子がこの子のパパですと学校中に知らしめて……ケシカランケシカラン破廉恥けしから素晴らし……、


『……ねぇ~、その鼻血、新しく出てきた鼻血よね~?』

『こっ、これは心の劣情だっ!』

『そのままになってるよ~?』


 と彼女は威儀を正すようにして、


『やっぱりあなたは野放しにしておくよりも~、適度に餌を与えて手元に置いておいた方が安全そう~。あなたを捕まえておかなかったら、絶対に暴走してた~。だ・か・ら~、』


 私たちと協力して御幸くんを囲おう?


 彼女はそう言っていた。

 糸目で、ほんわかした口調でありながらも、有無を言わせぬ気配を携えて。


『ああっ、分かった、ならば私はお前――たちなのか? まあそれでも良いだろう、私は負けたのだから。贅沢は言えないいや、そもそもその提案を貰えることこそがこの上ない僥倖だ』

『じゃあ~、契約成立と言うことで~』

『あぁっ!』


 そう意気高く答えた鬼の風紀委員長の鼻からは、新たな心の劣情が溢れ出していた。


 ――ふふっ、あの提案を受けて本当に善かった。


 と、魅惑的な下着姿のアブナイ女が凜とした美貌を蕩けさせる。


 生徒会長であるまひるは愁の危険度を正しく把握していた。そしてその対処法にも間違いはなかった。いずれ襲いかかってくる妖刀ならば、むしろ適度に飴を与えればこちらを護る名刀になってくれる。尤もその在り方自体は名刀ならぬ〝迷刀〟であったのかも知れないが。


 そうして愁はメンバーに加わったのだ。

 メンバーの番犬、守護担当として。


 そしていずれは生まれてくるであろう自分たちの子供たちだって……。


「ウフっ、うふっ、うふぁあハハハハハハっ!」


 込み上げる劣情をそのままに、下着姿で高らかに哄笑するアブナイ女。



『あら~? 私、はやまったかしら~? 私、間違えない筈なのに~……』


 そんなまひるの声が聞こえてきそうな、鬼の風紀委員長のアブナイ艶姿なのであった。

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