第3話 穐山脩太 12歳

僕は穐山脩太あきやましゅうた。東京都のとあるところにある東小学校の6年生だ。

体育と理科と国語、特に国語が好きで、音楽は苦手。

まあよくあるタイプの男子、とでもいえばいいだろうか。

「はあ、暇…。」

習い事もないし、ゲームも持っていないし、パソコンも使わせてもらえない僕は、

暇な時間は読書くらいしかやることがない。

普段はそれでいいのだが、この2週間くらい図書館が蔵書点検とやらで休んでいて、

新しい本が読めないのだ。

5人いる友達は、2人が塾で忙しく、1人が熱で休んでいて、あとの2人は私事があるらしく、誰とも遊べない。

「…母さん、散歩行って来ていい?」

「良いわよ。夜ごはんまでには帰ってきてね。」

「うん。行って来ます!」

今は5時。穐山家の夕飯は7時からだ。

そこらへんでも歩いてみようか。

家を出て、しばらく住宅街を歩いていると。

…なんだあれ?あんなのあったかな?…

細い、細い路地があるのを見つけた。

かなり小柄で、あだ名が「小動物」の僕でも、ぎりぎり通れるかわからないくらいの

細い道。

「行ってみようかな?なんかあってもすぐ戻れば良いし。」

何とか体が入った。狭く見えたのは最初だけで、段々道が広がってきた。

「…⁉」

思わず絶句してしまった。

だって、前にあったのは昔の信号や広告―紙ではなくて薄い鉄板だった―が

大量に並んでいて、真ん中にある深いキャラメル色のドアの上には

『思ひで屋』と書かれた看板がどっしりと構えている。

「わあっ」

ドアが突然開いて、僕より少し年上の女子が出てきた。

「あ、びっくりさせちゃった…?ゴメン。…中入っていいよ。」

何となく、害がなさそうな感じがした。

「お邪魔します……わあ…!」

「ふふ。凄いよね…。」

中はまるで本の挿絵に出てくるようだ。

とても古く見える机と椅子はドアとおそろいの色で、

3つの机全ての花瓶に花が活けてある。花瓶も古くて重そうな物だ。

古い写真でしか見たことのない黒電話の赤い箱版みたいなものもある。

「ここに座って。」

中にいる女の子はポニーテールで、レトロな制服を着ている。

真ん中の机の右側の椅子を指さした。そこに座る。

座ってみると、何故か分からないけれど良い気分に包まれた。

…不思議なお店だな…

「わたしは登紀華。」

「僕は脩太です。よろしくお願いします。」

「本題に入るけれど、ここは「思ひで屋」と言うの。

思い出を歴代の店主…えっと、ちなみに私は13代目なんだ。が集めていて、来たお客さんにそれを渡すんだ。お代は無しなの。だってこっちが、集めるときにも渡すときにも楽しんでいるからね。それで、えーっと、脩太君の思い出は…。」

そう言うと、店の奥から大きくも小さくも無いサイズのを取り出してきた。

「あったあった。えっと、本かな?」

あ!

「あれだ!」

「えっと、脩太君が0歳半の時に、初めて読んだ絵本。

この本を読んで、本好きになった。

…こんな感じで思い出をあげるんだ。」

「懐かしい…!」

年長で北海道から引っ越した時にどこかに行ってしまったけれど、ここにあったんだ。

「良かった!」

「あぁ、戻らなきゃだ。さようなら。」

「うん。…会えるかわからないけど、バイバイ!」

「お邪魔しました。」

キィー。

何かこの本から、また新しい出来事が始まる気がした。


30年後の事。

朝のニュースの放送が始まった。

『今年の子供の1番人気の本の発表です。

1位は…穐山脩太さんの本です!』

彼は、あの思ひで屋を去ったあと、年齢制限のない新人賞に応募し、

見事最優秀賞を取った。

そして、今では知らない人のいないといわれるベストセラー作家となっている。

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思ひで屋へようこそ 猫原獅乃 @MikoMikko

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