第21話 ワルツ
「そろそろ、気分を変えましょう。なにか、楽しい曲をおねがいします。そうだな、ワルツが良いかな?」
ブライアン公爵が指揮者に言うと、指揮者は頷いてタクトを振り上げた。
「今度は楽しい曲ですね。踊りたくなってしまいますわ」
リリアがミスティアに言った。
ミスティアが返答に困っていると、ブライアン公爵がリリアに言った。
「良いですね。踊りましょうか?」
ブライアン公爵が立ち上がり、リリアを連れて座っていた椅子の後ろのスペースへと歩いて行った。
ブライアン公爵とリリアは音楽に合わせて、ステップを踏んだ。
「アレス王子、君もミスティア様と踊ったらどうだい?」
踊りながら、ブライアン公爵が言った。アレス王子はそれを聞いて、微笑むと立ち上がりミスティアに手を差し伸べた。
「よかったら、私たちも踊りませんか?」
「……はい」
ミスティアはおずおずとアレス王子の手を取り立ち上がって、アレス王子と一緒に、ブライアン公爵たちの方へ歩いて行った。
アレス王子の手がミスティアの腰を支える。ミスティアは、思っていたよりも力強いアレス王子のリードに従い、ワルツを踊った。
「大丈夫ですか? ミスティア様」
「……はい、アレス王子」
顔を上げれば、すぐ目の前にアレス王子の顔がある。ミスティアは心臓がどきどきと煩いのがダンスのせいなのか、アレス王子との近さのせいなのかわからないまま、リズムに身を任せた。
「……私が怖いですか?」
「え?」
「険しい表情をされているので……」
困ったような顔で微笑んでいるアレス王子にミスティアは言った。
「申し訳ありません……緊張……しているだけです」
「無理をさせてしまって、申し訳ありません」
アレス王子の手が、少し離れた。
「無理だなんて……」
ミスティアが少しだけ微笑むと、アレス王子の顔がパッと明るくなった。
ミスティアはそれを見て、可笑しくなって笑ってしまった。
「よかった、嫌われたわけではないようですね」
アレス王子がミスティアの耳元でささやいた。
「……嫌うだなんて」
ミスティアはそれ以上何も言わず、伏し目がちになったままワルツを踊っていた。
音楽が終わると、四人は息を弾ませて微笑みあった。
「楽しかった」
リリアが言った。
「良かったです」
ブライアン公爵がリリアに返答した。
「疲れなかったですか?」
アレス王子がミスティアに尋ねた。
「……大丈夫です」
ミスティアは、すっとアレス王子から離れると座っていた席に戻った。
「次の曲で最後です」
ブライアン公爵はそういうと、彼の席に戻った。
リリアとアレス王子も席に戻ると、最後の曲が演奏された。
「楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいますね」
小さな声でリリアがブライアン公爵に言った。
「楽しんでいただけたのなら、よかった」
ブライアン公爵はリリアに微笑みかけた。
ミスティアはアレス王子の様子をうかがった。彼の目はもう赤くない。ミスティアは、ほっと息をついた。
最後の曲が終わると、ブライアン公爵は軽食とワインをふるまった。
「楽しい夜でした。本当に、おまねきありがとうございました」
「……ありがとうございました」
リリアとミスティアは、ブライアン公爵に言った。
「楽しんでいただけてなによりです」
ブライアン公爵は嬉しそうに微笑んでいる。
「ミスティア様のえんそうもすばらしかったです」
アレス王子がミスティアに言うと、ミスティアは頬を赤らめた。
「……出過ぎた真似をして、もうしわけありませんでした」
「人形作りも、演奏も、素晴らしいです。多彩な方なのですね、ミスティア様は」
アレス王子の言葉を聞き、ミスティアは耳まで赤くなった。
「あら、お姉さま、照れてらっしゃるの?」
「……こんな風に褒められたのは……初めてで……なんと言ったら良いのか……」
ミスティアは消えそうに小さな声で、アレス王子に言った。
「……ありがとうございます」
ミスティアの可憐な笑顔に、アレス王子は一瞬目を見開いて、頬を染めた。
「さあ、そろそろ帰らないと、ご両親に心配をかけてしまいます。今日はこのあたりで……」
ブライアン公爵が、ミスティアとリリアに帰り支度を促した。
ミスティアとリリアはもう一度、今夜のお礼をブライアン公爵とアレス王子に伝えると、馬車に乗り、家に帰っていった。
「楽しい夜でしたね、お姉さま」
「……ええ」
ミスティアが肯定したので、リリアは驚いた。
「お姉さまも楽しかったのなら、うれしいです」
「ブライアン公爵もアレス王子も……怖くなかったです。音楽も素晴らしかった……」
「ええ」
ミスティアたちは家につくと、リリアが両親に音楽会がいかに素晴らしかったかを熱心に語った。
両親はリリアの脇で静かに頷くミスティアを見て、驚きを隠せなかった。
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