第17話 深紅のドレス

 ミスティアは時間を見つけては、自分の部屋でフルートの練習をしていた。

 ドアがノックされたので、手を休めてドアを開けると、そこにはリリアがいた。

「お姉さま、そんなに練習ばかりしていたら疲れませんか?」

 リリアは心配そうにミスティアを見つめている。


「でも、すこしでも……ましな演奏をしなければ……」

 ミスティアは作りかけで止まったままの人形を見てから、ため息をついた。

「私が深く考えずに、お姉さまのフルートを自慢してしまったからですね。ごめんなさい」

 リリアはミスティアの作りかけの人形を見て、つぶやいた。


「大好きな人形作りも後回しにしているのですか?」

「……もう、今週末には演奏会ですから……」

「お姉さま、主役はブライアン公爵の招いた四重奏の奏者たちですよ? そんなに気を詰めなくてもいいのではないですか?」

「……そうですね」

 ミスティアはフルートをしまい、ベッドに座ってため息をついた。


「お姉さま、もうドレスは選びましたか?」

「いいえ」

「それじゃあ、私が選んでも良いですか?」

「かまわないわ」

 リリアはにっこりと笑って、ミスティアの部屋を出た。


「リリアは楽しそうね……」

 ミスティアは窓を開けてみた。夏の暑い空気は、その熱を失ってきているようだ。

「もう、秋なのですね……」

「お姉さま!」

 ドアが開いた。リリアが何かを抱えて部屋に戻ってきた。

「どうしたのですか? リリア、騒々しいですよ?」

「今度の演奏会には、ぜひこのドレスを着てください!」

 そう言うとリリアは持っていたドレスを広げた。


「そんな派手なドレス……私には……」

「きっと似合います! お姉さまの黒い瞳と黒い髪には、深紅のこのドレスが似合うとずっと思っていたんです」

 ミスティアは躊躇しながらも、リリアの差し出したドレスに手を伸ばした。


「ドレスを体に当ててみてください!」

「……こう、かしら?」

 ミスティアは深紅のドレスを体に当てた。シンプルなシルエットと、深い赤色がミスティアの肌の白さと黒い瞳を引き立てた。

「やっぱり、お似合いです」

「……もう少し……おとなしい色のほうが……」

「いいえ! いつもお姉さまが選ぶドレスは地味すぎるんです!」


「……わかりました。演奏会には……このドレスを着ることにします」

「良かった!」

 リリアは嬉しそうに微笑むと、深紅のドレスを持ってミスティアの部屋から出て行った。

「お母さま、ミスティアお姉さまのドレスが決まりました」

 廊下を歩いてくる音がした後、母親の声が近くで聞こえた。

「リリア、廊下で大きな声を出すのはお行儀が悪いですよ?」


「やっと、お姉さまがこのドレスを着るっておっしゃってくださいました」

「あら、そうなの?」

「ええ」

 二人が去っていく足音を聞いてから、ミスティアはため息をついた。


「主役でもないのに……あんな派手なドレスを着て……本当に良いのかしら?」

 ミスティアは初めて社交界に参加した時のことを思い出して、憂鬱な気持ちになった。

「また、勘違いをした、世間知らずと……言われるのではないかしら……」

 初めてダンスを踊った後、すれ違いざまにどこかの令嬢が言った言葉がよみがえる。


「こんなに派手なドレスを着るなんて、目立ちたがり屋なのね。会話もできない地味な女のくせに」


 ミスティアは頭を振って、目をつむった。

「やはり、もっと……目立たないドレスのほうが良いのでは? フルートも……演奏するなんて……おこがましいです……」

 机の上に置かれた小さな鏡を覗き込んで、ミスティアは自分に問いかけた。


「私なんかが……外に出て……いいのかしら……?」


 ドアの外からミスティアを呼ぶ声がした。

「ミスティア様、食事の時間です」

「……はい、今行きます」


 ミスティアは鏡から目を外し、とぼとぼと部屋の外に歩いて行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る