第12話 ダンス

「ミスティア様、リリア様、こんなところにいらっしゃったのですか?」

「……アレス王子」

 ミスティアは広間からやってきたアレス王子をじっと見ていた。リリアは二人からすこし遠ざかった。


「あの、人形を……ありがとうございました。あなたの目には、私があんなに美しく見えるのですか?」

 照れるように微笑むアレス王子に、ミスティアは何と言っていいのか困りながらも言葉を探した。


「……えっと……気持ち悪いことをして……申し訳……ありませんでした」

「気持ち悪いだなんて! あの人形は素晴らしいです。明日にでも、応接室に飾りますよ」

 アレス王子は優しく笑っている。

「……ありがとう……ございます」

 会釈をして去ろうとするミスティアに、アレス王子はまた声をかけた。


「あの、よろしかったら一緒に踊りませんか?」

「え……あの……」

 ミスティアはリリアの方を見た。リリアは大きく頷いている。

「いってらっしゃいませ、お姉さま」

「さあ、行きましょう、ミスティア様」

「……はい」

 ミスティアは差し出されたアレス王子の手に、ふるえる自分の手を重ねた。


 アレス王子はミスティアを気遣いながらも、つかつかと舞踏会の広間に歩いて行った。

「まあ!? アレス王子と……棘姫が……!?」

 ダンスを始めようとしている二人を見て、アビス・ブリューは小さな声で舌打ちするようにつぶやいた。


 ワルツの響きに合わせて優雅にダンスを始めるアレス王子と、それに合わせて踊るミスティアは美しく、周囲の目を引き付けた。

「ミスティア様、なにか気になりますか?」

 アレス王子の問いかけにミスティアは小さく首を横に振った。

「……いえ、あの……皆様が……見ているようで」


 うつむきがちになるミスティアの右手を、アレス王子は引き上げた。ミスティアが驚いてアレス王子を見つめると、アレス王子は柔らかなほほえみをミスティアに送った。

「みんな、ミスティア様の美しさに驚いているんですよ。ダンスもお上手です。見せつけてやりましょう」

 いたずらっぽく笑うアレス王子に困惑しながら、ミスティアは言った。

「そんな……私、ついていくのが……やっとで……」


 踊るミスティアと楽しそうなアレス王子を見ていたアビスは、葡萄酒を飲んで渋い顔をした。

「なんで、あの陰気で高慢な女が……アレス王子様と……!?」

 苦々しく思うアビスの耳に、周囲のざわめきが届く。

「まあ、なんとお似合いの二人でしょう」

「忘れな草色のドレスがよく似合っているわ。あれはどこのお嬢さんかしら?」


「!!」

 アビスはいら立ちを隠すように扇で顔を覆った。

「……ミスティア……邪魔ね、あの女……」

 踊る二人を扇を傾けて見つめるアビスに、リリアは気づいた。

「アビス様……なんて嫌な表情でお姉さまを見ているのかしら……」


 リリアはダンスから戻ってきたミスティアに声をかけた。

「お姉さま、アビス様がすごい顔でにらんでいました。アビス様にはお気を付けください」

「……アビス様? ……気を付ける? ……どうすれば……良いのかしら?」

 ミスティアは上がった息が落ち着くまで壁のそばに立っていたが、次の曲が始まると、見知らぬ男性からダンスの誘いを受けた。

「あの……私……」

 断ろうとするミスティアに、リリアが小さな声で耳打ちした。

「お姉さま、男性のお誘いは断ってはいけませんわ」


「……分かりました」

 ミスティアは差し出された手をとり、ダンスをしては壁のそばに立つことを繰り返した。

 何人かと踊り終わったときには、ミスティアの足はもう棒のようになっていた。

「……疲れました……もう帰りたい……」

 弱弱しくつぶやくミスティアにリリアは言った。

「もうすぐ舞踏会が終わりますわ、お姉さま。もう少しですから、頑張って」

「私は……もう踊れません……」


 ミスティアはリリアを広間に残し、中庭の隅の目立たない場所に隠れるように移動した。

「舞踏会は……もう……こりごり……ですね」

 中庭の隅に置かれたベンチに腰掛け、痛む足をなでながらミスティアはため息をついた。

「あら、大人気のミスティア様。こんなところで一人でいてよろしいのですか?」

「あなたは……」


 ミスティアが名前を思い出そうとしていると、いらだった声で返事が返ってきた。

「アビスですわ。アレス王子以外は興味ないのですね。……さっき名乗ったばかりの私の名前を憶えていないなんて、驚きましたわ。さすが、他人には興味のない、人形城の棘姫ですわね」

 アビスはミスティアをにらみつけたが、くらやみがそれを隠していた。


「……」

 ミスティアは悪意の込められた言葉を、ただ受け止めていた。

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