第11話 アビス・ブリュー

「あなた、アレス王子が優しいからって調子にのっているんじゃない?」

 アビスはミスティアに向かって堂々と言い放った。

「……そうかもしれません」

 ミスティアはひるむことなく、静かな声でアビスに返事をした。


「なによ、その態度。私のことをバカにしているの?」

「……? なぜそのような思考に至るのか……理解できません」

 ミスティアは首をかしげた。アビスの顔色がますます赤くなる。

「……棘姫とはよく言ったものね。人を人とも思わないその態度……!」

 アビスは持っていた葡萄酒を、ミスティアにかけそうな勢いで持ち上げた。


「お待ちください、アビス様。……初対面でずいぶんなおっしゃりようではありませんか?」

 リリアが口をはさんだ。


「アレス王子を介抱したと噂で聞いたけど、怪我の原因を作ったのはあなたではないの? 自作自演だとみんな言っていますわ」

 アビスは冷笑しながら、ミスティアに言った。

「まあ! なんてこと!! お姉さまは……」

「リリア、黙ってください。それ以上は……」


 ミスティアはリリアを見て、首を横に振った。

「否定なさらないんですね! やはりアレス王子を罠にかけたのですね! なんて怖ろしいことをなさるのでしょう……ミスティア……いいえ! 棘姫様は!」

「……あなたは何がしたいのですか?」

「その不愉快な顔を、これ以上アレス王子に見せないでいただきたいわ」

「……失礼」


 ミスティアは冷たい目でアビスを見てから、人の少ないテラスに向かった。

「お姉さま、待ってください!」

 リリアはアビスを軽くにらむと、ミスティアの後を追った。


「まったく、神経の太い方」

 アビスは怒りで震える手に握られたグラスから葡萄酒を飲むと、大きく息をついた。


「お姉さま!」

 リリアはテラスでミスティアに追いついた。

「リリア、私はやはりここへ来るべきではなかった……人形も、燃やせばよかった……」

 ミスティアはうつむいたまま、苦しそうに呟いた。

「お姉さま、つまらない話に耳を貸す必要はありません。噂に聞いたとアビス様は言っていたけれど、それだって、どこまで本当の話か疑わしいものですわ」


 リリアはミスティアを慰めるように優しく言った。

「気分直しに、飲み物と何か甘いものを持ってきますわ。お姉さまはそこでお待ちになっていて」

「……ありがとう、リリア……」

 速足で広間に向かうリリアを見送った後、ミスティアは一人で夜空を見上げていた。

「月が……美しく輝いている。まるで……あの日のように……」


 ミスティアは、あの日、アレス王子を助けるべきではなかったのではないかと、自分を責めた。

「でも……放っては置けなかった……」

 ミスティアがため息をついていると、背後から声がした。

「お姉さま、スミレのマカロンとイチゴのマカロン、どちらがいいですか?」

「リリア……」


 ミスティアは沈んだ表情をやわらげ、わずかに微笑んだ。

「私は……家から出るべきではなかったのです……」

「お姉さま! そんなことおっしゃらないで、舞踏会を楽しみましょう? ほら!」

 リリアは菫のマカロンをミスティアの口元に運んだ。

 ミスティアは一瞬躊躇したが、リリアから受け取ったマカロンをかじり、苦笑いをした。


「……私には……甘すぎるわ。……この、アレス王子のいる世界も……」


 そう言って、ミスティアは人々が踊る広間をしずかに見つめていた。


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