第2話 人形城
「お父様、森で人が倒れていたので……連れて帰りました」
ミスティアはライズ・ノーム子爵にそう言うと、不安げにジーンの腕の中で気を失っている青年を見つめた。
「それは気の毒に……客室に運んで、寝かせてあげなさい」
「はい。ジーン、お願い」
「分かりました、ミスティアお嬢様」
ノーム子爵はジーンに運ばれる青年の顔を見て、ふと思った。
「はて、どこかで見たような顔だが……?」
ジーンが青年を客室のベッドに寝かせようとしたとき、ミスティアは青年の足から血が出ていることに気が付いた。
「ああ、暗くて分からなかったわ……。かわいそうに……」
ジーンは青年をベッドの隅に座らせて支えた。ミスティアは青年の足の傷口をきれいな水で洗い流すと、消毒をしてから包帯を巻いた。
「あ……う……」
青年が小さくうめき、うっすらと目を開けた。
その瞬間、ミスティアは逃げるように部屋を飛び出した。
「ジーン、あとは頼みます」
「はい。ミスティアお嬢様」
ジーンがミスティアに答えると、青年が呟いた。
「ミス……ティア……?」
「貴方は森でけがをしたようです。しばらくこちらで休んでいくといいでしょう」
ミスティアはドアの後ろから青年に話しかけた。
「……ありがとう……ございます」
青年はそれだけ言うと、目を閉じた。
どうやら眠りについたようだ。
***
青年が目を覚ましたのは、翌日の昼を過ぎた頃だった。
「私は……森で……? 痛っ……? 怪我……?」
青年はベッドで上体を起こすと、辺りを見回した。
部屋には無数の精巧に作られた美しい人形が並んでいる。
「……ここは……?」
青年はベッドから立ち上がろうとしたが足の痛みでよろけて床に倒れ、ドン、と鈍い音が響いた。
「……くっ……」
ドアが開いた。
「大丈夫ですか? ああ、怪我をされているのに……無理をされてはいけません……」
ジーンが青年をベッドに戻した。
「ありがとうございます。……あの……私は……どうしてここに……?」
「ミスティアお嬢様が散歩の途中で貴方を見つけたのです。森で気を失っていらっしゃったので、こちらに連れてきました」
青年は申し訳ないという表情で礼を言った。
「助けてくださってありがとうございます。……私は……アレス・レストと申します」
ジーンは青年の名前を聞いて、驚いた。
「アレス・レスト様……!? アレス王子がなぜ一人で森に!?」
アレス王子は何も答えなかった。
ジーンは目を覚ましたアレス王子に言った。
「アレス王子、主人を呼びますので少々お待ちください」
ジーンは急いでノーム子爵を呼びに行った。
しばらくするとドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼いたします。アレス王子、お気づきになられたとのことで……」
アレス王子はノーム子爵を見て、言葉をかけた。
「この度は、助けていただきありがとうございました。……あの……」
「ライズ・ノーム子爵と申します」
ノーム子爵は丁寧にお辞儀をした。
「ノーム子爵、助かりました。あの、確か助けてくださったのは……」
「ミスティアですか? 少々お待ちいただけますか?」
ノーム子爵は部屋を出てミスティアを呼ぶようにメイドに言うと、またアレス王子のいる部屋に戻った。
「アレス王子、その怪我ではまだ動けないでしょう。すぐに王宮に手紙を書きますので、お迎えが来るまでこの家でお休みください」
「……ご厚意、感謝いたします」
アレス王子が微笑んで言うと、またドアがノックされた。
「……お父様、私をお呼びですか?」
「ミスティア、アレス王子が目を覚まされましたよ」
「アレス王子……?」
ミスティアはドアから少しだけ顔を出して、アレス王子にお辞儀をするとドアの陰に隠れてしまった。
「これ、ミスティア。アレス王子に失礼ではないか?」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました、ミスティア様」
「えっと……気が付かれてよかったです……それでは、失礼いたします」
ミスティアが廊下をかけていく音が聞こえた。
「申し訳ありません。ミスティアは人見知りでして……社交界にも顔を出せないくらいでして……」
ノーム子爵は申し訳ないというように頭を下げている。
「そうですか。それなのに私をここまで連れてきてくださったのですね」
アレス王子はノーム子爵に向かって微笑んだ。
「ところで、ここにはたくさんの人形が飾られていますが……ノーム子爵は人形がお好きなのですか?」
アレス王子の質問にノーム子爵は笑顔で答えた。
「いえ、これはミスティアが趣味で作っているものです」
「それはすごい。どれも精巧で美しい人形です。いまにも動き出しそうです」
アレス王子が感心しているのを感じて、ノーム子爵は苦笑した。
「あまりに多くの人形をかざっているので、人形城と呼ばれるようになってしまいました」
「人形城……噂で聞いたことがあります。ここがそうだったのですね」
アレス王子はベッドの脇に飾られた人形をじっと見つめた。
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